多重請負構造とKPI管理の導入
はじめに
みなさん、こんにちは。前回は「常駐・派遣ビジネスの功罪を考える」というテーマで、日本で常駐・派遣ビジネスが多い理由、その問題点、そこから変革する3通りの道しるべを示しました。
今回は、SIerの抱えるもう1つの問題である「ピラミッド構造(多重請負構造)」を取り上げ、どのようにピラミッド構造と向き合うかを考えてみます。また「会社の改革のためのその1」として、KPI管理の導入についても解説します。
ピラミッド型の業界構造の問題点
ソフトウェア業界の中でも、特にSIerを中心とした世界は、土木・建築業界と同じようなピラミッド構造で成り立っています。つまり、ユーザーが大手SIerに発注し、大手SIerは下請けSIerに発注し、下請けSIerは孫請けSIerに発注するという構造で開発プロジェクトをこなすケースが多いのです(図1)。
こうしたピラミッド構造(多重請負構造)は、常駐・派遣と並んでSIerの抱える大きな問題だと言われています。花型産業である自動車業界でも見られる構造なのに、なぜ、そんなにバッシングされるのでしょうか。まずは、問題と思われる点を整理してみましょう。
(1) 階層が下になるほど「低賃金」になる
中間に会社が入れば入るほどマージンが取られるので、下層で働く人たちの対価は低くなります。厚生労働省の「平成26年度 労働者派遣事業報告書の集計結果」を見ると、ソフトウェア開発という仕事の特定労働者派遣事業の時間単価は24,062円です。派遣労働者の賃金が15,408円なので、単純計算でマージン率は36%になります。
これを企業間のマージンに適用すると、例えばユーザーが1人月120万円を元請けに支払った場合、下請けが受け取る金額は77万円、孫請けは49万円となります。実際には、下に行けば行くほど“右から左への度合い”は高くなりマージン率は下がるのでここまで極端ではないのですが、それでも4次請け、5次請けなど階層が深くなれば人月単価も安くなり、当然そこで働く人の賃金も低いものになります。
【データ元:厚生労働省 平成26年度 派遣事業報告書の集計結果 表7・表8】
(2)能力が正当に評価されない「歪み」がある
ピラミッド構造は一種の垂直分業とも言えます。そう割り切れば、価値の低い仕事しかできない人の賃金が安いのも仕方がないでしょう。しかし、問題は下層会社にいる”できる奴”が価値に見合った対価をもらえず、上層会社にいる”アホみたいな奴”が価値に合わない対価をせしめ、いばっているという「歪み」にあります。
この歪みがあるため、上層会社の担当する”上流工程”が、下層の会社に任される”下流工程”よりもはるかに高いという価格体系が出来上あがっています。アホな設計をする奴より、良質なプログラムをバリバリ書く人の方がよほど役立っていても正当に評価されず、下層会社に上流工程ができる人がいても、その能力を活かす機会が与えられないのです。
これは、対価が個人の能力でなく所属会社の下請け階層で決められるため、同じ階層に属する会社同士で請負契約をしようとすると「単価が合わない」ことになります。女性やアジア人のキャリアアップを阻む見えない天井を「グラスシーリング」「バンブーシーリング」といいますが、下請け(Subcontract)所属エンジニアが正当に評価されないこの壁は、さながら「サブコンシーリング」と言えます。
(3)価値を提供しない
ピラミッド構造はITや建設に限らず、自動車やテレビなどさまざまな業界で見られますが、それ自体が悪いとは限りません。問題なのは、垂直分業というならば各層に入った会社が相応の役割を果たして全体最適となるべきなのですが、”丸投げ”や”二重派遣”のように自社で付加価値を付けずにピラミッドの一角に巣食う企業が多いことです。
多重請負構造は各層で売上を計上するため、業界全体の売上を嵩上げしてしまいます。こうした付加価値を提供しない企業が多ければ多いほど、業界全体の売上の割に完成価値の低い「低生産性業界」となってしまいます。
下請けで働く人やマスコミはよく「ピンはね」という言葉を使って元請けの悪口を言います。でも、実際は元請け(ゼネコン)がなにもしないでピンはねしているわけではありません。
面倒なエンドユーザーとの交渉を一手に引き受け、プロジェクトを成功させる重い責任とリスクを一身に抱え、プロジェクトが成功するような采配やプロジェクト管理を行っています。そもそも営業部隊を組織して、厳しいコンペに勝ち残って初めて仕事にありつけるわけで、営業コストやマネジメント、リスクなど総合的な役割の対価として適正なマージンを取っているわけです。
これらの役割をこなす力は一朝一夕で身に付くものではありません。営業部隊を鍛え、コミュニケーション力やプロジェクト管理力、品質管理ノウハウ、業務知識など幅広い能力を備えたスタッフを育成し、数々の経験からで築き上げた管理手法を持ち、法務面にも明るくないと務まりません。
自動車メーカーでも企画・設計やデザイン、組み立ては行いますが、自分で部品を作っているわけではありません。同じように設計やプログラミングを下請けに外注していたとしても、それは垂直分散における役割分担なのです。
もちろん、まったく価値を提供せずに、本当にピンはねしているようなケースもありますが、レアケースです。それぞれの仕事と役割を相互尊重して、力を合わせてプロジェクトを成功させよう。そう前向きに考えた方が、ただ愚痴っているよりずっと健康的です。
自社の力量に応じて生き方を選択する
ソフトウェア会社は簡単に開業できます。人が資産なので、一緒にやってくれる人さえいれば(いなくてもソロで)、特別な設備投資も必要ありません(筆者も20年前に3人で創業しました)。
最初から尖ったビジネスモデルや強い製品・サービスをもってスタートできる会社もありますが、その他大勢はピラミッドの最下層で常駐・派遣ビジネスに甘んじたスタートとなるでしょう。
それが悪いわけではありません。勇気と気概を持って起業という冒険に踏み出したアントレプレナー精神は、そんな下積みの苦労はもとより覚悟の上です。ただし、ピラミッドの中で永く生息し、安穏な生き方に慣れっこになってしまうと、いつの間にか起業の目的や変革へのガッツが薄れてしまいます。
ここで初心に返って、「どうやって下層から抜け出すか」を考えてみましょう。方法は2通りです。
(1) ピラミッドを這い上がってゼネコンを目指す
社員を増やし、育成し、技術力やプロジェクト管理力を高め、自社の強みを作り、営業力も強化する。そうした努力を一歩一歩積み重ねて、より上層で仕事をする力を付ける。
(2) ピラミッド構造の外側に出る
自社製品やサービスを作り出し、SIerピラミッドの外側で勝負できるビジネスモデルを確立する。古いビジネスではSIerピラミッド上位層の大きな網からは逃れられないため、クラウドやモバイル、オープンソース、最近ならIoTやフィンテック、AI、VR、ロボットなど新しい技術に活路を見出して勝負する。
リーマンショックで大ダメージを受けて「このままではいけない」と決意したはずなのに、”喉元過ぎれば熱さ忘れる”でいつの間にか改革がストップして以前に逆戻りしています。一定周期で発生する大地震と同じように、不景気の大波はまた必ずやってきます。エンジニア不足で仕事にあぶれることのない今こそ、改革シナリオを立てて行動する絶好の機会なのです。
「会社の改革のためのその1」――KPI管理を導入する
まったりした場所から抜け出すには強い意思とエネルギーが必要です。そのための第1歩は「KPI(Key Performance Indicator:主要業績評価指標)管理の導入です。「え、KPI?」。そんな声が聞こえてきそうですね。確かに「改革」という力強い言葉に対して「数値管理」というインテリが好みそうな対処法は拍子抜けするかも知れません。
しかし、スポーツの世界でも「気合だ!」という精神論よりも、数値に基づく科学的トレーニングを行った選手の方が勝つ時代です。一般にSIerは製造業などに比べると経営数値管理がおろそかです。「え、KPI?」なんて言う前に、自社でどのような管理を行っているか、胸に手を当てて考えてみてください。
経営数値管理と言っても、アーリーステージの小さな会社では売上・利益の実績管理だけだったり、もう少し大きくなっても部門別に売上・利益の予算を持たせるだけだったりします。そのような管理では下層から抜け出すエネルギーなど湧いてこないのです。
KPI管理導入のポイントは「ブレークダウン」「計画対比」「3年計画」「売上以外のKPI」「PDCAサイクル」の5つです。
(1) ブレークダウン
全社予算だけでなく、部門別に予実を管理する。ここまでは多くのSIerでも実施しているでしょう。でも、もう一歩踏み込んで事業セグメントごとに目標と実績を管理してみましょう。会社という舟を流れにまかせるのではなく、行きたい方向に舵取りできるようになります。
例えば、SIerの多くは常駐・派遣ビジネス(「SES:System Engineering Service」とも言われる)か請負開発ビジネスかの二者択一ではなく、それらを両輪で行っています。さらに、脱派遣や脱下請けに向けた取り組みとして自社製品・サービスを作ったり、他社製品を取り扱ったりしてプロダクトビジネスを手がけている企業も多いです。このように複数のビジネスを組み合わせて展開している場合、それぞれの売上・利益をきちんと管理することで舟(会社)が進むべき道しるべが見えてきます。
また、「サービス種別ごと」という切り口も必要です。ソフトウェア開発、保守サービス、機器販売、パッケージ販売、クラウドサービスなどサービス種別ごとに数値を管理するのです。
「顧客ごと」というメッシュも必要です。顧客をがっちり掴むのは効果的ですが、あまりに特定の顧客依存度が高すぎると失ったときのリスクが大きいので、「顧客ポートフォリオ」という考え方も意識しておかなければなりません。顧客をカテゴライズすると、自社にとってどのようなジャンルの顧客の収益性が高いかも見えてきます。
このように、数値管理を意識すると必要な切り口が次々と見えてきます。世界に通用する製造業を見習って、常にいろいろな切り口で会社の実態を把握し、その後の変化をトラッキングしましょう。
(2) 計画対比:計画(目標)と実績の対比
会社や部門にはきちんと売上・利益の予算を持たせるのに、それ以外の数値は実績を管理するだけというパターンが多いです。
例えば、「不景気の波が押し寄せても生き残れるようにストック型ビジネスを増やす」という方針を立てたとしましょう。この場合、保守やクラウドなどのストック型の売上・利益の実績を把握するのはもちろんなのですが、各々の数値目標を立てて、目標と実績を対比する形でフォローしなければ舟の推進力は出てきません。
(3)3年計画
企業は単年度予算の他に中期計画(通常3年)を立てて、中期的な会社の方向性を明確にします。ブレークダウンした数値目標を持った場合、それが単年度だけでは継続的な改善に繋がりにくいのです。
例えば、クラウド事業の売上比率を現状の3%から15%に増やす方針を掲げたとしましょう。1年目の目標だけでなく2年目、3年目の目標も掲げて、途中で進捗状況を把握・フォローできるようにしておくことが大事なのです。
(4) 売上以外のKPI
数値管理すべきデータは売上や利益といった経営数値だけではありません。例えば”人が資産”のSIerにとって社員は生産能力そのものですから、社員の増員計画も中期計画に入れる必要があります。この場合、プラス(増員)だけでなくマイナス(離職)もきちんと計画しておかなければ実態と乖離します。
離職率も重要なKPIです。厚生労働省の「平成27年 雇用動向調査結果の概要」を見ると、情報通信業の離職率は10.7%となっています(図2)。これは100人の会社だと毎年11人もの”財産”が失われていることになります。
出典:厚生労働省 平成27年 雇用動向調査結果概要 2.産業別の入職と離職より
自社の離職率を算出してみてください。もし2桁を超えるようであれば、なんとか1桁に収められるように目標を立てましょう。直視したくはないでしょうが、うつ病発生率、休職者発生率、その内の復職率などもメンタルヘルス向上のために数値管理しましょう。昨今「健康経営」というキーワードが注目されているように、社員の健康に配慮することは経営にも大きな成果が生まれるのです。
なお、離職率や発症率などのKPIは年度の平均ではなく、毎月の移動平均で把握して月次の経営会議で共有してください。月次推移グラフを見ていれば、手を打たなければならないタイミングを逃さずに済みます。
(5) PDCAサイクル
KPI管理は単なる実態把握だけではありません。KPI目標を設定し、到達のためのアクションプランを立て、実行し、結果をトラッキングする、というPDCAサイクルを回すことが重要です。会社の改革は「ローマは一日にして成らず」です。根気よく何度もPDCAサイクルを回し続けるうちに、舟は目指す方向に近づいていくのです。
今回は、「会社の改革のためのその1」として、「KPI管理を導入する」という指針を示しました。日本人は先送りが得意ですが、来期からと言わずに、今日からでもKPI管理を導入してみてください。“善は急げ”ですよ!