今回ご紹介するのは、アニメ・エンターテインメント領域に特化し、生成AI時代の制作基盤づくりに挑む 「AiHUB(エーアイハブ)株式会社」 です。
同社が開発したバーチャルヒューマン「Sali」は、2024年10月の「SoftBank World 2024」でナビゲーターに採用され、来場者との自然な受け答えが話題となりました。
AiHUBの「すごさ」3つのポイント
- 高度なAI統合技術で「Sali」を実現
大規模言語モデル、音声合成、3DCG制御など複数のAIを統合する「オーケストレーション技術」で、自然に対話するバーチャルヒューマンを開発 - IP×プラットフォーム×AI基盤を統合したフルスタック型ビジネスモデル
自社でIPを創出する「Ameno Works」、クリエイターを支援する「Creators' Wonderland」、そして両方を支える「AI Anime OS」。3つを一体化することで、制作・育成・技術開発が循環する仕組みを構築 - コミュニティ起点の開発思想と熱量
強い関心を持つ人材がコミュニティに集まり、スピード感ある開発と試行錯誤を可能に
今回はAiHUBのすごさを伝えるべく、代表取締役CTO 新井モノ氏にお話を伺いました。
なぜAiHUBは生まれたのか
AiHUBの前身は、オープンソースを使った画像生成AIの開発を行う、非営利のコミュニティでした。そこから今日の姿に至るまでには、現代のWebサービスをめぐる課題感があります。
新井氏によれば、現在のWebサービスは、その一端を無償のオープンソース(誰でも使える設計図が公開されたプログラム)開発者に支えられています。新井氏の言葉を借りれば「みんなが遊ぶための公園を、お金をもらわずに一生懸命作っている人たち」がいる状態です。
しかし生成AIの時代に入り、GPU(高性能な計算装置)のコストが避けられなくなりました。「好きだから」という理由だけでは続けられない—こうした開発者が活動をやめれば、AIやインターネットの基盤そのものが揺らいでしまうのではないか。
AiHUBは、オープンソース開発者にGPUを供給する協同組合のような存在としてスタートしました。このオープンソースを支える思想は今もAiHUBの中核にあります。
開発の過程で得られた知見やツールを、可能な限りコミュニティへ還元すること。そしてその基盤の上で、 IP(知的財産)やプロダクトを発展させていくこと。この循環を大切にしています。
一方、アニメ業界もまた、課題を抱えています。1作品の完成に約4年を要し、人材不足や低賃金といった構造的な問題が指摘されています。その市場規模は拡大し続ける一方で、現場の体制は追いついていない状況です。
IP × プラットフォーム × AI基盤を統合した、
アニメ×AIのフルスタック事業モデル
こうした2つの課題—オープンソースAI開発の持続性と、アニメ制作現場の効率化—に対し、AiHUBは以下の三つの柱を統合したビジネスモデルで解決を図ろうとしています。
1つ目が「自社でコンテンツを作る」ことです。
長編アニメから、AIタレント、音楽まで、自らIPを生み出すスタジオを運営しています。自分たちで実際にコンテンツを制作することで、AIツールの使い勝手や課題を現場レベルで把握できます。
2つ目が「クリエイターのための場を作る」ことです。
世界中のクリエイターを発掘し、創作ツールを提供し、学びの機会を提供する。クリエイターが集まり、育ち、活躍できるプラットフォームを展開しています。多様な創作活動やフィードバックが、技術をさらに磨き上げるヒントになります。
3つ目が「それらを支えるAI技術基盤」です。
最新のAIモデルやツールを組み合わせて使える共通の基盤「AI Anime OS」を開発しています。自社のコンテンツ制作でも、クリエイター向けのプラットフォームでも、この同じ技術基盤を活用することで、知見が蓄積され、改善が加速していきます。
このように、AiHUBは「作る」「場を提供する」「技術基盤を共有する」という3つを同時に進めることで、IP × プラットフォーム × AI基盤を統合した、アニメ×AIのフルスタック事業モデルを構築しています。この3つが循環することで、オープンソース開発者への還元とアニメ制作の効率化という、一見別々に見える2つの課題を、同時に解決しようとしているのです。
「Ameno Works」と「Creators' Wonderland」
作る場と、クリエイターを育てる場
では、AiHUBは実際にどのようにコンテンツ制作とクリエイター支援を行っているのでしょうか。
自社でコンテンツを作る「Ameno Works」
その中核を担うのが「Ameno Works」というコンテンツスタジオです。3つの柱のうち「自社でコンテンツを作る」を実践する場として、AIを活用した新しいアニメ制作に挑戦しています。
Ameno Worksは、AIタレントに特化したプロダクション「ぴにょきお(Pinyokio)」とも連携し、AIタレントの開発にも取り組んでいます。さらに、アニメ制作のプロデューサーやスタジオと協働しながら、AIならではのアニメの作り方を試行錯誤しています。
クリエイターを支援する「Creators' Wonderland」
もう一つの柱が、クリエイター支援のプラットフォーム「Creators' Wonderland」です。ライセンスIP、AI技術、そして世界中のクリエイターを、アワード・ツール・学習の場を通じて結びつける仕組みです。
公式ライセンスIPを使った世界規模のアワードを通じて、海外のAI企業とも連携しながら世界中のAIアニメクリエイターを発掘します。同時に、AIアニメ制作と学習のためのプラットフォームも展開する。画像・動画生成やモデルのトレーニング、そしてAiHUBが蓄積してきたアニメ制作のノウハウを提供することで、クリエイターがAIアニメ制作を学び、実践できる環境を整えています。
両輪が回ることで生まれる循環
このように、Ameno Worksが自社制作を通じて知見を蓄積し、Creators' Wonderlandがコミュニティとの協働を通じてフィードバックを集める。この両方から得られた知見が、AI Anime OSの改善に直結し、さらに良い創作環境を生み出す好循環を実現しているのです。
Pinyokioの詳細な取り組みについては、次回の記事でご紹介します。
AIアニメ制作を「ツール」ではなく
「OS」として再定義する「AI Anime OS」
では、Ameno WorksとCreators' Wonderlandの両方を支える「AI Anime OS」とは、具体的にどのような仕組みなのでしょうか。
AiHUBの取り組みの中核が、「AI Anime OS」というアニメ制作のためのオペレーティングシステム(OS)です。これは、AIモデル、エージェント、ワークフローを制作から収益化まで横断的につなぐ役割を果たしています。
多層構造で支える包括的な基盤
AI Anime OSは、いくつかの層で構成されています。最下層には、オープンソースモデル(oboro:やWanなど)と商用クラウドAPI(Google AI、OpenAI、BytePlusなど)が配置されています。まるでセレクトショップのように、目的に合わせて最適なAIを選択できる設計です。
その上に、ワークフローエンジンと各種エージェントが配置されています。ツール生成、トレーニング、推論、データ管理といった各工程を担うエージェントが、制作プロセス全体を自動化・効率化します。
さらに上の層では、認証・権限管理・課金システムや、権利追跡の仕組みが整備されています。クリエイターの権利を守りながら、適切な収益分配を可能にする基盤です。
そして最上層で、Ameno WorksやPinyokioといったスタジオ、Creators' WonderlandのAwards・Studio・Academyといったプラットフォーム機能が動作します。
アニメ文化の「知識体」を組み込む
特徴的なのは、「AniBOK(Anime Creation Body of Knowledge)」という、日本のアニメがどのような思想や歴史のもとで作られてきたかといった知識体を組み込んでいる点です。この知識体を参照することで、単にプロンプトを打つだけでなく、日本のアニメ文化に沿った生成が可能になります。
さらに、開発者向けにはIDE、SDK、ライブラリも提供され、外部のクリエイターや企業がこの基盤を活用して独自のツールやサービスを構築することもできます。
「生成AIのシェアオフィス化」という発想
これまで、アニメ制作のノウハウは各社が個別に蓄積してきました。しかし新井氏は、その中に共通化できる部分があると考えています。
シェアオフィスのように、共有できる部分は共有しつつ、作品やIPごとに専有すべき部分を分ける。AI Anime OSが描くのは、そんな「生成AIのシェアオフィス化」に近い姿です。
共通のインフラを整えることで、個々のクリエイターやスタジオは、自分たちの作品づくりにより集中できるようになる。それがAI Anime OSの目指す未来なのです。
AiHUBを支える、コミュニティという力
こうした包括的な取り組みを支えているのが、生成AIやアニメに強い関心を持つ人たちのコミュニティです。AiHUBの前身がオープンソース開発のコミュニティであることもあり、そこに集まるのは「この分野が好き」「前に進めたい」という動機を持った人たちです。生成AIやアニメに強い関心を持つ人材が、自然と集まる環境が形成されています。
新井氏によれば、最新の画像生成AI技術は1、2か月単位で進化しており、企業の計画的な開発だけでは追いつかないスピード感があります。一方、AiHUBのコミュニティには様々なAIツールを試している人たちが集まっており、それぞれが「好き」の熱量で試行した情報が自然に共有される。この環境が、AiHUBの開発スピードや技術的な厚みにつながっています。
ただし、AiHUB自身も、まだ完成された存在ではありません。Ameno Works、Creators' Wonderland、AI Anime OSという3つの取り組みも、試行錯誤の途中にあります。
だからこそ新井氏は読者に向けて、こう呼びかけています。「進化の続くAIの世界は『大変だけれど、とてもワクワクして楽しい世界』。時間とやる気、アニメや映画、新しいことが好きだという気持ちがある方がいらっしゃれば、ぜひ『日本のコンテンツを世界に広げる、クリエイターのためのエコシステム』を一緒に作っていきたい」
まとめ
今回の取材で最も印象に残ったのは、新井氏が語った「生成AIのシェアオフィス化」という言葉です。共通のインフラを整え、クリエイターが作品づくりに集中できる環境を目指すこの取り組みが広がれば、アニメ業界が抱える人材不足や数年に及ぶ制作期間といった課題にも、新たな解決の道が開けるかもしれないと感じました。オープンソースの思想を軸にしたAiHUBの挑戦に、今後も目が離せません。
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