「口だけPMO」VS「手を動かすPMO」
はじめに
これまで「PMOはプロジェクトを成功に導く存在だ」とお伝えしてきましたが、残念ながらPMOによって失敗してしまうプロジェクトもあります。 では、どうして失敗してしまうのでしょうか。
その原因の1つとして、PMOとメンバー間の「コミュニケーションロス」が挙げられます。コミュニケーションロスが生まれてしまう背景には、プロジェクト進行に必要な業務をただ口頭で伝達するだけの「口だけPMO」の存在があります。
ご存じのように、プロジェクト進行には多くの人数が関わり多くの工数が発生し、それに伴い多くのルールが誕生します。それらをメンバー全員に理解してもらい、スムーズなプロジェクト進行を行うには「口だけのPMO」ではカバーしきれません。口頭で伝える手段だけではなく、そのときの状況、メンバーの構成に応じてコミュニケーションを変える、いわば「手を動かすPMO」がいれば、プロジェクトは間違いなく前に進みます。
今回は、そんな「口だけPMO」と「手を動かすPMO」について、特徴や違いなど解説していきます。
「口だけPMO」がプロジェクトに及ぼす影響とは
プロジェクトは規模が大きくなるほど、関わる人も増えていきます。その人たちは部門や部署も違えば経験値も能力も異なります。PMOは、そんな多様なメンバーたちを横断して全体の進行を管理する役目を担うわけです。
冒頭に紹介した「口だけPMO」の場合、メンバーと次のようなやり取りをしがちです。
ーあるミーティングにてー
PMO「今日のミーティングでは△△が決定しました。
Aさんは、次までにこのデータをそろえてきてください。以上です」
Aさん「はい、分かりました」
ー次のミーティングにてー
PMO「Aさん、前回お願いしたデータはできていますか?」
Aさん「えっ!? そんなこと言われましたっけ……」
PMO「はい、確かに言いましたよ。じゃあ、次までにお願いしますね」
ー次々回のミーティングにてー
PMO「Aさん、今日はお願いしたデータできていますよね?」
Aさん「えっ! あの後、急ぎの業務が入ってしまって、まだやっていないんですけど……」
この後も、再三に渡ってデータの提出を忘れたAさん。結果としてこのチームの業務には大幅な遅れが発生することになりました。
さて、皆さんは「口だけPMO」の何が問題なのか、もうお気づきですか。例えば、以下のことが挙げられます。
- 口頭だけなので、相手が忘れてしまう恐れがある
- 業務の優先順位や重要性、その理由が共有されていない
- PMO自体もAさんのフォローができていない
PMOとメンバーの目線合わせができていないことで、プロジェクトがまったく進まなかった、ということになります。口だけPMOは「伝えた気持ち」になっているだけで、メンバーにその本意は伝わっていません。さらに、メンバー自身も自分に都合の良い解釈をしたり、言われたことの優先順位を下げたりしがちです。こうした食い違いが1つ、2つと積み重なっていくと、やがて進行や納期の遅れ、プロジェクトの方向性のズレなどにつながっていくのです。
「手を動かすPMO」にあって「口だけPMO」にないもの
一方で「手を動かすPMO」は、どのようにメンバーとやり取りをするのかも見てみましょう。
ーあるミーティングにてー
PMO「今日のミーティングでは△△が決定しました。
△△を実現するには、まずこのデータからこれに関する情報を集めて、
○○部に分析を依頼しなければなりません。納期から逆算すると、
Aさんには来週のミーティングまでにデータをそろえていただく必要があります。
期日は、チームで共有しているページにメモして、メールでも送っておきますね」
Aさん「はい、分かりました」
次のミーティングで、Aさんは依頼したデータを提出してくれました。
PMO「Aさん、ありがとうございます。
では、今度は○○のデータを期日までにください。
前と同様に、期日はチームで共有しているページにメモして、メールでも送っておきます」
Aさん「はい、分かりました」
「やるべき業務」だけでなく、なぜその業務をするのか、根拠や重要性と合わせて掲示する。期日は口頭だけでなくチャットやメールなど、さまざまな手段で共有する。手を動かすPMOは、業務を確実に進めていくために、起こりうるさまざまな事態を想定しながら常に先手を打っています。それにより、Aさんは業務の優先順位をきちんと把握できて、滞りなく業務を遂行できたのです。
では、なぜ「口だけPMO」になってしまう人が出てくるのでしょうか。その背景には「いちいち詳しく説明するのが面倒」「言語化するのが苦手」「資料化したいけれど、パソコンや文章スキルが低い」といった、基礎的なスキル不足があると思います。また、10人前後の小さなプロジェクトの経験しかなく、口頭だけの伝達で事足りていた場合もあるでしょう。
メンバーに優先順位を把握してもらうプロセスが「面倒」と思うのは論外ですが、多くの「口だけPMO」はもっとメンバーに分かりやすく伝えたくてもスキルレベルが低いため、それができないのです。これでは、いくら優秀なエンジニアが集まっていても、プロジェクトがうまくいくはずはありません。
逆に、そうしたスキルを身につけさえすれば「口だけPMO」はいつでも「手を動かすPMO」になれます。メンバーとの円滑なコミュニケーションによって個々の能力を活かしながら、どんな規模のプロジェクトでも正しい方向へ導けるのです。
記録と仕組み化を意識して「手を動かすPMO」に
「手を動かすPMO」になるために、まず行いたいのは「記録の徹底」です。定期的なミーティングはもちろん、日々メンバーと交わす会話などにおいても、重要だと思われるポイントは記録を残すのです。そうすれば、もれなく必要な情報を必要な人に伝えることができますし、後々トラブルが起きた際も問題点をすぐに振り返ることができます。
その際に、発言や会話をすべてベタ打ちしていては何が重要か分かりません。今は便利なAI文字起こしツールや要点をまとめてくれるツールがあります。こうしたツールをフル活用して、PMOとしては「次に何をすべきか」を先んじて考えていきましょう。実際にこうした作業を行ってみると、基本的なパソコン操作に加えてタイピングスピードやショートカットの知識など、磨くべきスキルが見えてくるはずです。
また、プロジェクトに関わるメンバーや部署のもとに出向いて、積極的にコミュニケーションをはかることも重要です。と言っても、飲み会で仲を深めようとかプライベートまで聞き出そうというわけではありません。仕事上の会話の中で得た情報を、業務をスムーズに進めるための仕組みづくりに役立てるのです。
例えば「C部門のエンジニアはチャットツールのやり取りが多いようだから、作業指示はチャットツールを使おう」「あのチームは日報をアプリで報告している。そこに業務の進捗も入れられないだろうか」「Aさんは別の大きなプロジェクトが始まったと言っていたな。じゃあ、これから依頼する業務は納期に余裕を持たせた方がいいな」といった感じです。
このプロジェクトでは、どのような仕組みがあればメンバー各々が業務を確実に遂行できるのか。常にそうした視点を持って手を動かし、ときに足も動かすことがPMOとしての成長を早めてくれるでしょう。
「手を動かすPMO」がいるプロジェクトでは、メンバーそれぞれが同じゴールを目指して正しく進むことができます。間違った思い込みや指示が通らないことで、プロジェクトが滞ることはほぼありません。
また、PMOは資料を更新したり議事録を取ったりするジュニアなメンバーや、管理することに主眼をおいた手続き重視のメンバーがアサインされることが多いため、プロジェクトメンバーと距離ができがちです。手を動かすことで「あの人はただメモを取っている人ではなく、私たちと一緒にプロジェクトを成功させようと頑張っている人なんだ」といった一体感が生まれるほか、PMOの役割を正しく認知してもらうことにもつながります。
もちろん「口だけPMO」よりは作業量や思考量が多くなり、大変だと感じるかもしれません。しかし「手を動かすPMO」は間違いなくさまざまなプロジェクトから求められる存在になります。今は小さなプロジェクトしか経験がなくても、いずれ100人以上の大規模プロジェクトからも声がかかるような優秀なPMOとなるはずです。
おわりに
知識編第6回の今回は、以下のような内容を解説しました。
- PMOには「口だけPMO」と「手を動かすPMO」がいる
- 記録と仕組み化を徹底し、そのためのスキルを身につけることが重要
- 「手を動かすPMO」は、さまざまなプロジェクトから求められる
「手を動かす」という言葉とは矛盾するかもしれませんが、私は個人的にプロジェクトの中で存在感を出さずに結果を残せる人こそ、優秀なPMOだと考えています。メンバーたちが自分の能力を発揮しながら良い仕事ができるよう、分かりやすい伝え方や運用しやすい仕組みを工夫する。いかに水面化で手を動かせるかが、PMOの腕の見せ所です。縁の下の力持ちとしてこれからもスキルを磨き続け、プロジェクトを円滑に進めていきましょう。
今回で、知識編は終了となります。次回からは、新たに「事例・実践編」が始まります。具体的な事例や仕事術などを紹介する予定なので、どうぞお楽しみに!