センサーが人生を変える
知の羅針盤の意味と考え方(牛を尋ねる〜牛を見つける)
最後に、十牛図のシンボルに沿って8個の変動コードの意味を説明し、そこに孔子の思想をあわせて簡単に紹介する(図3)。
1つ目の変動コード「011」は「牛を尋ねる」だ。人の成長の始まりで、牛を尋ねて住み慣れた家を出るところを指す。緊張も集中も減るような状況を心理学的には「充電」と呼ぶ。さらに、安静が減る、つまり動作が増えるというのは、充電の中から新たな活動が始まることである。
「知の羅針盤」では最初に行動を起こす。家を出るとは、これまで培ってきたものから出ることだ。尋ね探す「牛」は、まだ見えないが、何かありそうだ、という勘で動き、焦らず進む。時に、行き過ぎることもあってもよい。孔子はこの時の心得を2500年前に説いた。
君子、もって独立して懼(おそ)れず。
優れた知識労働者は、一人わが道を行くことになろうとも恐れない。
2つ目の変動コード「101」は「牛の足跡に出会う」だ。緊張が増して、集中が減る状態を心理学では「心配」と呼ぶ。さらに、そこで安静が増えるのは、心配の中で活発な動作がない、あるいは起こせない状態であることを示す。まだ手がかりが見つからず、仕事がどんどん進む状態ではないが、その中で「足跡に出会う」。
足跡とは、求めるものの手がかりとなる「言葉」「つながり」である。家を出て不安の中で、何かに出会う。ポジティブ心理学では、幸せは意識的に行動を起こすことの中にあるという。時に不安を覚えたとしても、大事なのは、当初の志と内なる炎を持ち続け、油断や慢心に打ち勝ち、気心の知れた仲間を超えて新たなつながりを作ることだ。この心得を2500年前に孔子は説く。
大人、もって明を継ぎ、四方を照らす。
優れた知識労働者は、内なる輝きが周りを照らし、その輝きがさらにその周りを照らす。
3つ目の変動コード「111」は「牛を見つける」だ。緊張が増して、集中が減る状態を心理学では「心配」と呼ぶ。その上で、安静が減って、動作が増えている。
本物に迫り、その実態を自分の目で見ることが必要だ。実物に接して、ものを見る自分の限界を超えると、見えないもの、見えていなかったものが見えてくる。まだ心配はあるが、一方で動きが出てきたことで、時に気持ちがゆるむ。そこで勝つべきは、自分自身だ。孔子の心得を学ぼう。
君子、もって自彊(じきょう)やまず。
優れた知識労働者は、自らの行動や思考を省みて、一刻も休むことなく成長の努力を続ける。
知の羅針盤の意味と考え方(牛をつかまえる~揺るがないものになる)
4つ目の変動コード「110」は「牛をつかまえる」で、探していたものを見つける。緊張感が増して、集中も増える。それが心理学が解明した最適経験「フロー」の状態で、安静が減り動作が増える。
つかまえるには技術や力が必要だ。その力を得るためには、自分の強みを徹底的に伸ばすことだ。現状の力が100の時、90の仕事をやっても、力は伸びない。120の目標に挑んで初めて成長という報酬が得られる。楽ではないが、その挑戦に夢中になれるのが、本当の幸せだ。
積極的な姿勢の前で、あらゆる仕事や環境変化は、機会に変わる。この時の心得を孔子は説く。
君子、もって同じくして異なり。
優れた知識労働者は、自分や自組織の独自の特長を最大限に生かしつつ共通の大きな目的を追求する。
5つ目の変動コード「100」は「牛を飼いならす」では、緊張が増して、集中も増す。これも「フロー」であり、その中で安静にすることが増えている。動作の活発さは少なくなるが、牛の多様な面に気づき、その変動や反応やゆらぎを知り、より深い知の理解に至る。
現物にさわり、現物に根ざした行動をし、阻むものがあれば、それを超えることに集中する。制約を機会に変え、行為に夢中になって取り組むことが必要な時だ。
この時の心得をやはり孔子が説いている。
君子、もって経綸(けいりん)す。
優れた知識労働者は、物事の縦糸と横糸を1つずつ織り上げて前に進む。
6つ目の変動コード「010」は「牛の背中に乗る」。緊張感が下がり、集中が増えている状態を心理学的には「安心」(あるいは「余裕」)と呼ぶ。その中でも、動きの増えている状況は、牛を使ってより大きなことに挑戦できるようになる。
新しいことが見えるようになるが、見えた瞬間は、矛盾やかみ合わないところが目立つ。それが実は最高の成長の機会である。機会を前向きにとらえるには「覚悟」が必要で、状況を受け止め、新しく獲得した知を活用して取り組む。この覚悟ある行動の特徴を孔子が説く。
君子、もって徳行を常にし、教事(きょうじ)を習わす。
優れた知識労働者は、一貫性のある言葉を発し行動をとり、これにより、自己の徳を磨き、周りをも繰り返し言葉と行動で導いていく。
7つ目の変動コード「000」が「牛とひとつになる」だ。緊張感が減り、一方で集中は増えているので、これを心理学的には「安心」と呼ぶ。そこでさらに動作は少なくなっている。これは、牛を自らに取り込む機会だ。
獲得した牛と自分との境界がなくなり、1つになって初めて、本当の現場で使えるものになる。牛の本質を問い直し、自分の中にしみこませるとは、手段と目的、原因と結果の関係を柔軟に見直しつつ、目的を作ることだ。ドラッカーは、知識労働とは、目的を作ることとしたが、孔子は別の表現をする。
君子、もって厚徳をもって物を載せる。
優れた知識労働者は、愚直に自分の信じるところを一貫させ、その内なる揺るがぬものに、周りを重ねていく。
そして8つ目の変動コード「001」が「揺るがないものになる」。牛と1つになった自分が、世界と1つになる。緊張が下がり、同時に集中して取り組むことも少ないのは「充電」と呼ぶ。さらに、動作も少なくなっている。このような状況は、既に獲得した牛を「揺るがないものにする」最高の機会である。
この時、無理して積極的に仕掛ける必要はない。例えば、旅先では、思うようにならないことが多い。それも機会になる。積極的に止まることで、さらに一段上の気づきが得られる。この時の心得を孔子は説く。
君子、もって虚しくして、人を受け止める。
優れた知識労働者は、自らをむなしくして、周りの人や起きていることをそのままの形で受け止める。
以上を踏まえ、毎朝自分の状態の把握を行えば、成長力と知識創造力が飛躍的に向上する。読者の皆さんが楽しんで知識創造に、そして人生に活用されることを期待する。
[参考文献]
M. Csikszentmihalyi『フロー体験』世界思想社(発行年:1990)
M. Csikszentmihalyi『フロー体験とグッドビジネス』世界思想社(発行年:2003)
横山紘一 『十牛図入門』幻冬舎(発行年:2008)
本田 済『易』朝日出版社(発行年:1997)