「人間×センサー」で進化する組織!

2008年12月1日(月)
矢野 和男

新たな情報革命へ

 今後のITの新たな役割を考える時に、「ポジティブ心理学」が参考になる。「ポジティブ心理学」とは、精神的な病を治療する心理学を超えて、健全な人の幸せを研究するもので、最近急速に発達している。その中で、「幸せを決める要因」が明らかになってきた。最高に幸せな人を100点とし、最も不幸な人を0点とすると、3つの要因に点が配分されていることがわかった。
 
(1)遺伝的、先天的な要因:50%
(2)状況要因(お金、持ち物、人間関係、健康):10%
(3)意図的行動要因(感謝、挑戦など):40%

 先天的な要素は、50%配分されている。他人には逆境と見える境遇にあっても先天的に幸せに生きることができる人がいるそうである。しかし、仮にどんなに先天的に不利だとしても、残りの50%は、自分の努力で向上できるのだと筆者は前向きにとらえたい。

 状況要因、つまり富や力や名や健康など、通常、人が幸せのために追い求めていることが、10%しか影響がないことは驚きである。実際、これらを手に入れても、短時間で慣れて喜びが消えてしまうことが知られている。宝くじなどでお金が手に入っても、一時的な幸せにすぎない。

 逆に、40%もの影響があるのが、意図的行動要因である。これは、どう考え、行動を起こすかを意味する。例えば、挑戦的な行動を起こし、お世話になった人に感謝し、高い目標を決め、人を許し、また親切にすることで高められる。これは今日にも実現することができる(もちろん、言うほど簡単ではないが)。

 筆者は、この結果を知り、人生観が変わるほどの衝撃を受けた。筆者がこれまで20年以上にわたって、心血を注いできたIT製品やサービスは、ユーザーの「状況要因」への貢献であり、それは社会の「幸せ」にほとんど影響を与えない。情報技術は、この結果を真剣に受けとめる必要がある。

 これを踏まえて筆者が提案したのが、人間のセンサー情報を活用して、「意図的行動」を誘発する新しい情報技術である。人や組織に関するセンサー情報を活用して人々の「意図的行動」を誘発することができれば、10%の呪縛(じゅばく)から解き放たれ、40%の貢献に飛躍できる可能性がある。これは、今後のIT、サービスの考え方の基本とすべきものと考える。

X-顕微鏡

 この基本思想から提唱したのが、ライフ顕微鏡、ビジネス顕微鏡などの「X-顕微鏡」である(ここで、ライフ、ビジネス以外を対象にする場合も総称し、拡張性を意味するXを使う)。

 コンピュータが超小型になる最大の意義は、人に常時装着できることだ。われわれは、3.4cc(15x15x15mm)の超小型実装、マイクロアンペア級の超低電力コンピュータ技術を用い、腕時計型のセンサーノードを開発した。これを用いると加速度、脈拍、温度の信号を24時間センシングし、無線転送し、サーバーに蓄積することができる。これを信号処理することで、生活のあらゆる活動に潜む意味を見いだし、人生を高めるのに活用することができる。このシステムを「ライフ顕微鏡」と呼んでいる(図3)。

 個人向けを重視した「ライフ顕微鏡」に対し、会社における、人と人の間のコミュニケーションに着目したのが「ビジネス顕微鏡」である。名札の形状をしており、赤外線の送受信により、人の対面を検知し、加速度センサーにより装着者の動きを記録する(図3)。これにより、組織で起きるあらゆる行動の痕跡をのこし、その隠れた意味を見いだし、これを社員や会社の成長に活用できる。いずれも、人生や仕事をまじめに楽しむことを目指すものだ。

 本来「顕微」とは、「微(かす)かを顕(あら)わにする」ことで、表に出ているものの背後にある「見えないもの」を見えるようにすることを意味する。新しいセンサー技術は、無線通信ができ、電池駆動可能な超小型コンピュータを活用し、人間や組織のあらゆる活動をセンシングし、微妙な見えないことの意味をわかるようにする。見えないものの真の意味を知るための鏡となり、新たな意図的行動を促すのである。

 どんなものが見えるようになったら意味があるだろうか。筆者が最も重要だと思うのは、人の「幸せ」であり、「やりがい」や「仕事を楽しむ」度合いであり、「チーム力」や「クリエイティビティ」、そして「人や組織の成長」である。

 赤外線センサーと加速度センサーでとらえた低次の信号と高次の概念を関連づけることができるとは筆者も最初は思ってもいなかった。しかし実はこれは可能なのである。

 次回は、このX-顕微鏡による組織力の飛躍を、物語を通してさらに具体的に紹介したい。

[参考文献]

矢野 和男「センサはWebを超える 省力化から知覚化へ」『情報処理 Vol.48 No.2』社団法人情報処理学会(発行年:2007)

P. Senge『最強組織の法則』徳間書店(発行年:1995)

G. Klein『Power of Intuition』Currency Book(発行年:2003)

S. Lyubomirsky、K. M. Sheldon「Pursuing Happiness: The Architecture of Sustainable Change」『Rev. Gen. Psychology, Vol. 9, No. 2』(発行年:2005)

矢野和男、栗山裕之「『人間×センサー』」センサー情報が変える人・組織・社会」『日立評論 2007年7月号』(発行年:2007)

株式会社日立製作所
1984年日立製作所入社以来、中央研究所にて半導体の研究、特に世界初の単一電子メモリの室温動作、携帯電話用プロセッサなどのシステムLSIの研究を行う。現在、センサー情報を使った新しい生き方や働き方の研究と事業化を進めつつ、自ら実践している。中央研究所主管研究長と基礎研究所人間情報システムラボ長を兼任。工学博士。IEEE Fellow。http://www.hitachi.co.jp/

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