連載 :
  インタビュー

クックパッド流「ユーザーファースト」の秘訣について聞いてみました

2015年12月22日(火)
羽山 祥樹 (はやま よしき)
クックパッドの、その「ユーザーファースト」は、どのようにして推進されているのだろう か。ユーザーファースト推進室の倉光 美和さん(HCD-Net認定 人間 中心設計専門家)に聞いた。

クックパッドは、日本最大の料理レシピサービスであるとともに、「ユーザーファースト」を最も重要な価値観と位置付け、徹底してユーザーの方と向き合いながらサービスを展開している企業だ。

サービス産業生産性協議会が発表する「JCSI(日本版顧客満足度指数)」の2015年版では、インターネットサービス部門で、Google や Yahoo! JAPAN を上回り、全指標で1位を獲得、さらに顧客満足度では3年連続で1位など、ユーザーから高い支持を集めている。

クックパッド株式会社 倉光 美和さん

――ユーザーファースト推進室というのは、どのような部署なのでしょうか

クックパッドは社員の行動指針として「ユーザーファースト」であることを掲げています。「提供しているサービスが、ユーザーファーストであり続けること」を推進していくための部署として、ユーザーファースト推進室ができました。去年(2014年)のことです。メンバーは今は10名で、デザイナーやディレクターが所属しています。

――具体的には、どのような業務をしているのですか

クックパッドの様々なサービスを利用する際のユーザー体験(UX)について包括的に見ています。社内のさまざまな部署と協力して、どういったサービスにするのがよいか俯瞰して見ています。

たとえば新規サービスを立ち上げる時は、まずユーザーが誰なのかを明らかにするためにユーザーにインタビューをして、ユースケースのシナリオを書いたり、ペルソナをつくるということから始まります。画面のワイヤーフレームや、プロトタイピングのチェックをして、最終的に望んでいたユーザー体験になっているのかを見ていきます。そこまで、すべて含めて見ています。

プロジェクトメンバーはそれぞれ得意分野がありますが、私はUXデザインの専門家として、上流工程といいますか、まだ形のない情報を整理するところに向いているので、プロジェクトの初期段階に参加することが多いです。

――「ユーザーが誰なのかを明らかにする」とは、どうやるのですか

ユーザーファースト推進室では、ユーザーインタビューを定期的に実施しています。

たとえば、今年の3月は「一人暮らしの若者」の8名にインタビューをしました。4月は「SNSで料理写真をシェアしている人」というテーマで7名、5月は「料理ブログを書いている人」で14名にしました。インタビューのテーマはそのときに実施しようとしている施策によって決めていることもあります。

――インタビューの内容は、どのようなものなのでしょうか

クックパッドのユーザーインタビューの特徴的な質問として、冒頭に「朝起きてから夜寝るまでの、代表的な一日の流れをまずは教えてください」と聞いています。はじめにユーザーさん自身の視点で1日の行動を自由に語ってもらうことで、「クックパッドのインタビューだから、クックパッドの話をしなきゃ」という先入観を避ける効果があります。

ユーザーさんにとっては、クックパッドを使うことは本来の目的ではありません。何らかの課題を解決するために、クックパッドのサービスを使うのです。日常生活において、クックパッドがどういう立ち位置なのか。それを見るために、この質問を必ずしています。

――インタビューの結果は、どのようにするのですか

インタビューの結果は、ユーザーさんの発話情報を書き出してまとめます。そのとき文章だけではなく、6つの軸のレーダーチャートにして、傾向を見ています。ユーザーがレシピを決定するとき、今日食べるものを決めるときに、決め手になる要因が、大きく6つあります。料理頻度、料理スキル、コスト意識、時間的制約、情報探究度、健康意識、です。

たとえば「料理スキル」は「かんたんなものであれば、つくる気になれる」という心理です。「時間的制約」は、時間に追われている度合いです。ユーザーさんの中には、働きながら子育てをしているお母さんも多いです。限られた時間で今日食べたいと思える、しかも家族の栄養バランスを気遣ったレシピがすぐ見つかるか、というニーズです。「コスト意識」ですと、たとえば大学生はそれほどお金に余裕がないので、節約レシピが見つかれば、「今日は自炊してみようかな」という気持ちになれるかもしれません。

これらの6つの要因の度合いをグラフ化することによって、今からつくろうとしているサービスに求められるものが見えてきます。レーダーチャートにするのはビジュアルで見えるようにすることで、共有しやすくするためです。社内で共有するには、発話情報をまとめた文章資料だけではイメージしづらいので。

――グラフでユーザー像を共有する、というのは、特徴的ですね

HCDプロセスを教科書どおりにそのまま組織に導入するのではなく、自分たちの組織に合った形式にカスタムして広めていくのが大切だと思っています。

似た事例として、シナリオの共有にも工夫をしました。これは今晩の献立が決まるまでの、ユーザーストーリーを資料にしたものです。時間経過にそって、ユーザーの行動・思考・感情の3要素と、それぞれのタッチポイントでの、サービスのインタラクションを図解したものです。私がHCDを学んだときは、個別の手法として教わりました。業務においては、それをひとつの資料にして活用しています。

クックパッドの社内開発スタイルにおいては、資料が複数あるよりも「この一枚を見たらみんながユーザーの体験について想像できる」というのがいちばん良いのではないかと個人的に考えました。プロジェクトメンバーに理想的なユーザー体験を共有したいとき、パッと見てユーザーと提供したい機能要素との関係性が伝わります。

メンバーに好評だったのが、「画面の外側のことがわかる」という点でした。ユーザーがクックパッドを「使う前」や「中断し、次に使うまでの間」に何をしているのか、というところです。「家の冷蔵庫には、ニラと青梗菜しかない」という制約や、子供のお迎えまであと15分しかなくて、買うものをすぐ決めてスーパーに行かないといけない、という状況のなかにいる。そういう制約が発生しているからこそ、クックパッドを使うんだ、というのが、このようにひとつの資料にすることで、わかりやすく伝わりました。

ただこの資料は、あくまでもメンバーで議論を重ねた上での副産物です。ユーザーの望むものを早く届けることが大切なので、この資料をもって誰かにプレゼンする、ということはあまりありません。触れるプロトタイピングを作り、どんどん検証を進めていきます。

――スピード感をもって、進むのですね

新たな機能は、対象ユーザーを限定してリリースし数値の伸びを見て磨いていく、ということもしています。その時点では、最終的に実装しようと思っている機能の60%くらいしかないこともあります。そうして、継続利用率がどれくらいか、といったユーザーの反応を分析して、機能を修正していきます。自分の想像ではなく、じっさいにユーザーを観察してみないとわからない、という空気が社内にあります。

――クックパッドで、ユーザー調査がどんどんできるのは、なぜでしょうか。他社では、まず社内説得で苦労する、という話も聞きます

創業当時からユーザーさんと直接向き合うことで、それによって得られた学びをサービスに還元することを突き進めてきましたからでしょうか。社内に「ユーザーさんの反応と真摯に向き合おう」という文化があり、サービスが良くなるならば、どんどん実施しています。

ユーザーファースト推進室の室長である池田拓司は、執行役として会社の経営にも関わっています。ユーザーファーストであり続けるためのデザインにおける重要な決断は、ときには経営判断として意思決定がなされます。スピード感はすごく速いですし、クックパッドが存続していくためには、ユーザーに価値を届け続けないとだめだ、という意識が社内に強くあります。

――クックパッドは「エンジニアを大切にする会社」という印象があります。「ユーザーファースト」と技術とのバランスはいかがでしょうか

エンジニアにとって「この最新の技術を使いたい」という知的好奇心は大切です。ただ同時に、「その技術を導入することで、ユーザーにどんな価値が届けられるのか」という視点を忘れません。たとえば、インフラストラクチャー部の場合は、「サービスを安定的に / 速く / 安全にユーザーさんに届け続けること」というミッションを掲げています。もし夕方にクックパッドが利用できない状況が発生したら、世の中の主婦の皆さんがご飯をつくれなくなってしまうという事態も考えられる。ならば、どんなにアクセスが集中してもサイトを落とさないためにどうしたらいいか?などを考え、技術に取り組んでいます。

――「ユーザーファースト」のために、大切なことは何でしょうか

「自分と他の人はちがう」ということを、常に意識しています。「主観」と「客観」と言うこともできるかもしれません。

UXデザインをしていると、主観と客観を意識的に切り替える、ということをよく求められるような気がします。スイッチをオンオフするようなイメージです。サービスを開発する際にはユーザー視点とビジネス視点、両方が必要です。意識的に切り替えできるようになれば、ユーザーの体験を中心に据えながら、どのようにビジネスとして落とし込んでいくかをデザインできるようになります。誰しも、はじめはスイッチの切り替えは難しいものです。個人的な主観のみであったり、ビジネス視点でばかり、ものを考えてしまいがちです。

――主観と客観のスイッチを切り替えるコツは、どういうところにありますか

とにかく、ユーザーと会うことでしょうか。

自分と他人は全く異なる文脈を生きていて、自分の考えていることなんて、びっくりするほどユーザーには伝えられていないんです。私自身がそれに気がついたきっかけも、開発したソフトウェアのユーザビリティテストを初めて実施した時でした。ユーザーが触っているところを見て、愕然とするぐらい伝わっていなくて、とても落胆しました。

ですがそのあとプロダクトを改善し、ユーザビリティテストを繰り返すことで、みるみるユーザーの動きが良くなっていきました。そういったズレを何度も体感していくことで、主観と客観のスイッチが、意識できるようになっていくのではないかと思います。

――ユーザー中心の考えを、これだけ自然体でしている会社は、珍しいと思います

クックパッドで働くことは、楽しいですよ。人は1日3回はお腹が減るので、レシピサービス自体が日々ユーザーさんと向き合いやすいサービスだからかもしれません。ユーザーさんも、インタビューのときに、自分のつくったご飯や頑張っている様子を楽しそうに教えてくれます。

――ありがとうございました

取材・文:羽山 祥樹(HCD-Net) 写真:編集部

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  • 応募要領: http://www.hcdnet.org/certified/
著者
羽山 祥樹 (はやま よしき)

日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

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