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| プロジェクト体制 | ||||||||||||||||||||||
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プロジェクト体制は図3のとおりです。元請け会社は実質的な作業をおこなわず、開発はA社と筆者の会社の2社でおこないました。A社は大阪の会社で、開発メンバーも大阪から来ていました。そのためA社のメンバーはカットオーバー後には大阪に戻り、その後のサポートは筆者の会社でおこなうことになりました。 |
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![]() 図3:プロジェクト体制 |
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| プロジェクトの問題点 | ||||||||||||||||||||||
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プロジェクトでは様々なトラブルが起こりましたが、その中でも主なものは表2にあげるものです。
表2:プロジェクトの問題点 |
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| キックオフミーティング | ||||||||||||||||||||||
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あるシステム開発会社からBtoCシステムの開発を受注したことからはじまります。その頃、筆者の会社は設立したばかりで規模が小さかったため、そのシステム開発会社はリスクを抑えるために別の1社にも発注し、2社での共同開発という形式にしました。 別の1社はA社といって大阪に本社がある会社でした。キックオフミーティングで3社が初めて一堂に会することになりました。A社のメンバーは松井氏(仮名)・坂井氏(仮名)の2人です。松井氏は30代の男性でシステム開発歴の長い方でした。もう1人の坂井氏は20代の男性でシステム開発の経験があり、Javaの開発経験が1年程度あるとのことでした。話し合った結果、松井氏が開発リーダーをつとめることになりました。 筆者から見ると松井氏はコテコテの関西人といったイメージで、今まで大阪の人と接する機会がなかったので最初は少し圧倒されてしまいました。松井氏が坂井氏に「何でやねん」といっている場面を目にした時には「これがツッコミか!」とツッコミを生で見られた喜びを感じていました。 また、松井氏は経験が豊富で頼りになりそうな人であり、坂井氏はまだ若いもののある程度の経験があるとのことだったので、このメンバーでやっていけそうだし、楽しそうだと安心していました。 |
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| 嘘をついてはいけません | ||||||||||||||||||||||
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プロジェクトが開始して3日目のことでした。私の前に座っていた松井氏と坂井氏との間で次のような会話をしているのを耳にしました。 坂井氏「すんません。アイエフってなんでしょうか?」 松井氏「そんなもんも知らんのか。インターフェースやろ。恥ずかしいやっちゃなあ」 システム開発の経験があるのにIF(Interface)を知らないのか、と少し不思議に思いましたが、たまたま知らなかっただけなのだろうと深く考えませんでした。 しかし、その後も坂井氏の怪しい言動が目に付きました。そしてある日、ふとしたことから坂井氏はシステム開発の経験がなく、Javaの研修を受けたのみだったというということがわかりました。 その事実に驚き、キックオフ時に感じていた安心感は崩れ去りました。しかしメンバーを交代することもできなかったため、開発フェーズでは筆者が坂井氏をサポートしながら開発を進めていくことになりました。 |
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| 現実と見栄 | ||||||||||||||||||||||
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要件定義は予定より少し遅れはしたものの、ユーザからの承認を得ることができました。しかし契約時の見積に比べて要件が膨らんでおり、工数の不足が心配されました。設計は要件定義と平行して進めていましたが、これも遅れていたために開発の開始日は予定より1週間遅れとなりました。 筆者の開発担当は、基盤となる部分や共通部品のほかに発注・決済といった重い機能でした。基盤や共通部品の開発は設計フェーズの中盤から開始しました。これらの開発が遅れると、他の開発者の開発作業にも影響がでます。そのため筆者は余裕がある他の開発者達が帰るのを尻目に、終電まで残業する日々が2週間ほど続きました。 なんとか予定通りに開発を完了させると、次は発注・決済などの個別の機能の開発に取りかかります。これには坂井氏のサポートという仕事も加わりました。実際に開発をはじめてみるとやはり工数が足りません。毎日終電まで作業をしていますが、全く余裕がありません。というより、このままでは遅れる可能性が非常に高いです。しかし納期は絶対であり、遅れることはできないという思いから、リーダーの松井氏に「進捗はどう?」と聞かれると「問題ありません」と答えていました。 最終的には休日も開発をおこなうことで間に合わせることができました。しかしこの時のような筆者の態度は、プロジェクト管理の観点からみると良いものではありません。今回は間に合ったので結果的には良かったのですが、問題ないと思っていたのにいざ納期がきたらできていないということになっては遅延に対応することができません。 |
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