あくまでAIは「効率化」のための超高性能なツール。便利さに依存することなく「人が幸せになれる使い方」を探ろう

2024年9月10日(火)
小林 道寛 (こばやし みちひろ)伊藤 隆司(Think IT編集部)
第6回の今回は、小林氏に「AIの現在と、私が考えていること」について語っていただきます。

今の時代、若手エンジニアが勉強したいと思えば、いくらでも教材や資料はインターネットで手に入る。だがそんな便利な時代であっても、やはり先輩たちの生きた経験に裏打ちされたアドバイスは貴重だ。本連載では、情報インフラ系SIerとしての実績の一方で、現場で活躍できるエンジニア育成を目指した独自の技術研修「BFT道場」を展開。若手技術者の育成に取り組む、株式会社BFT 代表取締役 小林道寛氏に、ご自身の経験に基づくスキルアップのヒントや、エンジニアに大切な考え方などを語っていただく。

AIに秘められた
仕事や会社の可能性を広げてくれる可能性に期待

皆さん、こんにちは。株式会社BFTの小林道寛です。

今回のテーマは「AIの現在と、私が考えていること」です。最初に、私自身が考えている現在のAIへの感想をひと言で言うと、「AIで、何かしら自分たちの会社の可能性は広がっていくだろう」という肯定的な捉え方をしています。

というのも、今までは、プログラマーでないとシステムを開発できないといったように、専門性を要求する部分が業務の中にはたくさんありました。そうした作業をAIに任せられるようになれば、人はその分、人でないとできない仕事に自分のエネルギーを振り向けられるようになる。その結果、1人当たりのパフォーマンスが大きく向上すると見ているのです。

特に当社の場合は、いわゆる「考える仕事」の人の方が、プログラミングなどの作業をする人よりも多い。そこにAIを導入すれば、少ない人数でこれまで以上に大きな、そしてより多くの仕事を高品質にこなせるようになるでしょう。こうして社員のパフォーマンスが上がれば、最終的にお客様の満足度も大きく向上できます。これが今現在、私が経営者としてAIに期待している「可能性」です。

「いや、でもそうなったら、人間がAIに仕事を奪われてしまうのではないか」と懸念する人も多いでしょう。実際、ある部分ではそれも避けられないと思います。しかし、それは社会全体で、いかに仕事を再配分していくのかという課題であって、「AI=人間と対立するもの」と判断するのはいささか早計です。

少なくとも私たちの会社や仕事の領域に限っては、AIは人間の能力を強化し、ビジネスや技術力の可能性を広げる道具になり得ると考えています。また、私たちにはデジタルやテクノロジーに近い場所にいる者として、そうした世界を実現する努力義務があると思います。

話題の生成AIに限って言えば、私自身もあれこれ使い方を探っているところです。最近は会社の企業戦略を考えたり、仮説検証などにも利用するようになってきました。これが、なかなか使えるんですよ。

例えば、「こういうテーマを実現させるために必要な要素は、どのようなものが挙げられるのか」と考えるときも、ちょっと前までは自分でネットを検索したり、本などの資料にあたって苦労しながら調べていましたよね。それが今は、ChatGPTに聞けば瞬時に答えを教えてくれるので、そのたびに「なんと便利な奴なのだ。お前はとても有能だな」と感心しています。

AIは「自信たっぷりに嘘をつく」こともある
油断は禁物

私自身はAIに対してかなり肯定的な見方をしていますが、同時にAIに限らず技術には、どんな素晴らしいものでも、必ず負の側面があることも知っておかなくてはなりません。これは若いエンジニアの皆さんにも、ぜひ心得ておいて欲しい「鉄則」です。

では、AIの負の側面とは、どんなものでしょうか。まず言われるのが「AIは嘘をつく」ということです。別にAIが人間をだまそうとするわけではないけれど、こちらが感心するほど、まことしやかにいい加減なことを言います。「ハルシネーション(Hallucination)」と呼ばれる現象です。

例えば、会計のことについて生成AIに聞いたとしましょう。日本の会計には独自の規則や慣習がありますが、その辺がすっぽり抜けたまま自信たっぷりに答えてくれることも珍しくありません。生成AIの頭脳にあたるLLM(大規模言語モデル)の学習する情報はインターネットから得たものなので、LLM自身がその情報の真偽まで判断・理解した上で取り込み、質問への回答に用いているかどうかは、技術的な部分も含めてかなりブラックボックスです。

なので、私が生成AIにものを尋ねる際も「この答えは少し疑わしいな」と感じるときは、その情報の裏を取るために、改めて自分で情報の正確さを確認するようにしています。上の会計規則のように、国や地域の独自性が強い、あるいは法令がからんでくるような場合も同様です。

あと、インターネット上にない情報は、生成AIに聞いても正しい答えは得られません。当たり前じゃないかと思うかもしれませんが、ふだんから便利さに慣れていると、つい忘れがちなポイントです。

そういう情報の例としては、最新の流通情報などがあります。それでもうっかり聞いてしまうとどうなるでしょう。分からないなら「分からない」と答えてくれれば良いのですが、AIの方が手持ちの情報だけで答えてくることもあります。ここでもAIは「まことしやかに嘘をつく」のですが、これを仕事で使ったら大変です。だから、AIの自信たっぷりな回答には要注意なのです。

AIは「両刃の剣」
便利さが人のためにならないこともある

おそらく近い将来にAIは、ある領域では人間をはるかにしのぐ能力を持つようになるでしょう。そのとき、人間とAIの棲み分けはどうなっていくのか。正直なところ、私自身もAIについてはいまだに勉強中で、この問題について堂々と意見を述べるレベルにはありません。

ただ1つ私が考えているのは、AIに限らずデジタルはその便利さゆえに「人を幸せにしない可能性も持つ諸刃の剣」だということです。デジタルは人の生活を大きく変化させるので、結果として良い変化だけでなく悪い変化も起こり得ます。

テクノロジーに関する哲学で知られるアルバート・ボーグマンが「デバイス・パラダイム」ということを言っています。それは「(テクノロジーの進化で)今までよりは便利になっているけれども、逆に今までは不便さゆえに生み出される豊かさがあった」という、ちょっとパラドキシカルなお話です。

例えば、最新の技術であるセントラルヒーティングが家に導入されると、みんなが暖炉の前に集まらなくなってしまいます。家族それぞれが自分の部屋にこもってしまい、家族のコミュニケーションの時間が減ってしまうわけです。これは、私たちがデジタル技術を製品やサービスとしてお客様に提供する際にも起こり得ることであり、AIも同様のリスクをはらんでいると思っています。

AIは確かに合理的で的確な判断を下すかもしれませんが、その合理性が必ず人間の真の幸せにつながるかと聞かれると、果たしてどうでしょうか。

AIソリューションを開発して効率的にお金を稼ぐというのは、当社にも十分にあり得る未来です。でもその利益や利潤だけを追求するようになっては「儲かれば何でも良いのか」ということになってしまう。法律やモラルさえ無視するようなら、もはやAIを利用した反社会的な存在になってしまいます。

もう1つ私が懸念しているのは、AIの便利さに頼り切って、人間が自分の頭を使って考えなくなることです。例えばIT技術を勉強するときも「分からないからAIに聞こう」で、すぐに解決する習慣がついてしまうと「答えだけもらって、その答えを出すプロセスが理解できていない」状態に陥ってしまいます。これはエンジニアとしては致命的です。

いくらクルマの方が速くて便利でも、マラソン選手が練習時に自分の足で走るのは、自分の能力をトレーニングで高める目的があるからです。若手エンジニアの皆さんも、自分の頭と腕をきたえようと思うなら、AIの誘惑に負けてはなりませんよ。

AI時代のエンジニアに求められてくる
2つの重要なスキルとは?

これからの本格的なAI時代にエンジニアに求められるスキルや能力には、どんなものがあるのでしょうか。最も大きいのは、そのデジタル技術やAIをどう使っていくか。あるいは、例えば企業のデジタル活用のロードマップを考えるといった「人自身が考えて、判断して、決める」能力だと思います。

プログラミングでコードを書くとか、昔のCOBOLをJavaに変換するような定型化できる作業はAIが得意な分野だし、安心して任せて良いと思います。そして人間は、それらの単純作業から解放された分「デジタル技術やAIを使って、どのような課題を解決するのか」といった方向に、自分たちのリソースを集中していくことになるでしょう。

そうなれば、エンジニア像もこれまでとは劇的に変わっていくはずです。システム設計やシステム構築のような作業はどんどんAIに移行して、人間の作業としては消滅していくのではないでしょうか。その結果「そもそも何を解決するべきなのか」という課題解決の方に、みんなが知恵を集中できるようになってくると思います。

これまでの「ビジネスパーソン」と「エンジニア」という二項図式も、その境界がなくなっていくでしょう。そうなったときに、もし自分が若手エンジニアだったら、ぜひやってみたいと思うことが2つあります。

1つは、ビジネス寄りの能力を磨いて、お客様の関心事や業務課題を的確に理解する「人でなければ難しい」課題解決能力を持ったエンジニアになりたいと思います。もう1つは、むしろ正反対の方向。AIを駆使して、省力化を極めるといったチャレンジです。「エンタープライズの大規模システムを極限まで自動化して、自分1人で全部管理できるぞ!」なんて、想像するとちょっとワクワクします。

AI時代のエンジニアには2つの能力=コミュニケーションスキルとビジネススキルが、これまで以上に重要な要件になってくるのは間違いありません。今からそのときに備えようという若いエンジニアの方は、ぜひこれらを磨いておくことをお勧めします。

「人が人に関わること」を
AIまかせにしては幸せになれない

AIが社会や企業のすみずみにまで広がっていくと、例えばリーダーシップや人事評価などの「人が人に関わる領域」にも変化が及んでいきます。ここでも、おそらく「できるとしても、やって良いかどうか」が強く問われることになるでしょう。

人事評価なども、コンピュータにマネジメントされることに、抵抗感を感じる人も少なくないはずです。もちろん私自身も、AIのパラメータだけで自分を評価されるのは嫌だなあと思っています。というのも、パラメータというのは、その数値に表されていないものは切り捨ててしまう危険を内包しているからです。

例えば、営業担当者で「売上はそうでもないけれども、すごくいい奴だ」と仲間に思われている人は、たしかに収益ではそんなに会社に貢献してはいません。でも、そういう人物がいる職場は和気あいあいとして、全員のモチベーションも高いことが多いのです。

それでも人事評価のAIに与えられたパラメータが売上金額のみだったら、おそらく彼の人柄による貢献度を的確に評価することは難しいでしょう。「ならば、評価のパラメータ項目を増やせば良いじゃないか」と言うかもしれません。でも、そうやって評価材料をどんどん増やしてAIにまかせて何が幸せなのでしょうか。

そんな手のこんだことをするよりは「○○君がいると、皆が楽しく仕事ができる」と評価して、それを当人にも伝え、周りの人とも「彼、いい奴だね」と共感し合う。それは人間にしかできないし、そうやって皆が幸せになれるチームをつくるのが、経営者やマネージャーの仕事ではないでしょうか。

私が「AIはあくまでツールであって、人間がそれに依存してはならない」と思っているのは、そういうことでもあるのです。AIを使っていくうえでは、こうした「当たり前の倫理観」をしっかり持っていることが必須の要件だと思います。

これから先AIはさらに進化し続け、私たち人間社会との関係も大きく変化を続けていくでしょう。でも1つだけ、私のAIに対するスタンスは、この先も変わらない確信があります。それは「変化の起点は、やはりAIではなく人であってほしい」ということです。

上でもお話ししたように、AIに人が使われたり、人が考えることを放棄してAIに依存するようなことになってしまったら、もはや人が人である意味が分からなくなってしまいます。いくら技術が進歩しても、そんな世界を作りたくはないし、デジタルやITと日々向き合う場所にいる私たちは、ちょっと大げさですが、AIが人のためのツールとして的確に使われる方法を探っていく使命を担っていると思っています。

今回は、思いつくままに「AIの現在と、私が考えていること」についてお話ししました。次回はどんなテーマを取り上げましょうか。よろしければ、どうぞ引き続きお付き合いください。

著者
小林 道寛 (こばやし みちひろ)
株式会社BFT 代表取締役社長
1991年に株式会社フジミックに入社。親会社フジテレビジョンの情報システム局で、親会社やグループ会社のシステム構築と運用を経験。2004年に株式会社BFTへ入社。エンジニア部門のマネージャを経験後、取締役に就任。2015年に代表取締役社長に就任。システムづくりを離れ「人とシステムをつくる会社」をつくり続けている。
著者
伊藤 隆司(Think IT編集部)
株式会社インプレス Think IT編集部 担当編集長
IT系月刊誌、資格系書籍、電子書籍、旅行パンフレット等の企画・編集職を経て現職。Think ITのサイト運営と企画・編集、「CloudNative Days」の運営に携わりながら、エンジニア向け書籍の企画も手がける。テクノロジーだけでなく、エンジニアの働き方やキャリアップなどのテーマに造詣が深い。

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