連載 :
  インタビュー

クラウドネイティブに必要なエンジニアとは「本質的なことがわかって、積極的に価値を提供できる人」

2024年8月6日(火)
Think IT編集部

今やクラウドはITエンジニアだけでなく、あらゆる人々にとって「当たり前」の存在になりつつある。企業のシステムやネットのサービスなど、すでにクラウドは私たちの社会や生活にとって、不可欠のインフラだと言って良いだろう。

一方では、クラウドに対する理解や活用が、世界の中で日本だけが立ち遅れているという声も多く聞かれる。果たして本当なのか。だとすれば、企業やITエンジニアはこの先どのように取り組んでいくべきなのか。そこで今回は、クラウドとオープンソースソフトウェア(OSS)双方の技術動向に詳しい2人のキーマンに、「クラウド時代のITエンジニアに求められるもの」と題してお話を伺った。(インタビュー:吉田 行男(Think IT編集部))

【ゲストプロフィール】(五十音順・順不同)

鈴木 敦夫 氏(特定非営利活動法人エルピーアイジャパン 理事長
Linux技術者認定試験「LinuC」をはじめ、OSSを中心とするデータベース技術、クラウド基盤技術、Web技術など、主要IT技術の認定試験を実施する特定非営利活動法人(NPO)のLPI-Japan(特定非営利活動法人エルピーアイジャパン)理事長を務める。大手ソフトウェア企業で、メインフレーム時代に超大型分散データベース開発などを手がけ、UNIXワークステーション開発や、Linuxを中心としたOSS関連の事業推進責任者などを歴任。OSS普及および技術者育成の対外活動にも注力。

特定非営利活動法人エルピーアイジャパン 理事長 鈴木 敦夫氏

劉 健 氏(株式会社シャインソフト 代表取締役)
中国吉林省出身。中国国内でさまざまな開発事業に携わり、31歳の時にITエンジニアとして来日、日本企業に入社。その6年後にシャインソフトを創立。同社では、最先端技術に関する研究に積極的に取り組み、特にAIやクラウドサービスにおいて高い技術力と数多くの実績を持つ。また自社でも、コンテナ技術をはじめとするOSSを活用したさまざまなクラウドサービスを展開し、近年はクラウドネイティブなITエンジニア育成のための「CloudNative教育サービス」にも力を入れている。

株式会社シャインソフト 代表取締役 劉 健氏

日本のクラウド活用の遅れは、
クラウドネイティブへの意識変革の遅れ

改めて言うまでもないが、現在はまさにクラウド全盛の時代だ。周りを見てもAmazonのようなネット通販、音楽や動画配信のサブスクリプションサービス、ネットバンキングなどの金融サービスは、今やほとんどがクラウドをベースにしている。もちろん、企業の利用するエンタープライズシステム群は言うまでもない。本当に、日本は世界に比べてクラウドの分野で立ち遅れているのだろうか。

その問いに対して鈴木氏は「正確にはクラウドの導入や利用状況というより、クラウドネイティブという考え方やアプローチに対する理解の問題です。現在すでにクラウドネイティブというものが、世界的には『当たり前』のアーキテクチャになっていますが、その中でやはり日本だけが遅れています。次の時代に進んでいくためにも、最先端の知識と技術を持つITエンジニアを育成し、ビジネスに展開できるように体制を整えていかなくてはならないと考えています」と危機感を募らせる。

とりわけ問題なのは、企業間における意識の温度差だ。国内でもネット系企業や一部の先進企業と多くの一般企業のように、アーリーアダプターとメインストリームのギャップが非常に大きい。このため「クラウドネイティブ」を理解できている人たちは、どんどん新しい考え方や提案を取り入れているが、そうでない人々は「いったい何を言っているのか?」というレベルにとどまったままだ。「このギャップを、どうしたら埋められるのかというのが大きな課題」だと鈴木氏は指摘する。

一方、劉氏は日本がメインフレーム時代から築いてきたシステム資産やコンピュータ文化が、クラウドネイティブに乗り遅れる要因の1つなのではないかと語る。これまで、わが国の企業におけるIT活用は「既存のビジネスの効率化」。すなわち、今まで手作業で行っていた事務処理などのルーティンワークを、いかにコンピュータに置き換えるかをメインの課題としていた。

「ところがインターネットの登場によって、社内の事務処理とは次元の異なる新しいビジネス空間が生まれました。単なる効率化ではなく、新しい利益やビジネス領域を開拓するツールとして、コンピュータの位置づけも大きく変わりました。クラウドはまさにその最先鋒のテクノロジーですが、多くの企業は古い意識を切り替えられないまま、使いこなせていない印象です」(劉氏)

世界で勝つ企業になるには、
経営者が最新技術やクラウドの価値を理解すること

日本のITエンジニアにとっては、いささか歯がゆい現状だが、これを打破するために注目すべきなのがオープンソースソフトウェア(OSS)の世界だ。OSSの世界では常に新しい技術が生まれており、もちろんクラウドも例外ではない。クラウドネイティブに対応できるエンジニア像を探る上で、OSSの価値と特徴を理解することは、非常に重要なポイントの1つだと劉氏は語る。

「日本企業は、誰がそのソフトウェアの責任を取るか=責任所在が曖昧だとして、これまでOSSの採用に消極的な傾向がありました。しかしそれは逆に言えば、OSSをきちんと理解してビジネス活用の上で責任もってサポートできる人材を育てさえすれば、非常に大きなメリットを享受できるということでもあります。というのも現在、世の中の先端技術のほとんどは、OSSから生まれているからです」(劉氏)

そうしたシステム開発やソフトウェア活用における意識改革には、経営層と現場のITエンジニアが連携して取り組んでいく必要がある。まず経営者に求められる課題としては、クラウドネイティブへの深い理解が挙げられるだろう。とりわけ「最新の技術やソリューションの中から、常にベストプラクティスを取り込んで新しいものを創る」というスタンスは重要だ。というのも、せっかくクラウドを導入しても、そのプラットフォームの特性を最大限に生かすための先端技術を理解していないと、凡庸なサービスに終わってしまったり、将来的な高負荷や拡張性などの変化に対応できないなど効率アップも期待できないからだ。

「クラウドの可能性や利点を利用者の目線で理解し、自分たちのビジネスに反映していく。そのためにも、経営者が最新のテクノロジーやクラウドの価値を理解することが鍵になるのです。具体的には、世界中で利用されているOSSの最新動向や注目のケーススタディに日頃から目配りして、その技術や価値を深く理解すること。それこそが、グローバルで勝てる企業に成長していくためにも欠かせないポイントです」(鈴木氏)

クラウドネイティブのエンジニア育成のためにも、
産学協同の教育改革を

もう一方の、ITエンジニアに求められることは何だろうか。劉氏は、こちらも経営者と同様、意識改革が強く求められる課題だと強調する。

「最近、AWSやGoogle Cloudの認定資格を取る人が増えています。ただ私としては、彼らが本当にクラウドの仕組みと価値を理解できているのかという懸念も感じます。それが理解できていれば、クラウドの特性を生かして自分たちのビジネスや目標に合わせてシステムを設計・構築できるので、認定取得も非常に大きな意味を持つでしょう。その意味でも、単に『認定取得のための認定取得』ではないという意識を持って欲しいですね」(劉氏)

劉氏は、現在はまさにクラウドネイティブなシステムへの移行に適したタイミングであるにもかかわらず、その推進役を担うITエンジニアがいないジレンマを指摘する。その原因となっているのが、企業や組織のITエンジニア育成環境が旧態依然としていることにあるという。

「それを変えるためには、やはり企業や経営者の意識をクラウドネイティブに向ける必要があります。時代の変化に合わせたITエンジニアを育成するというマインドを、まずトップが持たなくてはなりません。それができたら、研修体制やカリキュラムも変革しなくてはいけません。クラウドの進化は非常に速いので、所属しているエンジニアの育成に取り組む速度も、将来の成否を決める重要なポイントになるのです」(劉氏)

企業努力だけでは充分ではない。大学のカリキュラムの変革も含めた産学協同の取り組みが求められていると、鈴木氏は付け加える。大学は研究機関という性格から基礎教育が大切だが、使える技術として概念を定着させるようにしたり、実際に話題になっている最新の技術など時代の趨勢に合わせたスピード感が必要だと語る。

「もちろんIT技術の概念や歴史を知ることは大事なので、一般的なコンピュータサイエンスのような領域を具体的なシステムやソフトウェアを通して学び、1~2年で修了できるようにする。そして3~4年次ではオープンソースのプロジェクトで議論されているテーマも参考に具体的な研究テーマ、例えばコンテナの高速化や、極小のコンテナを動かしたり、エッジサービスに適合させるための革新的な技術を考えるといった、最先端かつ実践的な教育の試みを期待したいですね」(鈴木氏)

現代のITエンジニアにとって、
ネット&コミュニティは最高の学習ツール

ここからは、クラウドネイティブのエンジニアを目指す読者が「どのように教育・学習を進めていけば良いか?」といった、より具体的な課題にフォーカスしていこう。

まず学習の仕方だが、劉氏は「私たちの世代と今では、知識の吸収の仕方そのものが少し変わってきていると感じています」と明かす。かつては、いろいろ自分で調べて勉強することが多かった。とにかく自分の知識が頼りだったし、自分の知識を増やすために手当たり次第勉強するという感じだったと劉氏は振り返る。

「それが現在は、いかに世の中にある的確な情報に、すばやくアクセスできるかの比重が上がってきています。ネット上に資料や情報が無数に公開されていて、それらを探すだけでもすごく勉強になるのです」(劉氏)

もう1つ、昔との大きな違いは、コミュニティの存在だ。エキスパートや仲間からさまざまな知識や考え方を学べる場が、国境を越えてたくさん存在している。現在のITエンジニアは独学で掘り進むよりも、優れたコミュニティに、いかに早くアクセスするかが重要な自己研鑽のポイントになっていると劉氏は語る。

「中でも一番勉強になるのが、オープンソースのコミュニティです。OSSは世界中に同じ悩みを持っている方が必ずいます。そうした者同士で意見交換する中で、ソリューションのさまざまな提案方法を学んだり、他の人が書いた実務のソースコードを見て、実践的かつ幅のある提案力を身につけることもできます。」(劉氏)

クラウドネイティブには、
多様な視点から提案できるスキルが必須となる

ここまで、両氏がコンピュータサイエンスの基礎知識にこだわり続ける理由には、もう1つ「現在のシステムは、昔に比べて格段にレベルが高くなっている」ことがある。現在はクラウドを通して様々なシステムとがつながっているため、インターフェースやプロトコルまでも含む広範な知識が要求されてくるのだ。

「これは、クラウドでも同じです。クラウドだけで完結するシステムなら問題ないのですが、複雑な連携を伴う高度な運用や、柔軟性を担保したシステム構築となると、クラウドネイティブを構成する技術の知識がなければ、相当難しいでしょう」(劉氏)

と言うのも、そもそもクラウドネイティブとは、クラウドを活かしたアプリケーションや、クラウド自体のプラットフォームの特徴をどう生かすかを考えて作られた概念だからだ。

「そのため、リソースを柔軟に調整できたり、負荷が増えてもきちんとレスポンスを返せたり、そんな環境下でも確実にセキュリティや運用性を担保したりできないといけない。それを実現するための最先端のアーキテクチャがクラウドネイティブを構成する技術と言えば、なぜここに世界中の関心が集まっているかも納得いただけるでしょう」(鈴木氏)

またクラウドネイティブを構成する技術の知識をしっかり身につけておけば、実務の現場で最適の選択肢を検討し、実現するための力にもなる。例えば、プラットフォームの選択だ。いわゆる3大クラウド(AWS、Azure、GCP)と呼ばれるマネージドシステムは、機能的にも非常に便利で、何かをやろうと思いついた時に非常にスムーズに実現できる。

「例えるならば、豪華な旅行パッケージのようなものです。サービス満点で快適だけど、その分料金も高い。だから開発段階でのPoCやテスト環境で素早く使ってみるなら便利ですが、実運用し負荷が上がっていくと、コストが予想以上に膨らんできたりします。その一方で、他システム連携や機能も提供されている範囲でしか使えませんので、エンジニアが手を出せる範囲は限られてしまいます。でもクラウドネイティブを構成する技術の仕組みや主要なOSSを理解していれば、そうした経営上の要件も視野に入れて、マネージドシステムの活用も含め設計を見直し価値あるプランを提供できたり、さらなる改善余地を発見する可能性もあることでしょう。クラウドネイティブなエンジニアになるというのは、そうした多様な視点を踏まえて実現可能な提案ができる本質的なスキルを身につけることが求められているのです」(鈴木氏)

日本のクラウド活用の主導権確立に向けて、
世界に通用する腕前を磨こう

現在もクラウドは、順調かつ急速に、日本国内に広がりつつある。特にこの数年は、新型コロナによるリモートワークを追い風に、新たなクラウド構築やデータベース構築の案件が進められてきた。クラウド推進の観点からは、とても良い傾向だ。だがIT技術に関わる者としては、これから必ず起きてくる課題に今から備えなくてはならないと劉氏は語る。

「これらの導入は現在、パブリッククラウド中心で行なわれています。ということは、この先どこかで問題が発生したときに、それを解決できるITエンジニアがあちこちで求められるようになる。決して遠い先の話ではありません。私たちとしては、そのために充分な問題解決能力を持ったITエンジニアを一刻も早く、できるだけ多く、育てておかなくてはなりません」(劉氏)

一方、鈴木氏は、日本企業や社会がクラウド活用において主導権を確保するためにも、高度なスキルを持ったITエンジニアの育成は急務だと訴える。

「3大クラウドは日本で約4兆円の投資をするそうですが、それには当然その十倍、百倍の収益が見込まれています。何の工夫もせずに特定ベンダーのクラウドにデータを委ね、ロックインされたり、それらの利用料をすべてマネージドサービスに渡してしまうのか、それとも自分たちでデータをマネージしてコントロールしていくのか。クラウドを活用した新たなビジネスモデルの主要コストがITシステムであるなら、その性能やコストは大きな差別化要素です。それを実装レベルで考え提案できるのは、最新の高度なクラウド技術に精通したITエンジニアだけです」(鈴木氏)

まさに今、そうした最新の技術やアイディアが生まれているのが、OSSの世界だ。鈴木氏は「みんなが一生懸命オープンな世界で議論をしている。そこに日本のITエンジニアの方たちも参加して自らの能力を磨き、より良い社会の実現という形で貢献してほしいと願っています」と訴える。

本質を理解できる技術人材を育成できるか、
経営者の胆力が試されている

次は、クラウドネイティブに対応できるスキルを身につけたエンジニアの「人材力=価値」について聞いてみよう。劉氏は企業経営者として、ITエンジニアが未来への積極的な意欲を見せることは、会社にとって非常に大きな価値であると明かす。

「新しい技術や知識に対して前向きに取り組んでいる姿勢はもちろん、具体的に新しいソリューションを提案できたり、サービスのレベルをより高めてくれる可能性。また、世の中のほとんどの先端技術が生まれるOSS、とりわけKubernetesのようなクラウドネイティブを構成する技術を積極的に学ぶ姿勢を持つ人材。そうした人材は魅力的ですし、会社としても育成・採用していきたいと考えています」(劉氏)

この「未来への積極的な意欲を持って、価値を提供できる人材」となるためには、鈴木氏は「本質的なことをわかっている」ことが必要だとする。

「世の中の動向にも目を向けて、それを色々な人と議論して、自分の立ち位置を確認しながら現実的な意見が言える人。さらにそれをビジネスに結びつくアイディアに結実させるためには、技術・業務の両面にわたり本質的なことを理解している必要があります。そうした人間を育てるためには技術・業務の本質的な理解に向けた基礎スキルの修得はもちろん、本気で取り組んだ経験が重要になってきます。高い目標にチャレンジできる環境と、失敗を許す経営者の胆力が試されているのだと思っています」(鈴木氏)

では、最後にクラウド時代に求められるITエンジニア=クラウドネイティブな人材を目指す読者に向けて、2人からメッセージをお願いしよう。

「日本でもクラウドを活用した新しいビジネスがどんどん生まれ、そこでクラウドネイティブのアーキテクチャを活用したさまざまな実装がなされていくときが目前に迫っています。そのとき、ITエンジニアとして活躍できるかどうかは、皆さん一人ひとりの考えや努力にかかっています。クラウドネイティブを構成する本質的な技術力をKubernetesなどのオープンソースを通して身につけ、現在の技術や将来の技術について自分の言葉で技術を語れることは変化の激しいIT技術に対応していくための大きな力になります。世界的にもそうした人材は不足しており、すでに人材の奪い合いになっています。努力すれば、チャンスは無限に開けてくるでしょう」(鈴木氏)

「エンジニアとしての競争力という意味では『将来に必要なものを、先に着手して展開できた方が必ず勝つ』と言えます。すでに当社でもクラウドネイティブなITエンジニア育成に向けて、Kubernetesやコンテナ技術の教育を提供していますが、現時点で申し込んでくる方はまだ少数です。しかしタイミングが来れば、ITの世界は急激に変わります。そのとき、自分が価値ある人材でありたいと考える方は、すぐに行動することをお勧めします」(劉氏)

* * * * *

昨年来の生成AIの爆発的な進化や、ネットワークサービスのさらなる拡大・多様化などの追い風を受けて、クラウドの可能性は今や無限大に広がりつつある。その進化の先にあるものをいち早く探り、自らの手で創り出すITエンジニアになるために、より多くの若いエンジニアのチャレンジを期待したい。

“オープンソース技術の実践活用メディア” をスローガンに、インプレスグループが運営するエンジニアのための技術解説サイト。開発の現場で役立つノウハウ記事を毎日公開しています。

2004年の開設当初からOSS(オープンソースソフトウェア)に着目、近年は特にクラウドを取り巻く技術動向に注力し、ビジネスシーンでOSSを有効活用するための情報発信を続けています。クラウドネイティブ技術に特化したビジネスセミナー「CloudNative Days」や、Think ITと読者、著者の3者をつなぐコミュニティづくりのための勉強会「Think IT+α勉強会」、Web連載記事の書籍化など、Webサイトにとどまらない統合的なメディア展開に挑戦しています。

また、エンジニアの独立・起業、移住など多様化する「働き方」「学び方」「生き方」や「ITで社会課題を解決する」等をテーマに、世の中のさまざまな取り組みにも注目し、解説記事や取材記事も積極的に公開しています。

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