正社員でも大丈夫。副業の鍵は「職種」と「労働形態」にあり。「【副業特区会議】第1回 副業解禁におけるリスク側面」レポート

2020年1月23日(木)
望月 香里(もちづき・かおり)

11月18日(月)、東京・六本木ヒルズにて【副業特区会議】~自律的な学びの機会、企業の効用とリスク~の第1回目「副業解禁におけるリスク側面 ~労務法務、情報漏洩、退職、会社業務への影響~」が開催された。副業特区会議は全3回にわたる副業に関する勉強会で、第2回は2/20(木)に、第3回は3/18(水)に開催予定だ。

今回は副業に関するリスク側面を主軸に、森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士 荒井太一氏と、一般社団法人Work Design Lab代表理事 石川貴志氏の2名による解説があった。本セミナーは株式会社エンファクトリー一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会一般社団法人Work Design Labの3団体が協働で運営している。

開催に先立ち、株式会社エンファクトリー 代表取締役 CEO 加藤健太氏より「副業は社員には学びの場、会社には人材育成の場という視点で副業特区会議を進めていきたい」と副業特区会議の趣旨説明があった。

株式会社エンファクトリー 代表取締役 CEO 加藤健太氏

安倍政権の働き方改革は無理ゲーに近い?

加藤氏の挨拶に続き、セミナー本編へ。初めに、副業解禁におけるリスクについて荒井氏が解説。「副業の解禁など瑣末な話だ」という印象を持つ人もいるが、現状の労働法の考え方からすると大きなパラダイムシフトであり、単発な政策として語られることでなく「安倍政権が取り組んでいる日本型雇用全体に対する挑戦でもある」と口火を切った。

森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士 荒井太一氏

働き方改革の本質は一億総活躍を目指し、働き方の多様性を増やすことだ。しかし、現状においては「労働者が1社で終身雇用で働き続ける」という正社員を中心とした働き方がある。長時間労働の抑制や同一労働同一賃金も非常に大きなテーマだが、政権の大きな狙いは、今の日本型雇用を改革し、正社員の働き方自体を変えていくことだという。

この日本型雇用が確立されたのは産業資本主義の「安い労働力を囲い込んで大量生産することが良し」と考えられていた時代だが、現代では個人の価値を掛け合わせてシナジーを創り出し、人と人が交流していくことが価値の源泉になるよう仕組み全体が変わってきているため、囲い込みを是とする従来の日本型雇用とは相性が悪いのだ。

また、価値観もどんどんと多様化し、女性の社会進出・男性の育児参加など、それぞれの価値観に合わせた行動をとる現状において、広範な人事権を前提とする日本型雇用は相性が悪く、これを改革することは組織のオペレーションシステム全体を見直さなければならないという話にもなる。

しかし、もともと正社員は賃金待遇が上がっていく終身雇用を保障として企業に入社するため、 突然の給料変更や自由解雇は大混乱を巻き起こすことになる。「一度築き上げた組織のオペレーションシステムを途中で変えることは極めて難しく、安倍政権が取り組もうとしていることは無理ゲーに近いといえるほど難しい挑戦であることが理解できるだろう」と荒井氏は説明した。

終身雇用の時代は終わり、自由な働き方ができる時代へ

副業のメリットは
退職せずに自己実現が可能なこと

働き方改革を労働者側の視点で見ても非常に難しい。厚生労働省の「働き方の未来 2035 報告書」では、人々の流動化によりプロジェクト単位で集合・解散が繰り返される結果、組織体や企業自体がなくなるのではないかと言われている。最先端の働き方と日本型雇用との折り合いをどうつけるかが、いま非常に重要な問題となっていると言えるのだ。

参考:「働き方の未来 2035」~一人ひとりが輝くために【報告書】」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000133449.pdf

昨今までの日本型雇用において、キャリアチェンジするには辞めるしか選択肢がなく、自分でキャリアを選べないことが致命的だった。ところが、副業が認められれば、長時間労働の問題はあるが会社を辞めることなく自己実現が可能となる。「これは副業の1つのメリットだ」と荒井氏は強調する。

他方、企業側にも副業を認める意味はある。すでに産業構造が変わり自前主義が主となった今、様々なところで副業により人脈が広がっていけば、これまで社内では出なかったような発想の創出や知識・スキルの拡張が期待できる。

副業は本業とは異業種が良好

副業解禁を検討する企業の一番の懸念事項は、副業に本業のノウハウが使われてしまうことだ。「副業と本業は同業種か」というアンケート結果によると「かなり異なる」が30%、「全く異なる」が50%と全体の3/4が本業とは違う業種で副業をしている事実が判明した。一方で85%以上の企業が未だ副業を認めていないという現状もある。

また、弁護士や労働法学会界隈からも「現状は極めて奇異な状況にある」との声が上がっている。そもそも裁判所も労働法学会も一貫して「企業が社員に副業を禁止する権限はない」と主張し続けているが、日本型雇用はそれを阻み「弊社に入社するなら弊社のことだけを考えてほしい」という空気が蔓延していることが問題となっている。

厚生労働省が公表している「モデル就業規則 平成31年3月版」には「副業は自由であり禁止することはできない」と書かれている。 ただし、本業に支障が出た場合は副業を禁止することができるほか競業他社で働くことを禁止するなど、一定の規則において企業側が副業を禁止できる権限がある。

参考:参考:「モデル就業規則 平成31年3月版」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

副業の一番の問題は「労働時間通算」

しかし、副業の最大の論点は「労働時間通算の問題」にあると荒井氏は指摘する。労働基準法38条に「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と書かれている。

加えて、昭和23年の通達には「事業主を異にする場合も含まれる」とあり、異なる会社で働く場合も、労働者として働く場合には、その時間を通算することが義務となっているのだ。本業、副業それぞれは1日8時間・週40時間以内で勤務させている場合であっても、通算して1日8時間・週40時間を超える場合には労働基準法違反となり、36協定を結んだり割増賃金を払わなくてはならないことになる。これは極めて問題が多い。

参考:「労働時間通算の規定について」(厚生労働省労働基準局提出資料)
https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000361725.pdf

労働時間通算の規定は労働者にも企業にも大きく関わる問題だ

特に問題となるのは「割増賃金を本業(A社)と副業(B社)のどちらが払うか」という話だ。 例えばA社で1日8時間働き、その後B社で2時間働くと、1日の法定の労働時間である8時間を超えてしまう。B社の経営者はA社で働いている正社員がB社でも働くことを承知の上で契約したことになり、B社は割増賃金を払わなくてはならなくなるのだ。

しかし、そもそも労働行政の立場でも前提としてA社もB社もその社員が1日に何時間働いているかを知っている場合にのみ成り立ち、両社が労働時間を知らない場合は「故意ではないのだから罰せられない」との帰結となる。現状では副業の労働時間を把握する義務はないため、現段階の最善の方法は、「副業の労働時間を一切把握しないほうが良い」と言える。さらに、そもそもこの「労働基準法38条の労働時間通算自体の考え方がおかしいのではないか」という議論も進んでいる。

本業と副業で雇用形態は異なる方が良い

労働基準法の対象は雇用者であるため、本業が雇用で副業がフリーランスの場合、労働基準法38条の適用はされないため、一番良い組み合わせだそうだ。また、副業を始める上でのモデル就業規則として「本業に専念すること」「本業の設備や施設の使用不可・自己健康管理・競業リスト閲覧禁止」など、最低限の禁止事項を明確にしておくことが大切だと荒井氏は解説した。

本業+副業の雇用では企業側からさまざまな制限が課せられることもある

副業は社員の絶好の成長機会?

続いて、石川氏より「現場での事例を踏まえたリスクと効果」をテーマに解説があった。はじめに「副業は学びの機会の最大化として、社員の成長機会の獲得に活用すると良い」と挨拶した石川氏。普段は正社員として働きながら、一般社団法人Work Design Labの代表理事を務めている。石川氏も、荒井氏が言及したように副業のメリットは社員の退職防止・モチベーションアップにあるとした上で「副業の方が楽しくなりすぎて本業を辞めてしまうこともあるので、理論と運営の差異について検討する必要がある」と述べた。

一般社団法人Work Design Lab代表理事 石川貴志氏

副業のメリットはたくさんある

石川氏は、企業が副業を認めるメリットとして、社員自身が何に興味があり、エネルギーを持って取り組めるのかを知ること、副業が社員の興味開発分野において成長する機会になること、会社から指示されて始めるものではなく自分を内観する機会になることなど、社員の成長を通じて新しい知識や人脈を獲得できたり、社員の退職防止に繋がることを挙げる。

では、なぜ今副業なのか。それは「労働人口の減少」が最大の要素だ。 政府も2027年以降、原則として「希望者は副業・兼業を行える社会にする」と宣言している。企業組織の新規事業部門において、変化する顧客の課題に柔軟に対応できる社員がいなく、外部の人材に業務委託する動きが未だに続いているのだ。

一方で労働者側も副業に関心を持ちはじめており、地方自治体などで副業を解禁し外部の労働者を採用するといった動きも出てきている。個人でも「自分の意思でプロボノ等の活動に参加して学びの機会を最大化し、副業に活かすことをオススメする」と石川氏は呼びかけた。

越境する個人と組織の再結合

厚生労働省によると「2030年に向けて、どんどんと働き方が変わっていくのではないか」と見ているようだ。社外で学びの機会を獲得し、得た知識や経験を社内に還元できることが副業の最大のメリットであるが、一方で会社が指示した仕事には社員のやる気が見られないなど、会社の思いと個人の意思のバランスが難しい部分もある。

会社から出て何かをしようとすると、往々として「自分はいかに力がないか」「会社がどれだけリソースを持っているか」に気づくことがある。会社から分離することは個人の意思でも可能だが、再結合することはなかなか難しい。今後のテーマとして、石川氏は「個人が学びの機会を得てモチベーションが上がることは良いことだが、それには会社や組織自体も同様に進化していくことが求められるだろう」と力説した。

越境する個人と組織の再結合を考えた行動が求められる

石川氏は、最後に「関係人口」というキーワードも、ワークとバケーションを掛け合わせた「ワーケーション」を活用することで、一時的ではなく中期的・家族的な動きが出来るとより良いと主張。自らワーケーションを通じて家族と地域を積極的に結び付ける活動を試験的に進めていると語ったところで講演は終了した。

すでに副業中・副業を考える個人や企業の人事担当者など多くの参加者が集まった

* * *

これだけ動きの速い現代において「時代に合わせよう」と気持ちばかりが先走り、見落としがちなのが法律の部分だ。法整備により、転職をしなくても副業でやりたいことを自己実現できる可能性が以前よりも広がったことは間違いない。様々なメリットやリスクを考慮した上で、誰にとっても一度の人生を楽しんで歩んでもらいたいと思う。

著者
望月 香里(もちづき・かおり)
元保育士。現ベビーシッターとライターのフリーランス。ものごとの始まり・きっかけを聞くのが好き。今は、当たり前のようで当たり前でない日常、暮らしに興味がある。
ブログ:https://note.com/zucchini_232

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