連載 :
  インタビュー

アプリのみ見てたらはまった落とし穴 IoTのUXを考える(後編)

2017年12月8日(金)
羽山 祥樹 (はやま よしき)

前編はこちら

――スマートタグの他に、ドアに取りつけるスマートロックにもかかわっていらっしゃると聞きました。

今年の8月に、スマートロックのBtoBサービス「カギカン」がリリースされましたが、そのサービスデザインをチームの一員として支援しました。

サービスがリリースされて、お客様のもとで初期設定を見せて頂く機会が何度かあったのですが、それまで普通に販売されていたスマートロックではあったものの、思っていたより初期設定が大変に感じられていたことが分かりました。

スマートロックはドアの内側にあるサムターンにかぶせて使います。そのため、サムターンに適切な深さでセットできる、付属のサムターンホルダを選ぶ必要があります。

スマートロックの取り付け方法—Qrio製品情報ページより

マンションなどでは良く利用されているプッシュプル錠だとドアに対して高さがあるので、スマートロックを取り付ける際に付属の高さ調整プレートをつけてあげないと、うまくサムターンにはまりません。

ドアもカギも色々ですから、スマートロックは高さ調整ができるようになっています。高さ調整については、この高さ調整プレートだけでなく、サムターンホルダを支えるネジでも微調整できるんです。そこでふと見てみると、スマートロックのネジは固定用でも調整用でも全て同じ黒いネジなんです。なので、調整用とはいえ他と見かけが似ているネジを回して調整して良いものだなんて気がつきません。

高さを調節するためのネジ、中央は取り付け用の両面テープ

アプリや取扱説明書でもよくよく見れば書いてあるんですけど、一般的には家電を買ってきて「よし、アプリをダウンロードしよう」という人なんていません。とりあえず、箱から取り出して、自分の感覚で取り付けようとします。

思ったままに取りつける中で、裏のネジの存在は実質的に無視されているんです。その結果、ドアとサムターンの間隔がギリギリで足りないのに無理して設置されていて、余計な力がかかってしまうことが起こります。結果的に、負荷が大きくかかって電池を過度に消費してしまったり、うまくカギをかけられなかったり、ということが起こります。

では、このネジをどうすれば気づいてもらえるのか。

ネジがちょっと出っ張っていた方がいいのか、他と色を変えた方がいいのか。社内では、今のところネジの色を変えるのが一番わかりやすそうだね、という話になっています。

他にも、仕様で気づかれにくい箇所があります。スマートロックの電池はケースを持ち上げて替えられるようになっているのですが、ケースではなくわざわざ固定用のネジを外して電池を替えてしまった、というお問い合わせがありました。気づいてもらえないことで、意図せず事故につながるようなリスクもあるため、今一度本当に気づけるのか、それはそもそもなくしたりできないのか、と言うことを考えるきっかけになりました。

アプリの中の世界だけでなく、ハードウェアのネジひとつとってもユーザーインタフェースなんです。こういう改善は地味なものの積み重ねです。ただ、地味なんですけど、IoT の機器は初期設定が命とも言えます。初期設定を失敗すると、その先どんなに素晴らしいアプリがあっても、機能があっても、そこにたどり着く前にどうにもならなくなってしまいます。

――初期設定が命ですか。

スマートロックをドアに貼り付けるための、両面テープ課題もありました。

貼り付ける先のドアに皮脂がついていると両面テープはうまく機能しません。一見うまくついていても、短期間ではがれてしまう。当然ですが、接着剤と油とは相性が悪いんですね。長持ちさせるためにはドアの油をきちんと拭き取った上で、スマートロックをぎゅっと押しつけていただくのが正解なんです。

でも、スマートロックを箱から取り出して、両面テープが同梱されていて「ドアにとりつけてください」とあったら、とくに考えることなくドアも拭かずに取り付けますよね。

取扱説明書で説明しているからわかるんじゃないかと期待しても、当然そうはいかないです。分からないし気づかない。気づいたときにはもうドアにつけているんです。お客様に「ドアを拭かなければならない」ということを、どうやって気がついてもらうか。その違和感を持ってもらうのが、スマートロックの初期設定に大切なんです。

アイデアはいくつか出ました。両面テープの接着面をめくる紙に警告文を書く。両面テープを袋に入れたときに、袋に警告文がある。あるいは、意味ありげないかにも拭くための布を入れておく。

取扱説明書を見なくても、お客様がパッケージから機器を取り出したときにこの付属品は何のためにあるんだろうという引っかかりをつけてあげればいいわけです。そうすれば、そこからこれは拭かないといけないんだと気がつける。

新しいものを買って箱を開けることを「開封の儀」なんて言ったりしますけど(笑)。でも、大事な情報をユーザーに伝えるチャンスでもあるんです。パッケージを開けるときって、いちばん目にも入りますからね。

どの順番で、何を見せればいいのか。梱包設計の方やハードウェアのエンジニアともよく議論します。

――梱包設計という言葉は初めて聞きました。

梱包のプロと言う方がいらっしゃいます。箱の見た目と収納効率を両立して、衝撃にも耐えられるようにするという専門分野があるんです。

ただ、耐衝撃性だけでなく、僕らは開封のタイミングでユーザーに情報を伝えたい。何とかこの紙を入れるスペースが欲しいとか、これに気付けるような穴が欲しいという相談をします。伝えるといっても、分厚い書類は読んでもらえない。だけどペラペラの紙だと捨てられる。ちょっと厚くしようか。そういう調整を地道にしていきます。

最初の情報伝達を失敗すると、それ以降ぜんぶ駄目になることもあります。先のスマートロックで言えばドアから落ちる。最悪ですよね、もう。アプリがよかろうが見栄えがよかろうが、ドアから落ちたらすべてが台無しです。

初期設定が伝わらなかったら、どんなに素晴らしい機能も終わる。IoT はそういうのが多いですよね。最初が駄目だとほかがぜんぶ駄目になる。アプリのことだけ考えていても駄目だしハードウェアだけでも駄目だし。どうやってユーザーに伝えようかを頑張るのも、僕らの大事な仕事です。

――ユーザーがその製品を使っている瞬間だけでなく、買う前やまさに箱を開けるところからユーザーの体験を設計しなければならないのですね。

ハードウェアやパッケージの存在を忘れてアプリだけを考えていると、アプリの画面でどう説明したら見てもらえるんだろうという世界で閉じてしまいます。でも、この課題解決はハードウェアやパッケージでしたほうが早いし、そこでやらないとお客様に伝わらないということは結構あります。

IoT は、プロダクト本体とスマートフォンのアプリ、プロダクトが梱包されているパッケージ、店頭に並んでいる感じ、ぜんぶ含めてUXをどう考えるかを議論すべき対象なんです。

とくにハードウェアは、プロジェクトの序盤にそれらの話をしないと量産してしまってからでは取り返しがつかない。市場に出してからではもう箱もいじれない。ハードウェアもいじれない。店頭に機能と期待値のコミュニケーションをミスした販促用の什器を配ってしまったら、それをぜんぶ回収して入れ替えるのもできない。

――Qrio はハードウェアスタートアップとして成功している会社のひとつです。山口さんが他社で同じように良いと思っているサービスはありますか。

「まごチャンネル」というサービスはすごく面白いと思っています。家のかたちを模したデバイスで、写真や動画を受信してテレビに映す。それだけの機械です。それをおばあちゃんやおじいちゃんの家のテレビにセットしておくんですね。

遠くに住んでいるお父さんとお母さんが、孫の写真を撮ってアプリからそのデバイスに写真を送れるんです。写真を送ると、テレビに孫がぼんと出てくるんですね。とつぜんデバイスがチカチカっと光りだしてテレビをつけると孫が出る、という体験が日々できる。

デバイスにはSIMカードが差さっているので、おじいちゃんもおばあちゃんも、Wi-Fiの設定とかは何もいりません。おじいちゃん、おばあちゃん向けなのでいかにかんたんか、孫がきて嬉しい感じをどう演出するか。徹底的に考え込まれています。

運営元の自社ECから直接購入すれば、梱包している箱にも、孫の名前を個別に印刷してもらえます。ロゴのところに、孫の名前が「ヒロシ」だったら「ヒロシチャンネル」、「ゆい」だったら「ゆいチャンネル」と印刷されている。

出典:まごチャンネル 製品の特徴(https://www.mago-ch.com/

――すごいですね。

そういう個別対応はお金がかかってしょうがないはずなんですよ。パッケージひとつひとつにわざわざ。だけど、それがすごく面白い。

――まさに、先ほどの、箱の話ですね。

パッケージはとても重要です。ユーザーの最初の印象がパッケージですから。おじいちゃん、おばあちゃんが受け取ったときに孫の名前が書いてある。そこでまず嬉しくなる。写真や動画なんてLINEで送ればいいじゃんという話じゃないんですよ。

IoT は、出口がいろんなデバイスにできるというのが面白いんです。

――すごくたいへんな思いもされてきたわけですけれどそれでもIoTに取り組む魅力はなんでしょうか。

ウェブもアプリも画面からは出られない。ユーザーにそれ以上の影響を与えることができない。ハードウェアはそれ以上のことができるんです。すごく面白い。

IoT 業界としては、ウェブの方も来てほしいし、もっといないといけない。アプリの課題も解決しないといけないんです。ウェブの人が見ればすぐ気がつける課題が、ハードウェアの人だけだと話題にあがらなかったりする。いろんな人がいることで成り立つんです。

ただ、ウェブ業界の方がIoT業界に来たときにやはりハードウェアのことがわからない。そこはちょっと悩ましいですね。大変なこともいっぱいあるんですけど。ウェブの方がIoT をやると面白いですよ!

――ありがとうございました。

取材・文:羽山 祥樹(HCD-Net) 写真:編集部

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Qrio / IoT / UX
著者
羽山 祥樹 (はやま よしき)

日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

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