大切なのは「プロダクトのフェーズ感」の把握
少し間が空きました。最近はこの連載の甲斐もあってか、知人・友人経由で、シリコンバレーのスタートアップから参考になる意見が聞きたいと、起業予備軍や既に起業してシード資金調達までしたような若者たちから、アドバイスをお願いされることがあります。基本的に、有望で意欲的な若者にはPay it forward(恩送り)の精神(シリコンバレーの基本!)で、できるだけ応えることにしているのですが、その中でも中心としているアドバイスが、「プロダクトのフェーズ感」です。今回はそれを説明します。
スタートアップはプロダクトのフェーズを知ることが重要
もしあなたが初めてスタートアップを起業して、プロダクトを作っていくことになったら、自分のプロダクトがどのフェーズにあるかを正確に知るのは、なかなか難しいことです。たとえそれまで似たようなプロダクトを作っていた会社に所属していたとしても、その難しさは変わりません。筆者は起業前にYahoo! JAPANやシリウステクノロジーズというスタートアップ・インターネット企業に所属していましたが、やはりそうでした。
しかし、このフェーズ感を間違えると、例えばそれほどプロダクトが進捗していなくても、多額の資金を調達してしまったりすることがままあります。その場合、本当に資金を使うべきとき・ところで使うことができず、結局スタートアップ本来の目的である、「びっくりするような成長を遂げる」ことが難しくなります。そうなると、投資家との関係性から大変な苦境に陥る可能性もあります。それほど、このフェーズの認識は大事だと思っています。
以下のフェーズ分けは、一般的に言われている話(Customer developmentとかLean Startupとか)に私の経験を踏まえた解釈であることを、あらかじめ断っておきます。ですが、おおよそシリコンバレーのスタートアップ界隈の認識と差がないはずです。また、会社自体のフェーズではないので、例えば起業前とか、プロダクトを作る前のアイデア、みたいなことはここでは考慮していません。
以下、このようなプロセスを解説します。
- Minimum Viable Product(MVP)
- Problem-Solution Fit(PSF)
- Product-Market Fit(PMF)
- (Sales)Growth
Minimum Viable Product(MVP)とは
スタートアップの最初のプロダクトはMVPと呼ばれますが、MVPのVは「Viable」を意味します。これは何かというと、辞書では「capable of working successfully」と説明されています。よく「最低限動くモノ」と言われますが、私の言葉で言うと、「『目的のためのフィードバックを受けることができる』最小限のモノ」となります。というのも、フィードバックがないと、それを測定して改善することができないからです。Lean Startupの最初は、自分が持っている「問題」(Problem)を解決するためにプロダクトを作って、改善ループを回すことだと言われています。最初のMVPからいきなり成功するというのは稀で、おそらく鳴かず飛ばずになると思いますが、それでもなぜうまく行かなかったのか、といったようなフィードバックを受けることはできます。この改善ループを、できるだけ早く(例えば2週間とか)回すのが鍵です。
Problem-Solution Fit(PSF)とは
その改善ループを続けていると、自分がその問題を持っていると思っている人々から(もしくは全く違う層から、ということも有り得ます)、「お金を払ってでも使いたい」という人、または最初から課金部分ができていれば「お金を払ってくれる」人が出てきます。お金ではなくても、コンシューマ向けプロダクトであれば、「多くの人が毎日使ってくれる」ということも同じ意味になります。
そうなると、これは「ある問題をプロダクトが解決している」ということができるフェーズに入ってきます。Y CombinatorのPaul Grahamがいう、「Make something people want」ですね。多くのスタートアップにとって、このフェーズに入ってきたことを確認するのは、継続的にプロダクトを使ってくれて、お金を払ってくれるようになる、というのがベストな判定基準だと思います。
お金を払ってくれる人がいることを判定基準と考えると、無料だと本当にプロダクトが問題を解決しているのかわかりにくいですから、最初からお金が入ってくる部分を作っておく(直接ユーザからでなくても構いません)というのは重要です。無料で毎日使ってくれている、というのもいいと思いますが、じゃあお金を払ってでも使うか(もしくは誰かがお金を払ってくれる・広告など)と考えるといいでしょう。もしその状態に自信がなければ、やはり広告を出したり、課金してみたりするというのも一案です。それでユーザが完全に離れるようであれば、まだPSFには到着していない、と言えると思います。
Product-Market Fit(PMF)とは
じゃあ、毎日使ってくれるユーザがいて、ある程度お金を払ってくれるユーザがいればいいのかというと、やはりそれだけではスタートアップとしての成功には足りません。どんどんユーザが増えていってもらわないと「すごい成長」とは言えませんね。
あるカテゴリのユーザ(ある特定のドメインに属するアーリーアダプターである場合が多い)が、「どんどん」プロダクトのユーザになっていって、自動的に「どんどん」増えている状態が、そのスタートアップの歴史にとって一番大事と言われている、Product-Market Fitの状態だと言えます。かのMarc Andreessenの言及が有名ですね。
どの状態になるとPMFかという基準は、なかなか難しいのですが、実はこれは、そのフェーズになったスタートアップをやったことがあれば、絶対わかります。なぜなら、いままでいまいちだった状況から、どんどん顧客と売り上げが増えていくように変わるので。この「どんどん」という感覚が、この状態を一番良く表している表現だと思っています。
もちろんそのためには、PSFに到達したあとにかなりの努力が必要です。例えばそのプロダクトに一番ふさわしいFunnel(顧客獲得のためのプロセスを「ろうと」の図で表現したもの)を構築し、それを改善し続けて漏れを防ぎ、入り口の部分をどう確保するかを全力で作り上げないといけません。起業家・チームとして、かなり大きな能力が試される部分だと思います。
PSFまでは、身近な人々にプロダクトを提供することでも達成できるので、例えばエンジニアリングができますよ、という起業家だけでも、そこまで抵抗なく到達できることもありますが、PMFに到達するには、やはり会社全体の高いレベルの実行力が必要だと思います。ちなみに、筆者の所属するFlyDataも、現時点でこのフェーズまで到達できたと考えています。
(Sales)Growthとは
最後に、一番明確であるけれども大きな関門なのがこのGrowthフェーズです。ここまでくればある程度ビジネスの基盤が出てくるので、会社としてはそうそう揺るがないのですが、それでもシリコンバレーで勝負している以上は、短期間で大きくGrowthして、あとから出てくる、まだ見ぬ競合を一気に突き放さないといけません。
基本となる関係式は以下のとおりです。
CAC × 係数
CAC:Customer Acquisition Cost:1顧客獲得コスト
LTV:Life Time Value:1顧客の生涯価値(revenue)
係数は、よく3が用いられます。
つまり、1顧客獲得にかかるコストと比較して、顧客になったあとの売り上げが数倍になれば、そしてその関係式が十分大きな市場でも維持できれば、あとはその顧客を獲得するためのコストをVCなどから調達し、一気に顧客獲得に走ることができます。そうなれば、市場が飽和するまで伸び続けることができるわけです。
式は簡単ですが、やはりいくつか難しいところがあります。そもそも顧客獲得コストを低く抑えることができるか、またコストに比べて十分な売り上げを得ることができるか(プロダクトによっては顧客単価が低い場合もあります)という基本的なところから、市場の大きさ(例えば世界で10億円しかない市場では、どんなに頑張ってもそれ以上にはなりません)、顧客獲得の方法がスケーラブルかどうか(これはスタートアップあるあるで、あるニッチ市場から始めるという方法だと結構難しいこともあります)など、なかなか一筋縄ではいきません。
ただ、これを証明できれば、あとはそれにVCなどから調達した資金を突っ込めば勝てる、というわかりやすいフェーズではあります。例えば日本だと、十分汎用なコンシューマ向けプロダクトは、テレビCMを打つとCACが十分低くなるようで(FlyDataはB2Bなので、私はこのへんはあまり詳しくないですが)、LTVが数千円程度見込めれば一気に顧客数を拡大できるので、それが定番となっているようです。ただしUS市場では、明らかにこの手は使えません。それぞれ独自に方法を考えて実行していく必要があります。
まずはPMFを目指せ
このように、各フェーズの特徴はかなり異なっており、スタートアップによってどこまでにどの程度の時間をかけて到達できるかにも差があります(もしくは、ほとんどのスタートアップは、なかなか先に進めないのかもしれません)。しかし、少なくともPMFまで到達すれば基本的にはそのスタートアップの成功の道筋が見えてくるので、まずはなんとかしてPMFを達成するのを目標に進むのがいいと思います。そのためには、基本的には日々のプロダクト改善あるのみです。
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