連載 [第4回] :
  All Things Open 2022レポート

All Things OpenでRed HatのBurr Sutter氏にインタビュー。最高のデモを見せる極意とは?

2023年3月29日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
ノースカロライナで開催されたAll Things OpenでRed HatのBarr Sutter氏にインタビューを実施した。

10年目を迎えたAll Things Open 2022でRed HatのBurr Sutter氏にインタビューを行った。Sutter氏と言えば、Red Hat Summitのキーノートで参加者を沸かせるデモを行うことで知られており、デモとプレゼンテーションが最も上手いエバンジェリストと筆者が高く評価している人物だ。Sutter氏のタイトルはDirector of Developer Experienceだが、何よりも運用担当からデベロッパーまで納得させる説得力のあるストーリー作りとエネルギッシュな語り口で、数多くのカンファレンスのステージで拍手と歓声を受けてきた実績がある。

Sutter氏のデモは2018年のRed Hat Summitでも紹介している。

●参考:Red Hat Summit、気合の入ったデモでコンテナ、マルチクラウド、機械学習まで見せる

今回はSutter氏の「Becoming Cloudy with Kubernetes」というタイトルのプレゼンテーションの後にインタビューを行った。

●動画:Becoming Cloudy with Kubernetes

このプレゼンテーションはKubernetesの基本を速足で解説しつつ、デモを交えてReconciliation Loop(Kubernetesによって制御されるPodが自動的に宣言された状況に維持されるようす)を解説するもので、Kubernetesがクラウドネイティブなシステムの基盤として使われる背景を解説している。

ブルース・リーをモチーフに使ったプレゼンテーション

ブルース・リーをモチーフに使ったプレゼンテーション

「Kubernetesでクラウドネイティブになるためには?」という意味のタイトルが示すように、Kubernetesを良く知らない参加者向けにあまり深く解説せずに「自動的にアプリケーションが回復する部分がクラウドネイティブ」という部分だけに集中して説明とデモを行っている。スライドは以下のリンクから参照できる。

●参考:Becoming Cloudy with Kubernetes

この中でDevOpsから始めて最終的にマイクロサービスに至るのがクラウドネイティブなシステムの方向であると示したうえで、ブルース・リーのコメントを引用しながら、OpenShiftで実行されるデモアプリの説明をArgoCDやTekton、Backstageなどのオープンソースプロジェクトも都度紹介していくというスタイルとなった。45分という時間の中で、興味を持たせつつ聴く側が迷子にならないように覚えてもらいたいキーワードを散りばめるという手法だが、エネルギッシュなプレゼンテーションと参加型のデモによって成功していたように思える。

DevOpsから始めてマイクロサービスに至るクラウドネイティブなシステムの道筋

DevOpsから始めてマイクロサービスに至るクラウドネイティブなシステムの道筋

ただしガートナーのHype Cycleを持ち出してマイクロサービス自体が幻滅期に入っていることも認めつつも、クラウドネイティブなシステムを求める声は衰えていないことを強調することで良い話ばかりではないという要素も取り入れていた。

最後に、最近流行り出したPlatform EngineeringとしてBackstageが入っている

最後に、最近流行り出したPlatform EngineeringとしてBackstageが入っている

このスライドではマイクロサービスではなくPlatform Engineeringを最後に持ってきて、これがユニコーン(想像上の希少な生物としてのユニコーンを使って滅多に現れない成功例を示すIT業界用語)であるとしてジョークにしているが、その部分にSpotifyが開発して公開したデベロッパー向けのポータルであるBackstageを位置付けているのが興味深い。

デモはGo、Node.js、Pythonで書かれたアプリケーションをKubernetes上に展開し、アプリケーションを更新するとそれがクラスター上にローリングアップデートされていくというのが運用者サイドの視点だが、参加者がモバイルサイトからアクセスし、表示された風車にタップを行うことで電動レースカーにパワーを与えてサーキット1周の競争を2チームに分かれて行うという内容だ。ここでは参加者にスマートフォンから操作させることで飽きさせないようになっている。デベロッパー視点ではコードの変更を行ってGitにプッシュすることでArgoCDからTektonに至るパイプラインが起動してビルドからテスト、実装までが自動化され最終的に更新されたPodが入れ替わることになる。参加者はブラウザーをリロードすることで、タップではなくスマートフォンをシェイクすることでパワーが供給されるように変更されることが体験できるというものだ。

セッション後に参加者から質問を受けるBurr Sutter氏

セッション後に参加者から質問を受けるBurr Sutter氏

Burr Sutter氏へのインタビュー

このセッションの後、Sutter氏に「上手なプレゼンテーションの方法」に関してインタビューを行ったが、内容はそれだけに留まらない非常に多様なトピックに触れたものとなった。

最初にコンピューターとの出会いから教えてください。

私はアラバマで生まれましたが、家族の系譜としてはハワイにも家族が残っていたんですよ。なので若いころはアラバマとハワイを行ったり来たりしていました。アラバマにいた十代の頃に高校のサッカー部のコーチが数学の先生で、奥さんがタイピングも教えていたんですね。なのでサッカー部のプレイヤーはみんなその奥さんのタイピングクラスを取らされて、機械式のタイプライターが使えるようになっていました。

その後、ハワイに移った時に新しく数学のクラスを取ることになって、その時にタイプライターをやっていた経験が役に立ったんです。ハワイの数学の先生は女性だったんですが、その学校にコンピューターのクラスが新設されたんです。しかし誰もそのクラスを取らないので「あなた、タイプライターやっていたならコンピューターもできるんじゃない?」って誘われたというのが最初のコンピューターとの出会いですね。先生の旦那さんが海軍に勤めていていつも航海でいないので、放課後は一緒にいてコンピューターをたくさん教えてくれました。

それからアラバマに戻ってカレッジに行くんですが、元々、高校の時から演劇をやりたい、俳優になりたいと思っていたので、演劇をカレッジで学ぶことにしたんです。ところがその時の講師に「君たちが演劇を学ぶのは良いが、学んだとしてもこの街ではそれで食べていくことはできないよ。私は君たちに教えることで食べていけるけどね」と言われて困っていた時に、一緒にカレッジに行ったルームメイトがコンピューターをやれば食べていけるって教えてくれたんです。「え?コンピューター? オレ、ハワイでやってたけど」って(笑)。でそのルームメイトの妹がデトロイトにいて、Fordでプログラマーとして働いていることを聞かされて「コンピューターをやれば食べるだけじゃなくてお金を儲けることができる」ことを知ったんです。その後は空軍のプログラム開発の仕事をしたりしながらアトランタで働いていました。その頃、Javaを知ってアトランタのJavaのコミュニティを主宰していた時に凄いできごとがあったんです。

それについて詳しく教えてください。

当時、Windowsの仕事やWebの仕事をしていたんですが、私はWeb系のほうが好きだったんですね。まだ新しい技術だったこともあったんですが、Javaが出てきてブラウザーならどこでも動くというのが魅力的だったこともあってJavaを使うようになりました。1997年頃にはアトランタのJavaユーザーグループを運営していました。

アトランタの界隈ではエンジニアのネットワークができていた頃、2001年くらいの話ですが、コミュニティのイベントでアプリケーションサーバーのベンダーを呼んで説明させる会をやろうと企画したんです。その時にはJBossがアトランタで起業されていて創業者のMarc Fleuryも呼ばれていました。他にはBorlandやBEA Weblogic、IBMなどが参加していましたが、どのベンダーも「差別化のポイントは何か? 顧客に提供できる価値は?」という質問に10分で答えるという内容でした。Marcは最後に出てきて、それまで他社が自社のアプリケーションサーバーは8万ドルだとか10万ドルだとかプレゼンした後に2枚だけスライドを作ってきて、「Free(無料)」と「We Don't Suck(アホなことはしない)」と話したんです。Marcは最後のプレゼンテーターだったんですが、会場となった部屋は暑くて何人かは居眠りをしていたんですが、それで一気に参加者の熱気が爆発した感じでしたね。

そのプレゼンテーションでその日の内に5人くらいはJBossで働くようになったと記憶しています。それぐらいインパクトがあったんです。その少し後に私もJBossに入り、その後Red HatがJBossを買収して、Red Hatが私の職場になりました。これが16年前、つまり2006年からRed Hatということです。

あなたのプレゼンテーションはRed Hat Summitでのキーノートでも何度も見ていますが、いつもとても良くできていて参加者が飽きることのない内容になっています。良いプレゼンテーションを作るためのコツがあれば教えてください。

これは私が演劇をやっていた時の経験が活かされていると思いますね。プレゼンテーション全体を一つの演劇と想定して構成を考えます。基本的には全体を通して時間配分を行うことですね。いつもスライドだけでは聴く側の立場になれば退屈してしまうし、すぐにスマートフォンを取り出してメールのチェックを始めたりしますから。なので前半、中間、後半と分けて真ん中はどうしても聴く側の注意力が落ちてしまうのでデモを持ってきて飽きさせないことを心がけています。

また誰に向かって語り掛けるのか? についてですが、エンジニアはどうしてもPCを見てしまって参加者のほうを見ない傾向にありますが、良くやる間違いは最前の参加者の反応に気を取られてその人たちに向けて語り掛けてしまうことです。そうではなくて部屋の一番後にいる人に向かって語り掛けることが大事です。キーノートのような場所ではプレゼンテーターは文字通り、演者として何度も練習することが大事です。今回のプレゼンテーションもデモは3時間くらいかけて何度も準備して繰り返していますよ。

デモやプレゼンテーションはどうやって作るのですか?

実際のデモはRed Hatのエンジニアが開発してくれます。私はRed Hatのデベロッパーと常に話し合っています。今、何が問題なのか、デベロッパーが抱えている痛みはなんなのか、そういうことを考えながら全体を構成するようにしています。

プレゼンテーションではDevOpsがクラウドネイティブなジャーニーの最初の一歩として書かれていましたが、DevOpsについては組織の構造を変えないと難しいのではないでしょうか?

Kubernetesがデベロッパーには難解すぎるというのはよくある見方だと思いますが、そのためにKubernetes as a Serviceを作るというのは良く聞く話ですね。なので実際に多くのソフトウェアやサービスがそこに集まっているのは当然だと思います。Red Hatがインフラストラクチャーの会社だと思われているのも良く聞く話ですが、実際には多くのデベロッパーがいますし、DevOpsを実践していると思います。

ただDevOpsに関しては顧客と話をすると「DevOpsは最高だ。弊社でもやってる」というので「デベロッパーは何人いますか?」と質問すると「デベロッパーはゼロ」と答えが返ってくることもありますね(笑)。なので組織の構造をDevOpsに向いたものにするという発想は必要だと思います。

ただBackstageのような、デベロッパーがセルフサービスでクラウドネイティブなシステムを構築できるように支援するソフトウェアが出てきていることからもわかるように、エコシステムは進化を続けていると思います。

Sutterさんの未来の計画を教えてください。

私個人としては「何も決まっていない、何でも有り得る」と言えば良いのかな。これまでと同じようにRed Hatや顧客とのコミュニケーションを続けて、何が必要か? 何をすればもっと理解してもらえるのか? を考えていますし、さまざまなコミュニティとも話をしています。教えることも好きなので、オライリーで続けている動画によるトレーニングシリーズも続けるつもりです。またおもしろいプレゼンテーションとデモに期待していてください。

●Burr Sutter氏によるトレーニング動画シリーズ(オライリー):11 Steps to Awesome with Kubernetes, Istio, and Knative LiveLessons

インタビューに応えたBar Sutter氏。カスタムメイドのTシャツがクール

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生い立ちからJBossのエピソードそして演劇の体験をベースにしたプレゼンテーションのための方法論など、ユニークかつ飽きないインタビューとなった。これからプレゼンテーションを行うエンジニアのヒントになれば幸いだ。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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