パネルディスカッション(1) 「企業のOSS利用状況とOSSビジネスの現状 - 国内外の調査結果を交えて」レポート
本記事では2015年2月27日に「OSC2015 Tokyo/Spring」(http://www.ospn.jp/osc2015-spring/)の併設イベントとして開催された シンポジウム 「クラウド×OSS ~ “攻めのIT”への転換」(http://www.meti.go.jp/press/2014/02/20150210002/20150210002.html)の中から、パネルディスカッション(1)「企業のOSS利用状況と、OSSビジネスの現状 - 調査結果を交えて」の内容を紹介する。本パネルディスカッションは国内外の調査・比較を基にOSSの動向と抱えている課題の整理がテーマである。
本シンポジウムに先立ち、TIS主体でOSS活用に関する調査が行われた。その調査の一環として国内外の企業へOSSに対するヒアリングとアンケートを行っているが、本シンポジウムはその調査結果と有識者委員会での議論を主軸に展開されている。
日本のOSSが抱える課題
はじめに、日本のOSSが抱える課題について議論が行われた。国内外の企業にヒアリングした結果、OSSに携わる下記の3者それぞれが課題を抱えているという。
- OSS開発者
- 中間層(SIer等)
- ユーザ層
OSS開発者の課題:海外への発信が少ない
OSS開発者の課題として「海外発信の少なさ」が挙げられた。理由は大きく2つある。1つは「海外発信へのモチベーションの低さ」、もう1つは「海外発信のノウハウがない」ことである。海外(特に国内需要がない地域)では開発当初から国外に目を向けたOSS開発を行っているが、日本では元々国内にOSSの需要があることから、他国と比べて海外発信へのモチベーションが低いという。また、海外発信のノウハウがない理由も、同様に元々海外への発信ノウハウが少ないこと、やろうとしても企業のルールに抵触し途中で挫折してしまうケースがあるとした。
これを受けて荒井氏は、OSSのコミュニティ活動について「日本での活動は活発だが、海外のコミュニティへの参加には消極的」と言語の壁があることを指摘した。
一方で中西氏は、日本が海外よりもモチベーションが低い理由の1つとして「雇用の差」を挙げたうえで「海外では日本よりも雇用が流動的であるため"セルフブランディング"の意識が高く、技術者は実績を残すための手段としてOSSへ積極的に関わっている」と話す。また寺田氏は「ユーザと技術者の距離が日本と比べて近く、ユーザの声が直に技術者へ届くため、やりがいやモチベーションに繋がっている」と続けた。
さらに、荒井氏もアメリカのシリコンバレーを例に挙げ「企業側でもOSSの情報発信はマーケティングの一環であると認識されているため、技術者への支援が日本と比べて厚い」とし、日本と海外の土壌の違いを示した。
中間層の課題:OSSのビジネスモデルが不明確
中間層の課題として、「OSSビジネスモデルの不明確さ」が挙げられた。日本の産業はメーカーや製造業を中心に発達してきたため、「モノを作り売って利益を得る」というモデルは浸透しているが、「サービス(サポート)で利益を得る」というモデルを経営層が描ききれていない点が課題の根幹であるという。
これに対し中西氏は、ヒアリングを行った結果から「OSSのビジネスでは過去のLinuxでもそうであるように"最大の貢献者が最大の受益者になる"というモデルを経営者が理解する必要がある」と指摘した。
また、黒坂氏は「近年のOSSサポートビジネスの動きから見ると楽観的かもしれないが」と前置きをしたうえで、「会社が持つノウハウをマネタイズしていくうえでは人月ビジネスや商流も壁になっているため、まだまだ考慮の余地がある。しかし、近年ではサポート提供元とエンドユーザが直接契約を結ぶ機会も増え、要望についても直に届くようになっている。今後はその要望に押される形で中間層も変わっていくだろう」と見解を語った。
ユーザ層の課題:OSSに対する理解が薄い
最後にユーザ層の課題である。日本のIT構造はSIerに任せきりで、ユーザのOSSに対する理解が薄いことが挙げられた。この課題に対し、荒井氏はクラウド化を例に「クラウドはユーザがSIer抜きでも使用でき、搭載されるミドルウェアやアプリケーションもユーザ側で用意できる。こういった背景からユーザに自分達でアプリケーションを導入したい、使いたいという意識が自然と芽生え、OSSへの理解も深まっていくだろう。そのため、今後はこの動きを加速させる方法を考える必要がある」と述べた。
海外のOSSに対する政策とその背景について
続いて、海外のOSSに対する政策事例へと議論が移った。アメリカのシンクタンクが2010年に実施した地域毎のOSSに対する政策とその数に関する調査結果では、OSSに対する政策が最も盛んな地域はヨーロッパ(EU圏)であり、逆にOSS開発の中心であるアメリカはその規模と比較して少ないことが紹介された。
調査の一環としてオーストリアのLINBIT社にヒアリングをした中西氏によれば、ヨーロッパの政策が盛んな要因は2000年以降進められている電子政府を実現するための政策「eEurope計画」にあるという。eEurope計画の方針にはOSS利用を促進する旨が明記されているのだ。
【eEurope計画の方針】
- 誰でも対話的公共サービスが利用できるよう、複数のプラットフォームで提供すること
- オープンスタンダードに基づき相互運用性を実現し、OSSの利用を促進すること
「eEurope計画」方針のポイント
また、中西氏はヨーロッパ以外の地域でも自国のLinuxディストリビューションを作成したり、政府がITを調達したりする際にOSSも考慮に入れる法案を策定するなど、OSSを積極的に採用する動きを見せていると説明した。
さらに、OSSの普及を各国政府が推し進める背景には、大きく以下3つの思惑があるという。
コスト削減
- 市場を占める米国企業にライセンス料を支払うのではなく、自国の企業を活用したい
- OSS活用で浮いたコストをもっと付加価値の高いところへ投入したい
- 自国のIT産業育成に繋げたい
セキュリティリスクへの懸念
クローズドなソフトウェアの構造や機能は開発企業にしか分からない。そのため、構造が公開されているOSSを使用してソフトウェアをコントロール、または選択できるようにしたい。
相互運用性の確保
(EU圏内では)国同士がシステムを相互運用しなくてはならない。そのため、内部仕様が公開されているOSSの利用を推進したい。
逆に、アメリカでは市場の大部分を占める国内ITベンダからの反発が強く、政府によるOSSの積極的な推進には至っていないようであるが、最近ではOSS調達の通達を出すなど、推進を進めようとする動きも見えてきているとのことだ。
OSSのメリットは「コスト削減」だけではない
海外における政策背景にも見られるように、OSSにはコスト削減以外にも様々なメリットがある。ディスカッション後半の議論では、ユーザ事例を参考にしたOSSのメリットと今後の方向性に波及した。
黒坂氏は過去にサイオステクノロジーで対応したOSSの導入事例として、以下の3例を紹介した。
事例1:システムの長寿化
ドトールコーヒーでは受発注システムのリプレースを行う際、システムのライフサイクルを長寿化することにした。このリプレースにOSSが採用された理由は、ソース自体が公開されているため、仮に開発元企業に問題が発生しても別の企業もしくは自社でシステムの保守を継続できるためだ。さらにサーバもOSSで仮想化し、保守期限の問題を解消。システム更改も少なくなり、システムを使用するオペレータの熟練にもつながったという。
事例2:使い込める
トヨタ自動車では製造ラインのシステムに対し、ライセンス費削減のためOSSを導入した。導入の動機こそコスト削減であったものの、トヨタ自動車の"「なぜ」を5回繰り返す"という思考の文化と、ソースが公開され仕様を調べられるOSSはマッチしていたという。また、OSSはソースをカスタマイズして使い込むことができるため、トヨタ自動車は「OSSも設備のひとつ」と位置付けて現在も使用している。
事例3:早い(OSS FAST)
マネックス証券では、ソフトウェアの開発手法をアジャイル型に変更した。ここでOSSが採用された理由は、開発に際してライセンスに関する手間がなく、実装したい機能をすぐに作成・追加・テストできるスピード感があるためだ。また商用ソフトウェアと組み合わせることで、品質を重視したソフトウェアを短いスパンでリリースしたい要望にも適していた。マネックス証券の担当者は「OSS FIRST = OSS FAST」として、始めは「OSSの導入を検討する」というイメージから、「OSSを使うと早い」というイメージに変わったという。
以上を踏まえたうえで、黒坂氏は今後OSSを導入していくうえで考慮すべき点を次のようにまとめた。
- 既に企業へのOSS導入に壁はないが、上記のようなOSSのメリットに気づいていないユーザが多いため、もっとPRをすべきである
- OSSの導入に積極的になっている企業の意識変化にOSSスキルが追い付いていないため、サポートビジネスのチャンスは十分にある
- 本質はOSSそのものではなく、「顧客満足度のためにOSSをどう活かせるか」がポイントである
OSSを普及していくために企業ができる支援とは
最後に、「今後のOSS普及を後押しするために、企業がどうあるべきか」について議論された。
現状、OSSを開発しても企業からは評価されにくいため、エンジニアは少ないという。これに対し中西氏は「一部の企業ではOSSを開発・公開・紐付くサービスを興す、といった動きを見せてはいるものの、現状はまだまだ模索している段階である」と企業側での取り組みの現状を語った。
また、黒坂氏も「いかにして(OSS開発の)エンジニアの立場を向上させていくか。この課題に今後取り組んでいきたい」と開発者の評価改善に言及した。
おわりに
OSSは身近な技術として定着しつつあるが、OSSにはコスト削減やベンダロックイン回避以外にもメリットがあると気づいていない人も多いと思われる。本シンポジウムはOSSが現在抱える課題を意識付けると共に、OSSの知られていない魅力について紹介する内容でもあった。
なお、本シンポジウムで使用された資料と動画は経済産業省・TIS シンポジウム 「クラウド×OSS “攻めのIT”への転換」Webサイト(http://www.tis.jp/seminarreport/detail/cloudxoss.html)で公開されている。興味のある方は、ぜひご覧いただきたい。
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