Red HatのCTOが語るeBPFとWASMの立ち位置、そしてCRAについて
オープンソースの中心的企業であるRed HatのCTOでSVPでもあるChris Wright氏が2023年4月にThinkITのインタビューに応えた。これまで何度もインタビューを行っているWright氏だが、今回は製品発表などではなく、より広範なトピックについて質疑応答を行った。
アムステルダムのKubeConは大変な盛況で約12000人のリアルの参加者が集い、チケットもソールドアウトでした。Red Hatのエンジニアも多くのセッションを行い、ショーケースのブースも大人気でみんな、Red Hatが配布していた赤い帽子をかぶっていましたよ。
そうですか、私は家族のプライベートな事情で参加できなかったんですが、次回の北米のKubeConには参加するつもりです。次回の開催地はシカゴで、今住んでいるボストン郊外からは近いですから。KubeConが人気なのは良いことだと思います。我々もシカゴではスポンサーとして参加しますが、人気があるカンファレンスなので、あるレベルのスポンサーシップは簡単には取れず、抽選が行われます。
そうですか。それは大変ですね。今回はHuaweiもスポンサーとして参加していましたし、9月には上海でKubeCon+CloudNativeCon Chinaが行われるということですから、良い傾向ですね。今回のKubeConではeBPFとWebAssembly(WASM)が大きなバズワードになっていました。この2つについてRed Hatとしての方針は?
eBPFもWASMも最近とても注目されているテクノロジーですね。eBPFはLinuxのカーネルのレイヤーのテクノロジーで、フィルタリングやトレーシングなどが可能になります。IO VisorなどのプロジェクトでもeBPFが使われています。Red Hatに関連するプロダクトだとネットワークスタックのOvS(Open vSwitch)やXDP(eXpress Data Path)、ちょっと変わったところだとKubernetesのワークロードのエネルギー消費量をPrometheusに出力するKepler(Kubernetes-based Efficient Power Level Exporter)というプロジェクトでも使われています。これはエネルギー消費をより効率的に可視化するためのプロジェクトです。ただeBPF自体はKubernetesだけのテクノロジーではないことは強調しておきたいと思います。
●参考:https://github.com/sustainable-computing-io/kepler
またWebAssemblyも非常に興味深いテクノロジーです。Red Hatとしてはその進化を見守っています。多くの人が「WASMはコンテナを置き換えるのか?」という質問をしますが、実際には補完的なテクノロジーだと思います。コンテナが出てきてKubernetesが主流になった時も「コンテナは仮想マシンを置き換えるのか?」という質問が多くありました。でも実際は今でも仮想マシンは使われていますし、Kubernetesから仮想マシンをオーケストレーションするKubeVirtというプロジェクトもあります。どちらも必要に応じて使われています。なのでWASMについても同じことが起こると思いますね。KubernetesからWASMのワークロードを管理するというのは正しい方向性だと思います。
WASMからシステムのリソースにアクセスするためのインターフェースであるWASIも、さまざまなアプリケーションの互換性を保つためにも必須です。これは移植性を高めるためには必要なテクノロジーです。エッジのようにハードウェア資源が限られているような環境においては、特に重要になります。CPUのアーキテクチャーもPCやサーバーのように限定されているわけではなく、これからもさまざまなアーキテクチャーのプロセッサが出てきますから。その部分にはWASMはマッチしていると思いますね。
Red HatとしてもWASMについてはリサーチとして活動を行っています。仮想マシンもコンテナもWASMのコンポーネントも必要に応じて使われるようになりますから、それをKubernetesからオーケストレーションできることは重要です。その際にデベロッパーがどれだけ効率的に実行できるか? という点を忘れてはいけないと思います。
サーバーレスの部分にWASMを使おうという人たちがいます。FermyonはKubeConでもその点を強調していました。
サーバーレスについては単にファンクションとして小さなアプリケーションを実行できるというだけでは何かが足らないと思いますね。その何かというのはトラステッドコンピューティング、つまりセキュアに実行できるか? という点です。その部分については、これから機能が追加されてエコシステムとしても拡大していくんだろうとは思いますが。
WASMについては実際に使われている例としてAdobeがKubeCon Europeで発表していましたが、昨年のユースケースは顧客が自筆でサインした画像から背景のノイズを除去するというアプリケーションをWASMで実装していました。でも今年は画像からそれが合成されたものかどうかを判定するものに進化していました。MicrosoftがフライトシミュレーターにWASMのモジュールを追加しているという例もあります。
そうですか。それは良いですね。新しいテクノロジーが出てきた時に重要なのは、実際にそれが何に役立つのかをちゃんと確認することです。単にテクノロジーのためにテクノロジーを使う、それを使いたいだけというのは良くないですね。
Microsoftの例はDLLをインストールするのを避けたいというのがあるんだろうと思います。
わかります。DLL HELLはデベロッパーが避けたい状況の一つだろうと思います。KubeConなどのカンファレンスでは常に最新のテクノロジーが紹介されますが、実際に企業においてはまだコンテナをどうやって実装しようか悩んでいるエンジニアが多いという状況だと思います。Red Hatも最新のテクノロジーばかり追いかけているようになったら、顧客であるエンタープライズの人たちを取り残していくことになります。なのでバランスは重要だと思います。
トピックを変えて今、盛んに開発が行われているGenerative AIについて伺います。Red Hatとしてのコメントは?
AIはハードウェアの進化、データの集積化などによってとてもエキサイティングな状況になっていますね。個人としてはすでに多くの場面で機械学習や深層学習が利用できるようになっていますが、企業にとってそれがビジネスに影響を与えるようにはまだなっていないのではないかと思います。AIが使うデータについても、何を使えば良いのかなどについてもまだまだこれからという状況だと思います。ただ機械学習を使ったシステム運用、MLOpsについてはかなり進んできていると思います。
Generative AIについては使うに当たって特別な技術を必要としないという点が良いですよね。イマジネーションが喚起されるものだと思います。でもそれをエンタープライズにどう役立てるのかを考える必要があります。
IBMとの研究プロジェクトで英語の質問からAnsibleのプレイブック、つまりシステム構成を生成するというものがあります。単に質問に英文で回答してくれるのではなくYAMLを生成するということができるのです。またコードレビューをAIと一緒に行うということも可能でしょう。ここでも何かを置き換えるのではなくAIがエンジニアの補完的な役割として使われる、つまりバーチャルなメンバーとして働くということになるのを期待しています。
Red Hat Insightというシステムのバージョンアップなどにアドバイスをしてくれるサービスがありますが、それがより知的になる可能性もありますか?
その可能性はありますね。
そのような新機能の発表は5月後半のRed Hat Summitまでお預けということですか?
まぁ期待していてください(笑)。
最後にヨーロッパで最近、大きな話題というか争点になっているEUのCyber Resilience Actについて伺います。これによってオープンソースコミュニティではこれまでライセンスとして「瑕疵があっても保証しない」という責任回避が行われてきたことができなくなります。これについてのコメントは?
CRAについては非常に強い興味を持って見守っていると言えるでしょう。ですが、本質的にはソフトウェアからすべてのバグをなくすというのは不可能です。なのでバクの発見から修正、そしてリリースに至るプロセスをいかに自動化するか? という部分に注力すべきだと思いますね。ヨーロッパの施策はかなり極端な部分があるのは確かですが、だからと言って悪いとは思いません。こういう極端な流れがあることによって、よりバランスの取れた見方というか立ち位置を確認できるという意味では良いことだと思います。
どんなトピックにも真摯に答えてくれるRed HatのCTO、Chris Wright氏だったが、Spotifyが開発したBackstageやTektonの新機能などについても詳しく語り、エグゼクティブとなっても現役のエンジニアであることを垣間見せたインタビューとなった。
ちなみに2017年に行ったインタビューについては以下を参照して欲しい。この時、一緒にインタビューを行ったBrian Gracely氏は現在、Solo.ioのエグゼクティブとなっている。
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