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AI最前線の現場から【ietty】不動産の物件レコメンデーションと人工知能

2016年10月26日(水)
大浜 毅美

住まい探しの希望と現実

こんにちは!オンラインの不動産屋さん、iettyです。

皆さんは、これまで何回ぐらいお引っ越ししていますか?

国立社会保障・人口問題研究所の「人口移動調査」からの推計値によると、生涯に男性で4.5回、女性で4.0回程度のお引っ越しを行っているようです(図1)。もちろん分散は大きいのでしょうが、進学、就職、結婚、出産で各1回と考えると、不思議と納得感のある数字に思えますね。

図1:ライフステージとお引っ越し

お引っ越しの際にはどんなお部屋をお探しでしょうか? 「仕事が激務で帰って寝るだけだからなんでもいい」という方であっても、「せめてお風呂とトイレは別の方がよい」「実はペットも飼いたい」とか様々な希望が出てくるかと思います。またコンビニの近くでないと困る、幼稚園までの距離は? など、周辺の情報も重要です。

多くの人にとって、住まいは一番高価なお買い物となります。賃貸の場合でも、こちらの資料によると2016年9月の1部屋の全国平均家賃は約5万円。通常契約更新は2年単位なので、一人暮らしのワンルームでも120万円、初期費用を入れるとそれ以上の出費になります。年収が高ければそれなりの部屋を選ぶことが多いでしょうし、マンションや戸建てを購入するとなればさらに高額になりますから、これに比べられるモノやサービスはなかなか見当たりません。

しかし、よほどお引っ越しに慣れた方ならともかく、まず地域ごとの家賃の相場を知ることが困難ですし、世帯に適切な間取り、ライフスタイルや職場との関係など、考慮すべきことは尽きません。結果として、お客さまが自身で検索して希望に沿う物件を探し切るのはなかなか難しく、現状では不動産のプロによる提案と仲介が必要となってきます。

iettyはチャットで賃貸住宅のお部屋探しをお手伝いするオンラインサービスですが、今回はこの賃貸住宅の提案を自動化する研究(自動物件提案)について紹介したいと思います。

不動産物件レコメンデーション・システムにおけるAI

Eコマースを中心とするオンライン・マーケティング・エンジニアリングにおいて、ユーザーにとって価値があると思われる商品を提示することを「レコメンデーション」と呼び、特に属性やアクションをもとにユーザー毎に個別に嗜好を推定・判断して推薦する要素技術を「レコメンド・エンジン」や「レコメンデーション・システム」と呼びます※1

レコメンド・エンジンの類似度(好み)の算出手法には大きく「デモグラフィックフィルタリング」「コンテンツベースフィルタリング」と「協調フィルタリング」の3種類がありますが※2※3、前2者と協調フィルタリングの大きな違いは購買行動や商品の評価といった「ユーザーの行動」を考慮に入れるかどうかにあります(図2)。

図2:レコメンデーションの手法

前回で解説した通り、不動産物件の場合は通常1人が複数の物件を契約することがないため、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というユーザーの購買に基づく協調フィルタリングはそのままでは適用できません。また、お客様の欲しい情報が多岐にわたり、検索結果の詳細ページではすべてを網羅しきれていないことから、現状ではある程度条件を広めに提案して、良さそうな物件を詳細に調査する、という手順を踏まなければ真にニーズに添った物件にたどり着くことは困難です。

各物件の情報の量と質を高め、最大限データを整備する工夫は必要ですが、コストとのバランスの中で少ない情報の中から良質の結果を生み出すアプローチも重要で、ここに人工知能の活躍の余地があります。

このように、お客様にオンラインで不動産物件をレコメンデーション」(推薦、提案)する場合の課題としては、大きく2つのアプローチがあり、それぞれ人工知能によるサポートが期待できます。

  1. ユーザーの行動を活用して「真のニーズ」を読み取る
  2. 限られた物件情報からユーザーにマッチする可能性のある物件を探し出す

※1マーケティングへの応用 レコメンデーション, ALBERT社
※2関喜史 情報推薦システムの分類とその効果,gihyo.jp
※3神嶌敏弘 推薦システムのアルゴリズム,人工知能学会誌, vol22-24(2007)

行動データからユーザーの好みを推定する

前述した通り不動産は購買データを元にした共起関係は観測できません。しかし、購買ほどの質は確保できないものの、ユーザーと物件の関係を示すデータはいくつか取得できます。

1つはユーザーが物件をどう感じたかを聞いた結果、すなわち評価データです。iettyでは物件を提案した際に「内見する」「気になる」「内見しない」の3つの評価ができるボタンを用意しています(図3)。これは1人が複数の物件に行った評価データであるため、共起に基づく協調フィルタリングモデルを組むことができます。

図3:iettyの物件評価ボタン(物件はダミーです)

もう1つはiettyのアドバイザー、つまりチャットを通してお客様に物件を提案した専門メンバーの提案履歴そのものです。アドバイザーは不動産営業経験や関連資格を有していることも多く、また日々の業務の中で不動産の相場や地域の特性、人気物件の情報等を収集しています。彼らがお客様の要望に合わせて提案した物件の履歴は、レコメンド・システムの元データとして活用できる可能性が高いと考えられます。ただし、主に物件が多岐に渡りすぎることと在庫期間の短さから、いずれも共起しているパスの量が少ない、かなりスパースなデータとなっています。

図4のグラフはiettyユーザーのある期間の物件提案履歴をもとに、1人以上に提案された物件に対して「ある物件が何人に提案されているか(被提案数)」を横軸とし、その被提案数に該当する物件が何件あるかを示したものです。

図4:被提案数分布

一般的な共起関係を示すグラフと同様に、べき分布に近似しているであろうことが見て取れますが、8万件以上の物件のうち3人以上に提案されている物件を合わせても3%以下と、かなりの急勾配になっています。これは契約可能な物件の中から同一物件を同時に複数人に紹介する可能性がごく低い確率でしか起こらないことを示しています。

こうしたスパースデータでも協調フィルタリングを適用する手法はいくつかありますが、その1 つとして教師なし機械学習であるクラスター分析を用いて対象者と物件それぞれのクラスターを構成し、ユーザークラスタ、物件クラスターの単位で共起を観測することでパスを擬似的に増加する試みが研究されています※4

不動産の場合、ユーザーがどういった物件を必要としているかは性別・年齢のほかに会社の所在地や家族構成、年収、ペットの有無といった属性でかなり限定されます。これらのパラメータから人工知能でユーザーをいくつかのグループ(クラスター)にまとめ、各クラスターを1レコードとして共起関係データを作成し直せば協調フィルタリングに十分耐えうる密なデータとなります。物件も同様に地域、間取り、築年数などでクラスターを構成して同様にデータを再生成します(図5)。

図5:クラスタリング協調フィルタリング

クラスターに基づく協調フィルタリングは、コールドスタート問題の緩和にも寄与します。不動産の場合、ユーザーだけでなく物件の側の入れ替えも頻繁に行われますので、共起関係が十分に生成される前に物件が契約されてしまうことも多いですが、物件がどのクラスターに属するかを判定できれば、そのクラスターからのパスを利用して、どのユーザークラスタに好まれるかは安定的に推測可能です。

なお、クラスタリング手法としては非階層クラスター手法であるK-means法が紹介されることが多いですが、属性が離散値や名義尺度であることも多くいわゆる「次元の呪い」が発生しやすいため、実践的には事前に次元をPCA等で圧縮しておいたり、K-meansをカーネル化したKernel K-Meansを利用したりといった工夫が必要です。これらを提案情報、評価データ双方に実施することで、ある程度納得感のある自動提案が可能になります。

※4本多 克宏 クラスタリングの概念と意思決定支援への応用,オペレーションズ・リサーチ:経営の科学 57(5), 2012

ユーザーの「真のニーズ」を読み取るレコメンデーション-条件緩和-

ユーザーの不動産に対する知識や熱心さにもよりますが、ユーザーが考える「引っ越し先への希望条件」に合致する物件だけを探し続けていても、真にふさわしい物件に出会えるとは限りません。オーナーは個人であることも多く、特に設備や居住条件についてはある程度確認・交渉の余地があります。こうした意味では不動産取引、特に中古売買や賃貸はBtoCというよりは双方が代理人を立てるCtoCビジネスに近い性質を備えていると言えるかもしれません(図6)。

図6:管理会社はオーナーの、仲介会社はユーザーの代理人

この枠組みでは仲介会社はユーザーの、管理会社はオーナーの意向を尊重し、それぞれが専門家として相場観を判断しながらユーザー、オーナー双方にとって損のない取引となるように妥協点を探します。このような構造であるため、単純に入力条件を検索して完全一致する物件を提示するだけでなく、ある程度不確定な条件の組み合わせを削除(緩和)して検索し、場合によっては気になる物件を個別でオーナーに確認していく、といった工夫も必要です。

多くの不動産仲介の店舗では営業担当者がこの役割を担い、カウンターでの接客で勘と験を活かしてお客様に物件を提案しながら検索条件を変えていきます。このプロセスのための検索手法をiettyでは「条件緩和」と呼んでいます。条件緩和をオンラインで置き換える場合、素朴なアプローチとしてはユーザーにどこが大事でどこは譲れるかをすべて聞いた上で条件を組み替えていくことになりますが、そもそも検索条件が多岐にわたる中、そうしたメタ条件までフォームやbotに組み込むと、それこそ「重い」UIとなってしまい簡便性を大きく損ねかねません。

そこでiettyでは従来の不動産店舗と同様に、アドバイザーがチャットを通じてそうした条件の変更(緩和)を行っていますが、このプロセスを人工知能で置き換える試みも一部行っています。この人工知能にはDeep LearningやSupport Vector Machine(SVM)のような機械学習的なアプローチではなく、細かい条件式を組み合わせるルールベースのエンジンが活用されています。

機械学習は膨大なデータを利用して分類や認識、クラスタリングといった課題に高い精度で答えることができますが、その多くは「何故その答えになったのか」という問いに答えることは困難といった性質を持つ手法がほとんどです。この点でルールベース・エンジンは意思決定に至るプロセスが明解であり、構築するにはその分野の専門家の知識を体系化する必要がありますが、組み上がったアルゴリズムは後から追跡可能で、ユーザーの意に沿わない結果が出た場合でも、その調整は機械学習ほど難しくはありません。

iettyでは、不動産業界の経験が深いアドバイザーや営業担当の知識を集約し、言語化していくことで納得感のある提案に取り組んでいます。

おわりに

今回は不動産仲介のオンライン化を目指すにあたり、業務の中核となる物件の提案をオンライン化していく取り組みについて紹介しました。次回の最終回では、物件提案を含む各種の人工知能をシステムの中で統合していくbot platformについて紹介します。

株式会社iettty 執行役員CTO。 東京学芸大学大学院教育学研究科修了。日経リサーチ、Yahoo Japan、Groupon Japan BIマネージャー、マーケティングアプリケーションズ CTOを経て2016年より現職。システムエンジニアリングとデータサイエンスの融合をテーマに、現在はベンチャー企業での人工知能のビジネス利用に取り組む。

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