待ったなしのDX推進に向け、独学で学ぶIT人材の育成をー経産省・IPA共催ウェビナー「これからのスキル変革を考える」レポート
さる7月31日、経済産業省・独立行政法人情報処理推進機構(IPA)による共催ウェビナー「これからのスキル変革を考える」が開催された。これは本格的なDX時代に向けて人材不足が懸念される中、企業ならびに一人ひとりのIT人材がいかにスキルアップを図り、これからの需要増に向けたスキル変革を図っていくかを考える催しだ。第一部では、企業のDXへの取り組み状況やIT人材の学び直し、人材流動状況などのトレンドを、IPAの最新調査に基づいて解説。続く第二部では、スキルアップを支援する各種の施策や実践的な講座の事例が紹介された。
企業のデジタルの取り組み促進と
個人のスキル変革サポートはDX推進の両輪
ウェビナーの開幕にあたって、経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 デジタル人材政策企画調整官 平山利幸氏が挨拶に立った。同氏は、本格的なデジタル時代の到来を受けて、デジタルトランスフォーメーション(DX)をより加速していくことが極めて重要な課題であると語り、先ごろ実施された情報処理の促進に関する法律の改正に触れた。
この法改正には、企業のデジタル経営改革を促す指針の作成や、有料の取り組みを行う事業者を認定する制度の創設などが盛り込まれている。これら指針の中でもとりわけ人材確保や育成、組織づくりは、企業にとってデジタル戦略の推進に極めて重要な要素と位置付けられていると、同氏は強調する。
「企業のデジタルへの取り組みの促進と、皆さん一人ひとりのスキル変革をサポートしてゆくことは、いわば車の両輪だと捉えています。近年、デジタル技術の加速的な進歩や誰もが予想できない変化が起きる中、ビジネスにおいても何が正解かわからない状況が起こっています。個人がみずからのスキル開発や将来像を会社に委ねて安心することなく、学び直しとキャリアアップによる自己変革を続けていくこと。また企業としては優秀な人材に選ばれる環境整備やマネジメントを推進していくことが、ともに大切です」。
こうした企業と個人の関係性の変化に対応していくには、多くの困難に直面しなくてはならない。だが同時に、大いにチャレンジする価値があるテーマでもある。経済産業省としても、デジタル時代に向けたスキルの学び直しを支援する政策を力強く推進していきたいと平山氏は語り、挨拶を終えた。
「個人に選ばれる企業」と
「企業に依存しない個人」の関係構築が今後の課題
続いて、IPA 社会基盤センター 人材プラットフォーム部 研究員 下川裕太郎氏より「DX推進に向けた企業とIT人材の実態調査報告書」が紹介された。この報告は、IPAが2019年度に実施した実態調査のトピックスを紹介するもので、わが国におけるDX人材育成、とりわけ学び直しや人材流動の最新動向を反映している。
まず、下川氏は「DXで成果が出ている企業とそうでない企業との違いは」と題して、国内企業における取り組み状況について説明した。調査結果からはいくつかの特徴的な傾向が読み取れるが、中でも以下の4つは重要なポイントだ。
- DXへの取り組みには、企業規模による格差が見られる
- 取り組みの成果が出ている分野は、いまだに「業務効率化」が中心
- 成果が出ている企業は、全社的な戦略に基づく取り組みやIT業務のわかる役員がいる。また組織文化そのものも特徴的
- 成果が出ている企業とそれ以外の企業では、課題認識が大きく異なる
「成果が出ている企業の特徴は、全社的なビジョンや危機感が浸透し、経営層も含めた会社全体でのデジタル技術や変革への理解が進んでいます。そうした社内の課題を克服して、社外からの人材獲得など外向きの課題に取り組んでいる。さらに多様な価値観の受容や仕事を楽しむ。そして意思決定のスピードが速いといった風土が育っています」。
以上を踏まえて下川氏は、変革を進めるためのカギとして、以下の3点を挙げる。これらは調査対象のうち、すでにデジタルビジネス専門の部署を設けており、なおかつDXの取り組みに成果を挙げている企業に共通する施策だ。
- デジタル技術や変革への理解に関する勉強会、情報共有化を継続的に実施している
- デジタルビジネス推進企業では、必要人材は内部に保有しようとする傾向が見られる
- DXに対応する人材に必要な「課題設定力」や「主体性・好奇心」がある
「企業には、あらゆる機会に社員に対して啓発を行い、自発的なスキル変革に励んで、みずから適材になるよう働きかける。またスピード感をもって変革に取り組むために、既存の社内人材を育成していく。そして育てた人材を適材適所に配置することが求められてきます」。
続いて下川氏は、個人の学び直し・人材流動について報告した。調査対象の1割にあたる先端IT従事者と、残りの9割を占める先端IT非従事者を比較すると、後者はスキルアップの意欲も低く、そのための費用や時間をほとんどかけていないことがわかったという。一方、先端IT従事者はさまざまな取り組みを通して常にスキルアップを図っている。
「一方で企業の課題としては、意欲的に学び直しやスキルアップをしてきた人材を生かせるポジションの創設、相応の評価・賞与などの制度見直しが求められています。そうした受け皿がないと、せっかく学び直しをした人材が流出しかねません」。
まとめとして下川氏は、スキル変革の阻害要因として、①環境変化への感度の低さ、②変化に対する危機感の不足、③デジタルビジネスへの変革遅れ、④既存の評価制度の限界、の4つを挙げる。
「これらを解決するためにも、企業はデジタル人材に選ばれるための事業や制度・組織変革を前向きに実施していくことが重要です。一方、個人には企業に依存せず、常にみずからの価値を向上し続ける取り組みが求められてきます」。
これまでのように企業と個人が依存しあうのではなく、「個人に選ばれる企業」と「企業に依存しない個人」の関係を構築し、人材の適材適所化を進めることが急務だ。最後に下川氏は「IPAとしてもこのような状況を踏まえ、皆さんの役に立つ施策を検討していきたいと思います」と力強く語りかけ、講演を締めくくった。
個人のスキルアップや企業の競争力強化に効く
各種の認定講座や支援制度
第二部では、現在行われているIT人材の育成/スキル変革を支援する政策として、以下の3つが紹介された。
1. 情報処理技術者試験・情報処理安全確保支援士について
IPA IT人材育成センター 国家資格・試験部 エキスパート 笠井優一氏
情報処理技術者試験は経済産業省が実施している国家認定試験であり、基礎的な知識を計る「ITパスポート試験」や「基本情報技術者試験」から、さまざまな高度区分試験までが提供されている。
中でも先端IT人材を目指す人々から注目されているのが「情報処理安全確保支援士試験(SC試験)」だ。これは現在、情報系では唯一の国家試験であり、有資格者(登録セキスペ)はベンダー企業、ユーザー企業いずれにおいても、高度なセキュリティの専門家としてさまざまな活躍の場が用意されている。
「情報処理技術者試験の学習を通じて得た知識は、皆さんの仕事の幅を広げ、質を高め、評価を高めます。ぜひ自身のスキルアップにこれらの試験をご活用ください」(笠井氏)。
2. 第四次産業革命スキル習得講座認定制度(Reスキル講座)について
経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室室長補佐 橋本 勝氏
「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」(Reスキル講座)は、IT・データ分野を中心に、将来の大幅な成長と雇用創出が期待できる領域で活躍できる専門性を身につけるための、専門的・実践的な教育訓練講座として経済産業大臣の認定を受けたものだ。
受講することで、個人のキャリアアップや企業の競争力強化につながるだけでなく、専門家としての能力・スキルを体系的に習得可能。また将来的にはキャリアアップのための転職や、幅広い人脈作りを通じて視野を拡げるといった、社会人としての幅を拡げる面も期待できる。
「Reスキル講座のうち、厚生労働大臣の認定を受けた講座は、教育訓練給付金や人材開発支援助成金などが利用でき、受講者や企業に対して受講費用の一部が支給されます」(橋本氏)。
3. 厚生労働省における教育訓練への支援について
厚生労働省 人材開発統括官付若年者・キャリア形成支援担 当参事官室 係長 石川竜弘 氏
厚生労働省では、スキルアップを目指す個人および人材育成に取り組む企業それぞれを対象に、支援制度を設けている。
まず個々人の主体的なキャリア形成の支援として「教育訓練給付制度」がある。その人のITスキル標準レベルや雇用保険被保険者期間に応じて3パターンの訓練が用意されており、受講料の70~20%が補助される(上限あり)。
一方、企業向けには従業員の職務に必要な知識・技能の向上に必要な経費を支援する「人材開発支援助成金」が設けられている。こちらも2つの訓練コースがあり、最大60~30%の助成金が受けられる。
「第四次産業革命による技術革新が進む中、何歳になっても誰にでも学び直しと新しいチャレンジの機会を確保するために、ぜひこれらの制度を活用ください」(石川氏)。
厚労省の助成金認定講座を活用して
初歩から高度な最先端AIまでを学ぶ
ウェビナーの終盤では、厚生労働省の助成金認定対象の講座を開設している各企業から、提供講座について事例紹介が行われた。
1. ジーズアカデミーTOKYO LABコース
デジタルハリウッド株式会社 G's ACADEMY TOKYO PR 菅谷 晟煕 氏
ジーズアカデミーが提供している「フルタイム総合 LABコース」は、週4回フルタイムでプログラミングの基礎から応用までを学ぶ講座だ。「一生ものの知識を固める」「即戦力になる」「最新のテクノロジーを乗りこなす」の3つをコンセプトに、アルゴリズムや現場のワークフロー、そして先端的なテクノロジーを学び、実際にプロダクトを作成する経験ができる。
全6か月の学習期間の前半3か月で基礎から応用までを学び、後半では実務経験豊かなプロフェッショナルによるゼミや卒業プロダクトの開発までを体験する。
「最大の特徴は『P2Pラーニング』と呼ばれる学び合いシステムです。講義を聴くだけでなく、学習者同士が教え合うことで、より学習効果を高めることができるのです」(菅谷氏)。
2. データサイエンティスト育成コース パートタイムプログラム
株式会社データミックス 取締役COO 藤田亮一 氏
データミックスの「データサイエンティスト育成コース」では、「高度なデータ分析技術を用いてビジネス課題を解決できる」能力の習得をゴールとしている。講座の特徴は、体系立てた学習によりデータ分析技術の引き出しを増やすことができることだ。また、理解を深めるためのクイズやハンズオンでの練習を数多く実施し、理解するだけでなく実際に手を動かすことを重視している。
カリキュラムでは、入学前の準備ステップでPythonやExcelによる統計学、SQLを使ったデータベース操作の基礎をそれぞれ学び、入学試験を経て4つの段階を学習しながら、知識を習得し実践へ向けてステップアップいく。
「受講生からは『実践的な知識が学べ、仕事に就いてからの実務でもしっかり活用できている』『卒業生同士のつながりで人脈ができた』との評価をいただいています」(藤田氏)。
3. 自走できるAI人材になるための6ヶ月長期コース
ディープラーニングハンズオンセミナー/機械学習実践コース
株式会社キカガク 代表取締役社長 吉崎亮介 氏
キカガクの「ディープラーニングハンズオンセミナー/機械学習実践コース」は、「自走できるAI人材になるための長期コース」と題して、週1回×6か月間にわたって機械学習を学ぶ講座だ。オンライン動画とオフライン講義を組み合わせ、数学やPythonの基礎から始めて、環境構築やディープラーニングの応用を学び、さらにアプリ開発の実践段階を経て、最終的にオリジナルプロダクト開発までを体験できる。
受講対象者は、Pythonや機械学習を学びたい初心者、データサイエンティストとしてデータ分析力と実装力の両方をマスターしたい技術者、さらに実データへのアプローチを体系的に学習して、問題解決能力を高めたいという人まで幅広く想定されている。
「新たにAIを学び、現在のビジネスに活用したい、自分の市場価値を高めたい、また機械学習だけでなくAIアプリ開発までを体系的に学びたい方に、ぜひお勧めです」(吉崎氏)。
* * *
2時間という限られた時間に、数多くのセッションが盛り込まれた今回のウェビナー。何より最新の統計データをベースにした説得力あふれる報告と、そこから導き出される支援施策およびスキルアップのための教育カリキュラムが紹介され、今後のわが国におけるDX推進の道筋を示す、意義深い催しだったといえるだろう。今後もこうした官民連携による取り組みに、大いに注目していきたい。
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