IT技術を用いた国内企業のマーケティング事例

2016年8月19日(金)
田中 千晶

前回は、IT技術をうまく利用した海外企業のマーケティングの取り組みについて、いくつかの事例を紹介しました。

今回は、国内企業における同様の取り組みについて、いくつかの事例を紹介します。

ユーザー参加型のデジタルサイネージ

まずは、デジタルサイネージを利用したキャンペーンの事例です。

ユーザーの「自分ゴト」化をうまく促した
「劇場版PSYCHO-PASS」プロモーション

1つ目は、「劇場版PSYCHO-PASS サイコパス」公開時のプロモーションです。「サイコパスる大捜査線」と称してアーティストとのコラボトレーラー、CDショップや商業施設とのタイアップなど、様々な宣伝手法が採られました。そのユニークさを何よりも象徴するのがデジタルサイネージを用いたユーザー参加型のキャンペーンです。

キャンペーンの概要は「通行人の心理状態を数値化し、その数字が大きいと犯罪を起こす可能性が高いとして取り締まり対象になる」というアニメの世界観における近未来システムをデジタルサイネージで再現したものです。

サイネージが設置された東京・新宿駅の新宿メトロプロムナードのシビュラシステムゾーンでは最大1時間半以上の待ち行列ができるほどの人気ぶりで、多くのメディア掲載や「デジタルサイネージアワード2015」での「インタラクティブ部門」受賞という実績を出しました。

この事例の特徴は高いインタラクティブ性で、ファンに「自分ゴト化」を促すことで口コミでの情報拡散を狙った施策と言えます。

また、歩いている人の動きに合わせて広告自体も移動するという新技術 “フキダシステム”(http://www.fukidasystem.com/fukidasystem/)も参加者が「アニメの世界観を疑似体験できる」という設計から、ファンにキャンペーン自体を「自分ゴト化」させることに力点が置かれているのでしょう。

このように、もともと人気を博していたアニメの熱心なファンの「自分ゴト化」を起点にして、「メインターゲットのアニメ好きだがサイコパスにそれほど関心がない層や一般層にキャンペーンの効果を徐々に広める」という影響力の設計法が巧みであると分かります。

「PSYCHO-PASS サイコパス」には原作がないため、プロダクトチームはアニメ一期放映前から「いかに情報を発信するか」に焦点を当て続けてきたと言います。アニメの放送までに作品への期待を高めてもらうためFacebookやTwitter等のSNSで情報発信してファンを獲得しコミュニケーションを取ってきたという経験が、ファン起点のこの施策に影響を及ぼしたのでしょう。

パーソナルなコミュニケーションで広告効果を引き出した
「デスノート」

もう1つデジタルサイネージを用いたキャンペーン事例を見てみましょう。

日本テレビ系ドラマ「デスノート」の放映に際し、東京・渋谷駅にデジタルサイネージを用いたユニークな広告が出されました。キャンペーンの概要は「ディスプレイの前に立つとデスノートのキャラクターである夜神 月とLが参加者をプロファイリングする」というものです。

コミックナタリー『「デスノート」デジタル広告で月があなたの似顔絵描く!Lはプロファイリング』より転用
http://natalie.mu/comic/news/152215

キャンペーンの目的は番組の認知度向上と新キャストへの訴求で、結果として実施された1週間で10,000人以上の体験者、Twitter上でも1,300,000人以上にリーチされ、放映初回は16.9%もの高視聴率を獲得しました。

具体的には、デジタルサイネージを用いて次のような体験ができるものでした。

  • ディスプレイ横のカメラで顔写真を撮影し、画面上に似顔絵イラストを作成する
  • 顔認識システムから性別、年齢、性格を分析結果として表示する

こちらも先の例のように、実際に参加者がディスプレイ上でキャラクターたちとコミュニケーションを取っているかのようなインタラクティブなプロモーションとして話題となりました。「キャラクターが似顔絵や性別、年齢、性格を分析結果として表示する」という設計により、一方的な情報提供ではなく参加者がドラマの世界観を味わえるパーソナライズな体験を提供できます。テレビ番組の宣伝ということもあり、メディアをうまく使って「世の中ゴト化」することで人々の「自分ゴト化」が促進され、体験者が増加したと考えられるでしょう。

このように、ディスプレイを使用した広告を大量に設置する、駅構内のフレームをラッピングすることで“夜の東京”を演出するなどといったフォトジェニックな効果も広告効果や拡散力の強化につながり、ドラマへの関心の想起、視聴率向上という目的の達成に一役買ったと考えられます。

O2O型マーケティングの実例

次は、O2Oを用いたキャンペーンの事例です。

「アニメスポット」を使用した
「次世代型スタンプラリー in KOBE」

神戸で行われた「アニメスポット」を利用したアニメのスタンプラリーです。近年盛んに行われているアニメや漫画の舞台となった場所を実際に訪れる「聖地巡礼」。アニメスポットはこの聖地巡礼に便利なアニメの聖地情報やイベント情報、その街ならではのお得情報などをユーザーに配信するアプリです。近距離通信モジュール「iBeacon」機能と連動して、街を歩くだけで現地のアニメ情報等が自動でスマートフォンに届きます。

キャンペーンの概要は「兵庫県神戸市長田区にある神戸アニメストリートを拠点として、周囲のスポットにチェックインしたりミッションをクリアしたりしてスタンプラリーのコンプリートを目指す」というものです。アニメスポットのダウンロード特典を無料で配布して、ミッションを完遂した先着100名に総額1万円の商品券を贈呈、対象スポットにチェックインするとスタンプラリー限定のクーポンがもらえるといった多くの施策を行うことで、スタンプラリーの参加者やアプリ利用者の増加だけでなく、協力店舗の集客力や売り上げ向上を見込んだ施策となっています。

『神戸市、ディップの合同開催 「iBeacon」を活用した次世代型スタンプラリーin KOBEの開催について』より転用
http://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2015/06/20150630142003.html

このキャンペーンが成功した理由の1つに、「あくまでファンの自発的な行動を後押しする」企画の指針が挙げられます。聖地巡礼という作品ファンのコンテンツをマーケティングに用いることで、あざとさやわざとらしさを感じさせずにファンの「参加したい」という欲求をあおり、「自分ゴト化」させることで実行力を発揮したのです。

また、スタンプラリーという企画の性質上、神戸市がバックに付いて官民連携、地域全体で企画を行ったことで、訴求できる情報や地域、規模感が拡大したことも成功の一因と考えられるでしょう。

スタンプラリーに使えるのは位置情報だけじゃない!
大型ビジョンの音声活用

もう1つ、O2Oを用いたキャンペーン事例を見てみましょう。

O2Oは小売業の店舗と消費者を結ぶものですが、SNS施策と連携したリアルイベントやラッピングカーなどの斬新なアプローチを仕掛けることもできます。

渋谷でもらおう!マウントレーニアプレゼントキャンペーン」は渋谷の街中でスタンプラリーを行い、参加者に飲料を無償提供することで話題性の確保やアプリに対する消費者の認知度向上、飲料品の消費拡大を目指した企画です。

キャンペーンの概要は「街頭の大型ビジョンの音声を活用したスタンプラリー」というもの。渋谷のスクランブル交差点に設置されている2つの大型ビジョンから対象商品のコマーシャルが流れた瞬間に音声認識機能を利用したスマホアプリ「Stac」を起動させると、流れる音声に反応してスタンプがもらえます。スタンプをすべて集めると、参加者全員に森永乳業の人気飲料「マウントレーニア」が提供されます。

この企画の目新しさは、「大型ビジョンの音声をスタンプラリーの対象にした」という点です。Stacでは以前から小売店舗内やスタジアムなどで音声認識からクーポンや特典を配布するキャンペーンを開催していましたが、大型ビジョンでの音声キャッチはStac活用でも、日本でも初の試みだったようです。

もう1つ、大型ビジョンでのCM、特に渋谷等の人通りが多い繁華街にあるものは通行人の多くに訴求できる点もポイントです。しかし、多くの人がいつでもスマートフォンやタブレットを使用できる現状を考えると、街頭ビジョンの訴求力も限界が見えてきます。また、街頭ビジョンからのCM放映がどれだけ、どのように消費行為に結びつくか効果検証が難しいという欠点もあります。

このような課題がありながらも、街頭ビジョンのCM施策とスマホアプリを組み合わせることで多数の通行者への訴求やCMへの注目から認知度を高め、消費行為への導線に繋げることができたのです。アプリをインストールして、1回でも音声をキャッチすればドリンクがもらえるという手軽さも、この企画では重要な鍵となりました。

AIアプリ「SENCY」で販売促進

次は、AI(人工知能)を用いた販売促進策をいくつか見ていきます。

IBM社の「Watson」やソフトバンク社の「ペッパー」など、近年では飛躍的にAIの開発が進み、人間の仕事を補助する役割としてAIが使用される未来もそう遠くないように感じられます。

このAI、すでに医療や金融分野では実用化が進展していますが、ファッション・アパレル分野でも応用されていたことをご存知でしたか。

Watsonの日本語版を活用したファッション人工知能アプリ「SENCY」は、蓄積された服装データからAIが直感的に好きなファッションアイテムを選んでくれる仕組みになっています。「2500のコーディネートの中からユーザーに合ったコーディネートを考えてくれる」「気になったアイテムを見つけたら、AIがそのアイテムがある店まで道案内をしてくれる」といった機能もあり、長時間悩むことなく自分の欲しい服や実現したいコーディネートを選ぶことができます。

また、AIにユーザーの嗜好を学習させることで、それまで着る機会がなかったタイプの服を購入するモチベーションを得られます。店舗側から呼びかけなくても顧客自ら欲しい商品を求めて来店する契機を作ってくれる新しいマーケティングの形でしょう。

さらに「著名なスタイリストやモデルが育てたAIにコーディネートをお願いできる」というサービスもあることから、スタイリストやモデル、インフルエンサーとの更なる連携も予測できると考えられます。

ARを使用した販売促進

最後に、ARを用いた国内での販売促進策を見てみましょう。

「ポケモンGO」の爆発的な人気により一般層にまで浸透しつつあるARですが、マーケティングでは以前から有効活用されていたことはご存知の方もが多いでしょう。近年では「雪印メグミルク」のパッケージに用いられていました。

プロモーションの概要は「専用アプリ(ゆきこたんARアプリ)をダウンロードしてスマートフォンのカメラ越しにスペシャルパッケージを覗くと、3DCGアニメーションのキャラクターがパッケージの前に現れる」というもの。雪印メグミルクの公式キャラクター“ゆきこたん”を用いたプロモーション企画として実施されました。

ARの特徴はVRと違ってスマートフォンやタブレットのように特別な装置をしなくても仮想現実の世界が楽しめる点です。ポケモンGOや「ゆきこたんプロモーションのようにAR技術ではあたかも目の前にキャラクターがいるかのように表現できるため、キャラクターや美術コンテンツと相性が良い技術でしょう。マーケティングでは商品パッケージや実店舗でのスタンプラリー施策と組み合わせることが有効だと考えられます。

また、現実の像に3次元の画像を重ね合わせるという性質のため、「もしこうなったら……」というシミュレーションにも利用できるため、住宅や家具メーカー、ファッション、化粧品、アパレルといった業界のプロモーション策に用いられています。

株式会社ラファエロ・マーケティングが手掛けるネイルデザイン・シミュレーションサービス「Nail AR」では、「一本の指のネイルから、あなたの美を特別なものに」をコンセプトに、ARアプリを活用したネイルデザインのシミュレーションサービスを提供しています。

アプリを起動してスマートフォン越しに指を見ると、自分の爪にネイルを施すとどうなるかというシミュレーションを楽しむことができます。ネイルサロンへ行く手間や費用をかけずにネイルを試すことができるため、手軽にユーザーの興味や関心を引き起こせると考えられます。

このように、ARは集客アップから業務利用まで、幅広くプロモーションに活用されています。

今回は、IT技術を用いた国内企業のマーケティング事例を紹介しました。次回は、新しいビジネスと言われる「グロースハック」について解説します。

【参考Webサイト】

大学在学中にソーシャルメディアを活用した収益化マーケティング会社アントで働く。Webプロモーション支援を得意とし、ソーシャルメディア活用、Webサイトディレクションを実施。マーケティング支援の書籍や連載などの出版活動を数多くの出版社で行っている。IT文化の振興とUNIX/Linux文化の楽しさを広く伝え、エンジニア同士の連帯を図ることを目的とするトークイベント「TechLION」のレポートブログを担当。

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