あらゆる通信を陰で支えるネットワーク・アナライザ
今回はネットワーク・アナライザについてのお話です。ところで、ネットワーク・アナライザと聞いて思い浮かべるのはどのような装置でしょうか? 一般的にはイーサネットのトラフィックを測定する装置や無線LANの接続状況をモニタする装置などを思い浮かべる方が多いと思います。
今回紹介するのは、このような上位レイヤの解析を行うアナライザではなく、物理レイヤの信号伝送の特性を測定するネットワーク・アナライザです。電子回路は個々の部品と各部品をつなぐ配線で構成されているので、ネットワークの一種と考えることができます。電子回路のネットワークが設計通り動作しているかを検証するための装置がネットワーク・アナライザです。
今日使われているネットワーク・アナライザは、正式名称をベクトル・ネットワーク・アナライザといいます。高周波信号を扱う場合、信号の振幅だけではなく位相も重要な要素となり、信号の振幅と位相を一度に表現するために2次元ベクトルを使用します。このような信号ベクトルを扱うことから、ベクトル・ネットワーク・アナライザ(VNA)という名前がついてます。
信号ベクトルを数式で表記するときは、R+jXといった複素数表記を使います。ここで、Rは実数成分、Xは虚数成分です。
ネットワーク・アナライザが測定する対象
ベクトル・ネットワーク・アナライザ(以下VNAと略します)は何を測定するのでしょうか。VNAは被測定デバイス(DUT:Device Under Test)に信号を加えて、デバイスの入力で反射する信号とデバイスを通り抜ける通過信号を測定します。DUTは個々の部品でも通信ケーブルでもプリント基板上の配線でも構いません。
VNAの信号端子は信号出力と信号入力の両方の役割をもっており、この入出力端子のことをポートと呼びます。2ポートのVNAには、2個の入出力端子(ポート)が搭載されています。2ポートのVNAではDUTの入力で反射した成分と、DUTを通過した成分の両方を測定することが可能です。
反射した信号と通過した信号の両方を測定すれば、内部で減衰した信号もわかります。
実際には、P0として特定の周波数の正弦波が使用され、正弦波の周波数を掃引する(低い周波数から高い周波数まで連続的に変化させる)ことによって、各周波数における反射特性と通過特性を測定してプロットします。
周波数が高くなるほど、減衰が多くなっていることが確認できます。
数値が大きい(グラフの上の方)ほど反射が大きくなっています。周波数によって反射量は大きく変化しています。
反射信号の振幅と位相を極座標表示で表示した例です。中心からの距離が反射信号の強度、角度が反射信号の位相を表します。各周波数での反射量と位相の値をプロットしています。
ネットワーク・アナライザの用途
ネットワーク・アナライザは様々な用途で使用されますが、ここではIoTデバイス開発におけるネットワーク・アナライザの用途について紹介します。IoTデバイス開発では、主にアンテナの評価とインピーダンス・マッチングの2つの用途でVNAが使われます。
アンテナの評価
アンテナは電気信号を電波に変換する役割がありますが、送信機からアンテナに到達した信号のすべてが電波となって送信されるわけではありません。アンテナに入った信号エネルギーの一部は電波となって大気中に出ていくことができず、入ってきた端子から送信機の方に戻っていきます。入力した電力と反射した電力を測定することにより、どれだけのエネルギーが電波となって送出されたかがわかります。
ネットワーク・アナライザでは指定した周波数の信号をアンテナに入力して、反射してきた信号の電力を測定します。アンテナでの反射量はVSWR(Voltage Standing Wave Ratio:電圧定在波比)として測定できます。VSWRの値は1.0が最良(反射量が0)で、数値が大きくなるほど反射量が大きくなります。信号の反射量を表す項目として、リターン・ロスもありますがVSWRとリターン・ロスは表現が違うだけで測定内容は同じです。VSWRとリターン・ロスは相互に変換が可能です。
無線通信の伝送距離と品質を確保するためには、使用する周波数範囲内でのアンテナのVSWRの値が一定値以下であることが求められます。アンテナは設置状態によって特性が変化するため、実際の装置に実装した状態でアンテナの性能を測る必要があります。そのためにVNAが使用されます。
アンテナを伸ばした状態と曲げた状態で特性が変化しているのがわかります。この例ではアンテナを曲げた時の方がVSWRの値が低くなっているので、より特性が良いといえます。
アンテナ・メーカのデータシートは周囲に何もない理想的な環境での測定結果ですので、各装置に組み込んだ状態での性能を測定するには、個々にVNAで測定する必要があります。
インピーダンスの不整合
直流回路では電圧と電流の比が抵抗になります(オームの法則)。高周波においても考え方は同じで、伝送路を流れる高周波の電圧と電流の比をインピーダンスと呼びます。各デバイスや信号伝送路(同軸ケーブル、基板上のパターン、フラットケーブルなど)はそれぞれ固有のインピーダンスが存在します。トランスミッタ、伝送路、レシーバのすべてでインピーダンスが同じであれば、信号は途中で反射することなく伝送されます。一方、インピーダンスの不連続点があると、その不連続点で信号が反射することにより送信信号の一部が戻ってきます。このような信号の反射は電力のロスになるばかりではなく信号歪の原因になります。
インピーダンスは周波数によらず一定であるのが望ましいのですが、実際のデバイスや伝送路では周波数特性(周波数によって異なる特性)を持ちます。
インピーダンス・マッチング
トランスミッタとレシーバのインピーダンスが同じであれば問題ないのですが、トランスミッタとレシーバでインピーダンスが異なっている場合はどうするのでしょうか。そのまま接続すると、伝送路のインピーダンスをどちらに合わせても不連続点が発生します。
このような場合は、インピーダンス・マッチング回路を使用します。インピーダンス・マッチング回路はインピーダンスを変換することにより、入力側と出力側でインピーダンスを変えることができます。
上記の例ではインピーダンスを実数(Rのみ)で表記していますが、実際の回路ではインピーダンスはベクトル表記(R+jX)となります。
無線通信に使用するLSIのアンテナ端子のインピーダンスは出力する周波数や出力パワーによって変動するので、実際に使用する周波数においてアンテナのインピーダンスとのインピーダンス・マッチング回路が必要になります。このマッチング回路はコイルとコンデンサの組み合わせで構成されています。このマッチング回路が正しく動作しているかどうかを確認するためにも、VNAが使用されます。
IoTデバイスの開発にネットワーク・アナライザは必要か?
無線通信機能を内蔵したIoTデバイスを開発するにあたって、VNAは必要でしょうか?アンテナ内蔵の無線モジュールを購入して組み込むだけであれば、VNAを使用する必要はありません。アンテナ外付けの無線モジュールを使用する場合は、実装時のアンテナの特性を測定するためにネットワーク・アナライザはあったほうがよいです。無線モジュールを購入した場合には設計は楽になりますが、IoTデバイスの生産台数が多い場合は無線モジュールを使用するとデバイスの単価を下げることができず、小型化にも限界があります。
一方、RF機能を搭載したLSIを購入して他の機能と一緒に1枚の基板に実装すれば大量生産時の単価を大幅に下げることが可能です。このように自社で設計した基板にRF-ICとアンテナを実装する場合にはインピーダンス・マッチングのためのネットワーク・アナライザは必須となります。
IoT機器開発に最適なUSB接続ベクトル・ネットワーク・アナライザ
従来のVNAは大型で高価な製品が主流でしたが、テクトロニクス社のTTR500シリーズは小型で軽量な本体に、従来のベンチトップ型測定器と同等の性能および機能を内蔵しています。従来機種はRFコンポーネントの組み合わせでVNAを構成しているために大型の筐体が必要でしたが、TTR500シリーズは2ポートVNAの機能をLSI化してワンチップで主要機能を実現しています。このような最新技術の採用と操作及び結果の表示を市販のPCで行うことで小型化と低価格化を実現しています。
従来は無線機能を搭載した機器を開発するためには大形の測定器を何台も用意する必要があったため専用の実験室が必要でしたが、テクトロニクスのRF測定器ラインナップは小型の製品が揃っており、通常の事務机の上でもRF機器の測定が可能になっています。
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