社員がイキイキ働ける職場つくり
はじめに
みなさん、こんにちは。前回は「社員の育成・スキル向上と真剣に向き合う」というテーマで、「目標管理制度」と「勉強会」を取り上げました。今回は、「社員がイキイキ働ける職場作り」について一緒に考えてみましょう。
「会社の改革のためのその5」―社員がイキイキ働ける職場をつくる
みなさんは社長の仕事ってなんだと思いますか。小さな会社においてはトップ営業や一流の技術者だったりもするわけですが、人数が増えてくるとそうした比重が薄まります。代わりに、会社の方向性を決めたり、日々発生する課題に向き合ったりする経営者という役割が濃くなってきます。
そして、中でも私が一番の仕事だと意識しているのが“社風つくり”です。「え、なにそれ!」と思われそうですが、実はとても大事なことです。いい社風であれば、社員がイキイキ働けて生産性も上がりますし、定着率も高まります。逆に雰囲気の悪い会社だと人間関係がギスギスしますし、不祥事も起こりやすくなります。本当のことを言うと、生産性や定着率などのキーワードを出さずとも“社員が気持よく働けるように”と願うのが社長というものなのです。
自社の「ミーム」はなにかを考える
「ミーム(meme)」という言葉をご存知ですか。これは、進化生物学者リチャード・ドーキンスが名付けた概念で、”文化を形成・伝達するもの”です。会社に応用すると、毎朝お互いが笑顔で挨拶を交わす職場に入れば教えられなくても自然と挨拶するようになる。この場合、挨拶する職場文化がミームです。個人個人が積極的に技術を習得するチームに加われば自分も自発的に勉強するようになる。これも勉強するムードがミームです。
ミームは”文化のウィルス”とか”文化の遺伝子”とも呼ばれています。伝染するし、繁殖したり、突然ぱたっと消滅したりすることもあります。まあ、難しく考えずに文化とか習慣、風習、価値観などがみんなミームだと思っていれば間違いありません。当然ながら、誰も挨拶しない職場に入ると挨拶しなくなる、不勉強な職場に入ると勉強しなくなる、というように悪いミームもあります。
良い社風を作っていくためには、まず現状を知る必要があります。“自社のミームはなにか”、ちょっと考えてみましょう。1人で考えると偏ってしまいますし、浮かんだものが本当にそうなのか自信も持てません。そこで、みんなでディスカッションして本当の姿をつかむのです。
私がよく使っている便利な手法があります。「Think Tank Windows(TTW)」と「マインドマップ(MindMap)」の組み合わせです。最初はTTWです。ミーティング参加者全員に白紙を配り、下図のような9マスの線を書いてもらい、真ん中に”当社のミームはなにか?“というテーマを入れます。そして5分間で思い浮かんだものを周りの8マスに書いてもらい、最後に各人が最も“これだ!”と思うもの3つに丸をつけてもらいます。
次にマインドマップです。1人ずつ順番に3つのミームを発表してもらい、それをマインドマップに記載していきます。ある程度溜まったところで同じ内容のものをグループ化するなど整理しながら書き込んでいくと、自社のミームがくっきりと見えてくるのです。私もこの原稿を書きながら“ところで当社はどうだろう”と思い、実際に製品企画部門でやってみました。その結果がこちらです。
「上司や役員との近さ」「社員同士の仲の良さ」「部門・チーム感の協調性」「自主性」「技術志向」「風通しの良さ」「働きやすい職場」「ベンチャー企業的なところ」「パッケージベンダ的なところ」といったカテゴリーがコメントの多い(5つ以上)ところなので、当社のミームが色濃い部分なのでしょう。
「服装が自由」「勉強する風土」「ホワイト企業的なところ」「社内統治」なども当社のミームになっていると思いますが、よく見ると、いいミームもあれば悪いミームもあります。たとえば「社内の活気」では“活気がある”というコメントもありますが、“おとなしい”“あいさつをしない”などイケてない箇所の指摘もあります。
こういう意見集めはなんか照れくさいですし、耳に痛い意見は不快になることもあります。でも、自分の思い込みよりも社員1人ひとりの意見の方がよっぽど実態を表してくれますし、実態を思い知るからこそ良いところを伸ばし、ダメなところを改善できます。
社員にとっても、あらためて物事を考えてみるいいきっかけになります。“最近こういうヒアリングやディスカッションをやっていないな”と思い当たるようでしたら、ぜひなにかテーマを決めてやってみてください。
ミームを育てる
社長なら誰しも“いい会社にしたい”“いい社風をつくりたい”と思っていますが、これが一筋縄ではいきません。経費を節約して利益を出すのは簡単ですが、社風を育てていくのは気が遠くなるほどの地道な努力の積み重ねです。文化というものは一朝一夕で作れないのです。
それでも、IT業界が魅力あふれる業界になり、ITエンジニアが憧れの職業と思われるためには、SIer各社がよいミームを育てることにもっと意識と情熱を持つ必要があります。では、どうやったら(自分が欲しいと思っている)いいミームを育てられるでしょうか。
(1)「社是」や「経営方針」などを明文化する
当社も1995年に起業した当初は「社是」や「経営方針」などを作っていませんでした。あんなものは古くさい企業が抽象的なきれいごとを並べているだけで、作るだけバカバカしいと思っていたからです。
社是は「社員全員が一流の技術者」というもので、”技術で勝負する会社”と”社員全員が”という2つに思いをかけています。また、経営方針は「風通しの良い相互尊重の精神あふれる職場をみんなで作る。その働きやすい雰囲気の中で、想像力・技術力を常に高め、品質の高いソリューションをお客様に提供し続ける」というものです。
先ほどのミームを見ると、「技術志向」「風通しの良さ」「働きやすい環境」「パッケージベンダ」など社是や経営方針に掲げたものが多くあり、社是や経営方針を明文化して、その方向に歩んで来た成果が出ていることがうかがえます。
(2)「社是」や「経営方針」などを浸透させる
社是や経営方針などを明文化しても、それを毛筆で書いて壁に掲げておくだけでは置き石と同じです。社員に「当社の社是は?」と聞いても、「え、なんだったっけ」と回答されるようであれば、浸透させるための努力を怠っていると言えます。
では、どうすれば社是や経営方針が浸透するか。先ほど述べたように、これには特効薬はありません。私の場合は繰り返し話すということを意識しています。月に1度の全社ミーティングで5分くらい話をする時間をもらっているのですが、折にふれて社是や経営方針を取り上げて、「もっと技術を磨こう」「見えない部署の仕事を想像してお互いを尊重しよう」と話しかけています。
当然、社員は”耳タコ”になっています。反応が薄く、届いているのかいないのかさっぱりわかりません。でも、”大事だと思っていることは繰り返し伝えるしかない”と自分に言い聞かせています。
家にいるときはオヤジの言葉なんか「へっ」って感じで聞いていた息子が、社会に出てから折にふれて「いつもオヤジが『人に迷惑だけはかけるな』って言っていたなぁ」と思い出します。家風にしろ社風にしろ、そんなふうに必ず届いているはずです(と信じています)。
社是や経営方針を作って2、3年が経った頃、あるセミナーで「社是や経営理念を社員と一緒に作る」メリットを学びました。みんなで作るからこそ社員の共感が得られ、浸透しやすくなるそうです。まだ、社是や経営方針が浸透してなかった頃なので、第2創業期などどこかのタイミングで社員と一緒に作り直すのもいいかと思った記憶があります。
でも、最近は考えを改めました。社是や経営方針というものは創業者の”鉄の意志”なので、よほどのことがない限りブレないほうがいい。その代わりに、これをきちんと浸透させて、社員が働きやすくするのが経営者の役目なんだと思っています。
社内イベントを活性化しよう
前述の通り、「社員がイキイキ働ける職場作り」を明確な経営目標とするのは、経営視点で考えると社員の定着率を高め、生産性を向上するためです。
経営目標とするなら、実現に向けて具体的なアクションプランを作る必要があります。経営幹部を集めて先ほど紹介したTTWを配り、テーマに「社員がイキイキ働ける職場を作るには?」と入れてみてください。たちまち全員の脳細胞がその課題に向かって活性化し、いろいろな良い意見が出てくるはずです。それをマインドマップにまとめて中期経営計画や部門のアクションプランに具現化する。そんな些細な行為をためらわずにやれば会社は変われるのです。
「子供がイキイキとしている家庭」に置き換えて考えると、イベントが重要な役割を果たしていることに思い当たります。家族の誕生会、家族旅行、ハイキング、クリスマスなどいろいろなイベントをみんなで楽しんでいる家庭は明るくて幸せです。
会社ではどうでしょうか。社員旅行やクラブ活動、忘年会、歓迎会、◯周年記念、誕生会など、各社工夫を凝らしていろいろなイベントをやっています。”会社は仲良しクラブじゃない”と消極的な会社もあるでしょう。そのポリシーも尊重します。でも、もし“社員がイキイキしていないな”と感じたなら、1つの改善手段としてイベントを活性化することも検討してみましょう。
当社もいろいろなイベントを行っています。その中からちょっとおもしろい取り組みを3つほど紹介します。
(1)パッケージアイデアコンテスト
社員の企画力を高めるために年1回やっているイベントです。社員が新製品・サービスのアイデアを簡単な企画書にして、その内容を見て社員全員が投票します。得票上位3名がプレゼンの機会を与えられ、再度プレゼンを聞いた上で改めて投票し優勝者が決まるというものです。
もう10年くらい続いているのですが、上位3名と新人賞に金一封が出ることもあり、年々活性化して応募が増えています。なお、正式に会社の新製品企画として取り上げられたものには、特別に社長賞が与えられます。
(2)プログラミングコンテスト
社員のプログラミング力を鍛えるために年1回やっているイベントです。Java、C#.net、Ruby、Delphiの4言語を対象にしています。それぞれのプログラミングの課題に対して90分間でプログラムを書き、3つの必須条件をクリアしているか、書かれているソースコードは美しいか、などを評価して点数を付け、ランキングを出します。
これもかなり盛り上がっています。恥ずかしがって参加しない人もいますが、自分のプログラミングの実力がわかり、また上位者のソースコードを見ると参考になるので、“もっと上を目指そう”という気持ちになります。終了後の懇親会には私も参加しているのですが、悔しがっているエンジニアの声を聴くとお酒がひときわ美味しくなります。
最初は社内コンテストだったのですが、昨年から社外のプログラマーも参加するオープンなイベントにしました。“他社の人には負けたくない”という思いがあるようで、さらに真剣度が増しています。
(3)SI マインドアワード
経営方針である「相互尊重」を社員に浸透させるためのイベントです。“他人を思いやる行動をしている人”を推薦し、推薦者の多い社員の中から1名を「今月のマインドアワード」受賞者として決めています。ささやかながら、感謝の気持ちを込めて経営者のポケットマネーを出し合って報奨金としています。
このイベントをやってよかったと思うのは、推薦される人だけでなく推薦する側の人にとっても良い効果があることです。人の長所を挙げて誉める機会はありそうでそんなにありません。他の人の良い所を見ようという姿勢を持つ機会はとっても貴重です。
最初は6ヶ月連続でやっていたのですが、“毎月推薦するのはちょっと大変だ”という声もあって3ヶ月に短縮しています。不定期イベントなのですが、しばらくやっていないと“そろそろやった方がいいかな”という雰囲気になるのが寂しいところです。
ドン・キホーテのようなKY精神で
子供に「お父さん、うざい!」って言われるように、こうしたイベントを面倒に思っている社員もいるでしょう。新しいことをやると「また、変なこと始めたぞ」という視線を感じることもあります。でも、社長はドン・キホーテのようなものと割り切り、”社員によかれと思ったことは、とりあえずやってみる”というKY精神でブレずにやっています。
連載4回目の「社員の定着率をアップするための~」で「常駐・派遣で稼働率を85%にするには月3日の帰社日を設ける」と解説しました。“3日あっても何もすることがない”と思われた方も多いはずです。でも、そう思うのは現状のままで考えてしまっているからです。
勉強会や目標管理ミーティング、社内イベントなどを積極的に行えば3日でも足りなくなります。みなさんの会社でもTTWでイベント案を出し合って、面白いイベントを活性化させてみてください。
今回も”社員”に関するテーマで解説しました。本連載の「これからのSIerを語ろう」という大きなテーマに対して、ちっぽけなことばかりを言っているように思われるでしょう。でも、SIerの一番の課題は”社員を大切にすること”ですので、その問題を素通りしていたら何もできないのです。