月刊Linux Foundationウォッチ 65

LFが2025年の年次報告書「オープンにおけるイノベーション」を公開

吉田 行男

2月27日 6:30

こんにちは、吉田です。今回は、Linux Foundationが公開した「オープンにおけるイノベーション 2025年度Linux Foundation 年次報告書」 について紹介します。

【参照】2025年度年次報告書 オープンにおけるイノベーション
https://www.linuxfoundation.jp/wp-content/uploads/2026/01/%E7%BF%BB%E8%A8%B32025-Linux-Foundation-Annual-Report_122225a_lr.pdf

AI時代への対応
ーPARK Stackと新たなエコシステム

この報告書で最も多くの紙幅が割かれているのがAIへの対応です。Jim Zemlin氏は巻頭で「私たちは過去2世紀で最も重要な技術変革の真っ只中にいる」と述べ、その変革がAIであることを明言しています。

LFがAI分野で注目する概念として「PARK Stack」が紹介されています。これはAIニュースレターで知られるBen Lorica氏が提唱した造語で、PyTorch(深層学習フレームワーク)、AIモデル、Ray(分散コンピューティングフレームワーク)、Kubernetes(コンテナオーケストレーション)の頭文字を組み合わせたものです。このスタックはAIシステムの構築・トレーニング・推論という中核インフラを担うものとして位置づけられており、注目すべきはその4コンポーネントのうち3つがLinux Foundationのプロジェクトであるという点です。

Zemlin氏は、PARK StackをかつてのLAMP Stack(Linux、Apache、MySQL、PHP/Perl/Python)になぞらえています。LAMPスタックがドットコム時代のウェブビジネスの爆発的成長を支えたように、PARK Stackも同等かそれ以上の産業的インパクトを持つ可能性があると強調しています。「歴史はテクノロジーサイクルの中で繰り返される」ーこの言葉には、オープンソース財団としての強い自信が滲んでいます。

しかし、PARK Stackだけでは不十分だとも認めています。オープンソースコミュニティには、AI開発者が大規模なデータにアクセスするための適切な仕組みがまだ整っていません。知的財産権保有者がパブリッククローラーからコンテンツを遮断する動きが加速する中、このデータアクセス問題は深刻化しています。また、プロプライエタリな大規模AIモデルに対抗できる「AIのLinux」に相当する存在も、まだ生まれていないと率直に認めています。

こうした課題への回答として、LFはAgentic AI Foundation(AAIF)を立ち上げました。AAIFはエージェント型AIテクノロジーのための新たな中立的な拠点です。Model Context Protocol(MCP)、goose、AGENTS.mdといった創設メンバーの貢献のもと、自律システムがツール・データ・ワークフローにアクセスする方法に関するオープンな標準規格の確立を目指しています。

Zemlin氏は、AAIFの意義をかつてKubernetesやクラウドネイティブムーブメントが業界に与えたインパクトに重ねています。業界リーダーを早期に招集し、共通標準を策定することでAIの次のフェーズが断片化ではなくオープン性と相互運用性に基づいて構築されることを保証するーこれはLFにとって歴史的なマイルストーンだと述べています。

OSPOの急成長
ー企業のオープンソース戦略が加速

理事長Nithya Ruff氏のメッセージで特に目を引くのが、オープンソースプログラムオフィス(OSPO)の急激な拡大です。OSPOとは企業・組織がオープンソース活動を組織的に推進するための専門部門で、オープンソースへの戦略的コミットメントの指標として注目されています。

報告書によれば、2年以内にOSPOを設立する計画を持つ組織が、2024年の15%から2025年には45%へと3倍に急増しています。この数字は、企業がオープンソースを単なるコスト削減の手段としてではなく、イノベーション戦略の中核として捉え始めていることを示しています。

さらに、OSPOを持つ組織はアップストリームへの貢献を可能にする確率が2.5倍、オープンソースへの参加を奨励する確率がほぼ2倍に上るというデータも示されています。大学や国家機関でさえOSPOをイノベーションとコラボレーションの拠点として活用しようとしている動きも紹介されました。

Ruff氏は、OSPOを組織がオープンソース戦略に真剣に向き合い、協働への意欲を示す証だと語っています。同時にOSPOを持つ組織が直面している複雑な現実ー突然のライセンス変更、サイバーレジリエンス法(CRA)などの政府規制、オープンソースAIをめぐる議論、サプライチェーンセキュリティ——にも言及しています。

セキュリティと持続可能性
ーオープンソースの根本的な課題

この報告書で繰り返し強調されているのがセキュリティとサプライチェーンの脆弱性という問題です。オープンソースはすでに世界中の重要インフラを支えていますが、その多くがセキュリティトレーニングを受けていない可能性のあるボランティアによって維持されているという現実があります。

EUのサイバーレジリエンス法は、オープンソースのメンテナーとユーザーに対して説明責任の強化、ソフトウェア部品表(SBOM)の整備、重大な脆弱性への迅速な対応を求めています。LFはこうした規制の変化に対してコミュニティが適切に対応できるよう、ガイダンスやツールの提供を強化しています。

また、コミュニティの高齢化という問題も正面から取り上げています。オープンソースの先駆者たちが功績を積み重ねてきた一方で、次世代への技術継承が十分に進んでいないという課題があります。Ruff氏は「多くの若者はオープンソースの歴史、精神、文化を知らず、当たり前のこととして捉えている」と警鐘を鳴らしています。

Linuxカーネル自体もこの課題から無縁ではなく、プログラミング言語RustやeBPF(カーネル空間でのプログラム実行技術)といった最新要素を積極的に取り込むことで、セキュリティと現代的な開発体験の両立を図っています。

教育と人材育成ーLF Trainingの進化

LFの教育事業は、この報告書において大きな変革の時期を迎えていることが伝えられています。LF Trainingは従来の認定プログラム中心のモデルからオープンソースに特化した包括的な技術教育サブスクリプションへとピボットしています。

特筆すべき事例として、Andela-CNCF Kubernetesアフリカ開発者トレーニングプログラムが紹介されています。このプログラムはアフリカで5,600人以上のエンジニアを育成しており、LFがグローバルな人材育成においても本格的な役割を担っていることを示しています。

また、一般にはレガシーとして見られがちなメインフレームやCOBOLの分野にも、意欲的な若い人材が参入してきていることが報告されています。これらの技術は今なお世界の重要インフラを支えており、こうした動きはテクノロジーの多様性と継続性を守る観点からも意義深いと言えます。

教育の無償提供やマイクロモジュール型の学習プラットフォームも整備が進んでおり、経済的なバリアを超えてスキルを習得できる環境づくりが着実に進んでいます。

コミュニティと組織規模
ー過去最高の数字

報告書では、組織規模の数字について「過去最高を記録した」という表現が随所に登場します。会員数、イベント参加者数ともに前年を上回り、特に草の根レベルでの活動の活発化が強調されています。

CNCF(Cloud Native Computing Foundation)は、OpenTelemetryやBackstageといったプロジェクトの第二波を迎えており、世界をリードするオープンソース財団と肩を並べる規模に近づきつつあります。KubeCon(世界最大級のKubernetesカンファレンス)をはじめとする数千ものイベントが2025年に開催されており、エコシステムの広がりを物語っています。

インドへの進出が2024年12月に正式に認められたことも報告されています。地球上で最も人口の多い国での公式な存在感確立は、LFのグローバル化において大きな一歩です。国連がオープンソース原則を発表しLFとの連携を深めていることも触れられており、オープンソースが政府や国際機関レベルでの認知を獲得していることが改めて確認できます。

影響範囲の拡大ー7つのドメイン

報告書では「影響範囲(Impact Areas)」として7つのドメインが挙げられています。オープンフォーク、セキュリティ、クラウド、AI、データ、ハードウェアとインフラストラクチャ、産業、そして信頼ーこれらはすべて、LFプロジェクトが実際に影響を及ぼしている領域です。特にAIについては独立したセクションが設けられており、LFにとってAIがすでに最重要テーマとして位置づけられていることが明確です。

クラウドネイティブの分野ではKubernetesを中心としたエコシステムが引き続き拡大しており、エネルギー・通信・金融・メディアといった産業分野でもLFプロジェクトを核とした共有技術の構築が進んでいます。

財務の透明性

報告書の末尾には財務情報(Financial Transparency)のセクションが設けられており、非営利組織としての説明責任を果たす姿勢が示されています。具体的な数字の詳細はレポート本体に譲りますが、会員収入の増加とイベント参加者数の拡大が財務面での安定にも寄与していることがうかがえます。

まとめーオープンソースの新たな時代

この年次報告書が描くのは、オープンソースが単なるソフトウェア開発の手法を超え、AI、セキュリティ、規制対応、教育、国際連携という多元的な課題と正面から向き合うグローバルムーブメントへと進化している姿です。

PARK StackやAAIFに代表されるAIへの取り組み、OSPOの急増に見られる企業の戦略的シフト、教育事業のグローバル展開、そしてサプライチェーンセキュリティへの本格対応ーこれらはいずれも、オープンソースが「成熟した基盤技術」から「次世代技術を牽引するプラットフォーム」へと脱皮しようとしているプロセスを示しています。

Jim Zemlin氏が語るように「人、プロジェクト、進歩」というLFの価値観は変わりません。しかし、その価値観を実現するための舞台は確実に広がっています。AI時代のオープンソースが次の30年をどう形作るのかー本報告書はその可能性の輪郭を描いた1枚の地図であると言えるでしょう。

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