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  インタビュー

クラウドファンディングという新しいユーザー体験を見つける。CAMPFIRE最年少執行役員による組織へのUXデザインのインストール

2021年12月2日(木)
濱谷 曉太(はまや きょうた)羽山 祥樹 (はやま よしき)森川 裕美(もりかわ ひろみ)

クラウドファンディングが日本で本格的に広がったのは、2011年東日本大震災の年だ。株式会社CAMPFIREは2011年6月にサービスがスタートし、今年10年を迎えた。同社で最年少執行役員VPoP(VP of Product)である大橋 桃太郎さん(HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリスト)が、どのようにして組織に「ユーザーの視点」をインストールし、推進しているのか聞いた。

株式会社CAMPFIRE 執行役員VPoP(VP of Product) 大橋 桃太郎さん

要件定義は自社流「mini spec」で
ユーザー体験を分厚く記述

ー大橋さんはCAMPFIREでどのようにUXデザインを推進しているのですか。

  • 大橋:CAMPFIREは、かなり目まぐるしく状況が変わってきました。プロダクトドリブンで急速に事業成長を目指す組織になったのは、じつはこの1年なんです。

    クラウドファンディングプラットフォームは、資金を集める側のユーザーさんと、その資金を提供する側のユーザーさんのマッチングプラットフォームです。

    プロジェクトオーナーである資金需要側のユーザーさんには、そもそもどんな人たちがいて、どういう生活や仕事の中で、クラウドファンディングの活用を検討しているのか。クラウドファンディングの運営をしているのか。僕はいま、ユーザーさんのことを、チームができるだけ解像度高く考えられるように、軸をつくったり、考え方のアップデートするプロジェクトを推進しています。

    特に力を入れているところが2つあります。ひとつは、ユーザーさんにどのような価値を提供していくべきかを考え抜いて、チームで目指すべき「目標」をつくること。もうひとつは、チームが、日々取り組む仕事の中で、アウトプットや思考がその「目標」に向かっていることをしっかりとキープすることです。みんなが自然とユーザーさんを中心としてパフォーマンスを発揮できる状況をつくる。

    例えば、要件定義書やスペックの書き方。僕たちは「mini spec」と呼ぶ書式を使っています。ユーザー体験を分厚く記述するフォーマットになっている。プロダクトマネージャーもデザイナーもエンジニアも、「mini spec」を通じてどのようなユーザー体験を実現したいのかを理解して進めることができます。

    「mini spec」は、もともとは株式会社ペロリさんが2016年に「ペロリ流 開発要件のまとめ方」で紹介されていたもので、開発要件を速く書けるというものでした。CAMPFIREではそれに加えて、事業・ユーザー体験上のイシュー、背景となる数値や事実、ユーザーへの価値提供をなぜやるべきかなのかという文脈が開発に関わるすべての人にインプットされるように、カスタマイズして使っています。

mini specの目次

ユーザー体験とKPIを「体験構造図」に統合して
理想的なユーザー体験を考える

ーあるべきユーザーの体験を考えるのは、そもそも難しいことだと思います。チームが考えられるようにするために、どのようにしているのでしょうか。

  • 大橋:CAMPFIREに掲載されているクラウドファンディングをSNSで見つけて、支援するかどうかちょっと見に来た人を例にしましょう。そのユーザーさんが取りうる大まかな行動は、プロジェクトを見て支援するかを考えて、リターンを探して、検討して、会員登録をする、という感じになります。その行動の流れを順番に並べたフロー図をつくります。さらにそこから行動を細かく分解して、操作レベルのより詳細なユーザー行動へと構造化します。

    構造化したユーザー体験を見渡して、その中のどこに、どんな体験を提供することができればユーザーさんが先に進んでくれるのか。コンバージョンのような結果が起きる、原因となる理想の体験を仮説として充てていきます。

    理想の体験を明らかにしたらその理想の体験を構成するファクターに分解して、ファクターをどういう方法で達成するか、どのようなユーザーインターフェースにするか、どのような機能を実現していくか考えます。

    僕らは、これを「体験構造図」と呼んでます。いわゆるKPIツリーやグロースサイクルといった事業数字を管理するものから出発すると、提供すべきユーザー体験やサービスの企画はなかなか発想が難しいだろうと考えています。例えば、クラウドファンディングにおける支援のコンバージョン率が今月は何%でした、先月は何%で、昨年対比はどうでした、競合はこうです、といった数字を見ても、そこから何をつくるべきか、何を提供するべきかを思い浮かべるのは難しい。

    KPIの前には、そもそもユーザーさんがKPIに至るまでのユーザー体験があるはずです。例えばコンバージョン率なら、コンバージョン率を構成するユーザー体験があって、それが抽象化されて数字として出るのがコンバージョン率です。

    「体験構造図」では、ユーザーさんの体験と、KPIの数字を組み合わせた構造を可視化します。そこに対して理想的なユーザー体験を考えていく。そうすると、チームは抽象的なKPIではなく、より具体的な、その理想的な体験を「目標」にすることができます。理想的な体験により近づけば近づくほど、KPIもどんどん良くなっていくはずなのです。

    事業を管理している人は、やはりKPIを目標として、管理していくのが仕事です。しかし僕たちは、ユーザー体験を良くするのが仕事です。事業KPIをユーザー体験に落とせるアウトプットとして「体験構造図」をみんなで作っています。

    体験構造図には、カスタマージャーニーマップ(プロダクトを通じてユーザーがどのような体験をするかをまとめたもの)に、ビジネスのKPIの数字を対応するそれぞれの箇所に書き込む。体験構造図を見れば、どのユーザー体験がどのKPIに影響しているかが一目でわかる。
    【出典】https://note.com/qnoub/n/nde15fa5a6968

    もう少し具体的に、細かく説明しましょう。CAMPFIREにおいてコンバージョンポイントの1つは「支援する」ボタンを押してもらうことです。それにかかわる一連のユーザー行動に数値を入れていく。

    まずユーザーさんの最初の行動として、クラウドファンディングプロジェクトの内容を知る、次に、リターンの検討や支援の検討をして、その後に取ってもらいたい行動は「支援する」ボタン、ここを押してほしいのです。

    「支援する」ボタンを押してもらうためには、プロジェクトの内容を知るところで、どんなユーザー体験を提供すれば、より多くの人が「支援する」ボタンを押してくれるのか。理想的な体験の仮説を洗い出していきます。例えば、安心して安全にプロジェクトを支援できる、あるいは手間なく支援できる、といったファクターが出てくる。さらにそれらのファクターはどのようにすれば実現できるのか煮詰めていく。

    そうすると、重要なKPIの数値とユーザー行動が、ひとかたまりになった図ができます。ユーザーが「支援する」ボタンを押すためには、ユーザーの中で何が起こらないといけないのか、それはどのKPIに現れてくるのか、そのためにはどんな理想的な体験が必要なのか、すべてを一望でき、またみんなの共通認識を作ることができます。

チームの中に入ってファシリテーション

ー「体験構造図」を作るときは、ご自身がファシリテーションしているのですか。

  • 大橋:チームの中に入っています。実際にファシリテーションするときは、「この体験構造をアップデートする会をやりましょう」のような声かけをしていますね。「このユーザー行動から戻るルートが描かれていないけれど、本当はありますよね」といった具合に議論をしながら、一緒にブラッシュアップしていきます。

ーすごいですね。

  • 大橋:これまでは、事業成長が早いのにプロダクトメンバーが足りないなどの事情があり、ユーザー体験を本当の意味でゴールとしたり、目標としてプロダクト開発を進めたりといったことが難しかったんです。また、目標を決めても、なかなかそこに集中して取り組むこともできていなかった。

    いま、ようやくできる状況にプロダクトメンバーが拡充してきました。ユーザー体験の全体を俯瞰して、ユーザーの課題や僕たちが提供すべき価値にフォーカスし、それによって実際にアウトプットをして、検証して得られた結果から体験の構造全体をさらにアップデートしていく。そのサイクルを強化することに集中しています。

「自分たちの進め方で最高のプロダクトが作れるのか確信が持てない。焦りがずっとあった」

ー組織にUXデザインをインストールするのは大変だったのではないでしょうか。チームの方法論をドラスチックに変えようという、大橋さんの強いモチベーションはどうして生まれたのですか。

  • 大橋:ECは世界中にたくさんありますが、クラウドファンディングは、まだそれほど多くありません。決まりきった正解や、ベストなユーザー体験も確立していません。

    そのようなプロダクトに立ち向かうと、ユーザーの価値観が何なのか、理想的な体験が何なのかが分からないわけです。解像度が低いと施策を深く考えられない。捉えている課題の浅さによって、打ち手も浅くなってしまうことに危機感を感じてました。ユーザーさんへの理解が浅くなると、アイデアがあまり出てこなくなったり、場当たり的なアイデアになってしまいます。

    ユーザー体験や理想的な提供価値というのは、もっと深く、解像度を高く持って、継続的に取り組んでいかないと、クラウドファンディングという世界の理想に近づけない。本当に楽しい支援という体験が作れない。

    プロジェクトオーナーさん、資金需要サイドのユーザーさんで言えば、お金集めがしやすくて、うまくいきやすい、頑張りやすい。彼らの事業活動の中で、繰り返して、資金調達や事業成長、持続の手段として使ってもらえる。一般的なマーケティング手段になる。そういった世界はこのままではなかなか作れない。自分たちの進め方で最高のプロダクトが作れるのか確信が持てない。焦りがずっとありました。

    大きなエネルギーを使ってでも、目標に向かって継続的に進んでいける状況を作らないとといけない。そう考えて、思い切りかじを切りました。

    クラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げるユーザーさんは、そのクラウドファンディングだけを仕事としているわけではありません。飲食店の経営をされていて、料理も作るし、注文も取るし、たまにレジをやるし、毎晩レジ締めをする。マーケティングのプロではない方でも、クラウドファンディングをはじめることができて、しかもしっかりとお金を集めることができる。僕たちが目指している世界や、提供したい価値は、そういうところなんです。

クリエイティブなのはデザイナーとエンジニア、
彼らが最大の成果を生めるように何でもすることが自分の責務

ー組織にUXデザインの考え方を大きく取り入れて、いまどんなことを感じていらっしゃいますか。

  • 大橋:自分たちが向かうべき「目標」が何なのか、開発組織の中に浸透してきている感覚があります。いま、みんなをさらにエンパワーメントすることをずっと続けています。

    例えば、「誰でもインタビュー」というフォーマットをまとめました。ユーザーインタビュー調査をするスキルは、慣れも必要ですが、ある程度のスキルレベルまでであれば飛び級ができると思っています。初心者がユーザーインタビューをするにあたり、まず知っておくべきパターンを書いています。

    ユーザーインタビューを実施するときは、まずイントロでのラポール形成が重要ですよ。自己紹介、目的とか、情報の取り扱いについてとかもちゃんと伝えましょう。相手の自己紹介もしっかり聞きましょう。インタビューに入ったら、脈絡のない質問はダメですよ、大き過ぎる質問はダメですよ、「なぜですか」は基本的にやめたほうがいい、誘導しないようにね。そんなふうにポイントが書いてあります。

    「誰でもインタビュー」の中では、ユーザーインタビューの記録の残し方についてもガイドしています。人間はなかなか構造的には喋れません。全文を書き起こしたあと、その文章のみをチームに共有しても、他の人が読むと理解しづらい。だから、単語や文を自分なりに、文脈が変わらないように注意しつつ並び替えて、きれいな1つの文章に再構築したほうがメンバーには伝えやすい、といったTIPSもまとめています。

    僕はエンジニア出身でも、デザイナー出身でもなく、企画職の出身です。ユーザーさんが使うものを作るという意味で、クリエイティブなのはデザイナーさんやエンジニアさんであって、彼らが作ったものが最大の成果を生めるように、何でもすることが自分の責務と思っています。

誰でもインタビューでは、開発チームがどんどんユーザーインタビューができるように、ユーザーインタビューのノウハウを大きな1枚のドキュメントにまとめている。これを見れば、ユーザーインタビュー初心者の気をつけるべきポイントをすばやく把握することができる。

UXデザインの資格をとることで
仕事への解像度が上がった

ー最後に資格を取って良かったことを教えてください。

  • 大橋:僕は受験するまで、UXデザインについて人間中心設計の資格が示すコンピタンスのように構造として捉えることはありませんでした。人間中心設計の試験は、自分の今までやってきた仕事をコンピタンスごとに分解して、振り返り、記述して提出します。その過程が自分にとって貴重な経験だったなと思っています。自分の仕事への解像度が上がり、体系的に捉えられるようになりました。それは一緒にプロダクト開発をするチームメンバーの仕事ひとつひとつへの解像度が上がったということでもあります。

    いま僕が取得しているのは「人間中心スペシャリスト」の資格なので、今年の年末はさらに上位の資格である「人間中心設計専門家」を受験します!
  • ーありがとうございました。

    【取材・文】:濱谷曉太、羽山祥樹、森川裕美

    人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験

    あなたも「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」にチャレンジしてみませんか。

    人間中心設計推進機構(HCD-Net)の「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、これまで約1300人が認定をされています。ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計、サービスデザイン、デザイン思考にかかわる資格です。

    人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度
    受験申込: 2021年11月15日(月)~12月6日(月) 16:59締切
    主催:特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
    応募要領https://www.hcdnet.org/certified/

    著者
    濱谷 曉太(はまや きょうた)
    UXデザイナー・リサーチャー。社会人として小樽商科大学入学、平沢尚毅教授に師事。人間中心設計(HCD)を学ぶ。卒業後、B2C/B2B向けサービスで、企画、調査、戦略、分析、設計、運用の各フェーズでPdM兼任で業務に従事。新規事業立ち上げから既存事業見直しなどフリーランスで活動中。口癖は「そもそも」。
    Twitte: https://twitter.com/kyotahamaya
    著者
    羽山 祥樹 (はやま よしき)

    日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

    翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

    著者
    森川 裕美(もりかわ ひろみ)
    UI設計とフロントエンドをつなぐひと。九州芸術工科大学(現九州大学)大学院修了後、新規事業や業務システムを中心に、シナリオ設計からUIデザイン、プロトタイプ開発、ユーザビリティテストまで一貫して設計業務に従事。‪HCD/UX/IA HCD-Net認定人間中心設計専門家、CSPO。‬

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