強盗が 侍魂 呼び覚ます

2008年6月14日(土)
原田 季栄

ケチャップ強盗の真実

 「証明」することはできませんが、起こったのはきっとこういうことです。

 犯人は2人組以上で、肩をたたいてきた男性は背後から静かに近づき持っていたスプレーか何かでジャケットを汚します。男性は相棒がターゲットである私から死角となる左後方で待機しています。男性がターゲットの右肩をたたきます。相棒はターゲットがジャケットの確認をする瞬間を待ち、荷物を奪うと急いで現場から離れます。相棒が十分離れたことを確認してから、男性はターゲットを「相棒が向かったのと反対の方向」に行くように演技します。「演技」と言っても難しくはありません、ターゲットを慌てさせて、「反対の方向」を示せば、ターゲットはそこに向かいます。

 相棒は駅を出ると、待機している車に乗り、現場を離れます(ドライバー役もいたのかもしれません)。男性は、ターゲットを一定時間現場に足止めしたら、あとはタイミングを見て現場を離れるだけです。

 このシナリオにおいて、男性はずっと「善意の第三者」を演じています。盗品を持っているわけではないから、怪しまれたり問いつめたりしても「自分はただ通りすがりだ」と言えば、それ以上追いつめることはできません。公開鍵暗号なみの実に巧みなシステムです。

 私は「ケチャップ強盗」という言葉を知っていましたし、その手順もどこかで読んだことがありました。告白すると、それを読んだ時は、「そんな稚拙な手段で被害に遭うなんて」と思いました。その自分が、こうして被害に遭ってしまったのです。現実のケチャップ強盗はケチャップの瓶を抱えて正面から歩み寄ってくるわけではないのです。

調書を取る

 トイレの近くに戻り時計を見たらちょうど午後8時でした。1人駅の構内に立ちつくしながら自分は何を失ったのだろうと考えました。パスポートはワイシャツの胸ポケットに入っていましたし、いつもならバッグに入れているノートPCは部屋に残してきていました。ユーロの現金が入った財布はズボンのポケットで、とりあえず最悪の事態は免れたようです。

 次につい数10分前まで自分が持っていたバッグの中身を思い出そうと努力しました。地図、ベルギー観光局から送ってもらったパンフレット、「地球の歩き方」、会議のプログラム、会場の住所、日欧産業協力センター(http://www.eu-japan.gr.jp/base/index1.html)の連絡先を書いたメモ、発表の参考用に持ってきた論文のプリント、日欧産業協力センターの方からいただいた資料、傘、モデムやLANケーブルなどのPCの周辺機器、そういえばロットリングのペンも入っていたな...。

 まずい、普段使っているバッグをそのまま持ってきたから、三菱東京UFJ銀行の通帳、ゆうちょ銀行の通帳とカード、JAバンクの通帳とカードも入っていた。出しておけば良かった...。

 バッグを失った自分は、「一体、これからどうしようか」と考えました。なぜか「このままただ帰ってはいけない」と思いました。そこで、グラン・プラスに戻り、警察署のドアを開け、受付にいた人に「盗難に遭ったので届けたい」と伝え、状況を簡単に説明しました。

 4、5名のスタッフがいましたが、中で英語を話せる男性が私の事件を担当してくれることになりました。パスポートを提示し、所定の様式に記入してから、事情聴取が始まりました。1つ1つ細かく聞かれますが、こちらは記憶をたよりに回答するので、かなり時間がかかり、聴取は2時間近くもかかりました。

 聴取が終わったら結果を様式として印刷します。「これから結果を印刷するけれど、おれは英語で文書を書きたくないから、フランス語で書くぞ。おまえはフランス語がわからないようだが、ちゃんと言った通りに書くから、安心してサインするんだ」と言われました。無論異存はありません。

 こうしてフランス語の調書が3部出力され、私と担当の警察の人がそのすべてにサインをします。1部をもらっておしまいです。一仕事終えた感じで、なんとなく握手をしました(そういう流れです)。

 時計を見ると午後10時過ぎです。どうやって帰ろうかなと思って、ホテルまでの帰り方を質問すると、「そりゃ地下鉄が早いさ」という答えです。「おいおい、今被害に遭った地下鉄で帰れというのかい」と心の中でつっこみながら、「どの路線に乗れば良いですか?」と聞くと、「いや、自分はブリュッセルに住んでないからわからない」と言います。これを聞いて地下鉄で帰るのはやめました。

 「歩いて帰って大丈夫でしょうか?(治安的に)」と聞くと、「とにかく大きな道を歩くんだ。そうしたら多分大丈夫」という返事だったので、五角形の真ん中を横切るルート(地図(http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&hl=en&msa=0&msid=106159858337708025302.0004468f695f5b4b1843e&ll=50.845405,4.352989&spn=0.022545,0.054932&z=14)の「安全な道」)で帰ることにしました。

TOMOYO Linuxプロジェクト
北海道室蘭市生まれ。1985年北海道大学工学部応用物理学科卒。同年NTT(横須賀研究センター)入社。現在の所属は、株式会社NTTデータ技術開発本部。2003年よりオープンソースの研究開発に取り組む。「使いこなせて安全」を目指すTOMOYO Linuxプロジェクトのマネージャ。

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