Cloud Foundry Summitはエコシステムの拡がりを感じるカンファレンス

2016年6月21日(火)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
Cloud Foundry Summitがサンタクララで開催、PaaSのリーディングプラットフォームとして1500名の参加者を集めクラウドネイティブなアプリケーションに関する知見を共有し、エコシステムの拡がりを実感する3日間であった。

Cloud Foundry Summitが2016年5月23日から25日までアメリカのサンタクララで開催された。Cloud FoundryはPaaS(Platform as a Service)の中でも大きなシェアを持っているソフトウェアの開発と運用を支援するオープンソースのプラットフォームサービスだ。今回のカンファレンスでは約1,500名の参加者、29社のスポンサーを集めて開催された。

Cloud Foundry Summit 2016のロゴ

日本国内でもCloud Foundryは各ベンダーからリリースされており、その拡がりからPaaSのリーディングプラットフォームと言っていいだろう。開発元であったPivotalが提供するPivotal Cloud Foundryに始まり、IBMが提供するBluemix、HPEが提供するHelion、NTTコミュニケーションが提供するCloudn、富士通が提供するK5など様々なベンダーがCloud FoundryをベースにしたPaaSを提供している。日本以外でもGE PredixやSwisscom、中国ではHuaweiなどもサービスのプラットフォームとしてCloud Foundryを採用している。2014年にNPOであるCloud Foundry Foundationが設立されてから、パートナーとエコシステムが更に拡がっていると言えるだろう。Cloud Foundry Foundationのメンバーも60社を超え、ベンダーだけではなくエンドユーザーであるEricsson、GE Digital、BNY Mellon、VolkswagenなどもFoundationのメンバーとして参加している辺りにOpenStack Foundationとも通じるベンダーとユーザーを繋げる強い意図を感じる。

今回のカンファレンスでは技術的な目新しさよりも主にユースケースの紹介に時間が割かれ、保険の大手Allstate、カジュアル衣料のGap、オーストラリア政府、音楽レーベルであるWarner Music、自動車メーカーのFordなどにおけるCloud Foundryの利用事例がジェネラルセッションの中で行われた。もちろん、DELL、Pivotal、IBM、Ciscoなどのスポンサーのプレゼンテーション枠もあったが、どれも如何にしてCloud Foundryでモダンなクラウドネイティブなアプリ開発を行ったか?にフォーカスしており、技術的な先進性よりも組織論も含めてクラウドネイティブなアプリケーションの開発とその導入の苦労を語るセッションが多い感覚だった。

ここであるセッションの際にとなりに座ったPivotalのエンジニアとの会話を思い出す。「日本ではHerokuはどれだけ評価されているのか?HerokuはPaaSのパイオニアだ。Herokuがもっと良くなってCloud Foundryと競争するほうが業界のためにはいいと思う」。彼はPivotalの社員でありながら、競争相手として市場を切り開いたHerokuにもっと頑張ってもらいたいと言う。

なるほどHerokuというベンチャーが注目を浴びたのが2008年前後、この時Rubyのアプリをデプロイするためにサービスとして紹介されたTechCrunchに記事がまだ残っている。

http://techcrunch.com/2008/02/07/heroku-lifts-ruby-on-rails-development-to-the-cloud/

HerokuがPaaSという市場そのものを創りだしたというのは正解だろう。だがHerokuがSalesforceに買収された以降、PaaS市場を引っ張っているのはCloud Foundryと言っていいだろう。VMwareからPivotalに移管されたCloud Foundryは2014年に設立されたNPOのCloud Foundry Foundationに移管され、オープンソースソフトウェアとしてコミュニティによる開発が始まってからまだ2年しか経っていないにも関わらず、だ。

もう少し詳しく過去を振り返るとHerokuがSalesforceに買収されたのが2010年末、一方、Cloud Foundryは2009年ごろに当時Googleで働いていたDerek CollisonとVadim Spivakが作り始めたソフトウェアがその後、両名がVMwareに移ったことをきっかけにHerokuの後を追うようにPaaSとして開発が進んでいた。当時の名前はB29というコードネームでこれはVMwareでこのプロジェクトのスポンサーであったPaul MaritzがかつてMicrosoftで働いていたことのジョークとして「Building 29で作られているソフトウェア」という意味だったらしい。ちなみにMicrosoftのレドモンド本社にはBuilding 29は無い。

ベンチャーが作ったHerokuがSalesforceに買われて資金的な不安がなくなった代わりにかつての輝きを失ったようにみえる一方、VMwareからPivotal、そしてオープンソースのCloud Foundryとなったことによってプロプライエタリなソフトウェアから脱皮してエンドユーザーも巻き込んだエコシステムを構築しようとしているようにみえる。しかし今時点でもCloud Foundryのコードの多くはPivotalの社員によって開発されており、Cloud FoundryのコントリビュータになるためにはCloud Foundry Dojoと呼ばれる世界に6ヶ所しかない施設で最低6週間のペアプログラミングの実体験を終える必要がある。この点でもCloud FoundryそのものはPivotal Labが提供しているペアプログラミング、XP(Extreme Programming)の実践の場であることがわかる。とにかくハードルを下げて多くのベンダー、ユーザーからのコントリビューションを受け入れようとするOpenStack Foundationとは全く逆の発想だ。Cloud Foundryのコアなコミッターが約1,300名、コントリビュータは約2,100名、それに対してOpenStackは過去1年間のコントリビューター数を見ても累計で数万人という規模になるだろう。

今回のサミットが普通のベンダー主催のカンファレンスとなにか違う雰囲気だったのは、主な参加者がこのDojoを経験していた人たちだったからなのかもしれない。とにかく参加者の所属をみてもGEやIBM、HPEなど自社でCloud Foundryを提供しているベンダーからの参加者が多くいたように思える。実際に全く新しくエンドユーザーとして参加しているというよりもかつての同僚が集う場所のような雰囲気を感じたのはごく最近、OpenStack Summit、EMCWorldという数千人~1万人という規模のカンファレンスを体験した筆者の個人的な印象に過ぎないかもしれないが。

このカンファレンスの中で特に印象に残ったユースケース、Allstateのセッションを紹介しよう。

Allstateのテクノロジー担当VP、Doug Safford氏

創業が1931年という全米最大の個人向け保険会社であるAllstateはAgileな開発を社内で推進するためにPivotalがサンフランシスコで運営しているPivotal Labと瓜二つのラボを北アイルランドにオープンしたという。その中でAgileな開発に対する社内の抵抗勢力はトップと現場のエンジニアの中間に存在する管理者層であったという。

もっとも手強い抵抗勢力は中間管理職だ

トップはビジネスに対うる脅威と不確定要因が存在することを本質的に理解し、直ぐに手を打たなければいけないことを知っている。現場のエンジニアは新しい感覚でAgileの本質を理解できるが、その中間に存在する人たちこそが変化に抵抗し、Agileなソフトウェア開発を阻む要因であると説明した。

これはかつてサンフランシスコのPivotal Labで取材した際にJR Boyens氏が語った内容そのものだ。

「中間管理職のマネージャーにとっては、二人一組でプログラミングを行うために人員が半分になる!という過激な反応をする人もいますし、ちょっと理解するのは難しいかもしれませんね(笑)。」

参考リンク:ソフト開発にはプロジェクトマネージャーではなくプロダクトマネージャーが必要

Allstateが開設したCompoZed LabもサンフランシスコのPivotal LabやシアトルのHPE Dojo、ボストンのEMC Dojoなどとよく似た施設となっており、ペアプログラミング、XPを実践するためにはPivotal Labs及びDojoがその理想形として評価されているという現れだろう。技術を広めるひとつの方法論として組織とその容れ物を目指す技術に合った形に作り上げたといういい例だ。

もうひとつ、印象に残ったのはEMCがUnikというLinuxのフットプリントを最小限にして起動を早く、セキュリティを高めた新しいKernelをオープンソースで開発をしている、というセッションだ。

Summitのセッションの記録が残っているので是非見て欲しい。

この中でEMCのCloud Management DivisionのCTO、Idit Levine氏はケンブリッジにあるEMC DojoのCTOでもある。彼女が紹介したUnikは、これまでの冗長なKernelを最小限まで減量し、アプリを稼働させることだけに専念するモジュールである。オープンソースソフトウェアとして開発が進められている。

Unikの概要

このKernelを使うことでInternet of Thingsのデバイス側のOSとして使うことができると説明する。実際にRasberry Piの中でUnikを動かしてトースターのスイッチを入れるというデモを見せ、IoTの中で効果が発揮できると強調した。もう一つは、Cloud Foundryの上で動くアプリとしても利用することができる。これによって自動スケーリングや異常終了時の自動リスタートなどが可能になるデモを実施した。

UnikだけではなくEMCはEMC{code}の名の下にさまざまなプロジェクトを発表している。これまでストレージの領域でViPR Controllerのオープンソースソフトウェア版として既にリリースされているCoprHD(コパーヘッド)からハードウェアの管理を抽象化するRackHD、AWSからDockerまでカバーするストレージコントローラRex-Ray、ストレージにおけるコンテナーのスケジューラーであるPollyそして今回のUnikとオープンソースソフトウェアを中心にしてCloud Foundryとも連携するEMC連合のシナジーが感じられたセッションであった。

なお、Levine氏のセッションで一番伝えたかったのは、このスライドであると説明した。「Unik is not Opinionated」、直訳すれば「Unikは固執していない」つまり、サポートするプロセッサも対応するクラウドも全て市場のニーズに従って柔軟に対応する、という意味だろう。今回のサミットで度々耳にした「Not Opinionated」は様々な技術の変化に対応するというCloud Foundry Foundationとしての柔軟な姿勢を表しているのだろう。

「Unikは固執しない」という宣言

EMC Worldとは違い、落ち着いた雰囲気で淡々と進むセッションをみながら、なるのが難しく故に質の高いと思われるCloud Foundryのコミッターと着実に増えるパートナーによってエコシステムが拡大していることを実感させるカンファレンスであった。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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