座談会「未経験の中途入社社員をITエンジニアに育てるためには何が必要か?」で担当者に訊いてみた
日本でソフトウェアエンジニアが不足しているのはIT業界では周知の事実だ。少子化が進行している状況ではどの業界でも人材不足が叫ばれているが、特にIT業界は習得しなければいけない知識も多く、日々進化していくテクノロジーにキャッチアップしていかなければいけない中で、いかに人材を確保するのか? という難しい状況にある。そんな中、IT業界に他業種から転入してくる未経験者にLinuxを教えてエンジニアに仕立て上げるという戦略を採用している企業が複数存在する。今回はそんな企業のトレーニング担当者を招き、座談会方式で「未経験の中途入社社員をITエンジニアに育てるためには何が必要か?」を語り合った内容を紹介する。
座談会に参加したのは、株式会社エー・アール・シーの村山朋広氏、株式会社オープンアップITエンジニアの木村大輔氏のお二方だ。
簡単に自己紹介をお願いします。
村山:私はエー・アール・シーで社内の教育担当としてトレーニングを実施するのが仕事なんですが、企業だけではなく日本の高校(宮城県立南三陸高等学校)とかモンゴルに作られた日本と同じ高専(モンゴル高専)向けにLinuxのトレーニングの講師をやっています。教育学部卒なので、学校の先生になろうと思っていたんですが、ちょうどWindows 98が出るタイミングでITの仕事をしたいと思っていろいろと探している中で、某PC周辺機器メーカーのコールセンターの仕事に就き、2年ほど修行した後に今の会社に転職して、TurboLinuxのコールセンターの立ち上げなどにも関わったあたりからLinuxを触るようになりました。
木村:私はトレーニングの講師だけではなくトレーニングプログラムの設計から全体の統括も含めてやっています。オープンアップITエンジニアには2017年に入社したんですが、それまではシステムインテグレーターでインフラ周りのエンジニアをやっていました。現在は毎月100名程度入ってくる中途入社のITエンジニア志望の未経験の皆さんのトレーニングを担当しています。私も大学の時は文系でITには関わりがありませんでしたが、その経験を活かして経験のない皆さんの支援をするという形になっていますね。
木村さんの所属するオープンアップITエンジニアがLPI日本支部のアワードを受賞した時に自社の紹介をする中で「うちの会社は未経験の社会人をITエンジニアにすることを最優先にやっています」というのを聞き、これはおもしろそうだということでこの座談会を企画したんですが、そもそもどうしてIT未経験者、言ってみれば素人をエンジニアにしようと思ったんですか?
木村:それまでうちの会社は一般事務やCADの派遣をやっていたんですが、ITの人材不足という背景もあってエンジニアの派遣に絞ろうと当時の社長が言い出したのが始まりでしたね。経験者が欲しいという企業のニーズにも応えたいというのもありました。未経験者ですから当然、トレーニングをしてある程度のエンジニアに育てなければいけないということで転職をしたんですが、もともとWindows Serverのトレーニングの仕事って聞いていたんですが、入ってみたらLinuxのトレーニングの仕事だったって言う(笑)。ちょっと想定外なこともありました。
でも他の人材派遣の会社もIT人材を育てようって言う状況だったんじゃないですか?
木村:そうです。他の人材派遣も同様にITエンジニアを養成しようとしていて競合も多かったんですが、他社との差別化という意味で未経験者をメインにして教育するという方針が決まったということです。我々の方針としては社会人経験がある人を採用するようになっています。これはやはり社会の中で仕事をした経験があるということが大事だと思っているからなんですが、その中でもコミュニケーション能力が高い人をメインに採用しています。これはやはりITと言ってもお客さんや周りの人とのコミュケーション能力がないと仕事が進まないからですね。ひとくちに未経験と言っても前の経験はさまざまです。居酒屋の元店長もいれば美容室の店長さんもいます。最近だと警察官、自衛官なんて人もいますね。
未経験者という意味では高校生にLinuxを教えている村山さんも同じですか?
村山:高校生の場合はちょっと事情が違うと思いますね。高校の授業って基本は受け身、待っていれば先生が来てくれて授業が行われるので意識がある社会人とは大分、気の持ちようが違う気がします。今の南三陸高校の生徒も全員がITの道に進みたいと思っているわけではないので、意識が高い子とそうでない子の差は大きいですね。でも今年はこの授業を目当てに入寮した学生もいますので、少し変わってきていると思います。
未経験者をITのエンジニアに育てる際の難しさはなんですか?
村山:Linuxでもなんでもそうかもしれませんが、これを覚えたら何ができるのか? を伝える必要があるなと。これを覚えておくとこういう時に使えるよということをイメージさせるのが大事だと思いますね。
木村:トレーニングをやっている時に意識しているのは、インプットとアウトプットのバランスですね。あんまり詰め込んでも身に付かないというか。昔読んだ本に「人の集中力は8分が限界」と書いてあったんです。なのでトレーニングの時間も8分経ったら「水を飲める時間」を作っています。実際には水を飲むわけじゃなくて振り返りする時間を設けたほか、隣同士で学んだ内容を説明し合うなど、アウトプットの時間を設けています。要は、飽きさせないことなんじゃないかなと。
毎月100名くらい入社しているということですが、脱落する人はどのくらいいますか?
木村:やはり5%くらいの方はついていけない場合があります。そのような場合はもう少し簡単なレベルから始められるコースも用意してあります。ただ最近はトレーニングを行う我々と採用部門の考えが大分合うようになってきて、脱落する人は減っていると思います。
つまり採用する側が使える人を選ぶことが上手くなったということですか?
木村:そうです。
脱落してしまう人の特徴みたいなものはありますか?
木村:はっきりとこういう仕事をするという意識がない人、つまりITエンジニアの実際の仕事と入る前に考えていた仕事の内容が違って、ギャップがあるような場合は脱落してしまいがちかもしれません。皆さん「手に職を付けたい」とおっしゃるのですが、一度身に付ければ良いと勘違いされる方がいらっしゃいます。でも実際にはITエンジニアって常に学ばないといけない仕事だと思うんですよ。
一回覚えてしまえばそれでずっと仕事がこなせる、食べていけるみたいな妄想ですか?
木村:そうですね。ITは常に勉強し続けないといけないというのがイヤな人はいるとは思います。なのでそういう兆候が出始めたら、できる限り1on1で話を聞くようにしています。やっていて感じるのは、講師の仕事って技術そのものを教えることよりも人のケアをするほうがずっと難しいということなんですよね。
他業種からITエンジニアを目指す人達の男女比はどのくらいですか?
木村:今のところ男性が7割、女性が3割というところでしょうか。大分女性も増えてきているとは思いますが、やはりインフラストラクチャー系は少ないですね。
女性エンジニアってフロントエンドとかWeb開発周りには沢山いるんですが、なぜか、インフラとかサーバー管理周りには本当に少ないんですよね。サーバー管理周りに女性が少ないひとつの理由としてデータセンターのサーバールームが寒いから、それがイヤだという女性には出会ったことがあります。ですがエンジニアが物理サーバーを触る経験も減ってますよね。
村山:実際に物理のサーバーで研修をやりたくても時間的な制約でできないこともあるんですよね。サーバーを操作するコマンドを入力するのに時間がかかってしまうとか。なのでどうしても座学で知識として知っておくという程度に留まってしまうことが多いと思います。
ITって昔よりも随分と面倒くさい仕事になったなぁと感じるのは、インフラでもアプリケーション開発でもセキュリティを常に意識しないといけなくなったことなんですが、それについてはどうやって教えているんですか?
木村:研修の中では最初からセキュリティを盛り込むということはしてないんですが、別途、セキュリティについては実際に何が起こるのか? をベースに教えるようにはしています。例えばSQLインジェクションは実際にやってみると「こういうことか!」っていうのが理解できますし、ディレクトリートラバーサルも実際にやってみると理解が深まると思います。
私が南三陸高校(当時の名称は志津川高校)に行って生徒さんや先生とお話した時は、最近のコンピュータっていうのはそう簡単には壊れないので好きに触って色んなことを試してみたら? ということを伝えた気がします。なんでも自分でやって失敗してみるというのは大事だと思いますが、その失敗させるという点については?
木村:先ほどの「人の集中力は8分」の本で私が今でも記憶に残っている一文がありまして、それは「研修生ができることは講師はやらない」という文なんですね。講師って自分で全部やって見せようとしがちなんですが、それはしないでトレーニングを受ける人が自分でやって失敗して覚えるということが重要なんだということを示していると思うんですが、やっぱり自分で失敗して覚えることで身に付くということだと思います。
村山:私の経験では研修生にスクリプトを書かせて実行してみたらエラーメッセージも出ないかわりにプロンプトが返ってこないんでおかしいということでよく見てみたら途中で無限ループに入っていてCPUがずっと使用率100%に張り付いてるなんてこともありましたね。オンプレミスのシステムだったから良かったんですが、それをパブリッククラウドでやったらと思うとちょっとドキッとしますよね(笑)。
今後、ITエンジニアを養成する、育てるという仕事はどうなっていくと思いますか?
村山:私が始めた頃は書籍とネットとLinuxに詳しい人はこの人、みたいに得られる情報が限られた状況から始まったことと比べたら、今の人達はかなり恵まれていると思います。知らないことはとりあえず検索すれば正解かどうかはさておき、なんらかの結果は返ってきますから。でも必要なのは調べ方を自分で覚えることだと思うので、敢えて失敗させるというか谷に突き落として自分で這い上がってこいみたいなことをすることもありますね。達成感を感じてもらうためにも途中途中でできた感を演出しながらも最後はちょっと厳しくしていくみたいな加減は難しいですよね。
木村:当然ながら、現場の方が研修よりも厳しいです。ですので、私も状況に応じて厳しく指摘することがあります。優しくするのはとても簡単ですが、現場に出たときのギャップが大きくなり、本人が苦しくなってしまいます。そうなってほしくありませんので、現実を正直に伝えています。ギャップがわかれば受講者はそれを埋めようと努力しますし、対処することができます。エンジニア不足の状況ですから、より多くのエンジニアを育成できる体制を整えていく必要があると思います。そのためには教育システムのDX化が進んでいくと思います。また、新しい技術が次々と登場する中で、研修カリキュラムの開発やアップデートを継続していける体制作りも必要になってくると思います。
筆者はITのインフラストラクチャー周りに女性エンジニアが少ないという問題意識から、複数のインタビューを実施して記事を公開している。しかしまったく未経験の他業種からの人材をいかにITエンジニア、それもLinuxを使えるエンジニアに仕立て上げるのか? という視点は新鮮だった。
●参考:女性エンジニアの記事一覧
しかしスマートフォンを始めとしてインターネットがごく普通のツールとして使えるようになった現代において、バックエンドを支えるサーバーやOSについては直接触れる機会がほぼ皆無であることからも、未経験者にとってインフラストラクチャーは文字通り、「遠い雲の彼方にある何か」という感覚だろう。それを変革したいとして頑張っている教育担当の方々に集まってもらった座談会では生成型AIをどう使うか? などについても盛り上がった内容となった。
また文中で出てくる南三陸高校については以下の記事を参照して欲しい。
●参考:第1回:南三陸の高校生がLinux Essentialsに挑戦。その進捗をインタビュー
第2回:南三陸の商業高校がLinuxの認定試験に挑む。志津川高校が始めたチャレンジを定点観測
今後は、未経験者をITエンジニアに養成する苦労話についても定点観測を続けたいと思う。次回は教える側ではなく教わる側、未経験者から実際にITエンジニアになったという経験を持つエンジニアにインタビューを行ってみたい。
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