連載 :
  インタビュー

Canonicalのマーク・シャトルワース氏、Jujuによるサービスの抽象化と流通を推進

2015年5月29日(金)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita

Linuxのディストリビューション「Ubuntu」を推進するCanonicalの創始者、マーク・シャトルワース(Mark Shuttleworth)氏が「OpenStack Roadshow」(2015年5月12日グランドハイアット六本木で開催)での講演のため来日した。

Think ITでは、同日にシャトルワース氏にインタビューを行い、OpenStackによるクラウドコンピューティングやCanonicalが推進するサービスオーケストレーションツール「Juju」(http://www.ubuntu.com/cloud/tools/juju)による抽象化のデモについて、また将来に向けてCanonicalが目指す方向性などについて熱い想いを聞いた。

Canonical創始者 マーク・シャトルワース(Mark Shuttleworth)氏

シャトルワース氏は、12日の午前中に行われた公開セミナーで「CanonicalはUbuntuが商用で使われているOpenStackの事例の2/3を支えるOSである」と説明し、そこからOpenStackのインストレーションを自動化する「Autopilot」と「MAAS」、Jujuという2つの大きなOSSプロジェクトについてデモを交えてプレゼンテーションを行った。

OpenStackの課題

OpenStackを利用すると様々なコンポーネントを組み合わせて自社のサーバー群にクラウドインフラストラクチャーが構築でき、既にヤフージャパンや楽天、サイバーエージェント、NECなどでも実用化が進んでいることはかなり知られてきている。

しかし、それでもOpenStackを使ってクラウド環境を構築することは難しく、エンジニアとしても半年単位で続々とリリースされる新バージョンを追いかけるだけでかなりの労力が必要だ。2015年2月に東京で開催された「OpenStack Days Tokyo 2015」に際して話を聞いたNECのエンジニアも、「単純に検証用に入れて立ち上げるだけならそれほど難しくはないが、本番環境に入れようとすると難しい」というコメントがあった。

さらに、別の機会に話を聞いたサイバーエージェントのエンジニアからは、「なるべく公式のインストレーションマニュアルに沿って導入するほうが良い」「稼働したシステムはバージョンも上げずにそのまま使っている」というコメントがあった。つまり、それ程までに複数のサーバーを駆使してOpenStackをスケーラブルに、かつ高可用性を保ったまま構築・更新いくことは難しいのだ。

なお、筆者がNECとサイバーエージェントの技術者にインタビューした詳細は、下記で紹介している。ぜひそちらも読んでみてほしい。

「NECがオープンソースソフトウェアとOpenStackにコミットする理由」
http://thinkit.co.jp/story/2015/04/14/5709

「OpenStack事例で知る現実解と多様な応用例」
http://thinkit.co.jp/story/2014/12/12/5476

さて、このような状況の中で「UbuntuはOpenStackのベースを支えるOSとして最も使用されている」と断言するシャトルワース氏だが、顧客が本当に欲しているのはOSでもIaaSでもPaaSでもなく、ビジネスを実行できるもっと上のレイヤー、つまりサービスだと言う。

「例えば、GoogleやFacebookのエンジニアは実はOSのことなど話していない。いかに自分たちが欲しいサービスを素早く実装できるか、それだけが問題なのだ」とした上で、「そのためにJujuを使ってOSのバージョンなど細かい部分を抽象化して自動化することでインフラを構築する時間と労力を省くことができる」と説明した。

これは、かつてHPのエバンジェリストである真壁氏が「クラウドは仮想化やIaaSだけでなくPaaSをどう使いこなすか、その上でビジネスをいかに進めるかが鍵だ」と語ったのとある程度符合する発想と言っていいだろう。

真壁氏のインタビュー記事は、下記で詳細を紹介している。

「IaaSからPaas連携に目を移したHPのOpenStack戦略」
http://thinkit.co.jp/story/2015/02/20/5641

インタビューは終始和やかな雰囲気で行われた

Canonicalが目指す哲学

シャトルワース氏は、Canonicalが目指すのは「常に難しいことを簡単にすることだ」とインタビューに答えている。つまり、「Linuxの導入が難しいのであれば簡単にしよう、OpenStackが難しいのであれば簡単にしよう。それをオープンソースのやり方で実践しただけ」ということなのだ。

講演のデモではCanonicalによるOpenStackディストリビューションである「Ubuntu OpenStack」の「Autopilot」を紹介。これは実際にはバックエンドでJujuとMAASを活用したOpenStackのインストレーションツールで、OpenStackの各コンポ―ネントのインストールとサーバーの起動から停止までを一元的に行える。「難しいことを簡単にする」哲学がカタチになったものと言っていいだろう。

続いて、Jujuを使って会場に持ち込んだ3台のOrangeBoxをデータセンター内のサーバーラックに見立て、JujuからベアメタルのサーバーにWindowsやCentOSをインストールするデモを実施。さらにWordPressやMySQLをインストールし、「nagios」による監視ツールの導入やデータベースサーバーの増強などもJujuから可能であることを示した。

【参考】OrangeBoxに関する記事
http://cloud.watch.impress.co.jp/docs/event/20140616_653535.html

ここでシャトルワース氏が強調したのは、「Jujuは単なるOpenStackのオーケストレーションツールではない」ということだ。Jujuは「Chef」や「Puppet」、「Ansible」、「Salt」などのツールでコンポーネントを抽象化し、それをGUIから操作できることを実演しつつ、Jujuがそれらのツール上のレイヤーに位置し、競合するものではないと強調した。

Jujuによって必要なサービスを素早くドラッグ&ドロップで配置し、即座に実行できることをデモで見せ、ChefやPuppetで作成されたスクリプトを再利用することで記述言語を選ばずに過去の資産を活用できること、OpenStackだけに限定したツールではなくAWS、Azureなどのパブリックなクラウドサービスもターゲットにできること、さらにOpenStack以外のコンポーネントも同様に構築できることをアピールした。

サービス構築の手順書「Charm」の公開

シャトルワース氏は、インタビューの中でJujuによるオーケストレーションを「実行可能なホワイトペーパー」であると表現した。これはベンダー各社がソフトウェアの導入などに関する技術的な情報をホワイトペーパーという形式で公開しているものを、「それを見ながらエンジニアがコマンドを打つのは無駄ではないか?」と問い返したうえで、それを各社が文章とスクリーンショットではなく「実行可能な形式にして流通させれば、より効率が上がりコストを下げることができるという発想で作られている」と説明した。

例えば、MySQLの実装を速度重視で行うか、信頼性重視で行うかによってそれぞれ設定が違うはずで、「その設定を公開、流通させることでベストプラクティスとなる」と語った。そのためにJujuではそれらの資産を流通させるためのストア機能を実現しており、IBMなどの様々なベンダーがJujuのストアで流通する「Charm」と呼ばれるコンポーネントを公開していると言う。

さらに、「現時点でのOpenStackはNTTやNECなどの大企業に偏っている。もっと中小企業にもクラウドコンピューティングを使ってもらいたい」と主張した。確かにNECやサイバーエージェント、楽天などはエンジニアも多く、OpenStackの導入に労力をかけることも可能だろう。しかし、人員が限られる中小企業において全てを社内でこなすには無理がある。そのために「JujuのCharmを再利用すれば人的資源が限られた企業でもより効率的に導入が可能になるだろう」と述べ、クラウドに利用されるコンポーネントを開発する企業やコミュニティがこのエコシステムに参加することを奨励した。

ただ、Charmについては講演のQ&Aで日本OpenStackユーザー会会長のビットアイル長谷川章博氏から「Charmの品質は誰が保障するのか。意図せず不具合があるスクリプトが紛れ込んだ時にユーザーはどうやってそれを知ることができるのか。サーティフィケーションのようなものはあるのか」という質問があった。シャトルワース氏は「Charmの品質に関しては各ベンダーが公式にサポートすることが重要だ。現時点ではまだ利用者側が判断する必要があるが、サーティフィケーションのようなものが必要になるだろう」と答えるに留まった。

日本支社Canonical Japan代表 中島 健氏

この問題について、筆者もインタビューの中でiPhoneやAndroidのアプリストアを例に挙げ、「品質の悪いコンポーネントが流通してしまうことに対してどう対処するのか?」と質問したところ、「オープンソースソフトウェアと同じ発想でコミュニティの中で良くしていくしかない。IBMやマイクロソフト、オラクルなどのベンダーが率先してCharmを作成することによって品質が上がることを期待している」と答えるにとどまった。

最後に、インタビューに同席した日本支社Canonical Japan代表の中島 健氏にも今後の予定について聞いた。中島氏によるとCanonicalのビジネスは順調に拡大しており、「日本の組織としては今のところ5名体制だが、今年度末には20名体制にしたい」と語る。Linuxのディストリビューションビジネスだけに限らず、ビジネスそのものが様々な方向に拡がろうとしているCanonicalは、今後も要注目であろう。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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