既存産業を破壊するデジタル・ディスラプションとは?
スマートフォンに代表されるモバイル端末の普及や、ビッグデータの解析技術の発達などによって的確にユーザーニーズを捉え、「デジタル」に置き換えられたソリューションを提供することで既存の産業をディスラプト(破壊)する。そんなデジタル・ディスラプター(創造的破壊者)たちが急成長を遂げている。
このコラムでは、今世界でどのようなデジタル・ディスラプターたちが登場しているのかを紹介。彼らはこれまでの企業と何が違い、どのような利便性を消費者や企業に提供するのか。またそれによってどれほどの破壊的なインパクトを既存産業にもたらすのかを探っていきたい。
デジタル・ディスラプションとは何か
本題に入る前に、もう一度「デジタル・ディスラプション」とは何かをまとめてみたい。これまでも世の中ではさまざまな製品、サービスが誕生することで、長く続いた産業や市場があっという間に「破壊」されてきた。
例えば、フィルムカメラは約170年前に発明されてから一貫して写真を撮影する機械として進化を遂げてきたが、デジタルカメラが登場してからは、現像や写真編集といった関連のサービスも含めてその市場を急速に縮小させた。だが、そのデジタルカメラでさえスマートフォンにカメラが内蔵されたことにより、わずか5年足らずで全盛期のフィルムカメラの台数を下回るようになった。
このように、既存製品がそれを上回る性能や利便性を持つ別の製品によって代替され駆逐される破壊的イノベーションは、多くの場合、「モノ」が「モノ」を駆逐するという物理的な代替であった。そのため、この「従来型ディスラプション」は製品・プロセスの開発費用や製造・流通のサプライチェーンを必要とするためそのコストは莫大で、ディスラプションを起こすことができる企業は限られていた。
これに対し、デジタルを活用した企業はすでに普及したインターネットやスマートフォンなどのプラットフォームを利用し、さまざまなサービスを大規模な設備や仲介業者を利用せずにダイレクトに消費者や顧客企業に提供する。そして彼らは非常に早いペースで進化を続けながら利用者を広く獲得し、既存産業に大きなインパクトを与える。
このような新しいデジタルサービスを持って市場に参入してくる企業が業界に与えるインパクトは従来の製品やサービスの代替とは比較にならない。フォレスターリサーチ社の見解によれば、保守的に見積もった数字でも参入するプレイヤーの数は従来の10倍、参入コストは1/10であり、従来の100倍のインパクトを持っていると言われる。言い換えれば、今の市場には昔の100倍のイノベーションが生まれる可能性があり、既存の産業が「破壊」される確率が2桁以上のレベルで上がっているというわけだ。そして、その引き金を引くのが「デジタル・ディスラプター」と呼ばれる10年足らずで急成長を遂げている企業である。
デジタル・ディスラプターの着眼点
その代表的な事例が2014年に東京にも進出した『Uber(ウーバー)』だ。
クルマを使いたくなったとき、スマホから目的地まで乗せてくれる一般のドライバーを探すことができる。決済はUberのアプリを通じてクレジットカードで行われるため、乗客とドライバーとの間では金銭のやり取りは発生せず、金銭トラブルを抑止する仕組みになっている。また、利用後はドライバーにも利用者にも評価がつくため、悪質なドライバーやユーザーは自然に淘汰され、快適なサービスを提供するドライバーや行儀の良い顧客だけがこの安くて便利なサービスを使い続けることができる。Uberでは全く知らないユーザーと相乗りをすることで運賃を割り勘にすることもでき、さらに安く移動することも可能だ。
考えてみれば、駅や空港でタクシー待ちの長蛇の列を前にしたら、方向が同じ人と相乗りをしたいと誰もが思うだろう。そうしたユーザー側のニーズを的確に捉えるとともに、アメリカを走る自家用車の半数以上がドライバー1名だけで走っているという非効率な現実を見据えた上で、その2つを最新のテクノロジーを使って結びつける。これにより彼らはクルマも設備も持つことなく短期間でサービスを立ち上げ、今や世界360都市以上でサービスを提供するグローバル企業に成長している。
微差が大差を生む
Uberの例のように、デジタル・ディスラプターたちが提供するサービスの多くは、今まで誰も思いつかなかったアイデアから生まれたものではない。彼らの多くは私たちが日頃感じている些細なニーズ、もしくは当然と思っていてその不便さも感じなくなっているような課題に対するソリューションを出発点としている。
サービス開始初期は、従来よりも少し利便性が高い、少し面白い、少し変わっている、という程度のものだ。当然、小さい付加価値に対して利用者が支払う対価も少ないため、提供価格は低く、初期はサービスの提供コストも割高になる。しかし、変動費の少ないデジタルの世界ではこの「微差」がビジネス拡大後には決定的な違いを生むことになる。
立ち上げ初期は利便性や価格、新しいものに敏感なイノベーターを取り込みつつ、徐々に利便性を向上させ課題を解決しながらユーザー数を増やし、アーリーマジョリティーに普及。競合にマークされる頃には収益率も上がり、大企業も資本力だけでは追いつけないレベルの認知度とマーケットシェアを獲得しているのだ。
また、新規投資のハードルレートが高い大企業が微差で同様の事業へ参入することは障壁にもなっているため、小さな優位性を一定期間維持して顧客層をつかむことを可能にしている。
既存産業にもたらすインパクト
彼らが今注目されているのは、その特徴あるビジネスモデルと華々しいサクセスストーリーだけが理由ではない。彼らが既存の企業、さらには産業自体にも影響を与えているところが大きい。
例えばUberは直接の競合であるタクシー会社はもちろんのこと、公共機関と変わらないレベルの価格帯とその自由度から、バスや電車などの交通機関にも影響を与えている(一般の登録ユーザーがドライバーとなるuberXのサービスの価格帯はタクシーの半分程度。つまり、東京であれば初乗り300円台の移動手段という感覚なので、駅やバス停から歩く時間を考慮すればUberを使おうと思うだろう)。
このUberが今後さらに普及し、クルマをいつでも自由に調達できるようになれば、利用者はクルマ自体を購入しなくなるに違いない。昨年COP21で採択されたパリ協定の後押しもあり自動車業界はさらに厳しい風が吹くことが予想される。事実、日本でも叫ばれている若者のクルマ離れはアメリカにおいてはより深刻な問題として議論されている。
以前から言われている「モノ」に対する物欲よりも、体験に対する「コト」を重視する消費者は若い世代を中心に増加傾向にある。今後ますます「モノ」を提供する企業は、「コト」を直接満たすデジタル・ディスラプターたちの動向を無視できない時代になっている。
デジタル・ディスラプターの3つのタイプ
こうしたデジタル・ディスラプターたちは、大きく次の3つのタイプに分類できるのではないかと考えている。
・マッチング型
1つめは「マッチング型」のサービスを提供する企業だ。これらの企業は、従来最終消費者と提供者の間を仲介していた別のサービスやプロセスを代替したり、そもそも満たされていなかったニーズに対しソリューションの提供者を紹介したりするサービスだ。前述のUberなどがこれに当たる。
・価格破壊型
2つめは「価格破壊型」の企業だ。従来ニーズを満たしていた提供者の設備や人的資源、プロセスを使うことなく、デジタルによる圧倒的な低コストで同じアウトプットを実現し、既存ビジネスを駆逐するインパクトを持つ。資産を持たず従来の金融機関と同等なサービスを低コストで提供する、昨今話題のFinTech企業の多くはこのタイプに当たるだろう。
・プラットフォーマー
そして3つめは少し観点が異なるがデジタル・ディスラプターたちを生み出す「プラットフォーマー」だ。GoogleやAppleといった巨大なデジタル企業は、創業間もない頃には自らがデジタル・ディスラプターとして世間を騒がせていたが、今では莫大な開発資金を武器にデジタル・ディスラプターたちを生み出すプラットフォームを提供している。そして彼らの収益を自身の収益源とするビジネスモデルを構築しているのだ。これらのプラットフォーマーは無料、もしくは非常に安価でさまざまなツールとビジネス機会を提供するネットワークを持つ。デジタル・ディスラプターたちがトライ&エラーを繰り返すことができる場を形成することで、デジタル・ディスラプションを語る上で重要な役割を担っている。
今後このコラムでは最新のデジタル・ディスラプターたちをこの3つのタイプに分けて紹介し、彼らのビジネスモデルとそれを支えるテクノロジー、そして既存産業にどのようなインパクトを与えるのかをお伝えしていきたい。
■本気記事の著者
菊池孝明(Takaaki Kikuchi)
トレードシフトジャパン ゼネラルマネジャー
http://tradeshift.jp/
jpninfo@tradeshift.com
■経歴
ハイテク・半導体企業のグローバルサプライチェーン改革のコンサルティングやIT導入に携わり約20年。
多国籍メンバー100名以上のプロジェクト責任者や大手企業のアカウントセールスなどを歴任。
トレードシフトのビジョンに共感し日本法人立ち上げに参画。趣味は旅行とツーリング。ゼネラルマネジャー、MBA。
トレードシフトジャパン ゼネラルマネジャー菊池孝明(Takaaki Kikuchi)
[原文]
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