1台わずか25ドル! イギリス生まれの超小型ボードPC「Raspberry Pi」 後編

※この記事は、書籍『Raspberry Piユーザーガイド』の内容を、Think IT向けに特別にオンラインで公開しているものです。詳しくは記事末尾の書籍紹介欄をご覧ください。2013年5月25日に都内で開催された「Big Raspberry JAM TOKYO 2013」の写真を織り交ぜながら紹介していきます。記事の前半はこちら。
半導体大手のBroadcomでチップアーキテクトとして新たなスタートを切った筆者は、価格を抑えた高性能なマイクロチップを手がける機会に恵まれた。このマイクロチップは、ハイビジョンビデオや14メガピクセルカメラが搭載されているような、ハイエンドなスマートフォンに利用される計画だった。一介の開発者が10ドル程度で購入できるチップと、携帯電話メーカーが同じくらいの金額で調達できるチップに大きな違いがあることに筆者は仰天した。汎用プロセッサ、3Dグラフィックス、ビデオ、メモリが、指の爪ほどのサイズのBGAパッケージに詰め込まれているではないか。
これらのマイクロチップは、消費電力がきわめて少ないにもかかわらず、驚くほど高機能である。特にマルチメディアに向いており、ハイビジョンビデオを再生するためにセットトップボックスのベンダーによってすでに採用されていた。このようなチップが、Raspberry Piの実現に向けての次なるステップでなくて何であろう。そこで筆者は、ARMマイクロプロセッサを搭載し、必要とされていた処理能力に対処できる、低価格チップに取り組むことにした。
|
つい最近発売されたカメラモジュール、こちらも本体と同程度の値段で販売されている。 |
私たちは、プログラミングへの情熱はそれほどなくても、子供たちがRaspberry Piに夢中になるような仕掛けが必要であると感じていた。1980年代は、コンピュータゲームをしたければコンピュータを立ち上げなければならず、ブートしたコンピュータの画面上にはコマンドプロンプトが表示されていた。ゲームを始めるためにはコードを少し入力する必要があり、ほとんどのユーザーはそれ以上先へ進もうとはしなかった。
しかし、その先へ進んだユーザーは、そのわずかなやり取りによって、プログラミングを覚えることの魅力にとりつかれた。私たちは、Raspberry Piが非常に高性能で、非常に小さく、非常に経済的な、現代のメディアセンターとしての役割を果たせることに気づいた。そこで、Raspberry Piのそうした能力を強調し、油断しているユーザーを虜にして、その隙にプログラミングの味を覚えさせてしまおうとたくらんだ。
約5年間にわたる試行錯誤の末、USBメモリほどのサイズのとてもかわいらしいプロトタイプボードが完成した。簡単に取り付けられる周辺機器を具体的に示すために、ボードの上にカメラモジュールを接合し、BBCの研究開発部門との何度かの打ち合わせに持参した。1980年代にイギリスで育った私たちは、BBC Microcomputerとそれを中心に発展したエコシステム(BBCが制作した書籍、雑誌「Beeb」、テレビ番組)から、8ビットコンピューティングについて多くのことを学んでいた。そのため、RaspberryPiのさらなる開発にBBCが興味を持つかもしれないという期待があった。だが、私たちが子供だった頃とは状況が違っていた。イギリスやEUのさまざまな独占禁止法により、BBCは私たちが考えていたような形では関与できなくなっていた。BBCと何らかの形で手を組めないかという最後の話し合いで、私たちはBBCの研究開発部門と手を組むことをあきらめ、分厚い住所録を持つ男Davidと、技術系のシニアジャーナリストRoryCellan-Jonesとの打ち合わせを2011年5月に設定した。
RoryはBBCとのパートナーシップにあまり望みを抱いていなかったが、自分のブログに掲載するために、小さなプロトタイプボードが動く様子をスマートフォンで撮影してもよいかとたずねた。
次の日の朝、Roryの動画はネット上で一気に広まり、「誰にでも25ドルのコンピュータを作成する」と私たちが世界中の人々にうっかり約束してしまったことに気づいた。
Roryは動画を炎上させた正体について新たなブログ記事の執筆にかかり、一方、私たちは現状について真剣に検討してみることにした。最初のUSBメモリサイズのプロトタイプは費用に見合うものではなかった。カメラを標準装備すれば、コストがかかりすぎて、私たちが提案するはずだったコストモデルにはとうてい収まらない。25ドルという値段は、筆者がRaspberry Piの価格は教科書と同じくらいに設定すべきだとBBCに進言したからそうなっただけで、しかも、筆者が最近の教科書の相場についてまったくの無知であることが露呈してしまった。
また、プロトタイプモデルは、私たちが考えていたユーザビリティを実現するのに必要な、すべてのコネクタを搭載するには小さすぎた。そこで、必要な機能をすべて維持した上で、価格をできるだけ抑え、周辺機器を購入する余裕がないようなユーザーにとってRaspberry Piの価値をできるだけ高めるために、1年がかりでボードの設計作業が進められた(コストダウンのためのエンジニアリングは、思っている以上に骨の折れる作業である)。
私たちは、ユーザーがディスプレイを買わずに済むようにしたいと考えていた。1980年代のZX Spectrumのように、自宅のテレビにRaspberry Piを接続できるようにしたかった。しかし、誰もがハイビジョンテレビを持っているとは限らない。そこで、Raspberry Piを古いブラウン管テレビでも動作させるための複合コネクタを追加した。指の爪ほどの小さなカードは、子供の手で扱うには非常にもろく、なくしてしまいやすいため、Micro-SDをストレージメディアとして使用するのは断念した。そして、何種類かの電源を検討した末に、Micro-USBケーブルを使うことに決めた。EUではMicroUSBがスマートフォンの充電器用の標準ケーブルになっており、世界的にも標準になりつつあるため、Micro-USBケーブルがそこらにころがっている可能性は非常に高い。たいていの場合は、自宅にすでにあるはずだ。
2011年の終わり頃には、翌年2月のリリースを控えて、私たちの手に負えないほどのペースで事態が動いていて、需要に追いつかないことが明らかになっていた。当初から、最初のリリースは開発者向けで、教育向けのリリースは2012年の後半になる予定だった。非常に献身的なボランティアが何名かいたが、教育市場にリリースするとなれば、より規模の大きなLinuxコミュニティにソフトウェアスタックの準備を手伝ってもらい、リリースしたてのボードにつきものの不安を解消してもらう必要がある。Raspberry Pi Foundationには、1カ月くらいにわたって10,000台分のRaspberry Piの部品を購入し、組み立てるのに十分な資本金があったし、コミュニティにおいて最初のボードに関心を示す人の数はそれくらいになるだろうと考えていた。
だが、幸か不幸か、私たちはRaspberry Piを中心とした大きなオンラインコミュニティを築くことに成功してしまい、Raspberry Piへの関心は、イギリスはもとより、教育市場にもとどまることはなかった。10,000という数字がだんだん非現実的に思えてきた。
Raspberry Pi コミュニティRaspberry Piコミュニティは、私たちの最大の誇りの1つである。2011年5月にRoryが動画を投稿した直後に、Raspberry Piコミュニティはwww.raspberrypi.orgでまったく飾り気のないブログとしてスタートし、それからまもなく、同じWebサイトでフォーラムが立ち上がった。フォーラムのメンバー数は50,000人を超え、Raspberry Piに関する機知と知恵が28万件以上も投稿されている。Raspberry Piに関して、あるいはプログラミング全般に関して質問したいことがあれば、どんなに難解なことであっても、そ こにいる誰かが答えを持っているはずだ。本書で見つからなかった答えは、フォーラムで見つかるだろう。Raspberry Pi Foundationでの筆者の役割の1つに、ハッカーグループ、コンピュータ関連のカンファレンス、プログラミング団体などでの講演活動がある。聴衆の中には、Raspberry PiのWebサイトで筆者かコミュニティを管理している妻のLizと話をしたことがある人が常にいる。そして、私たちのよい友人になる人もいる。Raspberry PiのWebサイトでは、この瞬間もリクエストが行き交っている。 現在では、ファンサイトの数も数百に上っている。コミュニティのメンバーが毎月発行している「The MagPi」※4というファン雑誌もあり、コードリストや大量の記事に加えて、プロジェクトガイドやチュートリアルなどが掲載されている。筆者にとって、雑誌や書籍に掲載されていたサンプルゲームはプログラミングへの早道だった。筆者がBBC Microcomputerで最初に経験したプログラミングは、サンプルのヘリコプターゲームに変更を加えて、敵とアイテムを追加するというものだった。 私たちは、Raspberry Piに関する興味深い記事を1日1回は欠かさずにブログ ※5 に投稿している。ブログで会えるのを楽しみにしている。
|
Raspberry Piの購入希望者のメーリングリストには10万人が登録されていて、全員が初日に注文していた。案の定、これはいくつかの問題に発展した。
まず、10万台のRaspberry Piを箱詰めして郵送したら、指がボロボロになるのは目に見えている。そして、この作業を代行してくれる人を雇えるような余裕はまったくなかった。商品の保管場所はJackのガレージしかなかった。10万台のデバイスを一気に組み立てるための資金を募ることはとてもできなかった。2〜3週間おきに2,000台ずつ組み立てることを想定していたが、ここまで注目されたのでは、時間がかかりすぎて、どうにかすべての注文をさばいた頃には見向きもされなくなっているだろう。製造と流通をあきらめ、そのためのインフラと資本がすでに整っているところに引き渡す必要があることは明らかだった。
そこで、世界各地で事業を展開しているイギリスのマイクロエレクトロニクスベンダーであるelement14とRS Componentsに連絡を取り、実際の製造と流通を世界各地で展開してもらう契約を結び、私たちは開発とRaspberry Pi Foundationのチャリティという目標に専念できるようになった。
それでも、初日に問い合わせが殺到し、その日はelement14とRS ComponentsのWebサイトがほとんどダウンする事態となった。element14は1秒間に7件の注文を受け、2月29日の数時間は、世界中でGoogleでの「Raspberry Pi」の検索数が「Lady Gaga」の検索数を超えていた。これを書いているのは2012年6 月の初めだが、element14とRS Componentsは依然としてRaspberry Piの販売を1人1台までとしている。
それでも、販売を開始してから3カ月間の注文数は50万台を突破している。element14とRS Componentsは、受注分の出荷が完了したら、複数台の注文ができるようにする予定である。仮に、最初の計画のままだったら、今頃は大学のオープンキャンパスの日に向けてデバイスを100台くらい手作りし、それで終わっていたことだろう。
何かの間違いで大きなコンピュータ会社を経営することになったりしたら、それはそれで血圧に悪そうだ。
|
5月25日に都内で開催された「Big Raspberry JAM TOKYO 2013」の様子。会場は早くから満席になった。 |
Raspberry Piでできること
本書では、Pythonを使ったハードウェアの制御から、メディアセンターとしての使用、Scratchでのゲームの作成まで、Raspberry Piを使ってできることを探っていく。非常に小さな汎用コンピュータであることがRaspberry Piの利点であり、通常のPCでできることはすべてRaspberry Piでもできる。デスクトップアプリケーションに関しては、通常のPCよりも少し遅いかもしれないが、通常のPCをはるかに凌いでいる点もある。それに加えて、Raspberry Piは強力なマルチメディア/3Dグラフィックス機能を備えているため、ゲームプラットフォームとしての可能性も秘めている。私たちは人々がRaspberry Pi用のゲームを書き始めることを心待ちにしている。
|
Raspberry Piにプリインストールされているプログラミング言語Scratch。 |
多くの事例を見る限り、最近は純粋なソフトウェアプロジェクトのほうが優遇され、センサー、モーター、ライト、マイクロコントローラなどを使ってシステムを組み立てる物理的なコンピューティングが蔑ろにされているように思える。物理的なコンピューティングがとてつもなくおもしろいことを考えると、これは残念なことだ。現在の子供向けコンピューティングに限って言えば、動きがあるのは物理的なコンピューティングである。
私たちの子供時代は、物理的なコンピューティングと言えばLOGOタートルだったが、最近では、戦闘ロボットやクアッドコプター、親が来たことを感知する子供部屋のドアなどに代わっている。それはそれですばらしいが、家庭用PCにGPIOがないことが、ロボットプロジェクトを始めてみたいと考えている多くの人々にとってまさにネックとなっている。Raspberry PiにはGPIOが付いているので、すぐに作業を始めることができる。
オーストラリアの学校の流星追跡プロジェクト、イギリスのBoreatton Scoutsと脳波記録ヘッドセットを通じて制御する彼らのロボット、ロボット掃除機を発明した一家など、筆者が1,000年かかっても思い付けないようなアイデアがコミュニティで生まれていることに、いつも驚かされている。Boreatton Scoutsのロボットは、脳波で制御する世界初のロボットである。筆者は宇宙旅行を夢見ているので、Raspberry Piをロケットや気球で近地球軌道に送り出すプロジェクトを知ったときには鳥肌が立った。
毎年1,000人の新入生がイギリスの大学レベルでコンピュータサイエンスを専攻するようになれば、私たちにとって成功と言えるだろう。それは、国、ソフトウェア業界、ハードウェア業界、そして経済にとって有益なだけではない。可能性に満ちた世界や楽しい時間を過ごすための新しいアイデアを発見すること——それは新入生1人1人にとってずっとためになることだろう。子供の頃にロボットの組み立てを体験することによって、まったく想像もしていなかった世界への扉が開かれる。筆者もその扉を開けた1人である。
発売後1年で100万台以上を出荷し、イギリスを中心に世界的なブームとなっているカードサイズのコンピューター「Raspberry Pi」。本書では、Linuxのセットアップやコマンドの使い方をはじめ、環境の構築方法などの基本的な情報を解説しています。
Eben Upton、Gareth Halfacree 著
価格:2,940円 (本体 2,800円+税)
発売日:2013年3月15日発売
ISBN:978-4-8443-3374-6
発行:インプレスジャパン
連載バックナンバー
Think ITメルマガ会員登録受付中
全文検索エンジンによるおすすめ記事
- 1台わずか25ドル! イギリス生まれの超小型ボードPC「Raspberry Pi」 前編
- イントロダクションRaspberry Pi ―仕様説明からセットアップまで 前編
- Arduino vs. Raspberry Pi:あなたにぴったりのDIYプラットフォームはどっち?
- Raspberry Pi(ラズベリー・パイ)でここまで出来る!12のクールな使い方
- 1700名もの参加者が明星大学に集うOSSの祭典!OSC東京レポート
- アールエスコンポーネンツ、「Raspberry Pi 3 Model B+」の国内販売を開始
- アフレル、Javaのプログラミングをレゴのロボットで学ぶ教材発売
- アールエスコンポーネンツ、「Raspberry Pi」の国内生産モデルを販売開始
- VNC環境とRaspberry Piで簡単電子工作(1)
- 電子工作シミュレータ「123d circuits」を使ってみよう!