「BIG Raspberry JAM Tokyo 2016」開催、開発者Eben Upton氏も登場
2016年12月、シングルボードコンピューター「Raspberry Pi」のイベント「BIG Raspberry JAM Tokyo 2016」が開催された。主催はJapanese Raspberry Pi Users Groupで、アールエスコンポーネンツ株式会社が開催協力した。
Raspberry JamはRaspberry Piのグローバルなイベントだ。今回は、Raspberry Pi 3 日本産モデルの発売を記念し、来日したRaspberry Pi財団創設者兼Raspberry Pi Trading Ltd. CEOのEben Upton氏を招いた特別版「BIG Raspberry JAM Tokyo」として開催された。なお、2013年にもUpton氏を招いて「BIG Raspberry JAM Tokyo」が開催されており、3年ぶりとなる。
「若者のプログラミング離れ」対策としてRaspberry Piを開発
Upton氏の基調講演は、最初にRaspberry Piを開発し発売した初期の2006〜2012年と、その後の発展期となった2012〜2016年の2つの時期に分けて、Raspberry Piの歴史と現在を語るものだった。
Raspberry Piを開発したのは、若者のプログラミング離れやコンピューターサイエンス離れを憂いたことからだという。「われわれの時代には、ゲームをしようとCommodore 64やMSXなどのパソコンを起動すると、BASICのプロンプトが出て、そこでプログラミングを学んだ。いまはPlayStationで遊ぶので、プログラミングに結びつかない。PlayStationは私も好きだけど(笑)」とUpton氏は言う。
どのようなマシンを作るかについては、動画や音声も楽しめること、PythonやScratchなどでプログラミングができること、小さくて壊れにくくポケットに入れて人に見せられること、世界中の子供が使えるように安いことがテーマだったという。
こうして2008年に開発を始めた。Raspberry Piという名前は、教育分野で使われたApple(リンゴ)やAcorn(どんぐり)といった果物由来の名前にならって「Raspberry」を、Pythonから「Pi」を付けたとはよく言われるところだ。イギリス人のUpton氏にとって、Acornが開発したBBC Microコンピューターへの思いは強いようで、「できればBBCのブランドを付けたかった」とも語った。ちなみに、Raspberry Piで採用しているARMは、Acorn RISC Machineプロジェクトから始まった。
さて、2011年に最初の試作品ができた。このとき、まさにBBCのジャーナリストがブログでRaspberry Piを動画で紹介し、2日で60万ビューとなったことがブレイクのきっかけとなった。「どんどんビュー数が上がるのを見ながら、『ヘイ、世界で60万人が見ているよ』と驚いていた」とUpton氏。
こうして初代モデルを25ドルで発売した。発売前からアールエスコンポーネンツがライセンス契約したことも大きかったという。その結果、初日だけで10万台が売れるという驚異的な成果となった。
発売後の2012〜2016年は、拡大していった時期だ。まず2012年には、製造を中国からソニーのUKテクノロジーセンターに移した。ほかにもソニーとのパートナーシップにより、公式のカメラモジュールも製造している。
続く公式周辺アイテムは、2015年に発売された7インチのタッチスクリーンディスプレイだ。ロボティクスや、車のダッシュボード、産業オートメーションなどに利用されているという。
初期からサードパーティのRaspberry Piケースの市場ができていたが、公式のケースも発売した。「そのために私も射出成形を一から学んだ。いまでは射出成形について語れるようになった」と言ってUpton氏は笑った。
Raspberry Piはおもちゃとして作られたが、産業からも関心が集まり、組み込み用途の「Compute Module」も作られた。Compute Moduleの採用事例として、Upton氏は、NECディスプレイソリューションズの液晶ディスプレイにCompute Module 3を組み込めるようにする(2017年上旬)ことを紹介した。
メインストリームのRaspberry Piも、Raspberry Pi Model B+、Raspberry Pi 2、Raspberry Piと、コンピューターとして進化してきた。Upton氏は「Raspberry Pi 3は、安価なままで、デスクトップコンピューターとして使えるものとなった」と説明した。
小さく安価なバージョンとしては、2015年に5ドルの「Raspberry Pi Zero」が発売された。Raspberry Pi Zeroは日本では発売されていないが、「日本でも2017年の発売を予定している」と語った(その後、2017年2月に日本でも発売された)。なお、質疑応答ではRaspberry Pi Zero用公式ケースの発売についての質問もあり、Upton氏は「いま開発している」と答えた。
雑誌「The MagPi」も発行している。「私はソフトウェアエンジニアだったが、ハードウェアエンジニアになり、射出成形をマスターし、出版までやるようになった」とUpton氏。ドイツやスペイン、フランスなどにライセンスしており、「2017年には日本語版『The MagPi』も作れればと考えている」と語った。
ソフトウェア面では、2016年10月に「Pixelデスクトップ」を開発した。公式OS「Raspbian」ではデスクトップ環境として「LXDE」を採用しているが、PixelデスクトップはそのLXDEのテーマや搭載アプリケーションなどを独自にカスタマイズしたものだ。現在のRaspbianではPixelデスクトップが採用されている。さらに、Big Raspberry Jam開催以降の2016年12月下旬には、DebianにPixelデスクトップを搭載したPC用のOSイメージも公開された。
もともとの目的である教育利用についても語られた。まずは宇宙。2016年に「Astro Pi」として、イギリス人宇宙飛行士が国際宇宙ステーションにRaspberry Piを持ち込んで、英国の小学生が考えた実験を行なった。「また欧州宇宙機関とAstro Piを実験する予定だ。NASAやJAXAともやりたい」とUpton氏はコメントした。
次に教師のトレーニング。英国政府がコンピューターサイエンスのカリキュラムを変更し、PythonやScratchのプログラミングの時間を増やしたという。これに対し、Raspberry Pi財団は独自の教師トレーニングプログラム「Picademy」で、1000人以上の教師にPythonを教えた。Upton氏が「(冒頭で語ったように)かつて、プログラミングやコンピューターサイエンスを学ぶ人が少ないことを問題だと考えていた」と語るように、当初の目的に合致したものだ。
子供向けには、2012年から英国で活動している「コードクラブ」という団体について、2015年からRaspberry Pi財団が運営に参加している。9〜11歳を対象とし、現在6000のクラブが活動しており、40%が女性参加者だという。「日本でもやるなら手助けする」とUpton氏はコメントした。
また、学生および教師向けにフリー(ライセンスはクリエイティブ・コモンズ)の教材も提供している。
そのほか2016年のRaspberry Pi利用事例のハイライトも紹介された。Raspberry Piとカメラモジュールを天体望遠鏡に接続して天体写真を撮影した事例や、超小型のアーケードゲーム筐体を作った事例、まっすぐなキュウリをRaspberry PiとTensorFlowによる機械学習で自動的に識別する日本の事例、研究に使われるような専門的な地震計を99ドルで販売するKickstarterプロジェクト「Raspberry Shake」、Raspberry Pi Zeroベースの自動車模型のレース「フォーミュラPi」が取り上げられた。
Upton氏は最後に日本と日本の人たちに謝辞を述べ、「2013年にJapan Raspi Users Groupと多くの人に歓迎してもらった。今回はさらに大きくなった」と語った。
講演後の質疑応答では、多くの人がUpton氏に質問した。なかでも、小学生ぐらいの参加者がまっさきに質問していたのが印象的だった。
1500円のシングルボードコンピューターIchigoJam
基調講演以外にも、さまざまな講演がなされた。
イベントのプログラムが発表されたときに驚きがあったのが、教育用途のシングルボードコンピューター「IchigoJam」のセッション(Jig.jp 福野泰介氏)だろう。IchigoJamは、(名前のとおり)1500円でキット形式で販売されており、BASICが動く。
福野氏もUpton氏と同様に、MSXでプログラミングに触れた体験と、若者のプログラミング離れへの問題意識を持っていたという。そこで、Raspberry Piに触発され、2014年の4月1日に、半分冗談で発表したのがIchigoJamだ。
100円で買えるARM Cortex-M0のワンチップマイコン「NXP LPC1114」を搭載し、Apple Iと同程度のスペックだという。BASICを採用した理由として、4KBのRAMで動くこと、キートップに書いてある大文字アルファベットで書く言語であること、BASICならおじさんたちが子供に教えられることの3つを上げ、「おじさんがたくさん食いつきました」と福野氏は笑った。
福野氏はIchigoJamの広がりについて、周辺機器やケース、書籍、ネット上の教材国内や海外でのIchigoJamを使ったイベントなどを紹介。さらに、65歳の猟師さんがイノシシを捕獲する檻をIchigoJamと赤外線センサーで自動化した事例も紹介した。
また、Raspberry Pi ZeroのOSとしてブートする「IchigoJamベアメタル版α」もデモした。ただし、Raspberry PiのGPLライセンスのUSBドライバーを使っているため、公開はしていないということだった。
Raspberry Piで使うSORACOMサービス
IoT向け通信サービスのSORACOM(株式会社ソラコム)の松井基勝氏も「Raspberry Pi × SORACOM で始めてみよう!簡単 IoT」という題で登壇した。
松井氏はIoTではデータの分析や保存、活用などクラウドの役割が大きく、そこで通信が課題になるとした。そこにおいてSORACOMのサービスを「モノをインターネットではなくクラウドに直結」するものだと語った。そして、SORACOMの提供する通信サービスや、暗号化・認証サービス、データ可視化サービスなどを紹介した。
Raspberry PiからSORACOMにつなぐ方法としては、専用通信モジュール、USB接続モデム、モバイルルーターなどを紹介した。なお、Big Raspberry Jam Tokyo 2017の展示会場にもSORACOMがブースを出展し、専用通信モジュールや、Amazon Dashボタンを改造してRaspberry Piと接続しクラウド上で顔特徴認識を実行する実験「SORACOMボタン」をデモしていた。
カメラモジュールでも使われるソニーのイメージセンサー
Raspberry Pi用カメラモジュールの日本側の責任者であるソニーLSIデザイン株式会社の野村哲哉氏は、Raspberry Piとの関わりや、イメージセンサーで新しく取り組んでいることについて語った。
野村氏は、もともとイメージセンサーを一般向けに販売する方法を模索していて、Raspberry Piにたどりついたという。氏はイノベーションについて「ハードウェアとソフトウェアの性能の内積×チャレンジ回数×(3/1000)×誰も手をつけていないところ」という式を示し、「ソフトウェアドリブンで新しいものを作るときに、Raspberry Piが最強のプラットフォームとなる。これはソニースピリットに通じるかと思う」と語った。
後半では、イメージセンサー関連で最近取り組んだことを紹介した。ビジョンプロセッシングのためのライブラリ提供や、イメージセンサーから送られた映像を簡単に画像処理するVPF(Vision Processing Framework)、全天周カメラ、高速撮影、天体写真などが取り上げられた。
小型ロボットRapiro製品化への道のり
Raspberry Piを内蔵して動く小さなロボットキット「Rapiro」を開発した機械楽株式会社の石渡昌太氏は、Rapiroをクラウドファンディングにより製品化して販売した経験を語った。
開発では、Illustratorで絵を描き、SolidWorksで3Dモデリングし、3Dプリンタでプロトタイピングした。それを使ってプロモーション用の動画と写真を取り、クラウドファンディングで募集した。ここで、1200万円が集まり、金型製造にふみきれると判断した。「製造や販売などいろいろな会社に協力をお願いしたが、資金ぐりが苦しくなって待ってもらうかもしれないと言って、下請けではなくチームとして参加してもらった」と石渡氏は語った。
講演では売上や経費の生々しい金額も語られた。当初の1〜2年は赤字で、その後ようやくトントンぐらいになったという。また、Rapiroのおかげで引き合いが増えて、会社としては売上が増えたという。「オープンイノベーションに挑戦するときには、このぐらいのお金がかかる、という参考にしてほしい」と石渡氏はコメントした。
Ejectコマンドで金魚にエサやり
大内明氏の「Ejectコマンド工作とRaspberry Piで始めるIoTもどき」では、場内が爆笑に包まれた。
Ejectコマンド工作とは、ejectコマンドによる光学ドライブのトレイの開閉を利用して、押す・引くの動作を実現するものだ。ここでは、ハムスターのエサやりや、エアコンのリモコンの操作、ミニチュアの除夜の鐘の鐘つき、カーテンの開閉、金魚のエサやりなどが紹介された。さらには、ヘルメットに光学ドライブとRaspberry Piを搭載した「ウェアラブルEjectヘルメット」なるものまである。なお、大内氏は2013年のBig Raspberry Jam TokyoでもEjectコマンド工作を発表しており、Upton氏にもウケて、Raspberry Pi財団のブログでも紹介されている。
大内氏は、Ejectコマンド工作のためにRaspberry Piを使い始め、現在ではJapan Raspi Users Groupの運営メンバーとして活動している。Raspberry Piでの工作として、学習リモコンを改造してEjectなしで操作する「エアぴっぴ」などが紹介された。
「ヘルメットのイメージが広まってしまったが、Ejectは電子工作の代替手段で、目的ではない」と大内氏は主張したが、ここでも会場から笑いが起こった。最後には「いよいよ観念して、Raspberry Piで電子工作して直接赤外線学習をしている」とも語った。
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