ダイドードリンコがアジャイル開発にチャレンジした背景とは?
自販機の活用を模索するダイドードリンコ
缶コーヒーや缶ジュースは自動販売機で買うものから、コンビニエンスストアやスーパーマーケット、さらにはアマゾンなどのECサイトで「箱買い」もできるようになってきた。販売チャネルが増えたことで、缶飲料の販売が自動販売機に依存する割合は減っていると言う。缶飲料のビジネスそのものが、消費者の購買・消費スタイルの変化に伴って変わってきていると言える。
ダイドードリンコ株式会社(以下、ダイドードリンコ)は、清涼飲料水メーカーとしては、国内第6位の売り上げを持つ企業だが、自動販売機での売り上げが8割という、いわば劣勢の販売チャネルに依存したビジネスモデルを持つ企業である。
しかしダイドードリンコは、全国に28万台設置されているという同社の自動販売機を活用してビジネスを再構築しようと考えた。今回、自動販売機とスマートフォンを組み合わせたシステムの開発を行ったチームに、インタビューする機会を得た。従来型のファブレスなメーカーが、ソフトウェアとスマートフォンを使ってレッドオーシャンなビジネスを反転させるために、アジャイル開発を採用したという。そのプロジェクトの要点とは何か? アジャイル開発で何が変わったのか? 今回はそこに迫ってみたい。
お話を伺ったのは、ダイドードリンコ経営戦略部事業開発グループ、アシスタントマネージャーの西佑介氏だ。
今回の取り組みの背景を教えてください。
そもそもダイドードリンコは、売り上げの約8割を自動販売機からあげているメーカーですが、昨今のコンビニの成長、さらにスーパーマーケットやECサイトの攻勢に対して、自動販売機のビジネスをもう一度活性化したいという思いがありました。かつての自動販売機の強みというのは、24時間飲料が買えるというものでしたが、コンビニはもちろん、最近ではスーパーマーケットも24時間営業をしています。またホットの缶飲料に関しても、もともと自動販売機の得意な分野でしたが、コンビニでも温かい缶飲料が買えるようになりました。
またユーザーのプロフィールを分析しますと、自動販売機のユーザーというのは圧倒的に40代から60代の男性ということがわかっています。30代やもっと若い20代だと自動販売機というよりもコンビニに行ってしまうという傾向があります。しかしコンビニが多くなったと言っても、国内にはまだ約7万店です。一方、ダイドードリンコの自動販売機は約28万台設置されています。この28万台をもっと活用したい、具体的には地域の情報を発信する拠点にしたいということで始まったのが「Smile Town Portal」というサービスです。これは「Smile STAND」という機能を持った自動販売機と、スマートフォンを連動させるシステムです。最初のサービスは、リクルートライフスタイルの「ホットペッパーグルメ」と「ホットペッパービューティー」と連動して情報を発信しました。また第2弾として、SNKさんと共同開した育成型格闘ゲームと連動するサービスも始めました。
そのサービスに関してもう少し詳しく教えてください。
これはユーザーが自動販売機で飲料を買った時に、スマートフォンのアプリを起動して自動販売機にかざすことで、半径1km以内の飲食店などの情報やクーポンを表示したり、購買金額に対してLINEギフトや楽天スーパーポイントなどのポイントを付与したりするサービスです。ゲームの方は、貯めたポイントでガチャが回せたり、キャラクターのスタミナを回復できたりします。
どういうきっかけで、このサービスを思いついたのですか?
広告代理店の博報堂さんと、そのパートナーであるフィンランドのリアクターさんという開発会社の存在が大きかったと思います。我々自身では、スマートフォンを使ったサービスというのを起案するのは限界があると感じていましたので、まず博報堂さんに相談をしました。そこからリアクターさんに繋がるのですが、その際一番感銘を受けたのは、ダイドードリンコは「缶飲料を買ってもらうその瞬間をどうやって作るか?」という話をしているのに、リアクターさんは、購買に至るまでの経緯というかプロセスを非常に重視していることでした。リアクターさんからはフィンランド航空の事例を伺ったのですが、飛行機に乗っている時間だけではなく、乗る前、乗った後の過ごし方をトータルで考えて提案するというようにサービスを作っているそうです。そこでダイドードリンコとしても、そういう考え方で自動販売機とユーザーの関わりというのを考え直してみようと。それがきっかけですね。
今回のプロジェクトでは、スマートフォンやWebとの連携部分にアジャイルという開発スタイルを選択したと伺っています。それについては?
ダイドードリンコの自動販売機というのは、分類するとすれば組込系のシステムなのです。だからこれまでの開発には、要件定義や例外処理をものすごくシッカリ考えてから期間内に開発するというものでした。今回はスマートフォンアプリということで、アジャイル開発をやってみようということになりました。
組込系の開発からアジャイル開発へという変化に違和感はありませんでしたか?
そうですね。最初は「あぁ、こういう世界があるのか!」という感じでした。またスマートフォンのアプリ開発に対しても、ある程度は要件定義をするのだろうと思っていましたが、本当に少しずつ仕様を決めて、手戻りはあるし、かなり違うというのは感じました。我々としても経験のない開発手法でしたので、ここは一度チャレンジしてみようということになったのです。
アジャイルでの開発に「これは一体いつ終わるのだろう?」という不安はありませんでしたか?
それはありましたね(笑)。アジャイル開発でやるならば、リリースするその日がゴールではないだろうなとは思いました。実際、リリースした後も、継続的に開発を続けていくということが必要なのだと。今回はリアクターさんに、(2017年)4月の頭から7月の末まで大阪のダイドードリンコのオフィスに常駐していただいて、開発を行いました。毎日の進捗と週ごとの進捗をレポートしていただいていたので、進捗を把握するという点では不安はありませんでした。
アジャイルで開発していけば何かしらの結果は見られるというのが良かったということですか?
そうですね。逆にこの方法でなかったら、エライことになったなという印象はあります。私自身が「この機能は良い」と思っても、それが他の人には刺さらないこともあります。そういうフィードバックをその都度貰いながら直していけるので。今回、大いに学びになった点は、開発している我々は実装した機能を理解しているのですぐに使えますが、ユーザーには意外とそれが伝わっていないものだということです。実際にプロトタイプを使ってもらって、お金を自動販売機に入れてスマートフォンを操作するというのをやってもらいました。マジックミラー越しにユーザーの行動を観察して、実際の動作を確かめるためです。その結果、私たちは分かっていても「あ、そこで迷うんだ!」という部分が明らかになったので、その部分では得るものが多かったと思います。
今回のプロジェクトの人員構成を教えてください。
それぞれ一番多い時の人数でダイドードリンコが6名、リアクターさんが6名、博報堂さんが3名という規模感でプロジェクトを構成していました。ダイドードリンコ側は若手が中心でしたね。あとシステム担当者にも入ってもらいましたが、アジャイル開発に関してはその人が一番驚いたというか苦労したかもしれません。今までは名前は知っていても、実際にやったことはなかったはずなので。
今回のプロジェクトでこれは意外だったと言う部分は?
これまでの開発プロジェクトだと、要求定義を全部書き出してそれを全部システム化してくださいと言って開発の人に渡していました。しかし今回は、ひとつずつ必要なものを決めていく、特にそれが複数ある場合は優先順位を決めなければいけない、ということを繰り返しやりました。これまでの仕事の進め方ではなかったことなので、それについては毎回しびれましたね(笑)。ですが、このやり方だと要らない機能は入らないので、その点も良かったと思います。逆にプロジェクトの若い人には刺激になったようで、こういうやり方で自分たちの仕事を見直せないか? という意見もありました。今、ダイドードリンコは全社的に「チャレンジ」というのが命題になっていまして、新しいことにチャレンジするということをやっているんですが、今回のプロジェクトはまさにそれをやったという感じです。
今回のシステムの概要は?
今回は主にAWSを使っています。すでに会員データベースなどは構築済みでしたのでそれを使って、バックエンドはNode.jsです。アクセスが増加してもエラスティックに対応できる作りになっています。他にもオープンソースソフトウェアを中心に開発されています。
今後、どのようにこのプロジェクトを伸ばしていきたいですか?
これまで自動販売機は飲料を買うだけの存在でしたが、これをもっとメディア化していきたいなと考えています。自動販売機がもっと地域の人に寄り添うモノになっていければと思います。震災などの緊急時にも、地域の人に避難場所などの経路を誘導するなどの役に立つ情報を提供したいよね、というようなアイデアも部内では出ています。全国28万台というネットワークを活用できるように、これからもアイデアを出していきたいと考えています。
自動販売機を核としたファブレスな飲料メーカーとして、開発を社内でしかもアジャイルで実施したのはまさに「チャレンジ以外のなにものでもなかった」と語るダイドードリンコの西氏。アジャイル開発を進めるには、社外の人間を常駐させるのがベストと判断した時にこのプロジェクトの土台ができたと言うことだろう。今後も、スマートフォンと連動した様々な企画が実現することを期待したい。
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