PMOとしての「ファシリテーション力」を磨こう

2024年9月27日(金)
甲州 潤 (こうしゅう じゅん)
今回は、知識編の第3回として、不測の事態を解決するためにPMOが身につけておきたい「ファシリテーション力」について解説します。

はじめに

プロジェクト内では、日々さまざまなコミュニケーションが飛び交います。対面で会話することもあれば、メールやチャットを使うこともあるでしょう。

複数の人でやり取りする場面において起こりがちなのが、「テーマとは若干ズレた発言をするメンバーがいて、場が混乱してしまう」ことです。みなさんも経験があるのではないでしょうか?

こうしたよくある混乱の“交通整理”を行い、円滑な議論へ導くこともPMOの重要な仕事です。今回は、そうした事態に対してPMOが発揮する「ファシリテーション力」について解説していきます。

大切なのは
質問者が「議論のゴール」を持っていること

まずは、この混乱の事態をもう少し詳しく見ていきましょう。例えば、①〜⑤のメンバーで議論しているとします。

メンバー①「どのような製品を作れば良いと思いますか? みなさんの意見を聞かせてください」
メンバー②「私は、製品Aが良いと考えています。なぜなら××だからです」
メンバー③「そういえば、過去にBというよい製品があったな。参考になるかも」
メンバー④「製品を開発するには、企画部に申請しないといけないな」
メンバー⑤「ところで、今進行中の製品Sの進捗はどうなっていますか?」

①が投げかけた質問に対し、②と③は質問に関連した発言をしています。しかし、④と⑤は少しズレていますね。このまま進行すると話がいろいろ発散してしまい、いつまでもまとまらないでしょう。

こうした混乱が起きた場合、もしメンバー①がPMOならこのように交通整理を行います。

PMO:「みなさん、ありがとうございます。Aの製品は候補として検討したいと思います。Bの製品については参考に情報収集を進めたいと思います。企画部への申請に関しては今後必要となりますが、現時点ではまだ不要のため議論から外します。製品Sに関しては、本件とはそれるので言及しません。みなさん、この認識でよろしければ話を進めていきます」

いかがでしょうか。誰の発言も否定はせず、冷静にテーマに則した発言とズレている発言を仕分けする。その上で、どの話に言及するのか明確に示し、全員の認識を一致させています。こうすることで、皆がこれからどの方向に向かって話をすれば良いのかが分かり、これ以上の話の発散を防ぐことができます。

なぜPMOはこうした交通整理ができるのでしょうか。それは「今回の議論におけるゴール」をしっかり持っているからです。今回で言うと「どのような製品を作るか」ですね。質問を投げかけた人が、この場での着地点が分かっているからこそ、発言の仕分けと舵取りをスムーズにできるわけです。

「メンバーが悪い」ではなく
質問の仕方を変えよう

こうした混乱が起きると、つい「議論の意図を理解できず、的外れな発言をするメンバーが悪い」と思ってしまいがちです。しかし、そんなふうに思っていても何も進みません。

しかも、こういったすれ違いは新人同士ではなく、ベテランのメンバーと議論をするときほどよく発生します。なぜなら、ベテランは知識や経験が多いからこそ、自分が持っている幅広い情報を伝えたくなってしまうからです。

「作る製品のことだけではなく、品質も考えなくてはいけないよ」
「あの手続きは大変だったから、早くから準備しておかないと…」

つい、このようなテーマから外れた発言をしてしまうのは、悪意ではなく「プロジェクトをより良くしたい」「かわいい後輩には成功してほしい」という、むしろ善意の場合が多いものです(時折、本当に議論の趣旨を理解していないトンデモ発言をする方もいますが…)。

そのようなときは「ありがとうございます。今はこのテーマだけ話せれば良いです。ただし◯◯さんの知見も必要なので、話が固まってから後日あらためて聞かせてください」と敬意を込めて伝えましょう。

そうすると、相手も「自分が言いたいことは、このフェーズが来たら言えば良いのだな」と分かり、気持ちも言動も落ち着くことでしょう。場合によっては、別の場を設けて「全部聞きますので、気になっていることをすべて吐き出してみてください」という方法を取るのも良いですね。

また、実は今回のやりとりにはさらに改善の余地があります。①の「どのような製品を作れば良いですか?」という質問は、そもそもぼんやりしていて話が発散しやすいのです。

例えば「新しい製品を作るときの手続きをご存じの方は、教えていただけますか?」などとピンポイントで質問をすれば、「まずは稟議書を作成します」「過去に経験があるので、私が手順を説明します」といったように、今話したいことからブレずに議論できます。

「議論のゴール」は遠くに置きすぎず、1歩先、半歩先くらいの意識で設定することがポイントです。毎回、メンバー全員がゴールを見ながら話すイメージで進められると良いでしょう。

ゴール設定をした上で質問を投げかけ、議論の方向性をはっきりさせる。これがPMO的ファシリテーションであり、世の中で「ファシリテーション能力が高い」と言われる人はみなさんこの力を持っています。

ファシリテーションは料理のレシピ!?

「ファシリテーションができる人」というのは、さまざまな業界の求人条件にもよく見られます。ここで求められるファシリテーション力がどのようなものなのかは、ここまでお読みになって理解していただけたかと思います。

ただ、人によっては「いくらファシリテーション能力があっても、その会議やミーティングで言及される業務の中身を知っていなければ、ファシリテーターはできないでしょう?」と思うかもしれません。

結論から言うと、これは大きな間違いです。実は「業務の中身をよく知らない人」でもレベルの高いファシリテーターはできます。それはなぜか。ファシリテーションはあくまでも「進め方」だからです。

例えば「A案、B案、C案から1案を決めるための会議」であれば、何が選ばれるかは分からなくとも「どれかを必ず選ぶ」というゴールは決まっているわけです。ファシリテーターは、そのゴールに向かって話の舵取りをしていけば良いだけ。極論、3つの案について具体的なことは知らなくても大丈夫なのです。

私はファシリテーションについて説明する際、料理の話を例にします。例えば、炊き込みご飯を作るとしましょう。必要なものは米、具材、調味料といった材料と炊飯器、包丁、まな板などの道具、そしてレシピです。

材料や道具が業務の具体的な内容だと考えてください。ではファシリテーションはと言うと、レシピに相当します。ここで少し考えてみてください。レシピには、どのようなことが書いてあるでしょうか。

おそらく「米を洗って、具材と水、調味料を入れたら、炊飯する」といった手順になると思います。「炊き込みご飯を作る」というゴールが決まっていれば、具体的にどこ産のどの銘柄米を使い、何の具材を入れて、どのような切り方をしようが、炊き込みご飯が完成するまでのステップは変わらないため、レシピを書くことができるわけです。

これと同じようなことがファシリテーションにも言えます。すなわち、目指すゴールさえ見えていれば、内容に関わらず向かうべき道が分かるのです。このことから、ファシリテーション能力は今までの経験や知識に捉われず、どのような業界でも発揮できる能力と言えるのです。

おわりに

知識編第3回の今回は、以下のような内容を解説しました。

  • 議論の混乱を避けるには「ゴール」を設定することが大切
  • 他人の発言を批判するのではなく、自分の質問の仕方を工夫しよう
  • ファシリテーション能力は業界の壁を超えて活用できる

PMOに限らず、ファシリテーション能力は仕事をする上で持っておきたいスキルです。プロジェクトやチームのためにも、ご自身のためにも身につけておいて損はありません。もしご自身に足りないと感じたら、スキル習得のためのセミナーなどに参加する、周囲に長けている人がいれば真似をしてみるなど、ぜひ学ぶ機会を持ってみてください。

次回は、これもまたPMOには欠かせない能力であり、むしろ持っていなければ大きなチャンスを逃しかねない「交渉力」について解説します。どうぞお楽しみに!

著者
甲州 潤 (こうしゅう じゅん)
株式会社office Root (オフィスルート) 代表取締役社長
国立高専卒業後、ソフトウェア開発企業でSEとして一連の開発業務を経験し、フリーランスに転身。国内大手SI企業の大規模プロジェクトに多数参画、優秀な人材がいても開発が失敗することに疑問を抱く。PMOとして活動すると多数プロジェクトを成功へ導き、企業との協業も増加。2020年法人化し企業課題と向き合う。【著書】『DX時代の最強PMOになる方法』(‎ビジネス教育出版社)
URL: https://www.office-root.com/become-excellent-pmo/

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