「イチゴと会話しろ」と言われたIT起業家が見つけた、農業の構造的課題
第1回の今回は、IT企業を経営していた著者が被災地でイチゴ農業に参入し、熟練者の技術が継承されにくい農業の構造を観測可能性の低さから解説する。
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はじめに
第1回では、IT企業を経営していた私が、東日本大震災をきっかけに故郷の宮城県山元町で農業に参入し、ベテラン農家の「勘と経験」に支えられていたイチゴ栽培と向き合う中で、農業の技術伝承と生産性向上を妨げている構造的な問題を、どのように捉えたのかを紹介する。
農業にITを導入したというと、センサーや自動制御システムを使って栽培を効率化した話だと思われがちである。しかし、私たちが最初に直面したのは、そもそも現場で何が起きているのか、熟練者が何を根拠に判断しているのかを、本人以外の人間が理解できないという、技術導入以前の問題であった。
「イチゴづくりは、イチゴと会話しながら学ぶもの」
「イチゴの作り方を教えてください」
農業を始めたばかりの私は、営農歴40年のベテラン農家に、栽培技術を具体的に教えてほしいと頼んだ。しかし、そこで返ってきたのは、温度管理や灌水方法を記載したマニュアルでも、栽培条件を整理した一覧表でもなかった。
「馬鹿野郎。イチゴづくりは、イチゴと会話しながら学ぶもんだ」
ベテラン農家は冗談を言ったわけではない。葉の色や向き、茎の太さ、株全体の勢い、朝にハウスへ入った瞬間の空気、前日までの気温や日射量などを総合的に捉えながら、その日に窓を開ける時間、水を与える量、肥料の濃度などを判断しており、本人にとっては、イチゴの状態を見れば次に何をすべきかが自然に分かるという意味だったのだと考える。
長年の栽培経験によって形成されたその判断は、決して非合理的なものではなく、膨大な観察と試行錯誤を通じて熟練者の中に構築された、高度な判断モデルであった。一方、農業の経験を持たず、ITの世界から入ってきた私には、その言葉が別の問題を示しているように聞こえた。
この人が引退したとき、この技術はどこに残るのだろうか。
東日本大震災をきっかけに
故郷で農業を始める
私は2002年に東京でIT企業を創業し、システム開発やITコンサルティングに携わりながら事業を拡大していたが、2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、人生の方向が大きく変わることになった。
私の故郷である宮城県山元町は、震災以前からイチゴ栽培が盛んな地域であり、町の基幹産業の1つとして約130戸の農家がイチゴを生産していた。しかし、大津波によって多くの農地や栽培施設が被災し、地域のイチゴ産業は壊滅的な状況に追い込まれた。
地域を復興させるためには、住宅や道路などのインフラを再建するだけでなく、そこで暮らす人たちが将来にわたって働き、所得を得られる産業を再生する必要がある。そこで私は山元町へ戻り、イチゴ栽培を通じた地域の産業復興を目指して、農業生産法人GRAを設立した。
もっとも、当時の私には農業経験がまったくなかったため、営農歴40年のベテラン農家を経営アドバイザーとして招き、約5アールの小さな温室から栽培を始めた。最初はベテラン農家の隣に立ち、その作業を見よう見まねで覚えようとしたが、なぜ今日は窓を開け、なぜ昨日より水を減らし、同じ温度に見えるのになぜ今日は暖房を使うのかと質問しても、「イチゴを見れば分かる」「毎日やっていれば、そのうち分かる」という答えが返ってくることが多く、技術を他者へ伝えることの難しさを早い段階で実感した。
問題は、知識がないことではなく
取り出せないことだった
農業の世界では、「勘と経験」という言葉が頻繁に使われる。ITやデータ分析に携わる人の中には、勘と経験に依存する仕事を「科学的ではない」、あるいは「時代遅れだ」と捉える人もいるかもしれないが、私はそのようには考えていない。
熟練者の勘は、温度、湿度、日射量、培地の状態、葉の色、草勢、過去の栽培履歴など、数多くの変数を長年観察し、それらと収穫結果との関係を自分の中に蓄積することで形成されたものである。本人は一つひとつの変数を言葉で説明していなくても、複数の情報を瞬間的に統合し、次に行うべき操作を判断している。
ITシステムに置き換えて考えれば、熟練者の中には非常に精度の高いアルゴリズムが実装されている一方で、そのソースコードを確認することができず、どの変数を使い、どのような条件分岐によって結論を導いたのかを、外部から観測できない状態だと言える。
つまり、問題はベテラン農家が知識を持っていないことではなく、その知識を本人以外が利用できる形で取り出せないことであった。
従来のイチゴ栽培では、ハウスの開閉による温度調整、CO2の施用、肥料濃度、灌水量やそのタイミング、草勢の管理など、多くの判断が長年の経験に基づいて行われており、標準化された作業マニュアルを持たない農家も少なくなかった。そのため、技術の伝承は親から子へ、あるいは長期間一緒に働いた近しい人へと、一子相伝に近い方法で行われることが一般的であった。エンジニアの世界で言えば、これはまさに「属人化」した状態である。
この方法でも後継者が存在し、何年もの時間をかけて同じ現場で働くことができれば、一定の技術は伝えられる。しかし、後継者がいなければ、何十年もかけて蓄積された技術が農家の引退とともに失われ、次に農業を始める人は、再びゼロに近い状態から試行錯誤を始めなければならない。
これは、単に農家の人数が減少するという問題ではなく、産業全体に知識が蓄積されず、世代が変わるたびに技術進化の一部がリセットされるという、より深刻な問題であった。
農業はフィードバックが返るまでの時間が長い
ITエンジニアであれば、システムやプロダクトを改善するためには、実行結果から得られるフィードバックが不可欠であることを理解しているはずである。
プログラムを書いて実行し、期待した結果が得られなければログを確認し、原因について仮説を立て、修正して再び実行する。このサイクルを短く回すことができれば、問題の発見と改善を繰り返しながら、システムの品質を速い速度で高めることができる。
ところが、農業では施策の結果が返ってくるまでに、非常に長い時間がかかる。
イチゴの場合、親株を植え付けて苗を育て、その苗を本圃へ定植し、収穫を終えるまでの一連の栽培サイクルには約20カ月を要する。そのため、ある栽培方法や環境設定が本当に正しかったのかを、収量や品質を含めて総合的に評価できる機会は、基本的に1つのシーズンに1度しかない。
ソフトウェア開発に例えるなら、一度コードを変更すると、本番での実行結果が返ってくるのが数カ月後から1年後になるような環境である。しかも、その間には気温、湿度、日射量などの外部条件が変化するため、前年と同じ操作を行っても、必ずしも同じ結果が得られるとは限らない。
改善を担う人がいない
――小規模経営という構造的制約
さらに、多くの農家は小規模な家族経営であり、日々の栽培、収穫、選果、パッキング、出荷といった作業に追われている。そのような組織が、研究開発、データ分析、マニュアル作成などを担当する専任者を置くことは、現実的には容易ではない。
私たちの研究では、農業において知識の蓄積と技術の進化が進みにくい要因を、「長いリードタイム」「労働集約的な環境」「制御することが難しい栽培環境」「小規模な組織形態」という四つに整理した※1。
重要なのは、農業従事者が改善に消極的だから技術が進化しないのではなく、通常の農業経営の構造そのものが、仮説検証と知識蓄積を継続的に行いにくい形になっているということである。
※1:岩佐大輝・那須清吾「農業における知のマネジメントに関する成功メカニズムの解明」
『地域活性研究』第23巻、地域活性学会、2025年、41–50頁。
https://doi.org/10.57340/ckg.23.0_41
最初に必要だったのは
AIではなく観測可能性だった
「農業へのIT導入」と聞くと、AIによる収穫予測、画像認識による病害検知、ロボットによる作業の自動化など、先端的な技術の活用を想像する人が多いだろう。
しかし、私たちが最初に取り組む必要があったのは、それよりも手前の課題であった。
栽培現場で何が起きているのかが分からない。ベテラン農家が、どの情報を根拠に操作を決めたのかが分からない。その操作の結果として、植物の状態、品質、収量がどのように変化したのかも、後から十分に検証できない。
すなわち、農場というシステムの観測可能性が低かったのである。
例えば、ベテラン農家が「今日は灌水量を少なくする」と判断した場合、その背景には当日の温度や湿度だけでなく、日射量、培地の水分状態、葉の様子、前日までの灌水履歴など、複数の要因が関係している可能性がある。
しかし、判断に使用したデータ、実際に行った操作、その後の植物の反応が記録されていなければ、結果が良かったとしても、なぜ良かったのかを検証できない。次のシーズンに同じ判断を再現することも、別の農場へ技術を展開することも難しくなる。
そこで私たちは、農業を単に「作物を育てる仕事」として見るのではなく、入力、環境条件、人による判断と操作、そして収量や品質という出力によって構成される、1つのシステムとして捉えるようになった。
温度、湿度、CO2濃度、日射量、水質などの環境情報を取得し、そのとき人がどのような操作を行い、結果として作物がどのように成長したのかを記録することで、初めて改善のための仮説を立てられるようになる。最初は環境をセンシングデータに合わせて自動制御させるような高度なシステムではなく、市販のセンサーを購入し、それぞれをスタンドアローンで設置して、とにかくデータを取り始めることからスタートした。
ただし、ここで注意しなければならないのは「センサーを設置し、データを取得すること自体が目的ではない」ということである。
どのデータを、何のために取得するのか。そのデータを誰が分析し、どのような知識へ変換するのか。分析によって得られた知識を、誰がどのように次の栽培へ反映するのか。そこまでの一連の流れが設計されていなければ、データは蓄積されるだけであり、現場の判断や成果は変わらない。
必要だったのは、IT機器の導入そのものではなく、現場を観測し、結果を分析し、得られた知識を再び現場へ戻す学習の仕組みであった。
こうして、大津波の大混乱期にスタートしたGRAだったが、手作りの小規模パイプハウスに市販のセンサーを組み合わせながら、「匠の技を形式知化する」という基本的なアイデアを実装していくスタートラインに立つことができた1年目であった。
異分野に入ったエンジニアが
最初に行うべきこと
私は農業について何も知らない状態で、イチゴ栽培を始めた。ベテラン農家が葉を見て理解していることを、私には理解できず、ハウスに入った瞬間の空気から作物の状態を察知することもできなかった。
しかし、分からなかったからこそ、なぜその判断をするのか、どの変数を見ているのか、判断の結果を何によって評価するのか、別の人が同じ判断を再現するためには何が必要なのか、という問いを持つことができた。
異分野へ入ったエンジニアは、自分がよく知っている技術を、すぐに導入したくなることがある。
AIを使えば解決できるのではないか。クラウドへ移行すれば効率化できるのではないか。データ基盤やダッシュボードを作れば、業務を改善できるのではないか。
しかし、本当に最初に行うべきなのは、技術の提案ではない。
その産業では、知識がどこに存在し、なぜ共有されていないのか。フィードバックの流れがどこで途切れ、改善の速度を何が制約しているのか。現場の人が当然だと考えている行動の背後に、どのような判断モデルが存在しているのか。
それらを観察し、問題の構造を理解しないままITを導入しても、既存の非効率な業務を、そのままデジタルへ置き換えるだけで終わる可能性がある。
私たちが農業で目指したのは、熟練者の「勘と経験」を否定し、すべてをコンピューターへ置き換えることではなかった。
むしろ、熟練者の中に存在する貴重な知識を本人の引退とともに失われない形へ変え、個人の経験を組織の知識として蓄積し、次の世代や別の農場でも利用できるようにすることであった。
その後、私はこの経験を研究として整理し、「農業において生産性の向上をもたらす技術の進化を可能に至らしめる、知の伝承のメカニズムは何か」というリサーチクエスチョンを設定した。
そこで見えてきたのは、センサーや自動制御システムを導入するだけでは、農業の知識は継続的に進化しないということである。
複数の農場からデータを集め、それを分析する研究開発機能を置き、改善された知識をマニュアルや教育を通じて再び農場へ戻す。さらに、現場の農家がデータを提供し、改善された知識を受け取り続けるためのインセンティブまで設計する必要がある。
つまり、私たちが作ろうとしていたのは、ITを導入した農場ではなく、経験とデータを基に、組織全体が継続的に学習する農業の仕組みだった。
おわりに
次回は、GRAがセンサー、自動制御システム、研究開発機能、人材育成、独立農家のネットワークをどのように接続し、農場を「学習する分散システム」へ変えていったのかを、具体的に紹介する。
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