Red Hatはテレコムキャリア向けにフォーカスしたユースケースで差別化

2016年5月17日(火)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
OpenStack Summit Austin 2016でRed Hatはいつものように派手な演出をせずにVerizonのユースケースの紹介などで存在感を示した。

OpenStack Summit Austin 2016では様々なベンダーがユースケースを発表し、自社のOpenStackの技術力を見せつける現場として、集まった参加者たちにアピールを欠かさない。そんななかシスコとのNFVソリューションの提携をベースにテレコムキャリア向けソリューションとして強くアピールしたのがRed Hatだ。ちなみにRed Hatは最近、これまでRed Hat Enterprise Linux OpenStack Platformと長い名前で呼んでいたものをRed Hat OpenStack Platformと短めに変えてRHEL OpenStackとは呼ばない模様だ。命名に関してLinuxに寄りかからないようになったのは良いことだろう。

初日のキーノートではVP、Chief TechnologistであるChris Wrightが登壇し、OpenStack Foundationが行ったサーベイを元に現時点では65%の企業がOpenStackを実証実験(PoC)だけではなくプロダクション、本番系システムで利用していることを紹介した。そしてRed HatがBigSwitchと手がけたVerizonの担当者を招き、全米No.1の携帯キャリアであるVerizonのバックオフィスではなく通信サービスの部分にOpenStackを導入している例を紹介した。これまで実証実験などでは多くの通信キャリアでのユースケースがあったが、プロダクションシステムとして紹介されたということはRed Hatにしても自信のある事例ということなのだろう。特に規模の面では、Verizonは全米5箇所のデータセンターでOpenStackが本番稼働していると紹介した。

Red HatのChief Technologist、クリス・ライトのキーノートスピーチ:
https://www.openstack.org/videos/video/trusted-cloud-solutions

Verizonといえば全米で最大の携帯電話キャリアだが、実際には固定回線やビジネスサービスなども提供している。将来的には携帯電話サービスだけではなく全てのサービスをOpenStackのインフラの下に置こうとしているようで、現状の5箇所のデータセンターだけではなく他のデータセンターにおいても展開が予定されているという。今回のVerizonのユースケースはVerizonがエンドユーザーとして、OpenStack そのものはRed Hatのディストリビューションを使い、ネットワークのコントローラーとしてはBigSwitchが採用されたようだ。

3社の詳しいセッションは以下から参照してほしい。
https://www.openstack.org/videos/video/designing-for-nfv-lessons-learned-from-deploying-at-verizon

このセッションではVerizonがオフザシェルフのコモディティハードウェアを使い、ソフトウェアはオープンソースと決めた上でクラウドネイティブなアプリのプラットフォームとしてOpenStackを選んだという内容になっているが、ここでユニークなのはキャリアとしての可用性を高めるという意味でNetflixが開発したChaos Monkeyに似た仕組みを取り入れていることだろう。

NetflixのChaos Monkeyは、簡単に言えばサーバークラスターの様々な仮想マシンをランダムに停止させていくBotである。つまり予期せぬエラーが起こって仮想マシンやミドルウェアなどが停止したとしても直ぐにリスタートを行い、サービス全体を停止させないシステムを実現することを目標としている。そのために意図的に仮想マシンがダウンするというエラーを起こしてシステムがリカバリーすることを検証するためのツールである。それと同じ発想のものを用意してVerizonは本番稼働に臨んだということだ。Verizonのケースでは30分間に640のエラーを起こしてもアプリケーションの性能に何の影響も無かったという。

この他にも今回のサミットに際してRed Hatは多くのOpenStack導入事例を発表している。ヨーロッパでのOpenStack導入事例は、イタリアの通信事業であるFastweb、アイルランドのオンラインブックメーカーであるPaddy Power Betfair、Produbanはスペインの銀行であるSantanderのIT子会社だ。それぞれCephを利用していたり、Nuage NetworksのSDNを使っていたりとニーズに合わせて様々なコンポーネントを利用している。またNASA ジェット推進研究所(JPL)やオムニチャネルのマーケティングサービスを展開するInteractive Intelligenceなど業種業界を超えて多くの導入事例が発表されている。Interactive Intelligenceの事例ではPLUMgridのSDNが使われており、BigSwitch、Nuage、PLUMgridと多様なSDNを使ってケースバイケースでネットワークを構築できることを見せつけているかのようだ。

サミット会期中にキーノートにも登壇したChris Wright氏とOpenStackの製品担当DirectorであるNick Barcet氏にインタビューを行った。その内容を簡単に紹介しよう。

Red HatのChris Wright氏(左)とNick Barcet氏(右)

Wright氏はRed HatのChief Technologist、Barcet氏は元eNovanceで、eNovanceはRed Hatが2014年に買収したOpenStackのインテグレーションを行う企業だ。Barcet氏はテレコム向けのソリューションについて、もともとRed Hatが得意としていたバックオフィスのインフラだけではなく、キャリアのビジネスの土台であるサービスインフラについてもOpenStackを推進していきたいと語った。ただテレコムキャリアにおけるサービス自体をOpenStackでカバーすることはRed Hatにおいても新しいセグメントであり、そのためにCiscoやNokiaなどのネットワークソリューションのベンダーと協力してソリューションを提供する方向であると説明した。

その際の開発に関してWright氏は、オープンソースなのは当たり前として必ずUpstream主体で開発を行うという。この場合のUpstream主体というのは、開発されたコードが必ずコミュニティによって共有され、元となるコードにマージされるということを意味している。それによってベンダーロックインを防ぎ、長期的に見ればメインテナンスコストを下げることができる。このポイントはRed HatがLinuxを始めとしてRed Hatがサポートを提供している多くのソフトウェアに共通している発想だ。つまり最新の開発はコミュニティ主体のUpstreamで行い、企業が安心して使える安定したバージョンをLong Term Support版としてサポートをつけて提供する。そして無駄なForkは行わない。この部分は顧客が求めるものは必要であれば自社で開発すると言い切ったMirantisとは真逆の発想で、コミュニティとの協調に時間がかかっても、長期的に見ればメンテナンスのための労力が抑えられるということを知っているからであろう。筆者がかつて取材した日本の家電メーカーはオープンソースから自社開発のために独自にForkしたことで、元のコードにマージするために8ヶ月かかったという。この辺りは、力任せでソリューションを短期間で開発するMirantisと長期的に見て安定とコミュニティへの還元を重視するRed Hatの意識の違いとでも言える部分だろうか。

Wright氏は、OpenStackがテレコムキャリアを始めとして様々な業界、業種においてプロダクションシステムに使われる時代になっていることを強調し、そのためには様々なベンダーと協力して大きなエコシステムを作ることの重要性を訴えた。

今回のサミットでは地味な立ち位置であったが、ユースケースの多さと常にコミュニティを重視する姿勢はRed Hatらしいと言っても良いだろう。次のサミットではどのようなユースケースを見せてくれるのか、楽しみである。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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