Google Appsの普及に見る、企業ITインテグレーションの変化

2012年4月9日(月)
栗原 傑享(くりはらまさたか)

システムインテグレーターが直面する、国内市場の空気感

図1:システム投資に対する考え方の変化(クリックで拡大)

全世界的に専らGoogle Apps等のクラウドサービスがIT潮流をリードする雰囲気の中、国内でも、システム=クラウド、と読み替えて、自らをクラウド向けインテグレーション提供企業であり、それまでのシステムインテグレーター(SIer)から変わって、クラウドインテグレーターなのだ、と自己を定義する企業が現れてきた。

私が所属するサイオステクノロジー株式会社もその1社であり、日本国内でGoogle Appsを小規模企業だけでなく、中大規模企業まで全包囲網にソリューション提供している。Google Apps企業向けバージョンの登場前より日本で最先発にGoogle Appsへコミットしていた成果として、2011年末にはGoogle Appsを70万アカウント以上、累積提供したこととなった。我々はGoogle Appsをスムーズに導入するために、軽微な設定代行から重めの周辺システム構築まで、顧客ニーズにあわせて柔軟な提案を行い、場合によってはクラウド利用のためにオンプレミスでハードウェアから組み立てあげるようなインフラSIをも行ってきた。GoogleがGoogle Appsへのアプリケーションレイヤーでの機能補完を狙い、PaaSたるGoogle App Engineのサービスをスタートした際にはこちらも最先発に取り組んで、少なからず事例も作っている。周囲にGoogle Appsのリセールを行う競合も多数いる環境下、単にライセンスだけでなくトータルプロデューサーとして企業内ITのクラウド化、ひいてはワーキングスタイルの変革を提案し続けてきたために、独自のカラーをもって市場内での立ち位置も作れているのではないかと自負している。

歴史は浅いながら、そんな我々が毎日顧客と多数向き合ってきた結果、おぼろげながらその時々の市場の空気感も肌で感じてきた。そして、その空気感が近年大きく変わってきているのである。

「今年の予算は潤沢にはないので、初期費は最低限で。AD(Active Directory)連携もSaaSの提案をしてください。ウチはそんなに複雑なことはしていません」。昨年の5月にGoogle Appsを提案中の地銀T社からこんなことを言われた。商談の上でよくありそうな、ごくあたりまえのことを言っているように思われるかもしれないが、Google Appsに関わる前には長年にわたってシステム受託開発に関わり続けてきた私には、それまで信じていた仕事のルールが突然変わってしまったかのように感じたことを覚えている。Google Appsのリセラーである我々が、営業訪問にて名刺交換と簡単な会社案内を済ませて、いざGoogle Appsの機能や適用シーン、および我々の付加価値について説明しようかという所で、機先を制するかのような先の発言だ。要はGoogle Appsを導入するけどSIは極力不要であると言っているのである。前述の通りに小規模企業ならばその通りであろう。しかし発言の主は金融機関たる地銀の情シス担当者だ。明らかに大規模企業なのである。

さかのぼって2008年7月に専門商社N社では(Google Apps登場前なのでApps案件ではもちろんないが)こんなことを言われていた。「投資は5年総額で見ます。配分については初年度であげてもらって、2年目以降の保守費は押さえて提案ください」。私のこれまでの感覚では、こちらの方がしっくりきていた。相手の気持ちになって考察すると…おそらく初年度はシステム投資を計画している最中のことで、予算執行過程で判断を仰がなければならない相手である決裁者も記憶が鮮明のためにいくらか大きめの予算でも通るだろう。しかし次年度以降に決裁者は何もかも忘れてしまって、経営層のコストダウン要求のままに保守費の減額を厳命してくるに違いない。そうなったとき目の前のベンダーは黙って減額に応じてはくれるだろうが、運用上で発生する面倒な頼みごとを容易には聞いてくれないのではないか?自分がつらい思いをするのは真っ平御免!…と、そんな心の声が聞こえてくるようだった。結局、初年度に大きく要件定義や設計、製造、テストと一連の初期構築費をがっちり見積もり、次年度以降は構築の10%程度の金額で提案している。正直に告白すると、大きく工数のかかる初年度に利益を出しておけば続く保守はおまけぐらいの気持ちであり、減額交渉が来ても「保守要員の人件費もかかることなので、保守費もある程度はお考えください」とのらりくらり返すにとどまる程度のつもりなのだ。保守費が究極ゼロとなってしまっても、その時期には同じお客さまから新しいシステム開発の話があるという予測もあって常に楽観視していた。

先のT社に話を戻そう。短い言葉の中に多数論点がある。整理してみると以下の通りか。

  • T1) 初年度投資額を抑えたい
  • T2) 自社向けカスタマイズは行わない
  • T3) 基本的にクラウドを検討していて、選択肢があるならばSaaSがより望ましい

それぞれ過去のN社に適合して(もしくは意図を汲んで補完して)みるとわかりやすい。少々我田引水的ではあるが、そう外してはいないはずだ。

  • N1) 以前は複数年にまたがる投資を先払い的に実施し、償却によって費用化していた
  • N2) 以前は自社向けのシステム開発を多数行っていた
  • N3) 以前はオンプレミス以外考えられなかった

今年に入ってすぐにも、菓子メーカー M社では「Notesの面倒を見るのはもう嫌なんです。ちょっと変更しようとすると金ばっかりかかるし。どうでもよい機能はAppsに合わせます。必要なのはワークフローだけかも」という声を聞いた。ほとんど論旨は変わらない。

著者
栗原 傑享(くりはらまさたか)
サイオステクノロジー株式会社

1972年札幌生まれ。サイオステクノロジー(株)執行役員Googleビジネス統括、(株)グルージェント代表取締役社長、特定非営利活動法人Seasarファウンデーション理事を兼任。OSS開発者としてもしばらく前は活動していて、2005年はJavaによるWEBテンプレートエンジン「Mayaa」をIPA未踏ソフトウェア創造事業に採択いただいて開発しました。近年ではサイオスの事業推進責任者としてクラウドビジネス推進を担当して専らGoogle Appsのライセンス販売に従事し、グルージェント(サイオス子会社)にて周辺ソリューション・サービス開発の指揮をとっています。

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