連載 :
  インタビュー

Red HatのCTOとOpenShiftのディレクターに訊く。パックの行く先にいたRed Hatの強さ

2018年1月25日(木)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
Red HatのCTOと、OpenShiftのディレクターに、コンテナ界隈や同社の強みなどを訊いてみた。

Red Hatが推進するコンテナオーケストレーションプラットフォーム、OpenShiftのコミュニティが開催した「OpenShift Commons Gathering 2017」の特集記事の3本目は、Red HatのCTO(Chief Technology Officer)とOpenShiftの製品責任者へのインタビューをお届けする。インタビューに応えてくれたのはCTOのChris Wright氏とOpenShiftのDirector, Product StrategyであるBrian Gracely氏だ。

まず自己紹介をお願いします。

Gracely:私はRed HatでOpenShiftの製品全般のストラテジーを担当しています。主に製品面ですが、実際には多くの時間をお客様と過ごしていると言っても良いかもしれません。金融や製造業など、様々な業界の方たちと製品について対話をしています。ですので、肩書としては製品担当となりますが、ビジネスに関しても色々なフィードバックを貰っています。

Wright:私はRed Hatのテクノロジー全般に関してプランニングを行っています。ブライアンがOpenShiftに関して製品の計画を立てる時には18ヶ月くらい先までを見越して何をするのか? を考えるわけですが、私はその先、つまり3年から5年くらい先を見据えて何に投資を行うのかといったことを考える仕事ですね。例えば、Red Hatの製品のラインナップには足らないものがある場合に、その部分を埋めるために何をするのか、M&Aもその一つの方法です。そういった部分も含めて、長いタイムスパンで製品を考えるのが私の仕事です。

Brian Gracely氏(左)とChris Wright氏(右)

Brian Gracely氏(左)とChris Wright氏(右)

現時点でこれが気になっているという技術、領域はありますか?

Wright:今だとSDN(Software-Defined Network)とNFV(Network Functions Virtualization)ですね。OpenStackでSDNやNFVの実装に近づいてきましたし、OpenShiftもコンテナによるアプリケーションプラットフォームとしてSDN、NFVの領域に近づいていると思います。これからの5Gやエッジコンピューティングを考えると、さらにその部分に対する新しい製品が必要だと思います。またストレージもソフトウェア実装によるものと、物理的なストレージ技術によるものがあります。ストレージクラスメモリや3次元積層メモリなども出てきていますので、その部分でも新しい製品が市場に出てくると考えており、そこにも注目しています。

また人工知能や機械学習、ブロックチェインなど、新しいイノベーションについてはどれも注目しています。さらにサービスメッシュを実現するIstioにも注目しています。Ansibleを使ったCi/CDなどについても、これからもっと進化していくでしょうね。

AnsibleはすでにOpenStackの構成管理ツールとしてかなりシェアを伸ばしていると思いますが。

Wright:OpenStackについてはRed HatとしてはOSP Directorというツールチェインがあります。これはIronic、TripleO、Heatなどが使われています。Heatについてはこれから徐々にAnsibleに移行していくと思います。OpenStackは仮想マシンをベースにしたインフラストラクチャーですし、Kubernetesはアプリケーションレイヤーのオーケストレーションを行うものですので、果たす役割は少し違うと思います。

その意味では仮想マシンベースのワークロードから、コンテナを使ったマイクロサービスのほうに除々に移り変わっていくと想定しているのですか?

Wright:ひとつだけ明確に言えることは、コンテナテクノロジーはすでに確立されている技術であるということ、そしてKubernetesはアプリケーションレベルのオーケストレーションツールとして非常に優れているということです。

ただ、全てが仮想マシンベースからコンテナベースに移行するかといえば、一概にその通りとは言えないと思います。企業には仮想マシンベースのアプリケーションが大量に存在しますし、それらのアプリケーションを全てマイクロサービスに書き直すというのは、コストと利益のバランスから見ても現実的ではありません。コンテナについても、仮想マシンの上のコンテナもベアメタルのハードウェアの上に載るコンテナも様々な使い方が出てきていますので、コンテナ化が進むにつれて仮想マシンの利用も拡がると見ています。

Gracely:全てがコンテナ化されるのか? という部分に関して言えば全てではないと思います。例えばAmadeusという航空券のためのシステムがありますが、このシステムでは数百のシステムと連携して航空券に関する情報を取ってきます。つまり1回のトランザクションが数ミリ秒掛かったとしてそれが数百、数千になれば検索結果を返すためにどれだけ時間がかかってしまうのかは予想できます。我々は数秒の遅れが顧客を失うことに繋がると知っていますので、そのトランザクションを実行するシステムは高速でなければならないのです。そのようなシステムを単にコンテナ化することには、あまり意味がないと思います。反対に、例えばスーパーマーケットのサプライ・チェインの中で発注のトランザクションが数秒掛かったところで、それほど弊害が出ることもないでしょう。このようにどのユースケースでどのようなニーズがあるのかをしっかり理解しておけば、全てをコンテナにするという判断はしないと言うことです。

もう一つの例を挙げますが、Volvoというカーメーカーがあります。彼らはRed Hatに来て「クルマを買う体験をもっと良くしたい」と言う話をしたんですが、クルマを売るディーラーは彼らの持ち物ではないわけです。それに現在だとTruecar.comのようにクルマの価格を公開しているサービスもあるので、正確にどれくらいの価格になるのか? はディーラーに行かなくても分かってしまうわけです。ですからVolvoにとって、全くゼロからクルマを購入するための新しいアプリケーションやサイトを作るということは意味がないということを彼らと話しました。結果的に彼らは、これまで使っていたWebSphereのシステムをそのままコンテナに入れて、クラウドで実行することにしたのです。コンテナ化されたWebSphereのアプリケーションはOpenShiftの上で実行され、そのOpenShiftはMicrosoft Azureの上に構築されているのです。結果的にシステム開発のコストを下げながら、スマートフォンなどからのアクセスに耐えうるシステムとして再構築することができたのです。

Red HatはもともとOSの会社ですが、最近はOpenShiftをベースにしたアプリケーションの領域に踏み込んでいると思います。これは最近の傾向なのでしょうか?

Wright:Red Hatは約10年前にJBossを買収した時から、アプリケーションの領域で仕事をしていますので、特に最近になってやっているという感覚はありませんね。その当時からRed Hatが顧客に対する時には、2つのグループの人たちと話をしてきたのです。1つはITのオペレーションを行うチーム、そしてもう1つはビジネスの現場のためのアプリケーションを構築する人たちです。どんなにインフラストラクチャーが良く出来ていても、その上で動くアプリケーションがなければ意味がありません。なのでアプリケーションを稼働させるコンポーネントとしてのJBossは、非常に優れた製品であり続けています。

しかし最近になって変わってきたのは、インフラストラクチャーとアプリケーションのレイヤーがより統合されてきているということです。これはOpenShiftによるコンテナと、Kubernetesによるオーケストレーションプラットフォーム、そしてインフラストラクチャーが協調して動くようになってきたからだと思います。なので10年前からやってきたことが最近になって、より統合されて、良く見えるようになったということじゃないですかね。

他には特にCI/CDによって書いたコードがすぐに本番環境にプッシュされ、開発から本番環境までの時間が短縮されたこと、アプリケーションデベロッパーがインフラストラクチャーを容易に構築できるようになったこと、これは特に仮想化とパブリッククラウドによる効果だと思います。そのくらいデベロッパーとインフラストラクチャーが近くなってきているのです。これはまたRed Hatにとって、とても素晴らしい機会を与えてくれていると思っています。なので今は非常にエキサイティングなタイミングだと言って良いと思います。

Gracely:これはカナダのアイスホッケーに関するジョークなのですが、「成功するためにはパックが向かう先にいなければならない」というものです。つまり成功するためには何かを追いかけるのではなく、その先回りをしなければいけないという意味なんですが、Red Hatはそれを実現していると思いますね。つまりプロプライエタリなUnixではなくオープンソースのLinuxを誰よりも先にビジネスにしましたし、エンタープライズでもオープンソースが主流になるという時に誰よりも先にそれを実践しました。さらにストレージに関しても、専用のハードウェアではなくコモディティサーバーを使ったSDS(Software-Defined Storage)を製品化しました。仮想化についても同じです。つまりパックが向かっていく場所に最初に到達して、それをモノにするということを繰り返しているわけです。

最後におふたりにとってのチャレンジとは何ですか?

Gracely:チェンジ、変わること、ですね。企業にとって何かを変えるということは、非常に大きな労力がかかります。それは単にソフトウェアを変えるというだけではなく、その企業の文化や習慣などにも及ぶ大掛かりな仕事だからです。なので我々Red Hatにとってもですが、顧客にとっても変化することを続けるのは、大きなチャレンジだと思います。

Wright:オープンソースソフトウェアのプロジェクトにとって、コアのコードを作ることは本来の仕事として当たり前なんですが、実際にはそれを実装して使うためには様々な問題、例えばマイグレーションや古いバージョンからの移行などが発生します。それらを無視してコードを書くことに集中するというのはよく起こることですが、やはりそういう煩わしい事を放り出してコードを書くというのは、企業にとっては残念なことだと思います。なのでプロジェクトのエンジニアが、もっとその部分に注意を払ってくれるようにするのが大きなチャレンジですね。

カナダのアイスホッケーの例を今回のOpenShiftに当てはめれば、V3でこれまでのPaaSからKubernetesをベースにしたコンテナプラットフォームにゼロから書き直したところが正に「パックの飛んでいくところを先取りした」ということかもしれない。OpenShift Commons Gatheringも非常に盛り上がったように感じたのも、そんなところに要因があるのかもしれない。今後もOpenShiftには、注目していきたい。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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