【犬山市長 原欣伸氏×Givin' Back 田中悠介氏 対談】全国の自治体に先駆けて生成AIの活用に着手、本年4月からは文書業務への正式導入がスタート
国宝「犬山城」を筆頭に、博物館明治村や日本モンキーパークなどの観光資源に恵まれ、国際会議観光都市にも指定されている愛知県犬山市。同市では全国の自治体に先駆けてDXを推進し、その一環として生成AIにも着目してきた。2023年5月には、市の業務効率化を目的にした言語生成AIの試験導入を表明。約1年間にわたり取り組みを進めてきた成果を踏まえて、2024年4月からは正式導入が始まったという。同市の生成AIに関する考え方や、試験導入までの経緯と成果、これからの展望について話を聞いた。
田中氏からのプレゼンを機に
市の業務への言語生成AI試験導入を決定
生成AIの研究自体は、以前からビッグテック主導で進められてきたが、現在のブームに火がついたのは、OpenAIが2022年11月にChatGPTを公開したことがきっかけだった。そして犬山市が言語生成AIの試験導入を表明したのは、そのわずか半年後だったという。
とかく新しいものには慎重を期すお役所が、まだ世の中の人々も扱いに迷う中で、いち早く決断を下したのには、どんな背景があったのだろうか。そのきっかけを作ってくれたのが、Givin’ Back株式会社サポートメンバーの田中悠介氏だったと、犬山市 市長の原欣伸氏は振り返る。
「当市としても、行政サービスの向上や業務効率改善の視点から、生成AIの話題には非常に注目しており、とにかくやってみようという意向が、私と現場の管理職でも共有されていました。そこにたまたま田中さんから、2023年4月にChatGPTに関してプレゼンをしたいという申し出をいただき、生成AIの具体的な機能や可能性を知ることができたのです」(原氏)
田中氏は、現在、組織開発や人材開発の研修サービスを提供するGivin' Backという会社のバックオフィスメンバーとして活動しているが、犬山市にプレゼンを提案する少し前までは、自分自身もChatGPTについては詳しく知らなかったと明かす。
「中国の清華大学に留学して、卒業後は統計分析をもとに、いくつかの会社でデータ解析や研究開発、市場戦略や営業戦略などを手がけたり、オープンイノベーションの国際学会で発表したりしていました。とは言っても、生成AIにはほとんど知識がなかったのですが、2023年3月に参加したプレゼンスクールでChatGPTの話を聞いて、その素晴らしい可能性に開眼したのです」(田中氏)
そこで田中氏は、知り合った専門家からも指導を受けながらひたすら学び続け、自ら生成AIのエバンジェリストとなって、ChatGPTの魅力をもっと周囲に伝えたいと考えていた。そこに、たまたまつてをたどって、同年4月には、原市長はじめ犬山市の担当者にプレゼンする機会を得た。これが、冒頭でも触れた5月の言語生成AIの試験導入表明につながったのだという。
もちろん、市役所の業務全体に関わるトライアルだ。市長1人の判断で決まることでもない。ここまでスピーディにことを運べたのは、庁内の業務担当者一人ひとりが、そうした行政ポリシーを共有できていたからだと、原氏は強調する。
「庁内の横の連携は、課長レベルですでにできあがっていましたし、試験導入を決めるに当たっても、私の思いを受けとめて皆が迅速に動いてくれました。こうした組織一丸となって動けたことが、プレゼンからわずか1カ月後の5月30日、全員協議会での方針表明につながったのです」(原氏)
2回の試行期間を通じて
職員の間から「生成AIは使える」との声が
試験導入がスタートしたのは2023年6月、あくまで試行期間として2カ月間の予定だった。生成AIといっても、いきなり画像生成などに使うわけではない。市役所業務ということで、言語生成AIを使った文章の生成が主な用途だ。また利用に当たってはルールを設ける必要性も感じたが、とにかく使ってみないことには見当がつかない。そこでまずは、職員による生成内容のチェックを行いやすい体制をつくる所から始めたと原氏は言う。
「ご存じのように、生成AIはこちらからの指示に対して『本当ではない』ことも含めて出力してきます。そこでいくつかの生成AIを比較検討して、職員が出力結果の出典元などを確認しやすいBing AIの採用を決めました。Bing AIは職場で使っているMicrosoft Officeに含まれているため、手軽に試せるということも決め手の1つでした」(原氏)
最初は各フロアに1台設置されたインターネット専用端末を使ってスタートしたが、なにぶんにも数が少ないため、2カ月の試行期間中の利用者からの意見フィードバックは、庁内の7課合わせて27件という、いささか寂しい数字だったと原氏は明かす。
「これではいけないということで、課長たちと話をしていたところ、恰好のタイミングで、うちで使っている自治体専用ビジネスチャットツール『LoGoチャット*』に、ChatGPTの機能を搭載したチャットツールがリリースされました。試行期間でのアンケート結果では、『1人1台あれば使い勝手が良くなる』という声があったのですが、このツールを使えばそれも実現できるということで、もう1度やってみようと、試験導入の第2弾に踏み切ったのです」(原氏)
*: 株式会社トラストバンクよりLGWAN-ASPで提供されている、自治体専用のクラウド型ビジネスチャットツールこの結果、利用が一気に増え、約1カ月の試行期間中に利用回数はおよそ740回、ドキュメントの使用文字数で約46万字という大幅な使用実績アップを達成した。自分たちで使ってみたことで、そのメリットを体感できたという声も多く、「仕事の効率化が実現して時間を短縮できたという報告と、またこれからも使っていきたいという意見が、それぞれ全体の70%以上ありました」と原氏は手応えを語る。
アンケート結果から見た職場での用途は、やはり文章の要約などが多かったという。目的はアイデア出しや文章作成に際しての「たたき台」づくりなど、基本的に内部事務の効率化に役立っているのではないかと原氏は見ている。
今回の試験導入で一番難しかったのは、生成AIの使い方などテクニカルな部分よりも、むしろ庁内に慎重論が多い中で、いかに安全に使うためのルールを徹底させるかだったと原氏は指摘する。
「そのルールがうまく伝わらずに職員が間違えた使い方をして、職員が悪者になってしまわないよう、常に気をつけていました。その辺の運用のデリケートな部分を現場に説明し調整するのは課長たちでしたから、くれぐれもよろしく頼むと。その意味では彼らマネージャーにも、ずいぶんと気を配って頑張ってもらったと感謝しています」(原氏)
試験導入プロジェクトの原動力は
「素早い判断」と「全員でやっていく」
2回の試行期間を通じて、生成AIのエキスパートとして支援を続けてきた田中氏だが、一連のトライアルを通じて感じていたのが、生成AIの試験導入にしても、具体的な活用内容の検討にしても、市長である原氏の決断の速さが、プロジェクトを支えてきたことだと言う。
「最初のプレゼンの打診からご承諾までも即断でしたが、その後2023年10月頃に『生成AI-EXPO in犬山』というイベントをご提案した時も、即座に『断る理由はないよね』と言ってくださったのです。これは犬山市の住民の皆様を対象に、生成AIの定着を目指した催しですが、時代の流れに合わせて素早い決断をされる姿勢には、大変感銘を受けました」(田中氏)
こうしたスピード感の背景には、DXや生成AIだけではなく、原氏が市長に就任して以来言い続けてきた「(市民がわざわざ)来なくて良い市役所を作ろう」というモットーがあったと、同氏は説明する。
「デジタルを導入するのが目的ではなく、市民の皆さんの利便性を最優先にした行政サービスと、それを促進するための業務の効率化が本来の目的なのです。その実現のためには、DXを包括的に推進していくべきだという思いがありました。その意味で、生成AIにはすぐにも着手する価値があると考えたのです」(原氏)
その目的のためにも、まず最初に市の職員の意識を変えて欲しかったと原氏は明かす。DXにしても生成AIにしても、分かっている人だけ、できる人だけに任せていては、それが行政サービスのスタンダードにはならない。まず年配の部課長クラスの人たちが「さあ、やるぞ!」と立ち上がって、皆で仕事への活用の幅を広げ、その結果としてメリットが市民の皆さんにも理解されなくてはならないと、改めて原氏は力説する。
生成AIの正式導入を契機に
「市民の皆さんと一緒に取り組むDX」を目指す
犬山市では、この2024年4月から、いよいよ生成AIの業務への正式導入が始まったわけだが、今後の活用についてはどのような考えを持っているのだろうか。原氏は、本格的な業務への利用の前提として、明確かつ実効のあるルール整備が進行中だと明かす。
「すでに2023年11月に、愛知県と名古屋市が共同でガイドラインを策定しています。私たちの場合、当面は文章のアイデア出しや要約などを主な用途に考えているので、それらのガイドラインを参考にしながら、犬山市独自のものを作成して、4月1日の運用開始から掲示板にアップロードしてあります」(原氏)
今後は生成AIに限定することなく、「D=デジタル」と「X=改革」をつなぐ人材育成にも注力していきたい。「そこから市職員全体をつなげ、意識を高めていくことができると考えています」と原氏。これに対して田中氏も「それにはやはり外部から、さまざまな知見を持った方々を招いて、力を貸してもらう必要があります。その外部ブレーンの1人として、私もこれまで以上にお役に立てればと願っています」と意気込みを語る。
今回の第一歩は、市役所内などの業務改善だが、市民へ向けた対外的な啓蒙活動や、生成AI浸透のための取り組みも、今から着手しなくてはならない。そのためにも、市民生活に身近な領域から少しずつ生成AIを取り込んでカスタマイズしていく方法が有効ではないかと、原氏は考えている。
「市民の皆さんに、いきなりデジタルや生成AIと言っても難しいと考えがちですが、ご高齢の方々でも、最近はスマホを使いこなしておられます。例えばお子さんやお孫さんの写真を撮って、親戚や知り合いに送ったりしますよね。ご高齢の方々も使っていらっしゃるのですから、『難しくないんだよ』というところからスタートすれば良いと、私は思っているんです」(原氏)
全く難しいことは必要ない。最新のテクノロジー云々よりも、市役所の職員も市民も皆で一緒に考え、何かをやっていくことが大事であり、そこから生成AIもDXも広がっていくというのが、犬山市のデジタル活用における基本ポリシーなのだ。
「本当に市民の皆さんと一緒にやらないと意味がないし、最終目標はそこです。それこそが私たちの考えるDXの推進のあり方だと考えています。生成AIで仕事がなくなるとは思っていません。最後に決めるのは人(職員)ですから」と語る原氏。いよいよ生成AIの正式導入が始まった犬山市の今後の取り組みに、引き続き注目していきたい。
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