T-Kernelを使った組み込み開発の実際

2010年8月27日(金)
松為 彰

標準化できない組み込みコンピュータ

組み込み向けのプログラム開発が難しいのは、クロス開発が必要だから、というだけではありません。組み込み開発が難しくなる背景には、ターゲットのCPUやハードウエア構成が多種多様であり、OSやソフトウエアの実行環境がパソコンほど標準化されていない、という事情があります。

そもそも、組み込みのハードウエアを標準化することは、不可能です。洗濯機とデジタル・カメラと携帯電話のハードウエアが異なるのは当然ですし、同じデジタル・カメラであっても、商品の種類が変われば、フォーカス(ピント合わせ)などの機構部品や撮影用のCCD(電荷結合素子)、センサーなどのハードウエアも変わります。ハードウエアの種類や機能の差異が、組み込み機器の本質であり、商品価値なのです。

また、機器自体のハードウエアの多様性により、それを制御する組み込みコンピュータのハードウエア構成も多様なものとなり、標準化は難しくなります。そうなると、その上で動くソフトウエアの互換性や移植性が損なわれるため、プログラムの共通化や部品化がやりにくくなり、ソフトウエアの開発効率を高めることも難しくなります。リアルタイムOSの利用によって、CPUやハードウエアの差異をある程度吸収し、ソフトウエアの移植性を高めることはできるものの、入出力デバイスなどのハードウエア構成の差異による影響が残るため、バイナリ互換を実現するのは難しくなります。

一方、パソコンの場合は、きちんとした標準化が行われています。CPUはx86互換です。ハードウエア仕様も、Macなど一部の機種を除けば、IBM PC AT互換機として標準化されています。LCDモニターなどの出力装置、キーボードやマウスなどの入力装置、ハード・ディスクなどのストレージ、USBやLANなどの周辺装置とのインタフェースもほぼ同じです。デバイスの細かい仕様の差異は、BIOSやデバイス・ドライバが吸収します。OSも、Linuxなど一部の例外を除けば、Windowsで標準化されています。

したがって、パソコンのOSの上で動くアプリケーションには、バイナリ互換性があります。パソコンのメーカーや機種が変わっても、プログラムはほぼ共通に動きます。このため、プログラム開発の際に、パソコンのメーカー、機種、CPU、デバイスなどの違いを意識する必要がありません。実行環境の標準化という観点で見ると、組み込み向けのプログラムよりも、パソコン用のプログラムを開発する方が、はるかに楽です。

開発評価ボードによる開発期間の短縮

組み込み機器を開発する際には、ハードウエアとソフトウエアの両方を開発する必要があります。しかも、ハードウエアが動いてからでなければソフトウエアも動きませんので、ソフトウエアの開発やデバッグに着手できるのは、ハードウエアの完成後になります。このため、組み込み機器の開発期間は、どうしても長くなりがちです。この一方、営業的な視点からは、新しく開発した組み込み機器を、できるだけタイムリな新製品として市場に投入したいわけです。

こうした矛盾を解決するために利用できるのが、T-Kernelが動作する開発評価ボードや、応用製品です。これらには、ボード上で動作するT-Kernelやミドルウエア、デバイス・ドライバが含まれており、Eclipse for PMC T-Kernelなどのクロス開発環境も付属しています。

これらの製品を購入すれば、組み込み機器の最終的なハードウエアが完成する前であっても、T-Kernelを使った組み込み機器で必要となるデバイス・ドライバや制御用アプリケーションの開発、デバッグを始めることができます。

T-Kernelが動作する開発評価用ボードや応用製品の上で作ったソフトウエアは、そのまま、本来開発すべき組み込み機器の量産品(最終製品)のプロトタイプになります。したがって、これを使ってデモンストレーションを行ったり、プロトタイプでの評価を製品開発にフィードバックすることができます。

T-Kernelベースの組み込み機器を開発する際には、最終製品となるハードウエアの開発と並行して、開発評価用ボードや応用製品を利用したソフトウエア開発を進めることができます。開発したソフトウエアとT-Kernelは、最終製品のハードウエアが完成した段階で、その上に移植します。このような手順によって、組み込み機器の開発期間を短縮できます。

図1: T-Kernelが動作する開発評価用ボードを用いた開発期間の短縮
パーソナルメディア株式会社 代表取締役社長

1985年に入社以来、TRONやT-Kernelに関連した各種の製品の企画と開発に携わってきた。組込み向けのほか、パソコン用のTRONである「超漢字V」、多漢字検索ソフト「超漢字検索」、TRONを応用したデータ消去ソフト「ディスクシュレッダー4」などを商品化している。2010年4月よりT-Engineフォーラム T-Kernel 2.0 WGの座長。

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