スマート家電のある暮らし

2016年2月8日(月)
特定非営利活動法人日本ネットワークセキュリティ協会 (JNSA)未来予測プロジェクト
この記事は、書籍『サイバーセキュリティ2020 脅威の近未来予測 』の内容を、Think IT向けに特別にオンラインで公開しているものです。詳しくは記事末尾の書籍紹介欄をご覧ください。
主な登場人物
  • 洋和:父 グローバル展開する企業のサラリーマン 40歳
  • あやこ:母 服飾デザイナー 39歳
  • まゆ:長女 中学2年生 14歳
  • ゆうすけ:長男 小学6年生 11歳
  • ある4人家族の生活

     父の洋和と母のあやこは、在宅勤務が多い。インターネットのおかげだ。仕事に限らず日常生活や趣味などでも、インターネットはなくてはならない重要インフラである。高速で安価なネットワークがどこでも利用できるようになったことで、さまざまなものがインターネットに接続されるようになった。洋和の一家が現在住んでいるマンションを選んだのも、先進的なネットワークサービスを提供していることが理由の1つだ。洋和は、家の中で常にタブレットを手元に置いていて、トイレの中まで持ち込む。海外から来る緊急の仕事の連絡が、深夜や早朝の場合もあるためだ。

     母のあやこは服飾デザイナーで、自宅から会社のデザインシステムを使って仕事をすることが多い。ローラー競技(フィギュア)の参加選手のコスチュームもデザインした。あやこが3Dグラスをかけて洋服のデザインの打ち合わせをしていると、長男のゆうすけは、「また、1人で踊ってるー」

    とあやこをからかう。3Dグラスをかけて空中のボタンを押している様子は、はたから見ると、まるでパントマイムをしているようで滑稽なのだ。だから電車での移動中や街なかのカフェでは、恥ずかしくて使えない。また、グラスにデザイン中の衣装が映りこんでしまうと、発売前の衣装デザイン案の漏えいというリスクもあるから、公共の場では使わない。

     あやこが勤務している会社では、スマートフォンと連携したアパレル通販が売り上げを伸ばしている。この通販システムでは、顧客がスマートフォン用アプリで自分の全身を撮影し、素材とデザインを選択すると、フルオーダーのオリジナル服を安く早く作って届けてくれる。スマートフォン用アプリは、写真から身体のサイズを自動的に測定して、そのデータをアパレルブランドのウェブサイトに送っている。

     身体データはプライバシー度が高い情報なので、インターネットに接続されたサーバー上に長期間保存したままにするのは、サイバー攻撃による情報漏えいのリスクがあるため好ましくない。また、体型も年齢とともに変化するので、身体データには有効期限を設けて、期限を過ぎたら消去される仕組みになっている。このオーダーメードシステムにはヨーロッパのとある有名ブランドからの引き合いがあるのだが、現行のシステムでは収集した身体サイズを含む個人情報を日本のサーバーに蓄積するため、ヨーロッパの個人情報保護法をいかにクリアするかが課題となっている。

     あやこは、仕事が忙しくても、家族に毎日美味しい料理を作ってあげたいと考えている。そこで、最新式のロボット調理レンジ「フードプロフェッサー」を購入した。これはフードプロセッサーとオーブンレンジが一体化したもので、材料を入れるだけで基本的な調理を半自動で進めてくれる。人間の作業は、レシピの手順に合わせて材料や調味料を追加投入する程度だ。

     ゆうすけは、「手作り料理が食べたいよー」と文句を言っているが、できたての美味しい料理が食べられるので、実はまんざらでもない様子だ。フードプロフェッサーは、インターネット経由でレシピサイトと連携する。掲載レシピをダウンロードすれば新しい料理に失敗なしで挑戦できるので、とても重宝している。簡単な料理なら夜に仕込んでおけば朝にはちょうどできているので、夜遅くまで仕事をすることもあるあやこにはぴったりの製品だ。

     しかし過去には、フードプロフェッサーがウイルスに感染して料理ができていなかったこともある。フードプロフェッサーはWi-Fiで自宅のネットワークに接続されているため、インターネットに繋がっているという意識が低かった。今は、スマートホームをまるごとセキュリティ対策してくれるパッケージ製品を導入したので、家族のスマートフォンも、パソコンもスマート家電やホームサーバーも、すべてウイルス感染やサイバー攻撃から保護されている。

     長女のまゆは、最近、最新型のスマートフォンを購入した。購入後すぐにセキュリティ対策ソフトを入れ、ホームサーバー経由で以前の機種の設定ファイルをダウンロードし、フルバックアップをホームサーバー経由でクラウドへアップロードする設定にした。スマートフォンを狙ったサイバー攻撃は高度化していて、気をつけているつもりでも不審なアプリをインストールされていたり、友達になりすましたメッセージを開いてしまったりと、たびたび怖い目にあっている。学校のICTの授業でも「ウイルス対策ソフトの検知機能はまだ万全ではない」と教えられている。ウイルスやサイバー攻撃でスマートフォンの全データが消えてしまった身近な友達を知っているだけに、まゆも学校の勉強以上にまじめに取り組んでいるのだ。

     まゆは最近ダイエットをしているので、新しいスマートフォンに健康管理アプリ「YA-serow」をインストールした。このアプリは、スマート体重計から体重データを自動取得し、スマートリストバンドからは消費カロリーの基礎データを取得して、スマートフォンで料理の写真を撮ると摂取カロリーを推計してくれる。これらのデータをもとに、摂取カロリー、消費カロリー、体重の関係を計算して、無理なく体重管理ができるというスグレモノだ。

     ただし、便利さだけに目を奪われてはいけない。乙女の体重は国家機密並みに秘匿性の高いデータだが、多くの健康管理アプリはヘルスデータをインターネット上のクラウドで管理している。無料の健康管理アプリを使用していたら、ヘルスデータが第三者に転売されたという事件も発生している。無料アプリの恩恵だけでなく、個人情報流出の危険性を認識しなければならない。セキュリティ意識の高い人は、ウイルス対策ソフトの会社が出しているパスワード管理ソフト(第三者機関によるセキュリティ評価認証済み)を使用して、クラウドサービスのアカウントとパスワードを管理するなどの対策を講じている。

     ゆうすけもスマートフォンを持っているが、こちらはもっぱらゲーム機になっている。小学生のゆうすけは知らないが、両親はゆうすけのスマートフォンに安否確認のアプリを入れている。スマートフォンに内蔵されているGPSや加速度センサー、電子コンパスを使い、登下校や外出先を一目で把握できる見守りアプリというものだ。学校帰りに友だちと寄り道すると、なぜかお母さんにバレているのは、そういう理由である。

     学校から帰ってきたゆうすけが顔認証と静脈認証で玄関ドアを開けると、その情報はホームサーバーに送られる。母が自宅勤務ではなく会社にいるときも、その情報が母のスマートフォンに送信されるので、いつ帰ってきたかわかるし、玄関ドアの動画を会社からチェックすることもできる。自宅内ではたくさんの家電がWi-Fiで繋がっていて、それら家電のセンサー情報を使ったセンサーネットワークが組まれている。だから、母が自宅にいなくても、ゆうすけは帰宅に合わせて母からのメッセージを再生することもできる。

     それでも困ったことがあったら、テレビ電話で田舎の祖父母にすぐに連絡を取れるようになっている。電源を入れて、リモコンのボタンを1回押すだけで田舎の祖父母と繋がる。母は心配せずに仕事ができるし、祖父母は孫の顔を見られて、一石二鳥である。このシステムは、子どもの遠隔見守りだけでなく、仕事が忙しいペットの飼い主にも好評だ。仕事場からペットの様子を見たり、双方向映像で声をかけたり、出張先から遠隔操作でペットフードを与えたりできるからである。

    設備の先進性で選んだマンション

     洋和の一家が住んでいるのは都心にある最新設備のマンションで、あらかじめ高速インターネット回線が整備されている。室内の高速Wi-Fi環境も最初から用意されており、各戸で個別に設定する場合と違って隣や上下階と干渉しないように設定されている。Wi-Fi通信は暗号化されているので、マンション外からの盗聴や無断利用もできない。さらに、住民用のインターネット回線やマンションの出入りを認証するドアフォン、および燃料電池発電装置を含む電気と空調設備のセキュリティ管理は、マンション全体でセキュリティ専門企業と契約している。

     しばらく前にマンションの情報系サーバー機器のマルウェア感染が見つかったが、監視を委託していたセキュリティ専門企業が早期に検知したため、幸いにも被害はなかった。セキュリティ専門企業がマルウェアを解析したところ、マンションの掲示板にアクセスした住民のパソコンやスマートフォンに感染して、オンラインバンキングやオンラインショッピングのアカウントを盗む恐れがあることがわかった。

     マンションの共益費は、このような監視費用が含まれるためやや高い。しかし、自分たちではできない高度なサイバー攻撃の監視や対策を行ってくれるので、納得のいく金額でもある。洋和もあやこも在宅勤務が多く自宅から仕事でインターネットを使う。冒頭でも述べたが、こうした先進的なサービスがあったことは、このマンションを選んだ大きな理由となっている。

    繋がるスマート家電

     マンション内の高速Wi-Fiネットワークには、タブレットやスマートフォンだけでなく、テレビ、エアコン、冷蔵庫、ロボット調理レンジ、ロボット掃除機、個人認証ドアフォン、ホームサーバーなど、さまざまなものが繋がっている。ミドルウェアと呼ばれる制御用プログラム基盤や通信プロトコルの共通化が始まっているため、異なるメーカー間でも、スマート家電による家電ネットワークを構築して、有機的に連携できるようになった。たとえば、ロボット調理レンジが冷蔵庫と連携して、冷蔵庫内の食材でできる料理を提案する。エアコンはロボット掃除機と連携して、掃除中は自動的に空気清浄モードで動作したりする。

     ところが最近、この家電の連携機能を狙って、家電になりすますマルウェアが出現している。家電なりすましマルウェアは、まずインターネット経由でパソコンやスマートフォンに感染する。感染したマルウェアはパソコンやスマートフォンを使ってさまざまなスマート家電になりすまして家電ネットワークに接続し、他のスマート家電から個人情報を取り出したり、スマート家電を踏み台にして他のスマート家電を攻撃したりする。

     そこで、主要なスマート家電メーカーは、公開鍵暗号による認証を使って本物であると自己証明する仕組みの導入を決定した。しかしこの接続認証の仕組みは、中小企業にとっては維持管理が難しく、スマート家電への参入障壁になってしまった。また中小規模のメーカーが公開鍵を取得/維持して、家電ネットワークへ接続できる家電を販売できるようになっても、倒産して証明書の有効期限が切れてしまえば、そのメーカーの製品は家電ネットワークに繋がらなくなってしまう。家電ネットワークが安全になった一方、消費者にとっては、中小企業製のスマート家電を購入しにくいという状況が生まれてしまった。

    お買い物

     多忙なあやこは、「MaiDo」をよく利用する。MaiDoは、ネット上に存在するあらゆるネット通販に精通している買い物アシスタントだ。商品の紹介や販売店の評価から、購入手続き、配送手配、購入物の記録管理、電子保証書の管理、故障修理手配まで行ってくれる。個人の趣味や嗜好、購入履歴、購入後の使用日数、家族構成などの個人情報と、MaiDo利用者や同年代同性別の購買傾向などの一般情報を組み合わせて、今、買うべきものを提案してくれる。

    「まいど! あやこ様」

     MaiDoのいつものご挨拶である。あやこもいつも通り答える。

    「MaiDo君、こんにちは。元気?」

     このMaiDoは、高齢者に非常にウケがいい。あやこが使い始めたのも、田舎の両親から使い勝手の良さを聞いたからだ。今ではすっかりMaiDoに頼った生活を送っている。MaiDoは単なる買い物支援機能だけではなく、新しく発売された商品や、ネット上で流行している美味しいグルメ情報なども教えてくれる。高齢者にとっては、いい世間話の相手にもなっている。そのあたりが、日本の高齢者世帯の25%以上に普及している大きな要因だろう。

     以前、MaiDoが、こんなリコール製品の対応をしたことがあった。

    「あやこ様が1年前に購入されたS社のロボット調理レンジ『フードプロフェッサー』ですが、メーカーから点検が必要であるとの連絡がございました。しばらくはそのまま使用していただいても問題ないとのことですが、あやこ様のお宅を訪問して点検させていただく必要があり、リコール対象であれば部品交換となるそうです。点検と部品交換は無料となっております。点検日程を調整してよろしいでしょうか」

    「MaiDo君、点検の手配をお願いするわ。できれば、来週の水曜日の午後でね」

    「あやこ様、承知しました。承った日時で先方に打診してみます。先方より返信あり次第、ご連絡いたします。あわせてスケジュール帳に仮予定を入れておきます」

     あやこはMaiDoの対応の良さにいつも感心する。

    「そういえば、MaiDo君。果物が欲しいんだけど。いいのあるかな」

     MaiDoは間髪入れずに質問を返してきた。

    「来週、お父様の和夫様ご夫妻が東京に来られる際に召し上がる予定のものでしょうか、それとも別のご利用でしょうか」

     来週義父母が東京に来ることをなぜMaiDoが知っているのかわからなかったが、あやこは話を続けた。

    「そう、お父様たちに召し上がっていただくの。メロンとか…」

     MaiDoは2、3秒の間をあけて話し出した。

    「あやこ様、お父様たちと召し上がるのであれば、メロンではなくスイカにしてはいかがでしょうか」

     あやこは、不思議なことを言うものだと思い、質問した。

    「なぜスイカを勧めるの、MaiDo君」

    「和夫様から届いたメールの中で『東京駅で記念にスイカ購入』との記載が20行存在しています。結果として、和夫様はかなりのスイカ好きと判断しました」

     どうやらMaiDoは、父の和夫が東京へ来た際にJR東日本のSuicaを購入したことを参考にしているらしい。あやこは果物のスイカとSuicaは違うものであることを説明しようしたが、話が長くなりそうなのでやめておいた。それにしても、家族構成や家族の行動なども加味して商品を推奨してくることに、便利と思う反面、家族の行動がどこまで把握されているのか怖い気もした。

     あやこは夕食時、子どもたちにMaiDo君が果物のスイカとSuicaを間違えたことを話した。子どもたちにはかなりウケたらしく爆笑、その夜の話題はもっぱらこのスイカとSuicaネタで盛り上がった。

    遠隔コミュニケーションと介護

     夕食後は、祖父母との団らんの時間だ。離れて暮らしているけれどSNSを使ってコミュニケーションを取ったり、テレビ電話で直接会話したりしている。お父さん、お母さんの帰宅が遅くなったときは、子どもたちは大画面TVでおじいちゃん、おばあちゃんの食卓を映して、一緒に食事をしている。

     テレビ電話とSNS以外にも、高機能ペットロボットが祖父母のバイタルを監視していて、異常があったらスマホに通知する仕組みを導入している。現在位置や活動量、血圧などの健康データも知ることができる。眼鏡やアクセサリーに活量計が入っていて、スマートフォンなどを経由してインターネット上のクラウドへデータがアップロードされ、分析、管理されている。離れて暮らしていても両親の様子がわかるので、父と母も安心だ。

    2020年は家庭にもクラウドサービスが浸透し、老若男女が生活の深いところでICTに頼るようになる。その結果、求められるサイバーセキュリティの対策も大きくなっているだろう。
    サイバーセキュリティ2020 脅威の近未来予測

    編者:特定非営利活動法人日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA) 未来予測プロジェクト
    発売日:2015年11月6日発売
    ISBN:9784802090179
    発行:インプレスR&D

    サイバーセキュリティ2020 脅威の近未来予測

    東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に向かい、ICT、IoTがますます発展することは間違いありませんが、同時にサイバーセキュリティへの取り組みも転換期を迎えています。本書は2020年にどんなICT社会が実現し、それに伴いどんな脅威が予測されるのかを3部構成で解説しました。まず、テクノロジーが進展した2020年の生活を架空の物語として紹介、続いて専門家の寄稿により、次世代の技術とそのリスク、社会課題について詳しく解説します。最後に、3人の識者が今後のプライバシー問題を予想しています。これから5年、どのようなセキュリティの施策を考えるべきなのか、ユーザーと技術者、事業者が一緒に考えるために、必要な情報を提供します。

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    著者
    特定非営利活動法人日本ネットワークセキュリティ協会 (JNSA)未来予測プロジェクト
    日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)は、2000年4月に任意団体として活動開始、2001年7月に特定非営利活動法人(NPO)として認可。情報セキュリティの分野で活躍する多様な人材が多数所属している。情報セキュリティに関する啓発・教育・調査研究および情報提供事業等を通じて、標準化の推進と技術水準の向上に寄与すると共に、公益の増進に貢献することを目的として広範で活発な活動を行っている。本書籍を執筆した未来予測プロジェクトは、東京オリンピックを見据えた3~5年先の脅威予測を行い、書籍などの成果物を通じて社会への啓発を図る活動を行っている。

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