こんにちは、吉田です。今回は、Linux Foundation Researchが公開した最新レポート「日本のオープンソースの現状 2025」について紹介します。このレポートでは、日本の産業界におけるオープンソースソフトウェア(OSS)の利用実態について、驚くべき「二面性」が明らかにされています。
【参照】日本のオープンソースの現状 2025
戦略的なオープンソース活用によるビジネス価値の加速
https://www.linuxfoundation.jp/publications/2025/12/world-of-open-source-japan-2025-jp/
日本企業はOSSのビジネス価値を世界で最も高く評価している一方で、基盤インフラへの導入やガバナンスにおいては世界から大きく遅れをとっている──。本記事では、このレポートが示すデータを紐解き、日本企業が次に取るべき戦略的アクションを解説します。
パラドックス:高い価値認識と遅れる基盤インフラ
日本のOSS活用における最大の矛盾は「価値は認めているが、基盤インフラには使っていない」という点にあります。
- 世界を上回る「価値」の認識
- 基盤技術における「空洞化」
しかし、その実態を見ると、デジタルトランスフォーメーション(DX)の心臓部とも言える基盤技術への導入は驚くほど進んでいません。- オペレーティングシステム:日本の採用率は27%(世界平均61%)と、30ポイント以上の大差があります。
- クラウド・コンテナ技術:日本は33%(世界平均52%)
- Web/アプリ開発:日本は16%(世界平均52%)
- CI/CD&DevOps:日本は27%(世界平均49%)
レポートによると、過去1年間で「OSSによるビジネス価値が向上した」と回答した日本企業は69%に上り、世界平均の54%を大きく上回っています。さらに、74%の企業が「OSSは自社の将来にとって価値がある」と確信しています。これは、日本企業がコスト削減やイノベーションの源泉としてOSSを高く評価している証拠です。
なぜ、これほど差がついたのでしょうか。リスク回避的な文化、既存の独自システムやメインフレームへの偏愛、そしてデータ主権への懸念が「制度的な障壁」となっている可能性を指摘しています。
- 特定分野では世界をリード一方で、日本が世界をリードしている分野もあります。それは「専門技術」の領域です。
- AR/VR(拡張現実/仮想現実):導入率は40%(世界平均10%)
- ブロックチェーン:24%(世界平均8%)
- 製造技術(3Dプリンティング/CADなど):14%(世界平均7%)
このように、日本は「枯れたインフラ」よりも「先端アプリケーション」においてOSSを積極的に活用する、独自の進化を遂げていると言えます。
日本独自の「安心」への渇望:商用サポートへの依存
日本企業がOSSを本番環境で利用する際、世界とは全く異なるレベルの「保証」を求めていることも明らかになりました。
- 驚異的なスピード要求
本番環境での重大な問題に対し、89%の日本企業が「12時間以内の応答」をサポートプロバイダーに期待しています(世界平均は69%)。これはOSSを単なる無料のツールとしてではなく、停止が許されないミッションクリティカルなビジネスインフラとして扱っていることの裏返しです。 - 有料サポートは「必須」
規制の厳しい業界や機密データを扱うシステムにおいて、日本企業の約40〜45%が「有料サポートが不可欠」と考えています。従来の「コミュニティサポート(自己責任)」モデルではなく、SLA(サービス品質保証)を伴うエンタープライズグレードの契約を求めており、コスト削減よりも安心・安全を優先する姿勢が鮮明になっています。
ガバナンスの壁:セキュリティ評価と戦略の欠如
高い品質を求める一方で、それを自律的に管理するためのガバナンスやセキュリティ体制は未成熟です。
- 独自のセキュリティ基準への偏り
セキュリティ評価において、日本はCommon Criteria認証を重視する傾向が圧倒的で、採用率は52%に達します(世界平均はわずか13%)。政府調達などの影響が見られますが、一方でコミュニティの健全性(活動レベルやリリース頻度)をチェックしている企業はわずか26%(世界平均47%)にとどまります。
これは「認証されたお墨付き」は重視するが、「開発コミュニティが活発か(=将来にわたってメンテナンスされるか)」という実質的な健全性の確認がおろそかになっているリスクを示唆しています。
- 知的財産(IP)への過度な懸念
OSSへのより深い参加を阻んでいる最大の要因は「知的財産(IP)」です。- 貢献(Contribute)への障壁:52%がIP漏洩への恐れを挙げています。
- 採用(Adoption)への障壁:44%がライセンスやIPの懸念を挙げています。
明確なポリシーやトレーニングが不足している(51%が回答)ため、現場は法的なリスクを恐れ、受動的な利用にとどまってしまっています。オープンソース・プログラム・オフィス(OSPO)を設置している組織は41%まで増加しましたが、明確な戦略を持つ組織は39%に過ぎません。
「利用」から「貢献」へ:競争優位の源泉
本レポートの最も重要なメッセージは「ただ使うだけの組織」と「貢献する組織」との間で得られるメリットに明確な差が出ているという事実です。
- 積極的な組織ほど「強い」
OSSコミュニティに非常に積極的に関与している組織は、消極的な組織(56%)に比べ、73%が「競争上の優位性を獲得できる」と考えています。また、貢献活動を行っている組織は、以下のメリットを実感しています:- セキュリティの向上(78%)
- イノベーションの促進(77%)
- スタッフの知識向上(74%)
- ソフトウェア品質の向上(73%)
「OSSは人材採用に効く」という点も重要です。77%がOSSによって職場環境が改善されると信じており、68%が人材獲得のメリットを挙げています。優秀なエンジニアはオープンな文化や技術的に挑戦できる環境を好みます。積極的なOSS活動は採用ブランディングそのものと言えると思います。
結論:2025年以降の戦略的指針
本レポートは、日本企業が「重要な転換点」にいることを示しています。基盤インフラの遅れを取り戻し、強みである専門技術領域をさらに伸ばすために、レポートは以下の4つのアクションを推奨しています。
- 基盤インフラ導入の加速:OSやDevOpsなどの基礎分野での遅れ(ギャップ)を解消し、生産性を向上させる
- ガバナンスの確立:OSPOの設置だけでなく明確なOSS戦略とIPポリシーを策定し、従業員が安心して「貢献」できる環境を作る
- セキュリティ評価の多角化:Common Criteriaなどの認証だけでなく、自動テストやコミュニティの健全性チェック(SCAツール等の活用)を強化する
- 「消費」から「参加」へのシフト:ただ使うだけでなく、アップストリームへの貢献やスポンサーシップを通じてエコシステムに影響力を持つ
日本企業が高い品質要求と専門技術力を活かしつつ、オープンソース・コミュニティという「世界共通のイノベーションエンジン」に深く接続できたとき、日本の産業競争力は新たなステージへ進むことでしょう。
おわりに
ここまで、本レポートの内容を紹介してきましたが、気になることがあります。本レポートはLF Researchが中心となり、パートナー企業と協力して実施したオンラインアンケート調査でデータを収集しています。日本ではLinux Foundation Japanも協力しています。
しかしながら、例えば2025年4月に公開されたIPAの「オープンソース推進レポート」では、OSPOはわずか2.1%しか「存在する」と回答していないデータと比較すると乖離が大きすぎます。アンケートの対象領域を簡単に増やすことは難しいかも知れませんが、このようなレポートを読み解く際は少なからず注意が必要だということを、あえて最後に追記したいと思います。