この連載が書籍になりました!『これからのSIerの話をしよう エンジニアの働き方改革

社員の定着率をアップするための具体策を講じる

2016年10月25日(火)
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)

はじめに

みなさん、こんにちは。前回は「多重請負構造とKPI管理の導入」というテーマでSIerの多重請負構造の問題点を指摘した上で、「会社の改革のためのその1」として「KPI管理を導入する」ことを最優先課題としました。

今回は、「会社の改革のためのその2」として社員の定着率アップへの取り組みを考えていきましょう。

「会社の改革のためのその2」―社員の定着率をアップする

IOTだAIだと目移りする前に、足元の貴重な財産である「社員」について真剣に考えてみましょう。会社にとって大きな損失となる退職者を減らし、社員のスキルを向上し、モチベーションを高めることが“企業力”という観点で考えても最優先なのです。

前回説明した「KPIの導入」のポイントは「計画対比」「3年計画」「売上以外のKPI」でした。まずは、これらを踏まえた人員計画を立ててみましょう。表1は向こう3年間の人員計画表のサンプルです。この1年で15人採用(うち新卒8名)して11人退職した結果、現在の社員数は100名。離職率は業界平均の11%という想定です。これを「3年後には社員数20%増の120名、離職率は8%に改善する」という目標にしています。

表1:人員計画表

現在 1年後 2年後 3年後
社員数(増加率) 100(104%) 106(106%) 106(106%) 120(107%)
入社数(内新卒) 15(8) 15(8) 15(8) 17(9)
退職者 11 9 9 9
離職率 11% 9% 8.5% 8%
平均勤続年数 6.7 7 7.8 8.5
入職率 15.6% 15% 14% 15%

ここで注目すべきは、社員の総数ではなく“退職者数“や”離職率“です。「15人入って11人退職して都合4名増だからまあいいか」ってわけにはいきません。入ってくる人は自社の業務にまだ慣れていない”これからの戦力”なのに対し、出てゆく人たちは業務に精通した”既に戦力”です。2桁台の離職率のまま社員数だけ大きくなった会社が社員のスキル面で見劣りするのはこのせいです。

一般に離職率は「退職者数 ÷ 年初の社員数」で求め、期中に入社して直ぐ辞めた社員は対象外とします。しかし、あくまでも“流出を防ぐ”という目的なので、期中入社の退職者も含み、過去1年間の退職者数 ÷ 1年前の社員数を毎月計算するようにしましょう。

もう1つ注目して欲しいのは“平均勤続年数”です。業界別に見ると、電力や石油、時計、重電といった古くからある業界の勤続年数は20年近いのに対し、IT業界の平均勤続年数は2〜3年と言われています。中途の流動性が高い業界ではありますが、平均2〜3年の戦力では満足に戦えません。

勤続年数は社歴の長さに比例して長くなるし、成長カーブの描き方でも異なるので、他業界や他社と比較しても意味がありません。でも、自社の数値を直視して、これを長くする努力をしましょう。なお、一般に平均勤続年数は”現在勤務している社員”で計算されますが、こちらも”過去1年間の退職者も含んだ”勤続年数を毎月計算してください。

“入職率”というKPIもあります。これは「増加労働者数 ÷ 年初の労働者数」で求まる数値です。入職率と離職率がともに高いのは人材が定着しにくい状態です。人材に関しては新陳代謝が高いのはいいことではないので、抜本的な対策を取る必要があります。また、この他に“定着率”という数値もありますが、これは「100% − 離職率」で求めます。

ここで肝心なのは、毎月チェックすることです。年1回では対策が遅れるだけでなく、すぐに忘れてしまう年中行事になります。離職率や平均勤続年数などは月次で過去1年間分を計算して、毎月必ず実績と対比してください。

ところで、KPI管理のもう1つのポイントは「ブレークダウン」でしたね。ここでは簡単な人員計画表を用いて説明しましたが、実際は部門や職種別、年齢層別、社歴別、性別など細かなメッシュで数値管理します。自社の実情に合わせて、踏み込んだ計画表を作成してみてください。

アクションプラン1―退職者アンケート

さて、KPIを定めて目標設定しても、数字を眺めているだけでは埒が明きません。「目標を実現するために何をすべきか」をみんなで考えて、できるところから即実践しましょう。

まずは、退職者が「どうして会社を辞めたのか」、その原因を分析しましょう。手っ取り早い方法は退職者自身に聞くことです。辛辣な意見も言う人もいれば、本音を隠して体のいい理由で去っていく人もいますが、ヒアリングを続けていくと会社の至らない点がよく見えてきます。

退職者アンケート(SI社の例)

  • 設問1.退職理由
  • 設問2.退職理由となった事柄について、上司に相談・主張しましたか?
  • 設問3.結果どうでしたか
  • 設問4.相談・主張に至らなかった理由を教えてください
  • 設問5.どうしたら(どうだったら)、退職に至りませんでしたか?
  • 設問6.在職期間を総括して、あなたが当社について一番良いと思う点を教えてください。
  • 設問7.在職期間を総括して、あなたが当社について一番悪いと思う点を教えてください。
  • 設問8.その他、退職するにあたって、言い残したいこと、主張したいことがあればご自由にお願いします。

こうした制度は、ともするとアンケートを取るだけに形骸化してしまいます。退職者を出してしまったことを上司にも重く受け止めてもらい、改善に繋げなければ意味がありません。そのため、アンケートに対して上司にも「どうやったら退職させずに済んだか」「今度同じような退職者を出さないように何をするか」という反省の所見を書いてもらった上で経営者にレポートします。上司は「新しいことをやりたいと言っていた」と他責のコメントをしがちですが、不満がなければ人は辞めません。そこを掘り下げることが上司の教育にもなります。

経営者も会社の問題として改善策を考えなければなりません。そのためには、流しておしまいとならないように、半年に1回くらいの割合で過去1年間の退職者アンケートをレビューします。「会社として離職率を下げるPDCAプロセスがきちんと回っているか」を確認するのです。

ITエンジニア退職者の本音

一般に、エンジニアの退職理由にはどのようなものがあるでしょうか。エンジニアの転職支援を行っているクラウドテック社のホームページを見ると、「ITエンジニア退職者の本音10選」として、次のような理由が挙げられています。

「ITエンジニア退職者の本音10選」

  1. 給与などの金銭面に不満を感じるようになった
  2. 転職することによりスキルアップをはかる
  3. IT業界よりも魅力がある他業界へ転職をする
  4. 人間関係がうまくいかない
  5. 労働時間や通勤など労働条件が悪い
  6. 精神的な疾患や家族の介護
  7. キャリアパスが不透明で先行きが見えない
  8. 技術者が求められる会社で力試しをする
  9. 会社員ではなくフリーランスとして独立をする
  10. 社内風土に合わない

1の給与面、4の人間関係などはどの業界にも共通する退職理由ですが、ITエンジニアに特に多く見られるのが「自分の技術スキル」に関したものです。ここで、私が起業間もない頃に出会ってインスパイヤされた言葉を紹介しましょう。

「エンジニアは、この会社が自分を育てようとしていないと思ったときに離職する」

エンジニアにとって、一番の宝ものは「自分の技術スキル」です。それを会社も尊重して大切にしてくれていると感じているなら、エンジニアは辞めません。以来、私はこの言葉を胸に抱いて経営しています。上記10の本音のうち2、7、8、9、10は、この言葉を刻んで社員と向きあえば減らせます。そして、きちんとスキルアップしていれば3もないはずです。

アクションプラン2―稼働率、有給取得率、残業時間をコントロールする

では、エンジニアを育てるにはどうすればいいでしょう。すぐに浮かぶのが“教育”で、社員教育制度をもっと充実しようということになります。実際、SIerの採用ページでも「いかに教育制度が充実しているか」を競っています。

でも、ちょっと待ってください。今の時代、新しい技術はネット上にありますし、さまざまなコミュニティも充実しています。日進月歩のIT技術をマスターし続けるには、会社で通り一遍の知識を学ぶだけでは限界があるのです。

そこで私が気をつけているのが、「学習する意欲を高める風土作り」と「学習する余裕(時間、気持ち)を持ってもらう」ことです。馬車馬のように仕事仕事と働いているだけでは、とても自ら勉強する時間や意欲が湧きません。

ここでもKPI管理を導入してみましょう。

・稼働率

一般に“稼働率”とは「社員を遊ばせないために管理する数値」です。でも、稼働率が高ければ高いほどいいという考えは改める必要があります。SI社では稼働率85%を目標としています。月に160時間働くとした場合、15%に相当する24時間程度は外部セミナーに参加したり、社内勉強会に出たり、ミーティングのディスカッションに使う想定です。部門別の平均稼働率と個人別稼働率を毎月グラフ表示して、上下に触れている社員をウォッチしています。

・有給取得率

厚生労働省「平成27年就労条件総合調査」によると、日本の民間企業における有給休暇取得率は47.6%です。情報通信産業は55%と少しマシですが、まだまだ低水準と言えます。

【データ元:平成27年就労条件総合調査結果の概要の第5表 労働者1人平均年次有給休暇の取得状況 」(P5)】

表2は、労働基準法による有給休暇付与制度に有休取得率55%を適用したシミュレーションです(本来は整数で計算すべきですが、便宜上小数点1桁まで計算しています)。有休取得率は、当年度取得分に対する計算で繰越分は含まないので、例えば勤続年数5.5年の社員は繰越を含む有給25日のうち、10日しか取得できていないことになります。

表2:有休取得率55%の場合のシミュレーション

勤続勤務年数(年) 0.5 1.5 2.5 3.5 4.5 5.5 6.5 以降
付与日数(日) 10 11 12 14 16 18 20 20
55%取得の有給日数 5.5 6.1 6.6 7.7 8.8 9.9 11 11
繰越した有給日数 4.5 4.9 5.4 6.3 7.2 8.1 9 9
繰越を含む有給日数 5.5 15.5 16.9 19.4 22.3 25.2 28.1 29
捨てた有給日数 0 4.5 4.9 5.4 6.3 7.2 8.1 9

自社の有給取得率はどれくらいか知っていますか。もし業界平均の55%より低いなら、もっと取得しやすいように改善する必要があります。できれば業界平均で満足せず、KPIとしては70%以上としたいものです。また、単なる平均値だけでなく、人によるばらつきもなくす努力が必要です。

有給取得率を高くするのは、思ったほど簡単ではありません。口先だけ「取れ取れ」と言っても、有給を取れる状態にしたり、取りやすい職場のムードを作ったりしなければ数値は上がって行きません。そのためにも、きちんとKPIに定めてPDCAサイクルを回す必要があるのです。

<<コラム>>本音を変える覚悟がありますか?

常駐・派遣型の企業の本音は、「社員の稼働率は高ければ高いほどいい」「有給休暇もできればあまり取らないで欲しい」「残業もたくさんやって欲しい」というものです。時間単価の契約では働いた分だけ売上が上がるため、そう思ってしまうのも無理はありません。この本音は経営トップだけでなく部門長やプロジェクトマネージャなどでも似たようなものです。「え、そんなことないよ」って言葉が聞こえてきそうですが、本当に違いますか。

ユーザーも納期順守のために長く働いてもらいたいと考えています。会社が違うので本音に遠慮が要りません。その気持ちや態度は本人にも伝わるので、外部セミナーに参加したり、有給休暇を取ったりするのにどうしても遠慮が働いてしまいます。

しかし、これからのSIerはこの本音を変えなければなりません。SIerの多くは常駐社員の帰社日を月1回として事務手続きや全社ミーティングなどに当てていますが、それだと稼働率が95%になってしまいます。稼働率85%、有給取得率70%を目標とするためには、月3日の帰社日と月1日の有給休暇を取れるように客先との契約時に交渉しなければなりません。

「え、そんなの無理!」もし、そうつぶやいてしまうのなら、やっぱり「そんなことはないよ」っていう抗議の声はきれい事の嘘っぱちだったのです。常駐・派遣社員を守れるのは会社しかありません。人手不足の今こそ、毅然とした態度で客先と交渉できるチャンスです。

「仕事と私のどっちが大事なの?」というのは奥さんが離婚を決意するときの決まり文句です。「顧客と私のどっちが大事なの?」と社員に問われたとき、「もちろん君だ」と本音で言えるようになりましょう。ただし、建前を変えるのは簡単ですが、本音を変えるのは相当難しいです。

・残業時間

「Vorkers」が公表している「業界別残業時間(月間)ランキングTOP30」によれば、「SIer、ソフト開発、システム運用」業界の残業時間は52.66と高い水準にあります。これは「Vorkers」に投稿された約6万8千件の社員口コミを集計したもので、厚生労働省などお役所の集計に比べて実態に近いものだと感じています(ちょっと高すぎる感はありますが)。

【データ元:業界別残業時間(月間)ランキングTOP30 ページ中ほどの表】

SIerの仕事は納期があるので、なかなか残業を減らせない場合もあります。「残業が少ない企業は業績が良い」というわけでもなく、むしろその逆の相関関係も報告されています。それらの状況を理解した上で、ここで問題視すべきは「過度の長時間労働」と「慢性的な長時間労働」です。

言うまでもなく、過度の長時間労働を続けていると、前述した「退職者の本音」の5「労働時間や通勤など労働条件が悪い」にひっかかりますし、ひどい場合はうつ病になって6「精神的な疾患や家族の介護」という最悪の退職となってしまいます。

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図:長時間労働は諸悪の根源

どの会社でも社員の超過残業をウォッチしていますが、単なるウォッチだけでは「今、あいつが踏ん張らないとプロジェクトが回らない」という上司コメントで”仕方がない”と済まされてしまいます。

そこで、もっと具体的な対策ルールを講じましょう。例えば、当社では下記基準のいずれかに該当する社員を「超過労働者一覧」としてピックアップし、管理部門が必ず面談して体調や気持ちなどを確認しています。

a.所定外労働時間が単月110時間以上
b.所定外労働時間が連月90時間以上
c.所定外労働時間が3ヶ月連続60時間以上

また、上司は「残業超過の理由」と「具体的な対策」および「翌月の見込み残業時間」を記入して、毎月の経営会議で報告します。前月の報告とも対比して、改善が見られないようだと上司の管理能力が問われるわけです。その部門の問題として放っておかずに、会社を挙げて真剣に手を打つ姿勢が重要です。そして、ここでもKPIとして現在の傷病者数を毎月ウォッチしてください。

・サービス残業

もう1つ注意しなければならないのが“サービス残業”です。「サービス残業はないと思う」「サービス残業するなって言っている」だけではなくなりません。「会社の方針として絶対にサービス残業は禁止です」と宣言し、36協定とサービス残業のどちらか選択するなら36協定違反の方を取る」とまで断固とした方針を示し、「サービス残業はあるはずだ」と疑って現場を監査(夜遅く残ってた人の退社時間のチェックなど)する。そこまで踏み込んでサービス残業を撲滅するようにしてください。

【データ元:】労務安全情報センター 三六協定の基礎知識-10のポイント

今回は、「会社の改革のためのその2」として、「社員の定着率をアップする」という指針を示しました。売上を伸ばすことに汲々とする代わりに、社員の定着率をアップする方法を経営幹部と徹底討議してみてください。

著者
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
株式会社システムインテグレータ

東芝、SCSKを経て1995年に株式会社システムインテグレータを設立し、現在、代表取締役社長。2006年東証マザーズ、2014年東証第一部、2019年東証スタンダード上場。

前職で日本最初のERP「ProActive」を作った後に独立し、日本初のECパッケージ「SI Web Shopping」や開発支援ツール「SI Object Browser」を開発。日本初のWebベースのERP「GRANDIT」をコンソーシアム方式で開発し、統合型プロジェクト管理システム「SI Object Browser PM」など、独創的なアイデアの製品を次々とリリース。

主な著書に「Oracle8入門」シリーズや「SQL Server7.0徹底入門」、「実践SQL」などのRDBMS系、「グラス片手にデータベース設計入門」シリーズや「パッケージから学ぶ4大分野の業務知識」などの業務知識系、「実践!プロジェクト管理入門」シリーズ、「統合型プロジェクト管理のススメ」などのプロジェクト管理系、最近ではThink ITの連載をまとめた「これからのSIerの話をしよう」「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン」「エンジニアなら知っておきたい システム設計とドキュメント」を刊行。

「日本のITの近代化」と「日本のITを世界に」の2つのテーマをライフワークに掲げている。

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