「映像作品を制作する」ということ
「ただ生きる」ことについて
立体アニメーションを作り始めて今年で11年目になります。作品数は長いものから短いものまで100近く制作しました。今回は、1998年から2008年にいたるまでを振り返ってみようと思います。また、アニメーション、映画、小説、音楽、美術、写真といった多くの作品に出会い、筆者に新たな可能性を与えてくれた人たちとの出会いについてお話したいと思います。
美術評論家、松井みどり著「アート:芸術が終わったあとのアート」の中には今の世代を表している一文があります。
その中で「95年以降に現代美術の世界で台頭してきた若い作家たちは『ただ生きる』ということの重要性を初めからわかっていた」というようなことが書かれていたと思いますが、そのことを裏付けることとして、氏はフランスの哲学者エマニュエル・レヴィナス著「実存から実存者へ」を挙げ、そのなかで「生きること」について言及しています。
レヴィナス自身は、「世界のなかに生きることの『本質的で世俗的な性格』こそが存在することの真実なのだ」と考えています。つまり「生きる」ということは、「住み、散歩し、昼食をとり、夕食をとり、誰彼のもとを訪れ、学校に行き、議論し、さまざまな経験を積み、研究を重ね、ものを書き本を読むといった、日々の行動の積み重ね以上のなにものでもない」と。
「どう生きる」かではなく、「ただ生きる」ことの重要性が初めからわかっていた作家は「ただ生きる」ことの不安や恐怖よりも先に、「無気力、無関心、無感覚」といったこととどう折り合いをつけて生きていけばいいのかを模索しているように思います。
松井氏は近年「マイクロポップ」なる新しい時代の芸術モデルの概念を打ちだしました。「メジャーな言語を使って表現することを余儀なくされながら、そのなかで独自の脱線や言い換え、表現コードの組み替えを行い、既存の表現の限界を超えて新しい表現を作っている想像力のありかたを指し、子どものような想像力によって、しばしば使い捨てられる日常の事物や『とるに足らない』出来事をシンプルな工夫によって再構成し、忘れられた場所や、時代遅れのものや、用途が限定されている消費財に新たな使い道を与え、人を自らの隠れた可能性に目覚めさせる」というものです。
このことは現代美術に限らず、個人の見解からなにかを作り出したり、行動している方々すべてに言えることではないでしょうか。
筆者はあるときを境に時代の速度や、はやっては廃れていく世界から逃げ出してしまいました。逃げ出したかわりになにか自分なりに生きていく方法はないかと考えました。もともと小さいときから絵を描くのが好きだったということもあり、とりあえず美大を目指そうかなと、なんとなくですが思い始めたんです。
立体アニメーションとの出会い
3年浪人をして東京芸術大学に入ってみたものの、大学合格という目標以外特になにも考えていなかった筆者は、大学生活というものをどう過ごしていけばいいのかよくわからないまま1年半があっという間に過ぎました。
そのあたりでチェコの立体アニメーションに出会いました(パペットアニメーション、クレイアニメーションといった素材や技術の違いにより言い方が変わりますが、筆者は主に立体アニメーションと呼んでいます)。
イジー・バルタとヤン・シュヴァンクマイエルの作品です。ごつごつした人形がよくわからない言葉を発しているとか、油粘土で実物そっくりの顔を作り、口が異常に広がり皿や靴を丸のみしてしまうといった映像。手袋や生肉、マネキン、はく製、石、骨、野菜やフランス人形などありとあらゆるものを映像の中に取り込む彼らの作品は、今まで目にしたことのないものでした。
命がなさそうなものに命を吹き込んでいるような、異質な世界を作り出していました。そこには痛烈なユーモアがありました。小説家のフランツ・カフカにしろ、ブルーノ.シュルツにしろ、東欧文化がはぐくんだユーモアは筆者にさまざまなイメージを提供してくれるだけでなく、映像世界や小説から流れ出ている気配は筆者にとって重要ななにかを発見することができる気がしました。
華やかな世界にはない「闇の住人」の楽しみ方、もしくは一人で空想にふけり、自分だけがその場所を知っているような優越感。時間の流れは現実と隣り合わせのようであり、まったく別の次元にも感じる。そう思ったとき筆者は自分の住んでいる町みたいだと思いました。
多くの寺があり、東京大空襲でも戦禍を免れたために戦後の区画整理がされていないことで多くの魅力的な路地が残され、古い日本家屋や墓地だらけといった「下町」と呼ばれる場所と、上野や池袋といった高層ビルの立ち並ぶ都会があり、人や車の流れ、はやり廃りが目まぐるしく交錯している場所。下町と都会のはざまの町。それまで気にかけていなかったことがチェコの立体アニメーションや小説に触れたことがきっかけで筆者の中で重要ななにかがつながったのでした。
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