「100億円案件がパーに!?」プロジェクト失敗を防ぐ「交渉力」とは
はじめに
前回は「ファシリテーション力」についてお伝えしました。ファシリテーション力は、プロジェクト内の会議やミーティングにおける議論の交通整理のこと。プロジェクトにおいて達成すべき小さなゴールを一つひとつクリアしていくために必要なスキルです。
しかし、半年や年単位の大型プロジェクトが動くこともあります。その際は、目の前の小さなゴールだけを取り上げるわけにはいきません。大きなゴールに向かって議論することも多々あります。例えば、プロジェクト全体の方針や目標に対するロードマップを策定するシーンなどが、それにあたるでしょう。
そのようなときに求められるのが、今回のテーマである「交渉力」なのです。
交渉力とは全員にとっての
「win-win案」を導き出す力
大きなゴールを考える議論でよく起こりがちなのが、「局地的なゴールを設定して話を進めてしまう」ことです。例えば、新システムにおけるローンチプロジェクトのロードマップを策定しようという場合、「予算100億円で、2025年2月までに新システムをローンチする」といった具合です。
確かに、ゴールとしては間違いではありませんし理想的です。各々が目安として認識しておくことは大切でしょう。しかし実際のところ、この設定がそのまま実現することはまずありません。なぜなら、プロジェクトが進行する間に状況や環境が大きく変わったり、利害関係者やメンバーが入れ替わったりといった不測の事態が必ずと言ってよいほど起こるからです。さらには、進めてみたけれど「やっぱりこのシステムは導入できない」といった大幅な方向転換が必要となる場合もあるでしょう。
そのため、すべて設定通りに事が進む前提でロードマップを策定しても、プロジェクトは100%失敗してしまう。そう言っても過言ではないのです。
では、どうすれば良いのか。
これからさまざまな事態が起こりうると想定した上で、どのようなマイルストーンを置き、どのようなステップで進めていくのがベストなのか。関わる人たちの意見や要望を引き出しながら、全員にとっての「win-win」な道筋を模索、決定していく必要があります。そして、それらをまとめる力こそが「交渉力」なのです。
妥協案は「win-win案」ではなく
「lose-lose案」だ!
さて、交渉を進めていくと「お互いにとってwin-winを目指しましょう」という言葉によく出くわします。おそらくみなさんも、プロジェクトを進めていく際に「win-winにしたいのでこうしましょう」と使うことがあるのではないでしょうか。
しかし、断言します。「win-win案」というのは、多くの場合「妥協案」になっています。特に、大規模なプロジェクトであればあるほど、関わる人数が増えて話をまとめるのが困難になります。さらに期日が迫って焦りも加わると「もう、これで良いですよね」といった着地点を提案しがちです。「これ以上の良い答えは出ないだろう」と、あきらめてしまうのです。
これを「交渉だ」と考えないでほしい、というのが私の最も言いたいことです。
一見、双方が納得して答えを出したように見えますが、これはどちらか一方、もしくは双方に何かしらのモヤモヤや我慢を抱えたままの、それ「で」いい案なのです。私から言わせればそんな妥協案は、お互いに不利益な「lose-lose案」です。
少し語気が荒くなってしまいましたが、どうか妥協点を見出していくことが「交渉だ」ととらえないでください。本当の交渉は、その先にある「本当に良いものを作りたい、ベストを尽くしたい」という話し合いそのものです。
ここで、私が実際に経験した事例を紹介しましょう。AとBの2部門が関わるプロジェクトでは、サービスのリリース日について議論をしていました。
A部門:このリリース日では予算や人材が足りないため、日程を後ろ倒しにしたい
B部門:リリース日は絶対に後ろにずらしたくない
上記の議論の繰り返しで、らちが明かないということで、PMOの私が呼ばれたのです。少し様子を見ていると「厳しいですが、当初のリリース日で頑張りますよ……(A部門)」と妥協案に着地しかけたため、私は次のように投げかけました。
「いやいや、ちょっと待ってください。A部門は納得していないですよね。具体的にどんなことに納得できないのか教えてください。また『頑張る』というのはどう算段をつけるのですか?」
「B部門が日程を遅延させたくない理由は、具体的に何でしょうか?」
「両部門にお聞きしますが、リリース時にサービスが100%完成している必要はあるのですか?」
こうした投げかけに対して、双方から
A部門「リリース日は繁忙期と重なっていて、そもそも人手の確保が難しいのですよ。時期をずらせばできるのですが…(無理ですよね?)」
B部門「日程を遅延させると、競合に遅れを取るからです(できる限り早く出して競合を牽制したい)」
などと、本音を聞き出すことができたのです。さて、最終的に、どうなったと思いますか?
「完成度は3割ほどでも、いったん半年前にリリースをすれば良いのではないか」
というアイデアが飛び出しました。さらに、
A部門「○○の期間は繁忙期でしたが、前倒しになれば十分リソースがとれます」
B部門「半年前にリリースなら、むしろありがたいくらいです」
と両部門が、それ「が」いいという結論に至ったのです。何より、
「完成度100%で出さなければと思い込んでいましたが、まずはリリースが最優先ですね」
と、お互いにこやかに納得することができました。
おそらく、議論の初期段階では誰も「win-winの形」は見えていなかったでしょう。それもそのはず。win-win案は、その場にいる誰もが想像していない場所に存在するケースが多いからです。
議論を繰り返すことは確かに大切です。しかし、お互いの主張を言い合っても前に進めません。お互いの譲れないもの、大事にしていることをじっくり徹底的に洗い出していくことが重要なのです。
ちなみに、今回は私が交渉役となって進めましたが、いない場合でも問題ありません。議論に参加する全員が「答えはすでにあるものではなく、ここにいるメンバーで見つけて(作って)いくものなんだ」という意識で交渉を進めることで、思いもよらないところから、win-win案が「降りてくる」はずです。
「交渉力」を身につけるためには
前項の事例を読むと「交渉力は大事だけど、特別な人だけが持っている能力で、自分には無理かも…」と思われたかもしれません。しかし、まったくそんなことはありません。交渉力は誰でも磨くことができるスキルです。そこで、私が考える交渉力の身につけ方を紹介しましょう。
1. 幅広い視点を育む努力
交渉においては、議論の参加者たちの考えていることや要望、本音、抱えている課題などを引き出す、バリエーション豊かな投げかけがポイントとなります。そのために必要なのは幅広い視野であり、それを育むには日頃からさまざまな経験をしたり、ジャンルの異なる本を読んだり、多くの人と交流したりして知見を広げること。交渉がうまい人を見つけたら、真似をしてみるのも一案です。
また、投げかけが全く思いつかない場合、ビジネスフレームワークなどの書籍を参考に、決まったフレームワークに当てはめてみるのもスタートとしては有効です。次段階として、フレームワークを使うことに満足せず、視野を広げていくと良いでしょう。
2. 議論に関わる人たちの能力を信じる
交渉がうまくできない人の特徴の1つに「相手をみくびる」ことが挙げられます。つまり「自分の方が相手より能力が高い」と勘違いしているのです。その根拠は、学歴や職業、働いている企業の規模などさまざまですが、そんなことで人に優劣をつけるのは言うまでもなく“愚の骨頂”です。
世の中には、数えきれないほどのスキルや技術が存在し、そのすべてを1人で得ることはできないですよね。だからこそ、自分と他人が掛け合わさることで素晴らしいものが作れるのです。win-win案は、あなただけで考える必要はありません。議論の際は、自分や相手の能力を信じ、「まだ見ぬwin-win案が必ず出てくる」という意識を心がけましょう。
おわりに
知識編第4回の今回は、以下のような内容を解説しました。
- 交渉力は「win-win案」を導き出す力
- win-win案は妥協案ではなく、全員の「これが良い!」の着地点
- 交渉力を身につけるには、視野を広げる努力と相手の能力を信じること
交渉力によって要所要所で双方のベストな選択をしていくことは、プロジェクトの失敗を未然に防ぐことにもつながります。私はこれまで何度も100億円規模のプロジェクトに関わってきましたが、交渉力が要となることが多かったと感じています。
プロジェクトに関わる機会のある方はぜひ、ファシリテーション力と合わせて、交渉力の向上を目指してみてください。
次回は、個人的にプログラム言語を身につけるよりも重要だと考えている「論理的思考の大切さ」について解説します。どうぞお楽しみに!