近年のARを取り巻く概況

2018年1月24日(水)
すんくぼ(久保田 瞬)

はじめに

2016年、VR(バーチャルリアリティ)が大きな話題となりましたが、時を同じくして大流行したスマホゲーム『ポケモンGO』などをきっかけに、「AR」という言葉も少しずつ耳にするようになりました。

自分の部屋で周りを見回すとたくさんのウィンドウが空中に浮いていて、キャラクターが歩き回っている……。ARはそんなSFのような世界を実現する技術です。

ARとは

ARは「Augumented Reality(オーグメンテッド・リアリティ)」の略語で、日本語では「拡張現実」とも訳されます。現実空間にバーチャルなオブジェクトを重ねて表示する技術の総称です。

ARを実現するには何らかのデバイスが必要ですが、デジタルサイネージのように体験者がデバイスを装着しなくても良いものから、スマートフォンをかざして使うもの、ゴーグルや眼鏡などデバイスを装着するものまで様々です。

また、床や壁、天井、机などの現実空間をどの程度認識するかといった点もデバイスにより異なります。カメラのフレーム機能のように、自分で現実空間側をオブジェクトに合わせなければいけないものや、壁にぴったりとウィンドウを貼り付けて固定し、自分が動き回ってもまるで壁に設置されているように見えるものなど、こちらも色々な方法が存在しています。

AR時代の到来は近い?

ここ最近、VR同様にARが盛り上がりを見せているのは、センサー類の性能向上やソフトウェアの進化により画像認識技術が進展し、「現実空間を認識するAR」が一気に身近なものになっているからです。それはまさに先ほども書いたように、まるで現実にあるように感じられる、ということ。光の加減なども反映されて、反射の具合や影の伸び方も確認できます。

例えば、家具の購入前に原寸大の家具の3Dデータを実際に部屋に置き、サイズ感などを確認できるようになります。医療分野では、CTスキャンした人体のモデルを空間に表示し、どこが患部なのかを分かりやすく表示することも可能になります。

ARは、ただ単にCGを現実に表示するだけの技術ではなく、「次世代のコンピューティング・プラットフォーム」とも言われています。これまで、我々人間とコンピューターとの関係は主に平面のモニターに縛られていましたが、現代ではモニターに表示される2Dのユーザーインターフェースがもはや当たり前になっており、AR技術が広がることで空間を自由に使うことのできる時代が到来すると考えられています。

大企業の相次ぐ参入で一気に注目を集めるAR

この記事を執筆している2017年末現在、すでにいくつかの巨大企業が、ほぼ同時期にARのデバイスやプラットフォームを提供開始しています。

Appleは、2017年9月からiOSでARを実現するフレームワーク「ARKit」の展開を始めました。iOS 11以上にアップデートした対応端末では、HoloLensほどの精度ではないものの、床や机の上を認識したARが体験できます。公開開始から4ヶ月程度ですが、App StoreでAmazonやIKEAといった大企業が提供するアプリには、ARKitを使って「買う前に部屋に物を置いてみる」機能が搭載されています。

GoogleもARに取り組んでおり、2014年から「Tango」と呼ばれるプロジェクトを進めていました。TangoはAR専用センサーを搭載したスマートフォンを使うARプラットフォームです。2016年中旬に登場し、空間マッピングなどの精度は優れていたものの、スマートフォンへの採用は2017年12月までにわずか2機種のみに留まりました。採用が進まず奮わなかったTangoは2018年3月で終了となり、代わりにGoogleはAppleのARKitと同様に、OSベースでAR機能をサポートする「ARCore」を発表しており、今後Androidスマートフォン向けに提供されます。

Oculusなどを子会社に抱えるFacebookもまた、ARを「次のプラットフォームである」として積極的な関わりを見せています。構想としてはAIを駆使して現実空間のさらなる認識を進め、最終的にはメガネ型のデバイスに至るというビジョンを掲げつつ、2017年4月にスマートフォン向けに「AR Camera」を発表し、ARへの取り組みをカメラ機能での活用からスタートさせています。

SNSでは、「Snapchat」を運営するSnapもARに積極的です。こちらもカメラ機能に擬似的なAR機能を搭載し、現実空間に何かがいるように見せる撮影が可能です。

Apple、Google、Facebook、Snapの取り組みで共通しているのは、「手持ちのスマートフォンを使ったAR機能」を提供するところからスタートさせていることです。すでに数億人のユーザーがいる自社のプラットフォームにAR機能を追加しながら開発者を集め、ARコンテンツを増やしていくことでエコシステムを構築しようとしており、その先はどの企業もFacebookが考えるような、常時装着する眼鏡型のような専用デバイスを構想しているのではないか、と筆者は考えています。Appleはこれまで「ARデバイス」に関する特許を取得しているほか、眼鏡型デバイスの開発の噂が絶えません。また、GoogleはARデバイス「Google Glass」を2013年から展開し、一時中断はあったものの、2017年からは産業用に再度提供を開始しています。

専用デバイスの提供を始めているのはMicrosoftです。Microsoftは、2016年にHoloLensを発売しました(日本での発売は2017年1月から)。HoloLensは現実を見ることができる透過型のARデバイスです。研究開発には5年以上をかけていました。これまでのARデバイスを大きく越える精度の空間認識精度で、現実にぴったりとオブジェクトが固定されるARを実現しました。また、PCのなどを使わずに単体で動作する点も特長です。価格は30万円超と個人で購入するには敷居が高く、製造業、航空業、建築業、医療などさまざまなビジネス分野で利用が進んでいます。

2021年にスマートフォンを使うAR(モバイルAR)のユーザーは10億人に達し、市場規模は約6兆円に達するという予測も出ています。その始まりの年は各企業がARのプラットフォームを提供開始した2017年だとされています。

ARに取り組む新興企業の増加

この他にも、Magic Leap、Meta、DAQRI、ODGなどARデバイスを開発する新興企業が多く登場し、それに合わせてARコンテンツを作る企業も世界中で登場しています。アメリカのシリコンバレーでは、ARKitの発表後にARに取り組む企業が急増したという話もあります。

現在のARプラットフォームに欠けている要素として「ARクラウド」という領域の技術開発に挑む企業も増えています。ARクラウドは、複数の端末で現実空間を同期させる技術です。現行の技術では、自分がARで目の前に写しているものを、別の人が端末をかざして見たときに全く同じ空間上の座標にあるように見せることができません。ARを通して3Dのものを「現実にある」と感じさせるためには「誰が見ても同じように見える」ことが重要になるため、この同期のためのARクラウドが必須となっています。

ARKitを始めるなら今

今回から始まる本連載では、AppleのARKitによるアプリ開発を紹介していきます。数あるプラットフォームの中でもARKitを選んだ理由は、日本で50%以上のシェアを誇るiOSの機能であり、対応しているデバイスが多いこと、機能もシンプルなため開発しやすい点が挙げられます。iPhone 6S以降でiOS 11以降にアップデートされた端末があれば検証もできます。

ARKitの提供開始から約4ヶ月間でかなりの数のアプリがストアに並んでいます。ゲームもあれば、カメラを補完するもの、日常生活を便利にするもの、ビジネスで使えるものなど、様々な種類のアプリが登場しています。

ここで、その一部を紹介しましょう。すでに配信されているアプリにARKitを使った機能が追加されている例もあります。

『ポケモンGO』のARKit対応版は、ポケモンが現実空間に実寸大で登場します。ポケモンに近づいたり、回り込んだりといったことが可能です。

オンラインショピングができる『Amazon』アプリの米国版では、購入前に「試し置き」ができるようになりました。

この他にも、Twitterのタイムラインを現実空間に表示できる『TweetedReality』、

キャラクターを現実に召喚し、ライブ使用ができる『Hololive』、

流れている曲の歌詞を現実空間に表示する『AR Lyrics』、

部屋の中で子猫と戯れることができる『Laser Cat AR』、

レゴを遊べる『LEGO AR Studio』、

ビキニのおじさんが道を案内してくれる『HotStepper』

など、ARKitを使ったアプリは様々なものが登場しています。見ると分かるようにまだ試作段階の物も多く、実用性は二の次に、まずはアイデアを形にしたものが多く見られます。これはARKit自体がまだ登場したばかりで、スマートフォンを使ったARが黎明期だからこその現状と筆者は考えています。そして、開発ツールはUnityやUnreal Engine4といった使いやすいゲームエンジンが対応しており、開発しやすい状況です。

それはまるで、スマートフォンそのものが登場したばかりの頃のApp Storeを彷彿とさせます。非常に面白く、開発ノウハウなども定まっていない魅力的な分野です。始めるなら今が絶好のタイミングと言えるでしょう。

おわりに

今回は、近年のARを取り巻く概況について解説しました。次回からはさっそく、具体的にARアプリをどのように開発をしていくと良いのか、開発に使用するツールの説明からARKitを使ったアプリの開発方法を紐解いていきます。ぜひお楽しみに!

著者
すんくぼ(久保田 瞬)
Mogura VR
Mogura VR編集長、株式会社Mogura代表取締役社長。VRジャーナリスト。VRが人の知覚する現実を認識を進化させ、社会を変えていく無限の可能性を感じ、身も心も捧げている。VR/AR業界の情報集約、コンサルティングが専門。国外の主要イベントには必ず足を運んで取材を行っている。

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