CRMの戦略性と定義をめぐる問題

2006年3月16日(木)
匠 英一

CRMの効果とは何か

筆者は1999年以来、日本で最初に定期的なCRMの専門講座を企業研修や大学ではじめた。

大手ベンダーやSIerのCRMを担う人たちだけでもすでに受講者はのべ5千人を越えるが、この区分を明確に意識している方はほとんどいなかった。 まず、CRMの専門コンサルティング担当者でさえ、CRMと顧客満足経営(CS運動)との違いや、マネジメントとマーケティングの根本的な違いを理解して いないことが多かった。

このとき最初に使った教科書が筆者訳の「CRM入門」(東洋経済)だが、この本の原著タイトルは「Customer Relationship Management Systems」である。

原著者のG・S・ピーターセンが執筆したのは1998年であり、SFAとCRMが混同されて使用している部分も多く、訳するのに苦労したが、その内 容の大半はROI(投資利益率)とバリューチェーン説などの経営戦略論がほとんどだった。しかも、バランススコアカード(BSC)の手法も取り入れられて おり、戦略の作り方を重視していた。

今でこそ、CRM戦略策定でBSCが有効だと知られて活用されるようになったが、その頃にはまったく別物でしかなかったものだ。

ピーターセンの意図は「営業支援システムをめぐる主な論争はアプリケーションの有効性をいかに証明するかである」という序文の言葉に集約されてい る。つまり、CRMの効果ということを明確にする必要があったのだ。ところが、日本で出版されてきたCRM関連の本はコールセンターや営業・販促マーケ ティング関連の手法に関するものだった。

CRMにとって根本的な「戦略」と「効果」といった問題を取り上げたものは、一部のコンサルファーム系の出版物しかなかったといえるだろう。

経営戦略としてのマネジメント

再度、まとめとして強調したいのは、CRMはマネジメントがまずありきという点だ。

本来のマネジメントとは「経営戦略」であり、中長期的な視点を定めて「目標を管理」することだ。また、マーケティングとは経営戦略に基づいて、市場と顧客・商品の分析を通じて最適な売り方と仕組みを設計することだ。

そして、ITシステム化はそれらの2つのことを柱にした「仕組み自体」のことである。日産のカルロスゴーンが「日本にないのは唯一、マネジメント だ」と語ったことで知られるが、表3の「1 → 2 → 3」の三段跳びモデルが描かれてはじめてCRMはビジネス現場でいきてくる。しかし現実には「2 → 3」または「3 → 2」がほとんどである。

  1. マネジメントとしてのCRM
  2. マーケティングとしてのCRM
  3. ITシステムとしてのCRM
表3:CRMの3つの視点(再掲)


しかも、日本の企業ではマーケティングが営業の付け足し程度にしか扱われないことが多いため、実際問題としては1と2は飛ばして3のみのCRM導入 企業が多かった。そのため、CRMシステム導入後の効果といっても、ほとんど既製服のような指標を使い、自社の戦略的な課題に応える内容ではなく、一般的 な満足度と売上げ指標で評価してしまう結果となる。

よく調べると、CRM導入後には売り上げが下がってはいても、利益率や特定分野の優良客での顧客ロイヤルティがあがり、長期的には企業価値をあげた企業もあるのだが、それは当の企業には気づきにくいということだ。

失敗というのはその既製服に合っていなかったということであり、IT部門を中心にしたCRMのITシステム化の失敗要因とは、まさにこの点につきるといえるだろう。

次回は

次回はCRMの新しい戦略性の視点と、今後の可能性について解説していく。

デジタルハリウッド大学 デジタルコミュニケーション学部 教授

90年に(株)認知科学研究所代表取締役に就任し、以後大手PCベンダーのコンサルティングや国家認定のIT 資格試験の受託開発、サテライトオフィス企画などに従事。95年に(株)ヒューコム入社後、インターネット事業を推進。公的な役職として、ネットワーク協 議会Eビジネス委員会座長、日本インターネット協会幹事等歴任。2003年に早稲田大学客員研究員に就任。2005年にデジタルハリウッド大学 教授に就任。現在CRM協議会の運営や大手ベンダーなどのCRMコンサルティング・研修業務をヒューコム社の主席コンサルタントとして従事。

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