CloudNative Days Fukuoka 2023から、小型人工衛星を開発運用するベンチャーがクラウドを使った衛星運用を解説

2023年11月24日(金)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
CloudNative Days Fukuoka 2023より、小型人工衛星を開発運用するベンチャーによるAWSを活用した小型人工衛星の運用に関して解説したセッションを紹介する。

2023年8月3日のCloudNative Days Fukuoka 2023キーノートから、九州大学発のベンチャーQPS研究所のエンジニアである田中周一氏によるセッションを紹介する。セッションの内容は、小型SAR人工衛星の運用にAWSを活用したユースケースの解説である。

●動画:人工衛星運用システムにおけるクラウドアーキテクチャ設計

セッションを行う田中周一氏

セッションを行う田中周一氏

QPS研究所については公式サイトを参照されたいが、2023年9月の時点でイザナギ、イザナミ、アマテル-IIIの合計3基の小型SAR人工衛星を開発運用している。アマテル-IIIは最高分解能46cmという高解像度の画像を撮影できる人工衛星だ。

●参考:公式サイトにあるSAR人工衛星の解説:What is SAR?

セッションのタイトルは「人工衛星運用システムにおけるクラウドアーキテクチャ設計」であり、AWSを使って人工衛星から取得する画像データ処理システムの運用に関する内容となっている。

小型SAR人工衛星の解説

小型SAR人工衛星の解説

小さなサイズのSAR衛星は移動しながらレーダーを照射して地表を撮影し、そのデータを合成することで高解像度の画像を構成できる。雲などの干渉を受けずに正確なデータが得られるのがポイントだ。

2025年以降に36基の人工衛星を運用するのが目的と説明

2025年以降に36基の人工衛星を運用するのが目的と説明

ここでは現在の3基から36基まで拡大して、ほぼリアルタイムに撮影を行うことが目標と説明。

そしてアマテル-IIIで撮影された画像を見せて光学的データとの違いを解説。コンクリートなどの材質は透過され鉄骨部分だけが撮影される、自動車も1台1台が認識できるほどの精度であることを説明した。

みなとみらいの画像を使ってSAR(Synthetic Aperture Rader)の特徴を説明

みなとみらいの画像を使ってSAR(Synthetic Aperture Rader)の特徴を説明

続いて、人工衛星の運用について解説。ここから人工衛星そのものではなく衛星と地上局、そしてデータを処理するシステムに関して解説が始まった。

3基の人工衛星と地上局、そしてAWSで実装されるデータ処理の概念図

3基の人工衛星と地上局、そしてAWSで実装されるデータ処理の概念図

ここでのポイントはデータ処理にAWSを使っているという部分よりも、人工衛星が地上約500~600kmという高度に位置していること、そしてターゲットとした座標のデータを撮影するための命令を人工衛星が地上局から受け取れる時間が限られていることだろう。ワイヤレス通信に慣れ切った人間にとってみれば衛星とのデータは常に可能で、いつでもデータのダウンロードが可能と思い込みそうだが、実際には地上局との通信が必須であり、衛星が動きながら撮影したデータも相当な大きさになることを忘れがちだ。

クラウドを人工衛星の画像処理に使う理由

クラウドを人工衛星の画像処理に使う理由

ここで田中氏は人工衛星からの画像処理にパブリッククラウドを使う理由を説明した。それは高い可用性、処理のリソース確保、セキュアな衛星地上間通信の確立、そして法令遵守である。

可用性についてはロードバランサーやスケールアウトするFargate、API Gatewayなどを使って約99.9%という可用性に近づいていると説明。

99.9%の可用性にたどり着きそうなAWS上のシステム

99.9%の可用性にたどり着きそうなAWS上のシステム

またリソース確保という点ではSAR画像を処理するシステムにおいてはCPU(物理)が64コア以上、メモリーも1024GB以上が必要と説明。処理に必要な時間も1枚につき数十分、1回の観測で10枚程度が撮影されるとして、これを合計36基の人工衛星運用が始まった時にオンプレミスでその計算機コストを維持するのは難しいと語り、民間企業らしいコスト感覚を垣間見せた。

画像処理に必要な計算機資産。すべてをオンプレミスで調達するのは無理

画像処理に必要な計算機資産。すべてをオンプレミスで調達するのは無理

AWSを利用することで実現した、より詳細なコスト削減については次のスライドで解説された。インスタンスはスポットインスタンスとして調達し、通常のEC2インスタンスよりも75%削減できているという。通常インスタンスの月額コスト7000ドルが1770ドルになるというのは大きな違いだ。

画像処理にはAWSのスポットインスタンスを最大限に活用

画像処理にはAWSのスポットインスタンスを最大限に活用

地上局との通信についてはVPNを使ってハブアンドスポークの構成で実装されていると説明。利用している一部地上局はSD-WANを使っている場合もあるため、ルーティングを変更して対応しているという。

ハブアンドスポークで構成されたネットワーク。基本はすべてVPNの中

ハブアンドスポークで構成されたネットワーク。基本はすべてVPNの中

データ通信の部分には企業の海外拠点での通信インフラとよく似たVPNでセキュアに行われている。だが人工衛星を使った業務には、政府が定める「衛星リモートセンシング記録の適正な取り扱いに関する法律」通称リモセン法によって厳しく規制されているため、衛星から地上局までの経路及びデータの保全、管制室のセキュリティまで法律に従ってシステム構築を行う必要があることを解説した。

リモセン法によって厳しく定められた内容に従うことが必須

リモセン法によって厳しく定められた内容に従うことが必須

特にパブリッククラウドを使って運用する場合、暗号化、厳密なアクセス制御、データアクセスログ取得の徹底、人工衛星との通信ログ取得の徹底などに留意しているという。

データの暗号化やアクセス制御、ログの取得などがポイント

データの暗号化やアクセス制御、ログの取得などがポイント

ここまででクラウドを使って人工衛星を運用する際のポイントについて解説したが、2023年7月に静止衛星との衛星間データ通信が実現され、TCP/IPで通信ができるようになったと説明。

静止衛星との通信が可能になりTCP/IPでコミュニケーションが可能に

静止衛星との通信が可能になりTCP/IPでコミュニケーションが可能に

これによって地上局との通信を待たずに静止衛星経由で観測命令が出せるようになり、緊急度が高い観測を行えるようになったと語り、衛星内に処理システムを用意することで地上での画像処理を行わなくても軌道上で処理することが可能になると説明した。

これがクラウドネイティブなシステムかどうかというよりも、スタートしたばかりの民間企業がコストを意識しながら地球の空を循環する人工衛星のデータ処理を行うという事業計画に最適だったのがパブリッククラウドだったという選択だろう。九州で頑張る人工衛星ベンチャー企業の活躍に注目していきたい。

文中で触れたリモセン法については以下を参照して欲しい。

●参考:リモセン法:衛星リモートセンシング記録の適正な取扱いの確保に関する法律

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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