連載 :
インタビュー三井住友銀行にデザイナー職がいる理由。HCDプロセスを活かしたものづくり
2019年12月17日(火)
はじめに
メガバンクの三井住友銀行は、2016年より「デザインプロフェッショナル職(デザイン職)」の採用をはじめた。スマートフォンが普及し、社会と顧客の変化に応えるため、銀行のデジタルトランスフォーメーション(DX)の一環としての施策だという。
DXのための「デザイン職」とはどういうことなのか。採用されたメンバーはどのような活動をしているのか。
三井住友銀行 リテールIT戦略部の金澤 洋さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)、金子 直樹さん(同 人間中心設計スペシャリスト)、堀 祐子さん(同 人間中心設計専門家)、そして上司の江藤部長にお話しを聞いた(以下、敬称略)。
なぜ、銀行にデザイン職が生まれたのか?
- 江藤:2016年に金澤を初のデザイン職として採用しました。続いて、金子を2017年4月に、堀は2017年10月に採用しました。私たちは、リテール(個人や中小企業向け)の事業部門に所属しています。デジタル中心に、顧客向けのWebサイトやアプリを作っています。
いま、一般の人が銀行を訪れる機会は減っています。スマホがどんどん普及し、オンラインでの接点も増えてきたからです。そういった社会背景のなかで、お客さまとのタッチポイントを増やしたい。そのためには、銀行のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進める必要がありました。
その推進にあたり、私どもとして気がついたのは「プロダクトは、ただ作っただけではダメだ」ということです。使われるためには、ユーザー目線を持つ必要があります。ただ、ユーザー目線でモノを作るにはどうすれば良いのか、それが問題でした。銀行員は、銀行という箱のなかで発想してしまうので、なかなか難しいところでした。
そんなとき、私自身、外部のデザイナーのファシリテーションで、デザイン思考のワークショップを経験しました。デザイナーが手書きでササッとプロトタイプを描き、みんなの合意を形成するのです。そういうのは、今までになかったので、私にとって、それが新鮮でした。
「行内にデザインができる人間がいたほうがいい」。そう考えたのが、デザイン職を新設する出発点となりました。外部パートナーではなく、インハウスにデザイン職を作ったのは、行員と同じ目線で企画推進してほしい、という考えからです。
ユーザーの声を聞く、ということに関しては、三井住友銀行も出資しているジャパンネット銀行も参考にしました。ネット業界の働き方に衝撃を受け、彼らのユーザビリティテストを体験し、行内にユーザビリティテストルームを作ったほどです。相当に研究しました。
ほかにも、服装を自由にしたり、フリーアドレスにしたり、いくつもの施策を取り入れました。「コラボレーションが生まれることで良いサイクルになる」というのは、実感としてありました。
本当にゼロからの立ち上げ、周囲との信頼を積み上げる
- 金澤:入行したものの本当にゼロからの立ち上げで、具体的に何をするのか、何も決まっていませんでした。環境も整っていなかった。銀行のセキュリティもあって、外部のインターネットの閲覧も自由にできませんでした。
しかし、いちばん戸惑っていたのは、周囲の行員でした。それまで三井住友銀行にはデザイナーなんていなかったので、周囲がデザイナーにどう接すれば良いか、何を依頼すれば良いかも分からなかった。周囲の行員からすると、自分のタスクを進めるのが大切なわけです。そこにデザイナーという人がやってきて、想定しないフローが入ると手間も増える。スケジュールにも影響がある。ともすると、邪魔にも感じてしまいます。
そこで、信用を得るためにまず、デザインの仕事はなんでもやりました。バナーも制作しました。私と金子で1年くらい、そのようにして信頼を積み上げていきました。
周囲とよく会話をすることも心がけました。相手がどういう仕事をしている人なのか、仕事の背景はどうなっているのか。その背景ならば、デザイナーとしてこういう提案ができます、という話をすることもありました。 - 金子:組織で、周りの人たちにデザイナーの価値を分かってもらうには、やはり上司から伝えてもらうことも効果的です。毎週、上司には僕らが取り組んでいる内容を報告する時間を設けてもらいました。プロダクトの、どこがユーザーにとって良くないのか、どう変えていこうとしているのか、言語化して共有しました。デザイナーは、何となく感覚で作っているのではなく、しっかりとロジックで考えているのだと。共有の場ではその辺を特に意識していましたね。
また、プロジェクトの企画段階からデザイナーを参画させてほしい、ということも繰り返し伝えてきました。相談がきたときには、もう要件定義が終わっていて、いまさら直せない。これではユーザーにとって使いやすいものはできません。そうやって、上司とデザインの目線を合わせて、味方になってもらいました。
- 金澤:そのうち、「デザイナーが手がけたものはユーザーの評価が良い。仕事を頼もう」という流れができてきたように思います。ビジュアル制作ではなく、ユーザーのニーズはどこにあるのかを調べてほしい、ユーザビリティテストをしてほしい、という依頼も入るようになっていました。
この流れもあり、三井住友銀行アプリのリニューアルのような大きな案件で、銀行の目線に偏らず、ユーザーの目線を大事にするため、デザイナーが入るようになりました。
「三井住友銀行アプリ」では、500人のユーザビリティテスト
- 堀:私が入社して手がけたのが「三井住友銀行アプリ」です。お客さまが誰でもスマートフォンを持つ社会になって、銀行との接点が、このアプリになる。リテール部門の中でも重要視されており、デザイナーだけではなく、行員も総出で注力するビッグプロジェクトでした。
ユーザーエクスペリエンス(UX)デザインのプロセス、人間中心設計のプロセスをしっかり回しました。まず、お客さまの現状を知るために調査し、仮説を立て、ユーザーモデリングをして、プロトタイプを作って大規模なユーザビリティテストをしました。それから行内の承認をとって、開発に入りました。
銀行のアプリには公共性の部分があり、例えば、年齢でも、どの世代もみんな使っている。何歳から何歳、若者層だけ、高齢者だけとか、ターゲットを絞れない。みんなが使えることを真剣に考える必要があります。ユーザビリティテストの被験者も、20代から60代まで幅広く集めました。ユーザーが多様なので、どうしても、いろんな設計のパターンが考えられる。いろいろなユーザーに応えられる設計はどういうものなのか、練りに練り、土日や深夜も遅くまでかかることもありました。それだけこだわってできたアプリでもあります。
ユーザビリティテストは、500人の被験者でやりました。一般に、ユーザビリティテストの被験者は数人ですので、500人というのは相当な規模です。よく、ユーザビリティテストは5人でやれば8割の問題は見つかる、と言いますが、経営層としては少人数ではどこか不安が残ります。このビッグプロジェクトは失敗できないのです。
500人もいれば、定性的だけでなく、定量的にも評価できます。ここまでやれば大丈夫、自信をもって出せる、というエビデンスになりました。人数が多いので、オンラインで実施しました。ユーザビリティテストは、アプリを操作してもらい、目標までたどりつけたユーザーは何割か、途中で脱落してしまったユーザーはどれだけいたか、を中心に評価しました。
また、画面構成も評価しました。例えば、「家計管理」機能の最初の画面をどうするか。まずは収入・支出が見えていたほうが良いのか、もしくは金融機関の一覧が来たほうが良いのか。テストをしたことで致命的な課題を改善できました。定性的なコメントについても、課題ごとにグルーピングして、アプリに反映しました。併せて、行内でも100名を超える人たちに触ってもらい、意見を集めました。
デザイナーが形にすることで、プロジェクトの共通認識が生まれる
- 堀:やはり、企画担当者やエンジニアは、具体的なものがないと、なかなか全体のイメージがしづらいものです。デザイナーが画面やユーザーの動きを形にして見せることで、ユーザーの使い方にアプリがマッチしていないという課題に気がつくことができます。デザイナーがいないプロジェクトでは、可視化してくれる人がいません。その場で話されていることが、ワードは同じでも、映像として、画面として同じかどうかは、やはり分からない。
ラフ案でも、簡単な絵でも作ることで、みなさんの共通認識が具体的になります。言葉の空中戦にならないようにスケッチを見せて、「こういうことですか」と言いながら、絵を起こしながら議論をすると着実に進めることができます。 - 金子:デザイナーの仕事は、企画担当者と二人三脚で進めるものが多い。企画担当者との信頼関係が大事です。
いくつかアイデアがあるときは、デザイナーが視覚化して、それぞれの案のメリット・デメリットを言語化できるようにする。ぼんやりとして説明しづらいものを、ちゃんと理由が説明できるようにする。ロジックを一緒に作ると、企画担当者に並走している実感を持ってもらえます。
ユーザビリティテストしたら、まったく違う品質のものができる
- 金子:「なんとなく使いづらい」や「なんとなくわかりづらい」というものは、つい主観的な判断で解決策がとられてしまいがちです。そこで、例えば、ユーザビリティテストに関係者を集めます。みんなでユーザーが戸惑っていることを目の当たりにする。そうすると、何が起こっているのか、何が原因なのか、臨場感のある共通の認識が生まれます。解決策も、みんなで納得して進められるし、手戻りもなくなります。
- 金澤:ユーザビリティテストは、行員のみなさんにとって、当初は戸惑いもあったと思います。でも、結果がついてきました。デザイナーが入ってユーザビリティテストをしたときと、そうでないときで、ぜんぜん違う品質のものができた。それを実感してもらえました。
三井住友銀行には、チャレンジできる土壌がある
- 堀:三井住友銀行アプリは、2019年度のグッドデザイン賞を受賞しました。お客さまからの評価や行内の期待も上がってきています。アプリのダウンロード数も570万DLに達しています。リニューアルしたことで伸び率が高い。アプリストアのコメントにも、多くのフィードバックをいただいています。
- 金子:先日、三井住友銀行として、公式noteも開きました。こちらも多くの反響をいただいています。
- 金澤:私たちは、本当に何者でもない状態からはじまっています。自分たちがやりたいことを説明して、その意義を伝えることができれば、しっかり投資してもらえる。私たちの部門は、チャレンジできる環境があって、ここでなければできないことがある。上を目指せる土壌があります。IT先端企業と肩を並べることを目指したいですね。
- 金子:銀行はインフラのようなサービスです。だからこそ「仕方なく使う」を極力減らし、「使いたいから使う」を増やしたい。多くのお客さまがいる、ということは、ひとつの改善で多くの人を幸せにできる、ということでもあります。
- 堀:今の仕事にはやりがいしかないです。銀行のアプリであったり、Webサイトであったり、システムであったり、ユーザー目線でプロダクトをつくると、見違えるように変わる。お客さまからの喜びの声も聞ける。社会インフラのレベルで貢献できていると感じます。
「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」の資格で存在感を増す
- 金澤:UXデザインの専門家として、私と堀が「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」の、金子が「HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリスト」の認定を受けています。受験した目的のひとつは、社内でデザイナーの存在感を高めるためです。
- 堀:UXデザインの実務経験も相応に積んできて、果たして、自分たちはこの試験に受かるのか。合格して自信をつけたい、という気持ちもありました。日々のユーザー調査やUXデザインの中で、自信を持って業務に取り組める。モチベーションの維持として、資格があるのとないのとでは、自分の気持ちがぜんぜん違います。
この資格は「デザイン」という単語が入っているのでデザイナー向けに見えますが、開発のプロジェクトマネジャーやエンジニア、企画担当者、みんなにUXデザインのプロセスは当てはまります。ユーザーを中心に考える、ということは、誰にも共通していることです。
人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験が開催!
現場のエンジニア・デザイナー・ディレクタ-の方、あなたも「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」として認定を受けませんか? 人間中心設計推進機構(HCD-Net)の「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、日本で唯一の「人間中心設計(HCD)」の資格です。ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計に携わる方は、ぜひ受験をご検討ください。
人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度
申込受付期間: 2019年11月20日(水)~2019年12月20日(金)
主催: 特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
応募要領:http://www.hcdnet.org/certified/
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