新人は雑用も一生懸命にやろう
はじめに
ゴールデンウィークも終わり、5月に入りました。4月の初めには緊張していた“新人さん”も、もうそろそろ緩んできたのではないでしょうか。
この時期のIT企業では、まだまだ研修中のところが多いそうですが、今後各部署に配属されて仕事を始めると、いろんなことを考えるようになると思います。
「なんで俺が、こんなことをしなきゃいけないんだろう?」
「私は、こんなことをするためにこの会社に入ったわけじゃない!」
時には、そんな風に思い悩んだりするかもしれません。でも、新人のうちは、そんな雑用を「どのようにこなすか」が非常に重要なのです。
あるプロデューサーが新人だった頃の話
バブル全盛期のテレビ局での話です。
テレビ局、しかも東京のキー局といえば、当時も今と変わらず大人気の就職先です。多くの学生がエントリーしますが、採用されるのは極わずか。かなりの難関です。
国民的人気番組のAD(アシスタントディレクター)になったAさんも、そんな難関をクリアして採用されたひとりです。しかも番組を制作するのが夢だったAさんは、就職して最初の所属先が自分の希望する部署だったので最高に嬉しかったと思います。
そんなAさんが入社してすぐの頃、その番組の企画会議をしていたある日のことです。ディレクターが「A!また同じ弁当じゃないか!」と声を荒げて叱ったのです。
その国民的人気番組はお昼の生放送だったので、翌週の構成を考える企画会議は放送が終わったその日の夕方から夜にかけて行います。会議は長時間に及ぶため途中でお弁当が出るのですが、そのお弁当を手配するのが新人の役割で、その日もAさんが担当でした。それがいつも同じ弁当だったので、ディレクターが叱ったわけです。
「これは空気が悪くなりそうだなあ」と察した私は、すかさず「毎週食べても美味しい弁当ですよ」とお弁当をヨイショして、何とかその場を和やかな雰囲気に戻すことができたのですが、叱られたAさんはきっと「なんで弁当を買うのが仕事なのかな」と思っているだろうなと、少し心配になりました。不満に思っていなければ良いなと。
叱られたAさんが出した答え
そして翌週の会議の日がやってきました。前の週のことがあったので「どうするのかな」と気にしていたら、その日は前の週と全然違うお弁当が出てきました。それももちろん美味しいお弁当です。そして、それはその週だけの出来事ではありませんでした。翌々週の、そのまた次の会議でも毎回違う美味しいお弁当が出てきたのです。
しかも驚いたのは、ディレクターが「そろそろお弁当にしましょうか」と言うと、Aさんの目が輝いていたこと。お弁当の種類が毎回違っているだけではなく、彼はそれを楽しんでいるように見えました。生き生きした表情でお弁当をテーブルに用意していたのです。そういう姿を見ていたので、ディレクターも「旨いね!」と褒め、私も「これは旨いよ!」と大絶賛です。すると、Aさんも得意げに「このお弁当はですね……」と、買い求めたお店の話から弁当の説明までしてくれたのです。
こういう雑談が人間関係の潤滑油になるんですね。
きっと彼は、「今は弁当を買うのも仕事なんだ。美味しい弁当を喜んで食べてもらって、会議が盛り上がって良いアイデアが出ますように!」と前向きに考えたのでしょうね。昔は今のように簡単においしいお弁当を探すことはできなかったですから。まだインターネットなんてない時代です。自分の足で探さないといけません。毎週お弁当を探して歩いたのでしょうね。
その後AさんはADからディレクターになり、プロデューサーへと出世しました。大ヒットしたバラエティ番組「めちゃ×2イケてるッ!」もAさんの制作した番組です。
雑用でも一生懸命にやる
新人の頃は、例えば「なんで私がお茶くみなんてしなければならないんだろう」と思うこともあるかもしれませんよね。私もお茶くみをしていましたよ。有名タレントのHさんの家に住み込んで放送作家を目指していた時、Hさんは日本茶が大好きだったので、いつもテーブルにはお茶を用意していました。「あと一口で飲み干しそうだな」と思うと、私は次のお茶の準備に取り掛かります。お茶を入れていた時は、「いつ放送作家になれるのかな」と思ったこともありましたが、それでも前向きに考えていました。美味しく飲んで頂きたいですから、お湯の温度から注ぎ方まで自己流で研究したりして。何事も与えられたこと、今やらなければいけないことを一生懸命やれば、きっといつか役立つのだと思います。
そうそう、お茶の美味しい温度ですが、私は88度だと思いました。なぜかって、「茶」という字は、草冠に「八十八」って書くじゃないですか。
【解説】ビジネススキルとしての“雑談力”(三好)
今回は、新人が多いこの時期にちょうど良い話ですよね。
雑談と雑用には“言葉”と“行動”の違いがありますが、それを上手にできる人には高度な能力が備わっているという点は共通です。しかも、それを楽しめるというのは本当に大きな武器ですよね。楽しいことをしている人には勝てません。その人にとって、周囲の目に映る“努力”は、ただ楽しいことをやっているに過ぎないわけですからね。本人も、なかなか(その努力を)止めないでしょうしね(笑)。
叱られた後の雑談の重要性
では、Aさんはなぜ「お弁当係」を楽しめたのでしょうか。グルメだから? 弁当に精通している? どちらも違いますよね。大倉さんの話だと「喜んでもらいたい」という想いからの行動で、きっとみんながおいしそうに食べる姿や一口食べた瞬間に目を丸くして驚く表情、その後の笑顔なんかを想像したりしていたのでしょう。そして、お弁当屋さんを探して回っている時にも、心の中で会話(雑談)を交わしていたはずです。プロデューサーが一口食べた後に目を真ん丸にして、「おいA! これはどこの弁当だ?」と聞かれる情景を。
だから、さらにいろいろと調べ上げて答えを用意していたのだと思います。結果、雑談が始まり場の雰囲気も良くなって、叱られる前の環境に戻ったのでしょう。
このように、雑談の上手な人は、たとえ相手が目の前に居なくても、心の中でいつも会話をしています。しかもその動機が「相手に喜んでもらいたい」という好意的な感情なので、「どうすれば驚くかな?」「どうすれば喜んでくれるのかな?」と、あれこれ真剣に考えます。これを妄想や瞑想と言うのか分かりませんが、少なくともイメージトレーニングで来るべき雑談の準備が出来上がっていくというわけです。
雑談上手な人は共通して1人でいる時や相手がその場に居ない時にも、「これは今度、あの人に話してみよう」と思い出したように心の中で雑談を始めます。そしてそういうことが相手に伝わるから、相手も喜ぶのだと思います。やっぱり嬉しいですよね、「自分と一緒にいない時でも自分のことを考えてくれている」ってわかると。気にかけてくれていると。
そういう意味では、愛の告白や営業トークのようなストレートな表現には気をつけないといけません。いくら「あなたのために」と言葉にしても、日常の雑談で伝わっていることと違っていれば全く信用してもらえませんからね。マネジメントでも注意が必要です。
上司を救う雑談力
今回の雑談上手はAさんでした。(上司と部下の関係で言うと)“叱られた”方です。“雨降って地固まる”とはよく言ったもので、実際、叱られた後の行動で人間関係が大きく変わっていきます。今回のエピソードはまさにその典型ですよね。
Aさんを叱ったディレクターも、Aさんの行動に救われました。叱る方にもかなり勇気が必要だからです。この時、ディレクターさんは「もうこいつと関係が悪くなっても仕方がない」ということまで覚悟して注意したのかもしれません。でも、その覚悟を杞憂に終わらせたのはAさんです。
例えばこの時、Aさんが“叱られたから仕方なく”毎回違う弁当にしていたとしたらどうなっていたでしょうか。もちろん眼も輝いていませんし、少しでも“面倒くさかった”オーラが出ていたら、ディレクターが「旨い!」と言っても、その後の会話は続かなかったでしょう。その場合、叱ったディレクターとAさんの心の距離はより一層離れます。次からは叱らなくなるかもしれません。そうなれば、心の距離はさらに離れていきます。
Aさんが、その後周囲の人と良い人間関係を築いたということは見ていなくてもわかりますよね。それに、一度は叱ったディレクターさんも「こいつは普通に指示すればわかる」と判断したのだと思います。2回目からは口調も優しくなっているはずです。あまり叱られない人は、こうして出来ていくんですね。