ApacheCon North America 2017にASFのルーツを見た
The Apache Wayをあまねく知らしめるカンファレンス
2017年5月16日から18日にかけて、ApacheCon North America 2017がマイアミにて開催された。これは年次のカンファレンスとしてApache Software Foundation(ASF)が主催しているものだ。
ASFは1999年に創設された非営利の団体で、様々なオープンソースソフトウェアを管理運営する役割を担っている。現在、684名の個人会員と5822名のコミッターが350以上のオープンソースソフトウェアの開発プロジェクトに携わっているという。
今回のカンファレンスは毎年北米、ヨーロッパ、中国など世界各地で開かれているカンファレンスの一つで、今回は併設としてApache Big_Data North Americaも開催され、機械学習やHadoop、Sparkなどのビッグデータ系のソフトウェアに関するセッションなども行われた。イベントの規模としては500名程度、セッションの数も100程度とそれほど多くなく、日本でITベンダーが行うカンファレンスに近いものであった。
今回の記事では、初日のキーノートに登壇したASFのPresidentであるSam Ruby氏、そして次に登壇したHortonworksのCEOであるAlan Gates氏のプレゼンテーションを紹介しよう。
まずRuby氏は、ASFが毎年順調に成長しており、成長の要因として「ダイバーシティ(多様性)」「インディペンデンス(独立性)」「オープンネス(オープンであること)」を挙げた。さらにASFの基本的なルールとして、コードの提供についてどのコミッターも平等であること、プロジェクトのリリースについてPMC(Project Management Committee)メンバーは他のPMCメンバーとも平等であること、全てのASFのメンバーは同じ1票を持つことなどが挙げられた。
つまり同じ役割についている全ての参加者は限りなく平等であり、所属する企業などによって優先されるようなことがないということを表している。以前はRuby氏自身もTomcatのコミッターとして活動してきたが、今は特にアクティブに活動はしていないという。もし仮にRuby氏が再度プロジェクトに参加したとしても、他のコミッターと同様の扱いを受けるべきであり、過去の経歴や実績によって優先されるようなことはASFでは起こらないと解説した。これは2日目の「The Apache Way」と呼ばれる一連のセッションに参加した時にも繰り返し出てきた内容で、とにかく「参加者は同じ発言力を持ち、平等であるべき」というのが根底にある思想だ。
またOSSのプロジェクトでは往々にして、「BDFL(Benevolent Dictator For Life、日本語のウィキペディアでは「優しい終身の独裁者」と訳されている)」と呼ばれるタイプの人物が登場しがちであることを指摘した。これはプロジェクトにおいて独裁的な行動をとる人間や企業に対して、ASFはいかに対抗するのか? という意思表明ということだろう。ウィキペディアでの(どちらかというと好意的な)BDFLの扱いよりも、ASFにとってはBDFLがプロジェクトの失敗を誘引する人物であり、それをいかに排除するか? という点に気を配っていることがわかる。その他のASFの指針として、企業のエンジニアがあるプロジェクトのチェアマンになった場合、その企業がプロジェクトのリーダーシップを取っているというような宣伝を戒めること、企業の思惑によりソフトウェアのリリースがコントロールされないようにすることなどが挙げられた。
コミュニティ > コード(Community over Code)
そしてASFの特徴的なキーワード「Community over Code」について、ここで簡単に紹介された。これはコミュニティそのものが一番重要であって、そこから生み出されるコードはコミュニティの重要さには劣るということを表している。これは、営利目的でソフトウェアを開発する人間にとっては衝撃的なキーワードと言えよう。コードそのものよりも、コミュニティを大事にするASFの姿勢が強烈に表されているキーワードだ。
またASFがビジネスに組み込みやすいライセンスを採用していること、様々なスポンサーからの寄附を集めていること、さらにベンダー中立化を貫いていることなど背景にして、ASFという組織を運営していく難しさを語った。
HortonworksにおけるThe Apache Way
次に登壇したのは、HortonworksのCEOにして以前はYahoo!でビッグデータ系オープンソースソフトウェアであるPigを開発していたAlan Gates氏だ。「Training Our Team in the Apache Way」と題されたキーノートで、HortonworksにおけるThe Apache Way(ASFのやり方に準じたソフトウェア開発の方法論とでもいうもの)を解説した。Hortonworksも設立からすでに6年、当初25名だったメンバーは今や1150名に拡大し、拠点も全世界に拡がっている。創立当初の25名は全てApacheのコミッターであり、The Apache Wayを理解していたが、今やそれを全ての社員に浸透させるのは難しいというところから話を進めていった。
最初に1.5時間のトレーニングプログラムを開発し、それを新たに入社した社員向けに「Hortonworks Bootcamp」という形にしたという。それを開発部門だけではなく、サポートやマーケティング、広報などとも共有することで常に改善を行っているという。その内容は、Apacheのストラクチャーを理解すること、Apacheのライセンス、なぜHortonworksがApacheを採用したのか、Hortonworksと同時にApacheのメンバーとして働く意味などだという。これは2016年の秋から始められたそうだが、フォードバックは概ね好評だという。特にコードを書くエンジニアでなくても、Apacheのプロジェクトのなかでは必要とされていることがわかったというコメントもあったという。今後は、FAQや社内のメーリングリストなどを実装する予定であると語った。
Hortonworksのようにオープンソースソフトウェアを主軸として製品を揃えている企業にしてみると、ASFの提唱するやり方に従って、社員であると同時にコミュニティのメンバーとしてコードの開発、リリース、バグの修正などを行うのは、自社の商材を管理するうえでのガバナンスと認識すれば非常に理にかなっていると感じさせられたセッションであった。
CouchDBの復活とThe Apache Way
次に登壇したのはIBMでWatson Data PlatformのCTOを務め、そしてIBMが買収したCloudantの創業者であるAdam Kocoloski氏だ。Kocoloski氏は一人のエンジニアのアイデアから始まったCouchDBの開発に至る歴史、IBMによるCloudantの買収、リーダーの離脱などの実例をもとに、オープンソースプロジェクトが失敗する要因を解説した。
スピーカーのKocoloski氏自身がこのプロジェクトに密接に絡んでいたために、よりリアルに感じられる解説であった。特に失敗する要因として挙げられていたのは、「プロジェクトのコアとなっていたリーダーが離脱してしまうこと」「プロジェクトに貢献していたメンバーの所属していた会社が買収されてしまうこと」そして、「メジャーバージョンのリリースから5年以上経過してしまったこと」などを挙げた。これらは、どれもオープンソースソフトウェアのプロジェクトが容易に失敗してしまう例として紹介され、CouchDBもその危機にあったという。しかしここでも、ASFのThe Apache Wayによってガバナンスを見直し、コミュニティを運営することで現在のCouchDB及びIBMが提供するCouchDB互換のDBasSであるIBM Cloudantが活動を続けられているとして、講演を終えた。
今回のキーノートセッションでは、オープンソースソフトウェアのコミュニティベースによる開発プロジェクトがいかに危ういかということを、あからさまにしてくれたというのが感想だ。それをうまく運営していく一つの成功例としてのASFという一面が、強く打ち出されたキーノートセッションであった。実際のThe Apache Wayについては、2日目のセッションで紹介したいと思う。
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