連載 :
  インタビュー

UXリサーチを組織に定着させるには「いつもの業務のなかでリサーチする」こと

2020年11月19日(木)
羽山 祥樹 (はやま よしき)森川 裕美(もりかわ ひろみ)

「ユーザーの目線を大切にする」という考えは、多くの組織で声高に叫ばれている。しかし、ユーザーの目線を正面から捉えようと、ユーザーエクスペリエンス(UX)のリサーチを継続的に行っている企業はまだそれほど多くない。組織内の立場・職種の違いや「ユーザー目線」への無理解が、UXリサーチの定着をはばむケースもある。

株式会社ポップインサイト(2020年10月1日に親会社のメンバーズに合併)は、クライアントの「文化」としてUXリサーチを根づかせることを専門に支援している。その活動はUXリサーチャーと呼ばれる専門家だけでなく、クライアントとの最初の接点である営業職でも徹底されている。

「組織にUXリサーチが定着するのを支援する」とは、どのような活動なのか。ポップインサイトの寺倉 翔太さん(HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリスト)に聞いた。

クライアントはUXリサーチの話がしたいわけではなく、
抱えている問題を解決したい

― 寺倉さんのお仕事の内容を教えてください。

営業職をしています。もともとポップインサイトは、リモートでのユーザビリティテストを提供する会社でした。今は、クライアントのUXリサーチ内製化の支援を中心に提供しています。

クライアントから「アンケートを取りたい」「ユーザビリティテストをしたい」というご相談をいただくのですが、その話だけで商談をしているとUXリサーチは売れません。クライアントからすると、UXリサーチというのはイメージがつきづらいからです。

ご相談をいただいたら「リサーチをすることがゴールではないですよね、そもそも本当にしたいことはなんでしたか」と目的を整理するところから議論します。リサーチをしたいというニーズの起点までさかぼってからリサーチの企画へ、たとえば大まかなモニター(ユーザビリティテストの被験者)の要件とか、ユーザビリティテストの流れとか、そういう具体的なところまで提案すると、ご契約いただくことができます。

―「『そもそも本当にしたいことはなんでしたか』から整理しないと売れない」というのは、どういうことでしょうか。

クライアントが弊社に相談するタイミングで言語化できている課題は、調査を企画するうえでは、実は少し掘り下げ切れていないことが多いのです。クライアント自身が「何を明らかにすれば自分たちの意思決定が進むのか」をクリアにできていないのです。

そのような状況でも、もちろんご要望は承りますが、それを咀嚼して「そもそも何がしたいのか」や「誰が何を決定するための材料なのか」を整理すると、はじめてクライアントにとって本当に必要なものがわかります。

クライアントの課題を掘り下げずにユーザビリティテストの説明をしても、クライアントとしては「なぜそれが当社に必要なの?」と腹落ちしません。クライアントの上長への説明であれば特にです。

ポップインサイトはUXリサーチの会社ですが、そもそもクライアントはUXリサーチの話がしたいわけではありません。抱えている問題を解決したいのです。UXリサーチ会社の営業担当者が抱えている問題の本質を捉えて言語化してくれたという安心感や、この営業担当者だったらその課題を結果につなげてくれるという信頼感を得るためのコミュニケーションが必要です。

株式会社ポップインサイト 寺倉 翔太さん

チームに火をつける、
リサーチにはそういう力がある

― UXリサーチの商談のポイントは、どのようなところにありますか。

提案のためにも営業担当者自らUXリサーチをします。初回の商談の前からはじめることもあります。クライアントのWebサイトや競合サイトについて、実際に1人か2人のモニターを募集して、簡易的なユーザビリティテストやユーザーインタビューをします。

クライアントとの議論の最初に「ちょっと試しにやってみました」とユーザビリティテストの様子を一緒に見てもらいます。クライアントの競合と比較したテストを見せることもあります。まず自分たちが思い込んでいたユーザーと実際のユーザーとのギャップを体感していただくことが大事だと考えているからです。

「この動画をチームで見たら、何も起きないことはないと思うんですね」という話をします。チームに火をつける。リサーチにはそういう力があると私は思っています。ポップインサイトの営業活動は、チームに火をつけたいと思っている人のお手伝いなのです。

簡易的なユーザビリティテストの結果をもとに、クライアントの社内で勉強会をすることも多いです。クライアント社内のエンジニアやほかのチーム、上長の方にも参加いただきます。そうして、ユーザー視点が大切であることを、みなさんに体験していただく。

もちろん案件獲得のためにしていることではありますが、クライアントの社内が「ユーザー視点を取り入れたい」と思うようになっていないと、受注したあとに弊社のバリューが出せません。リサーチャが活躍するためには、クライアントの組織の方たちが協力してくれる環境を先につくっておくことが必要なのです。

― プレセールスの一環として勉強会をされているわけですね。お金をもらっているわけではないということですよね。

はい。よく驚かれるのですが、私がプレセールスとして実施している勉強会は、費用をいただいていません。

無料で勉強会を開くのは、クライアントのなかでリサーチの大切さや面白さが広まらないと、ポップインサイトのバリューが出ないからです。「提案のためにもUXリサーチをする」ということは、ポップインサイト創業者の池田も口酸っぱく言っていました。

クライアントの話を聞くと、「自分でユーザビリティテストやユーザーインタビューをしてみたが、大変すぎる」と頭を抱えているケースに出会います。「UXリサーチは役立つはずだけど、社内に価値をうまく説明できない」という行き詰まり感や、つらさを抱えている方も多いです。

悩みを抱えているクライアントに、ポップインサイトの営業担当者としてできる一番の役割は、「UXリサーチをする面白さを組織が理解するお手伝いをすること」だと思っています。

― そこまで寄り添ってもらえると、クライアントもうれしいだろうな、と思いました。そのようなやりかたを見い出したのは、どのような経緯があったのでしょうか。

私は前職まで、チームビルディングのファシリテーターをやっていました。企業研修やスポーツチームのチームづくり、学校のクラスづくりなどをしていました。

実は、未だに営業職をしているという感覚はないのです。私がしているのは、クライアントの言いたいことを聞きながら「それは、どうしたら良いのでしたっけ」という話をしているだけです。

UXデザインとかUXリサーチという分野は、クライアントにとってはイメージがつきづらいものです。ファシリテーションは、相手にとって難しいことをコミュニケーションするときにはすごく良い。私は理解を手伝っているだけなのです。

「ユーザー視点との出会いかた」の
プランニングをする

― 御社はUXリサーチの内製化を支援しているとのことですが、それはどのようにするのですか。

クライアントの課題感で共通しているのは「ユーザー視点を組織に取り入れたい」というところです。

私は営業職なので、ユーザー視点そのものを提供することはできません。私がしているのは「ユーザー視点との出会いかた」のプランニングです。

出会う方法はさまざまです。ユーザビリティテストで出会うのか、インタビューで出会うのか、勉強会で出会うのか、あるいは別の方法か。クライアントの業界も課題も異なれば、毎回、その提案ごとに考える必要があります。

―「ユーザー視点を組織に取り入れたい」という事例として、具体的にはどのようなものがありますか。

実際にUXリサーチの内製化をお手伝いしているクライアントとして、キュービック様の事例があります。さまざまなインターネットメディアを運営されている企業です。

キュービック様から最初にいただいたご相談は「UXリサーチができる人材を育ててほしい」というものでした。社内のあちこちの部署でアンケートやユーザーインタビューをしているが、なかなか施策につなげることができていない、その状況を変えたい。そういうご要望でした。

ユーザビリティテストや勉強会をして、クライアントの社内でUXリサーチを浸透させていくプランをご提案しました。「人材を育てる」だけでなく「UXリサーチを面白いと思ってくれる人たちを探したいです」とお伝えしたのです。

そうしたら、勉強会に出席いただいたチームのひとつが連絡をくださり、「うちのチームでぜひUXリサーチを試したい」とおっしゃってくださいました。

そのチームの状況をヒアリングして「まずは半年、一緒にやってみましょう」とお伝えしました。UXリサーチするにしても、何人ものユーザーに調査するよりも、1人でも2人でもやってみて、一緒に振り返りをして、どんどん回していきましょう、と。結果として、コンバージョンレート改善という具体的な数値成果も上がっており、ご支援の開始から1年半ほど取り組みが続いています。

ほかのチームにも契約を広げていただいたり、一緒に勉強会をやらせていただいたりもしています。ポップインサイトを非常に高く評価していただいていますし、ユーザ視点に本気で向き合う方々でいつも刺激をいただいています。

―「組織にUXリサーチを定着させる」とおっしゃいますが、世の中のUXデザインを志す人の多くがつまずいています。組織導入を専門にされているのは、すごいです。

私たちの仕事は、ユーザー視点を取り入れる組織体制をつくりたいと思っているクライアント担当者と一緒に、その方法論を考えていくことです。正解はありません。毎回、一緒に考えています。

クライアント社内で、開発体制がどうなっていて、デザインは内製でやっているのか、外注でやっているのか。リサーチをやっていくとしたらどうしたら良いのだろうか。興味がありそうな人をどうしたら巻き込んでいけるのか。開発チームとどうやって連携していけば良いのか。

「一度トライアルのリサーチをやって、勉強会をしてみましょう」とか「エンジニアチームとディスカッションの場をつくれたら、疑問や質問を受けつつ、ユーザビリティテストの動画を共有して、動機づけできるかもしれないですね」とか、「良さそうだったら上の人を巻き込んでいきましょう」など要所要所でお声がけをして、体制づくりのリード役になったりもします。

1回かぎりの単発でUXリサーチを行っただけでは、なかなか組織は変わらないのですよね。

1回かぎりの単発UXリサーチでは、
文化にはならない

― 単発のリサーチでは、なぜ組織は変わらないのでしょうか。

単発のリサーチで組織が変わらないのは、リサーチをすること自体がゴールになっていたり、リサーチの結果を誰がどのように施策までつなげるか、という流れができていないためです。担当者のレベルでは「ユーザー視点が大切だ」と思っていても、組織としてはなかなか理解されず、リサーチの結果がうまく活かされないのです。

何とか実施にこぎ着けても、担当者がそこで力尽きてしまうこともあります。多くの場合が初めてのユーザビリティテストだったりして、その先に「リサーチ結果を活かさなければならない」という壁が立ちはだかることを知らなかったりします。

リサーチ会社さんから重厚なレポートが出てきて「これってどうするんだっけ」となる。エンジニアチームからも「なにか余計なインプットが入ってきた」という感じになってしまう。一方で、頑張った担当者は「なぜリサーチ結果を使ってくれないのだろう」とフラストレーションをためることになる。

それでは、文化にはなりません。

―「UXリサーチの組織導入」がうまくいくケースは、何がカギになのでしょうか。

文化にするには、UXリサーチをやれる人が社内にいないといけません。リサーチをするのにつどつど稟議を回すのも大変ですし、スピード感も間に合いません。1回のリサーチに数ヶ月、数百万をかけていたのでは、動きが重くなりすぎます。結果として「1回やって終わり」となってしまう。

大切なのは「いつもの業務のなかでリサーチする」ことです。そのためには社内にいる自分たちでリサーチをすることです。ポップインサイトが目指しているリサーチのあるべき姿はそういうものです。

ポップインサイトは、リサーチが簡単にできる環境が、いろんな会社で当たり前になっていく世の中をつくりたい。そのきっかけになるためにリサーチャーをリモート常駐で提供しています。

― UXリサーチの文化を社内で広げていくには、どのようにすれば良いのでしょうか。

リサーチの価値が実感できる機会をつくることです。リサーチ結果をみんなで共有する場をつくる。「ユーザーの声が面白い」とか「もっと自分がつくったものを見てもらいたい」とか、「ユーザーの声があったら会社のミーティングが楽しくなる」とか、そういう感覚を社内に増やせるかどうかです。

最初のつかみという意味では、私のような外部の人間という立場は効果的です。「外部のリサーチ会社の人が来たぞ」となると、クライアントの社内で皆さんを集めやすい。

皆さんを集めた場で、勝手に撮ってきたユーザビリティテストの動画をお見せし、興味深いユーザーの行動は特にフォーカスして話します。皆さんが疑問を感じていそうなところは「ユーザーはこう言っていますが、いかがですか」とファシリテーターとして話を振ったりしながら、議論を生んでいきます。

リサーチ結果はひとつの刺激でしかありません。重要なのは、それをちゃんと刺激として渡せるかどうかです。外部の人間から言われると、わりと受け止めてくれやすい。

―「UXリサーチの組織導入」は、なかにいる人間でもすごいカロリーを要するものです。なぜ自分の組織でもないところに、そこまで熱量を持てるのですか。

プロジェクトのスタート時点で、クライアントの担当者という「仲間」がすでにいるからです。

UXを推進したい担当者は孤軍奮闘されていらっしゃる方が多いじゃないですか。なので、私がその担当者に次いで2人目のUXを推進していくメンバーになるんだと思って、一緒に頑張っていこうと思えます。

担当者が「もっとユーザーの目線を取り入れたい、だけどいろいろな壁があってできない」と思っていたとする。私は、一緒に頑張りましょう、と言って伴走する役割です。最初の関門さえ突破すれば、あとはポップインサイトのリサーチチームがやってくれる。そうやってきっかけをつくれれば、プロダクトが良くなる。チームも楽しくなる。

私が貢献したところは本当に一部ですが、きっかけをつくるお手伝いをして、そこからクライアントが進んでいく様子を見ると、熱意を新たにします。

ポップインサイト社内では、営業チームもクライアントにインタビューを行ない、営業活動のカスタマージャーニーマップをつくっている

ポップインサイトで働ける人が増えれば、
世の中に価値を増やすことができる

― 寺倉さんの原動力はどこにあるのでしょうか。

もちろん仕事がしんどいときもありますよ。いまは営業チームの人員も増えましたけれど、それまではほぼ私ひとりで大量の商談をしていましたし。

そのなかで、私の原動力は、ポップインサイトという会社そのものです。

ポップインサイトは正社員メンバーが全国各地にいるフルリモートワークの会社です。通勤して働くことは難しいですが、社会に出ることができれば大きな価値をもたらせる方も多く在籍しています。

たとえば、大手の事業会社で働いていたけれど、出産・育児で退職して、そのあとシングルマザーになり、そこから復職しようとしたら、どこの会社でも採用してもらえなかった。そういう方がいます。

がんで通勤することが難しいとか、病院に入院しながら仕事をしているメンバーも2人います。

営業の私が頑張って売ってくれば、そういう人がもっと活躍できる。採用できる。本当にその一心で、しんどくても案件を売ってこよう、もう1人でも2人でも採用できる余地をつくろう。その気持ちが背中を押します。ハンディキャップを背負った方でも、ポップインサイトという環境で働ける人が増えれば、世の中に価値を増やすことができる。

その気持ちが、私を奮い立たせてくれるのです。

― ありがとうございました!

【取材・文】羽山祥樹(HCD-Net)、森川裕美(HCD-Net)

人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験

あなたも「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」にチャレンジしてみませんか。

人間中心設計推進機構(HCD-Net)の「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、これまで約1200人が認定をされています。ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計、サービスデザイン、デザイン思考にかかわる資格です。

人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度
受験申込: 2020年11月20日(金)~12月4日(金)
応募要領https://www.hcdnet.org/certified/

著者
羽山 祥樹 (はやま よしき)

日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

著者
森川 裕美(もりかわ ひろみ)
UI設計とフロントエンドをつなぐひと。九州芸術工科大学(現九州大学)大学院修了後、新規事業や業務システムを中心に、シナリオ設計からUIデザイン、プロトタイプ開発、ユーザビリティテストまで一貫して設計業務に従事。‪HCD/UX/IA HCD-Net認定人間中心設計専門家、CSPO。‬

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