ニューラルネットワークの可能性 3

パルスニューロンモデル

パルスニューロンモデル

筆者らは、神経細胞における神経インパルスの伝達様式をモデル化した、パルスニューロンモデルを用いた研究を行っている。先に述べた階層型 ニューラルネットワークで用いたモデル化は、結合係数とニューロンの膜電位は連続数値、さらにはシグモイド関数の出力も0から1の間の連続数値であり、こ れらを整数型あるいは浮動小数点型の複数ビットを用いてデータ表現をしている。主に高速演算器を有したコンピュータによるデータ演算を想定している。

これに対して、パルスニューロンモデルはより生体の神経細胞の様子に近く、ニューロンの入力・出力信号は時系列的なパルス列(1ビット、0 と1の時系列信号)で表され、局所膜電位も生体のそれを模した減衰関数を用いている。このモデルは後述するようにハードウェア化した場合のコンパクト性を 念頭にしたモデル化と言える。

図2にパルスニューロンモデルの構造を示す。

パルスニューロンモデルは他のニューロンと結合するm本のシナプス、各シナプスnにおける局所膜電位pn(t)、各局所膜電位の総和である 内部電位I(t)、出力を他のニューロンに伝達する軸索から構成される。時刻tを連続値として扱うことも可能であるが、本研究では計算機上およびFPGA 上でパルスニューロンモデルを用いるために離散値としている。

パルスニューロンモデルにおいては、まず各シナプスnにおいて入力パルスin(t)が入力されると、それぞれのシナプスに対応した結合係数wnの値に比例して局所膜電位pn(t)が増加(減少)し、その後、時間の経過とともに時定数τnで指数関数的に減衰する。

次に、パルスニューロンモデルは単位時間ごとに局所膜電位pn(t)の総和である内部電位I(t)を計算する。この内部電位I(t)がしき い値を越えると発火し、出力O(t)として1を出力する。またあるパルスニューロンモデルが一度発火した後、一定時間RPの間は内部電位がしきい値を越え た場合でも、生体の神経細胞と同様にこのパルスニューロンモデルは発火できない。この時間を不応期と呼ぶ。

パルスニューロンモデルモデルは通常のニューロンモデルとの違い、時間的に減衰する膜電位で情報を表現するため、時系列情報を扱うのに適している。演算が単純なため簡単な電子回路によって実装が可能であるという利点を持つ。

また、基本素子であるパルスニューロンモデルモデルのハードウェア化が容易であれば、システム全体を1つのハードウェアに搭載することが可 能となり、従来手法より小規模なシステムを構築することができる。さらに各パルスニューロンモデルモデルはハードウェア化することで並列に計算することが できるため、高性能な計算機などを用いなくても高速な処理能力が期待できる。

パルスニューロンモデルモデルは各ニューロン間のデータ転送路が単線で済むため、ハードウェア上に複数のニューロンモデルを実装する際に非 常に有利である。また、伝達する信号が頻度変調されたパルスのストリームであるため、各ニューロンは基本的に非同期独立に演算が可能であり、多数のニュー ロンを実装した場合にも厳密な同期処理を行う必要はないという特徴を持つ。

図2:パルスニューロンモデルの構造

音源定位

筆者らは、このパルスニューラルネットワークを音源の位置を推定する音源定位に利用している。人間は2つの耳に入ってくる音の違いを利用し て、音源の位置を知ることができる。この音源定位は、車の接近などの危険を未然に察知でき、周囲の状況を察知する上で欠くべからざる能力である。音源定位 には、音源の水平面内の方向、上下高さ方向、音源までの距離の3つのパラメータがあるが、ここでは水平面内の方向について考えることとする。

人間の音源定位機構には、心理学、神経生理学それぞれのアプローチから研究が進められている。音源定位は、両耳に入ってくる音の時間差 (ITD:Inter-aural Time Difference)と音圧差(ILD:Inter-aural Level Difference)を手がかりとして用いている。音の時間差や音圧差の検出には、脳幹の上オリーブ核が関与している。また、これらの神経細胞において は音の情報はすべて神経インパルス列によって伝達されており、音源定位もこの神経インパルスを入出力データとする神経経路網で行われていることなどが明ら かになってきている。

これらの心理学、神経生理学上の知見をもとに種々の音源定位モデルが提案されているが、これらのモデルには計算コストの大きい相関値計算を 用いているためコンピュータを必要としている。しかしながら、筆者らはコンピュータを用いずにハードウェア化に適したパルスニューロンモデルを用いた音源 定位方式を提案している。

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